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こぼれ話・死への羽ばたき

 こちらは、現在連載をしております『醜くも綺麗な一瞬』という物語の『ep,524』です。

 

 これだけですと、何のことか全く分かりません。

 鬱々としていて胸糞な内容ですので、お読みになる際はご注意ください。

 闇に包まれた航時機(こうじき)の中。

 現実()を見て、また別の現実()が始まる――。


 ◇◇◇


 『花束につけられた、飾り紐(リボン)の記憶』


 食植物の花の中に、火薬と眠らせた(ひわ)虫を入れる。

 そして、ソレを綺麗に束ねて飾り紐を巻く。


 『先生の愛好者(ファン)です!この間の――』

 ドンッと、添える予定の手紙に()()を突き立てる。


 冗談でも、そんなこと書けるものかっ!

 アイツが出した本の所為で、こっちは凄く迷惑しているんだっ!!


 『みんながみんなそう、とは言わないけど、(まだら)って他の三柄が思っているよりも残酷なところがあるのよ』


 本の中の、主人公の友達(斑)が言っていた言葉。

 みんながみんな――、なんて保険をかけて斑の登場人物に言わせるなんて。


 アイツは、《石板》で斑がどう言われているのか知らないのか?

 こんな、火に油を注ぐ様なこと……。


 『斑怖ぇ~』『これだから斑は――』『治癒力しかない無能の癖に』『その治癒力だって、薬で事足りる。他でもない、斑が作り出した薬で』『斑の敵は斑』


 ……そう、ずっと昔(教科書でしか知らないけど)、まだこうして平和な世界になる前の、戦いに明け暮れていた時代。


 痛みに苦しむ他の三柄の為に、ある斑の医者が、自身の治癒力を利用した薬を作り出した。苦しむ仲間を、見ていたくなくて。


 (教科書はこの美談までで終わっている)しかし、戦う必要がなくなってから、力の弱い斑は()()()()から邪魔者扱いをされるようになった。


 『他の三柄は、ティサヤが育つ土地を探して、危険な場所に行っているのに、斑は基本参加しないし、いても足手まといになる』


 『そのくせ、ちゃっかりティサヤの蜜だけは貰う寄生虫。ぶっちゃけ、いる意味なくね?怪我したって、代わりの奴がいるんだし』


 ……いる意味がない。力が弱い。

 どれだけ鍛えたって、他の三柄に劣る。

 

 分かっている、でも、どうしたらいいんだよ。

 こんな、自分でもどうにもならないことで好き勝手言われて……!


 「どうしたの?」

 ……姉さんが話しかけてきた。……無地の、姉さんが。


 ああ、そういや、この本を書いた奴も無地だったな。

 …………鶸虫に体中を喰われて、泣き叫べばいい。


 火薬は、こっちが念じれば爆発するようにしている。

 無地は力は強いが、治癒力は誰よりも弱い。


 薬だって効きにくい。だから、痛みが他の三柄よりも長続きする。

 『残酷』だ?……なら、本当にやってやるよ。


 一部の奴らに蜜を与えた報いを受けろ。


 ◇◇◇


 『服の切れ端の記憶』


 バンッ、と勢い良く扉を閉めてしまった。

 ……冷静に努めているつもりだが、それだけ苛立っているんだろう。


 そう自己分析をし、私は『アレ』がいる部屋を目指す。

 一応『ヴァド』という名前はあるが、殆どが『アレ』と呼んでいる。


 それで充分だ。

 気味の悪い(はね)を持つ、厄介な存在なのだから。


 アレの乗っていた機械の所為で、私たちは並行世界を知ることとなった。

 そしたら、ティサヤを摂取しなくても大丈夫な世界があるじゃないか!


 試にアレに蜜飴を与えず放置してみたら、特に何も起こらなかった。

 研究対象だから、と今まで蜜飴を私たちと同じように取らせていたのに!


 それも、『高級』とされているほど、純度の高い蜜飴をだっ!!

 ふざけるなっ!今までの分が、全て無駄になったじゃないかっ!!


 なんで今まで言わなかったんだ、と問うと「知らなかった」なんて馬鹿げたことを抜かしやがってっ!!


 それも、ぼうっとどこかを見ているような腑抜けた顔でっ!

 自分だけが不幸だ、とそう思っている目と共に。

 

 はっ、雨風から守ってもらえて、衣食住にも困っていない分際で。

 『実験』は辛いだろうが、どれだけ肌が焼け爛れてもすぐに戻るじゃないか。


 鱗粉を削ぎ落そうが、手足を捥ごうが関係ない。

 痛みだって、一時間もしないうちに消えてしまう。


 そんなの『ない』と同じだ。

 それで()()()()をするなんて、甘えにもほどがある。


 加えて、今は『実験』は殆どされていない。

 残留思念を読み取る『楽な仕事』の方が多いのだ。


 ……贅沢者がっ!

 懐の中から、丸い錠剤を取り出す。


 この間は『実験』と称して電流を流したから、今日はコレにしよう。

 その昔、巨大な蛇のような種族を殺した毒だ。


 多少、調整はしてあるし、そもそもアレは何をやっても死なない。

 ……他の研究員だって、なにかと理由をつけて『実験』をしている。


 憂さ晴らしだって、アレの『仕事』で『役目』だ。

 ああ、血反吐を吐いてのたうち回る姿が目に浮かぶ。


 アレがいる部屋()は、もう目の前だ。 


 ◇◇◇


 『薬瓶の記憶』


 灰色の液体が、瓶の中でちゃぷちゃぷと揺れている。

 ……はあ、『帯柄は25歳を過ぎれば、模様の《劣化》が始まる』かあ。

 

 『美しい子供』が欲しいのなら、帯柄だけは避けるべき。

 それを言われて、一体どうすればいいんだ?


 誰だって年は取るのに。

 嘲り嗤って一生を終えるお前らの方が、よっぽど《劣化》しているじゃないか。


 《石板》の言葉だけ……自分の好みに合った言葉だけを信じやがって。

 ああ、嗤う連中も、それを煽る奴も、みんなみんな死ねばいいのに。


 なんで、『上』は何もしてくれないんだろう。

 《石板》の状況を、知らないはずないのに。


 はあ、頭が痛い。

 どうして、帯柄というだけで、こうも苦しまないといけないのか。


 『綺麗な時があるだけマシ』なんて宣う奴もいるが、全帯柄がそうだと思うなよ?……てか、そう思うなら柄変なりなんなりすればいいじゃないか。

 

 この瓶の毒薬が、()()()()()()だけを殺す薬になればいいのに。

 ついでに、罪悪感も増幅させたらいいのに。


 今まで()()()きた相手に謝りながら、泣き叫んで死んでいけば……っ!

 なぁーんて、無理な話か。


 アイツらはこれからも、広いと思っている狭い世界で、互いを喰い合いながら生きていくんだ。


 それが、とんでもなく惨めだということに、目を逸らしながら。

 馬鹿の極みだ。でも、それでいいんだろうな。


 ああ、なんて醜くて汚い世界なんだ。

 こんな世界で、あと50年以上生きるのなんて、まっぴらごめんだ。


 僕は、一足先に退場しよう。

 ……お前らさえいなければ、こんな思いを抱かなくて済んだのに。

 

 叶うなら、苦しんで後悔しながら死んでゆけ。


 ◇◇◇


 『耳飾りの記憶』

 

 ああ、緊張で心臓が破裂しそうだ。

 吹く風は冷たいのに、顔はやたらと熱い。


 ティサヤの花を研究している門の前。

 俺は、無地のあの人を待っている。


 三年間、秘めていた想いを告げるために。

 あっ、来た!


 だいぶ疲れているようで、足取りがどこか重い。

 俺に気づいたその人は、「こんばんは」と笑みを浮かべる。


 「あ、あの――」

 その笑顔に背中を押され、俺はその人に愛の告白をした。


 はにかむように頷き、耳飾りを受け取ってくれた!

 やったー!!と俺は子供のようにはしゃいでしまった。


 その人は「ふふっ」と笑うと、耳飾りをつけてくれた。

 ティサヤを模した耳飾りが、風に吹かれて揺れる。


 ああ!今日は人生最高の日だ!!

 そして、これからはこの人と一緒に――。

 

 ◇◇◇


 『注射器の記憶』 

 

 目の前の目玉柄が、ハッと目を覚ます。

 さっきまで、私がかけた術で(夢の中でだが)(おび)柄の人生を歩んでいた。


 『帯柄の模様は好きなんですよね。他の柄にはない美しさがあって。見ているのは好きなんですよ。でも、彼らの精神性は嫌いで……』


 『帯柄は好きだけど帯は嫌い、とでも言いましょうか』


 『戦いの時代ならいざ知らず、今の時代、素早いだけじゃあ……ねぇ。製糸場の利用頻度で、帯柄が一番苦労している、とか意味不明なことを言うし』


 『ああ勿論、帯柄全員がそう、とは言っていませんよ?最近は、そういうのを分からない人が増えて本当困ります。あくまで、個人の意見なんで』


 「……貴方の発言に、多くの連中が乗っかり、《石板》は酷い有様でしたね。でも、貴方はただ嗤っているだけ。『わ~、みんな言っちゃって~』なんて、ヘラヘラして。なんにも思わなかったんですか?」


 軽蔑を孕んだ眼が、こちらに向けられる。

 本当のことだ、と言わんばかりの眼。


 「……はあ、帯の人生を歩んでも尚、そんな目をされるんですね。少しでも期待した、私が愚かでした。……貴方の発言の所為で、母と兄は命を絶ったというのに。まあ、精神が弱いのが悪いんですよね?」


 何かを言おうとした口に、氷漬けにされた鶸虫を数匹放り込む。

 胃の中で氷が溶ければ、元気に暴れ出すだろう。


 「まあ、貴方のお陰で『本番』に移ることができるので、そこだけは感謝ですね。お疲れ様でした。……え、帰すわけないじゃないですか。このまま死んでください。大丈夫、すぐに皆と会えますよ」


 泣き叫ぶゴミを放置して、扉に手をかける。

 ああそうだ、まだ言うことがあるんだった。


 「これは、貴方だけの所為ではないですが、最近『どの柄になっても嫌われる』って言うのが理由で、子供を作らない人が増えましたよね?貴方のような連中が、煽り立てる所為で。……ええ、調査票にそう書く人は少なかったですよ。取り合ってもらえませんから。だから、無難な答えを書く……」


 ああ、五月蠅い、五月蠅い。

 自分たちだけの所為じゃない……だぁ?


 「そりゃあ、そうでしょう。貴方だって『みんながみんなそうじゃない』って言っていたじゃないですか。……まあ、少数だって集めたら結構な数にはなりますけど。でも、『少数』。無視しても構わない存在」


 腹が、かすかに動いた。

 鶸虫たちが動き始めたのだろう。


 「話は飛びますが、貴方『使えない味方は排除した方が効率が上がる』と以前仰っていましたよね?じゃあ、我々種族の数を減らす一端を担った貴方は、……どうなんでしょうね。まあ、もうすぐ人口なんてどうでもよくなるんですけど」


 重い音を立てて、扉は閉まる。

 助けを呼ぶ声は、十も経たずに消えていった。


 「……ああ、これも言わないといけないんだった。昔、事故に遭った貴方を助けた目玉柄の方。帯()()柄変をしていたんですよ」


 ……って、もう聞こえていないか。


 ◇◇◇


 『腕輪の記憶』


 あの人から貰った腕輪に視線を落とす。

 思えば、この研究所の清掃員になるまで、長かった。


 もしもの時を考えて『柄変』をし、髪も染めた。

 あの人の死を、探るために。


 『研究所内の事故で亡くなった』としか聞かされていない。

 でも、私にそう告げた人たちの態度は、どこかおかしかった。


 だから全てを捨てて、私はここの清掃員になることにした。

 そうして、五年の月日が流れた。


 やっと、『真実』に辿り着きそうだったのに――。


 「さようなら」

 (ひわ)虫が、私の体から溢れ出す。


 痛い、怖い、……でも、最後に言わないといけないことがある。

 目の前の人は、私が何者なのか知っているだろうから。


 「許さない」


 ◇◇◇


 『()拭き用の布の記憶』


 私は、無地の人たちが嫌いだ。柄家族であった私と兄を馬鹿にして、難癖をつけられて、暴力を振るわれたことが何度もあるから。


 大人になった今では、そんなこともなくなったけど。

 でも、町で()()()たちが笑っているのを見ると、嫌な気持ちになる。


 一時は、引っ越しも考えた。

 でも、なんで私たちが、という気持ちもあってできなかった。


 被害者が陰に隠れて生きないといけないなんて、おかしいもの。

 兄は心を病んで、よく蚕のいる工場へと足を運んでいる。


 仕事の合間を縫って、時間を割いて……無地の所為でっ!!

 でも、だからと言って攻撃したいとは思わない。


 だって、私の職場にいる無地の人たちは、みんな優しいから。

 こっちにすごく気を遣ってくれて、申し訳なくなるくらい。


 そう、無地が全員同じな訳じゃない。

 勿論、私の柄だってそう。


 でも、《石板》の人たちからすれば『綺麗事』。

 そう思ってはいけないのかしら?


 言葉にするのも躊躇ってしまうようなことを吐く連中の方が、正しいのかしら?

 今日も今日とて、《石板》は賑やか。

 

 見なければいいじゃないか、と言われたこともある。

 でも、見ないようにしていても、どういう訳か目に入ってきてしまう。


 《石板》で、全く違うことを調べていても、急に出て来るのに。

 ああ、思い出すだけで嫌な気持ちになる。ちゃんとしていたのに――。


 いや、こっちがちゃんとしていても、連中は、あの手この手で、何も知らずに生きている人たちの精神を侵食してくる。


 ……私たちをいじめてきた連中と同じ。

 なんでこの人たちは、普通に息をしていられるの?


 憎い。

 憎くてしょうがない。


 いろんな人が『上』に言ったみたいだけど、できて注意だけ。

 そんなの、していない、と同じじゃない。


 まあ、いいわ。今は、『上』よりも、ティサヤの花を研究している者たちの方が、力と技術を持っているみたいだし。


 『死ね』『いらない』『これだから〇柄さんは――』……あの人たちなら、そんな言葉で溢れかえっている連中の心を、どうにかしてくれるかな?


 その為だったら、私にできることは何でもするのに。

 全てが終わった後は、心穏やかに毎日を過ごせるのに――。

 

 ◇◇◇


 『何かの欠片の記憶』


 別に、自分には知識など必要ない、と思うのは勝手だ。

 だが、それは他者を傷つけて良い理由にはならない。


 こんな簡単なことすら、アイツらは分からなくなってしまったのか?

 己が傷つけられた時は、過剰な反応を見せるというのに。


 『そっちが、回りくどい言い方をするから』

 『もっと、説明すればいいだろ?これだから――』


 知らなくていい、分からなくていい、というのなら、《石板》を扱う方法も、知る必要がないというのに。


 なにも、全ての知識を知れ、と言っている訳ではない。

 ただ、必要最低限を――、互いが歩み寄るなど、夢物語だ。


 以前、恩師が言っていた。

 一人の存在は百の命につらなる、と。


 誰かと出会い、子を成し、その子供へと……脈々と続いてゆく。

 その可能性を絶つアイツらは、人殺しではないのだろうか?


 私たちの種族は、『ふたり殺したら死罪』としている。

 それなら、アイツらは――。


 きっと、『あっちが勝手にそう解釈しただけ!』と吠えるのだろう。

 だからこそ、判断を下す仕事があるというのに。


 ………………いや、もういい。

 もう、私は疲れ果ててしまった。


 仲間と作り上げた『ガユリカ(救世主)』を解き放ち、永い眠りに付こう。


 ◇◇◇


 『手帳の記憶』


 「本当にいいのかな。あんな人たちの『答え』で決めちゃって」

 「お互い様じゃないか」


 「そうだよ。あっちが先に無差別に攻撃してきたんだから」

 「……でも、この間、隣の家に子供が――」


 「その子が将来、()()ならないって言える?」

 「あいつらの毒牙にかからない保証は?」


 「そ、それ……は」

 「まあ、アンタの気持ちが分からない訳じゃないけどね……」


 「幻術を駆使して、どうにかできないかな?」

 「それで笑顔で接して来られても嫌だろ?」


 「石板を()()()()()連中から取り上げるのだって、考えなかったわけじゃない。……でも、それで攻撃意識が消える訳じゃなし」


 「根付いたモノは、簡単には消えないからね」

 「結局は、ギスギスしたまま毎日を送る羽目になる」


 「ははっ、『ガユリカみたいな存在を生み出せるなら、もっとマシなものを生みだせ』って言われる光景が目に浮かびそうだ。自分のことは棚上げして……」


 「……そう、皆もっと別のことに『力』を使っていたら、こんなことにはならなかった。でも、できないのよ。皆、自分の意見を曲げたくないから」


 「その辺は、俺たちも変わらないさ」

 「違うのは、あっちは開き直るってこと」


 「そうそう!『自分たちの種族って、()()だし』って」

 「だからって、相手をいたずらに傷つけて良いわけじゃないのにね」


 「あーあ、考えれば考えるほど、アイツらの所為だな」

 「本当、上が野放しにしたせいで……」


 「もう、やめやめ!私たちは、穏やかに逝こうよ!!」

 「だな。……これで、こんなことを考えなくてもよくなるんだ」


 「…………うん」


 ◇◇◇


 『触角飾りの記憶』


 ああ、漸く『卵』が完成した!

 俺は、妻と抱き合って喜んだ。


 無地と斑。……水面下の澱み(醜い争い)を知ってしまってから、上手く『気』が送れなくて、幾つもの卵が駄目になった。


 どれだけ心を落ち着けても、心無い言葉が脳裏をよぎる。

 どの柄に転んでも、心を抉られてしまうんじゃないか、と思った。


 いっそ、子供なんて作らないほうが、とも。

 でも、どうして俺たちがこんな思いをしないといけない、とも思った。


 アイツらは、毒を吐いたことも忘れて、別の獲物を探しているのに。

 毒を吐くのは構わないが、関係の無い人まで巻き込むな。


 そうした時点で、誰かに毒を吐く資格なんてないだろ。

 気づきもし……気づいても開き直ることしかできない、哀れな存在。


 そんな奴らの所為で、俺たちの幸せが壊されるなんて、あってはならない。だから、何とか卵を完成させようと、今日まで頑張ってきた。


 ああ、諦めなくて、本当に良かった。嬉し涙で視界がぼやける。

 俺たちの所に来てくれて、ありがとう!


 子供には、一生の思い出になる物を贈ろう。

 何がいいかな?孵るのが楽しみ――。


 ◇◇◇


 『首飾りの記憶』


 今にも泣き出しそうな目玉を引っ張り僕は走る。

 結界の外に、見知った無地の背中が見えた。


 「おい、何やってんだ早く戻れ!」

 僕の声に振り返った無地の顔は、泣き腫らした所為で赤くなっていた。


 「わ、私の妹が、申し訳ありません……!!」

 息を切らしながらも、目玉はその場に土下座をした。


 この子の家は柄家族で、斑の妹がいる。

 その妹は、悪い、と思っていないからか来なかった。


 無地を嫌うこの子の妹は、『本屋に行った帰り、無地に言いがかりをつけられたあげく、突き飛ばされたて怪我をした!』と《石板》に書き込んだ。


 勿論嘘だ。

 だが、無地を嫌っている者たちがコレを囃し立てた。


 『無地ならやりかねないな』『アイツら、卑屈な癖に力があるから』『何かあればすぐ暴力に訴えるしね』『もっと取り締まれよ』


 嘘だと分かった後も、『でも、普段の行いってヤツなんじゃないの?』『無地の敵は無地』『仕方ないよな』と一部の声の大きい連中に言われた。


 道を歩くと、すっと避けられる。

 無実だと分かったのに、針の筵だ。


 僕も何度か抗議したけれど、『擁護すんな』『お前、無地でしょ』と言われて終わり。…………でも、本当に一部の連中だけだ。 

 

 必死にそう説明するが、目の前の彼は悲し気に首を振った。

 もう疲れたんだ、と。


 「これ以上ここにいると、斑の全てが嫌いになってしまう」

 「でも、外に出たら、蜜が――」


 「分かっているさ。それでいい」

 それでいい、つまりは「死んでもいい」ってことだ。


 定期的に蜜を摂取しなければ、僕らは弱ってゆく一方だ。

 そんな状態で凶暴な生き物と出くわしたら、無地でも無事じゃすまない。


 「……俺たちの種族って、『戦い続きの日々に追い立てられ続ける』か『ゆとりある日々に真綿で首を絞められ続ける』かの二つしかなかったのかなぁ」


 そう考えると、やるせないな。


 僕は、それ以上何も言えなくて、去ってゆく背中を見送ることしかできなかった。すすり泣く声だけが、その場に響いていた。


 三日後、目玉のあの子は死んだ。

 妹を殺して、自らも命を絶ったのだ。


 治癒力が高い斑だが、それが間に合わないくらい何度も刺されたらしい。

 気の毒、という思いと、仕方ない、という思いがせめぎ合う。


 鬱屈とした思いを抱えたまま、一ヶ月が過ぎた頃。

 捜索隊が、血にまみれた髪飾りを発見した。


 僕らが見送ってしまった、無地の――。

 それでも、《石板》の連中は何とも思わないんだろうな。


 ははは、もう……なんというか、嫌だなぁ。

 こんな種族、滅んでしまえばいいのに。


 「……なーんてね」

 願ったところで、どうせ叶いはしない。


 家に帰ると、お母さんが椅子に座って本を読んでいた。

 夫婦そろって研究所に籠っていることが多いから、なんか新鮮。


 お帰り、と声をかけられる。

 それで僕はハッとして、首飾りを外した。


 「ごめんなさい。首飾り勝手に借りちゃって」

 「……いい、のよ。気にしないで」


 んん?なんかよそよそしいな。気のせい?

 首を傾げる僕を、お母さんはぎゅっと抱きしめる。


 驚いていると、お父さんがやって来た。

 そして、お母さんと同じことをする。


 「ごめんね」

 「すまない」


 「もう、どうしようもないの」

 「でも、……一番いいんだ」


 どういうこと?

 訳が分からず混乱する僕を、ふたりは優しく見つめる。


 「何でもないわ」 

 「夕飯にしよう」


 そう言われ、釈然としないまま夕食を取った。

 すると、どういう訳か、やけに眠くなってきた。


 「……明日がちょうど一年だけど、きっと無理よね」

 「ああ、ガユリカは解き放たれるだろうな」


 「でも、仕方がないこと」

 「これも、運命だ」


 ぼそぼそ、とふたりして何か話している。

 ああでも、もう眠気が限界だ――。


 ◇◇◇


 闇の中に、呻き声が響く。

 何一つとして関わったことのない現実に、苛まれる声。


 現実()を見て、また別の現実()が始まる。

 狭い狭い航時機の中、現実(悪夢)はまだ終わらない――。



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