種黒さんの話・溟雨
こちらは現在連載をしております『醜くも綺麗な一瞬』という物語の『ep,457・ep,458』の裏話となっております。
これだけだと、何のことか全く分かりません。
鬱々としていて胸糞な内容ですので、お読みになる際はご注意ください。
※一週間後に、後日談を投稿する予定です。
「種黒さんの国ってさ、治安悪いよねぇ~」
……あの子は、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべ私を見下ろす。
誕生会に呼ばれた先で、私は何でこんな目に遭っているんだろう。
ああ、手に持っているプレゼントを投げつけたくなる。
でも、それをやっちゃうと「やっぱ、お国柄ってやつ?乱暴だなぁ~」なんて言われる。だから、グッと耐えるしかない。
別に、私の国じゃない。
帰国子女ってだけなのに、懐かしい景色を見れて、ホッとしたのに。
「ちょうど、そこに旅行した人のブログを見つけたんだけど、『貧困格差がヤバくって、ガラの悪い人が沢山いた。スリにも遭いかけた。観光名所はまだマシだけど、それ以外は――』って書いてあったよぉ。……ああ、『景色は綺麗だったけど、ホテルの料理は凄く不味かった』だってさぁ~」
そんな誰かのブログ一つで、何を分かった気になっているんだろう。
料理なんて、その人の好みで変わるじゃない。
目の前のこの子は本当に、昔一緒に遊んだ友達だったのかな?
「ありえないよね。レストランの料理だって、すっごく不衛生なんでしょ?市場だって、皆べたべたべたべた売り物の果物とかに触るみたいだし。私だったら、三日耐えられればいい方だよ~」
「そもそも、学校まで送り迎えのバスがある時点でお察しだけどね。子供の一人歩きとか、やっちゃダメなんでしょ?なんていうか、あれだよねぇ」
「差別だってすごいって聞いたよぉ?酷いよねぇ、同じ人間なのに……」
一緒に嗤っていた数人の女子が、続け、とばかりに口を開く。
スマホで私のいた国を検索して、なにかないかな、と探す。
「あっ、このロべチューバ―さんの動画。切り抜きだけど、すっごく分かりやすいよ!再生時間もちょうどいいし」
悪いとこどり、良いとこどりの十分少々の動画。
みつけた動画は前者だったらしく、「うわぁ、これは引くなぁ」と声が上がる。
「ゴミ箱からゴミが溢れ出てんのに、まだ入れるんだ……」
「警察官の不正もすごいんだねぇ」
「見てよこれ!お客さんの食べ残しを使いまわしてるんだってぇ!!」
「ええ~、きっしょ。無理無理無理無理ぃ……」
本当かどうかも分からない画像と情報。
でも、この子たちにはそんなことどうでもいいんだ。
気持ち悪ぅ、とあの子は口元を歪めて嗤う。
クラスメイトを見る目じゃなく、ゴミでも見るような目つきだ。
……確かに、この国と比べると治安は悪いし、(あんまり詳しくは知らないけど)福利厚生も、衛生面も眉を顰めるところはあるよ。
でも、決してそれだけじゃない!!
◇◇◇
暮らし始めて間もない頃、言葉もよく分からなくて大変だったとき。
たくさんのお金が入った財布を、お母さんが落としたことがあった。
それを、スラム街のお兄さんが「落としましたよ」って拾ってくれた。
お兄さんは、拾った廃材で綺麗な犬小屋や鳥小屋を作って、道端で売っていた。
飼い犬だか野良犬だか分からない犬が、敷かれた絨毯の上で寝息を立てて――。
お母さんはたどたどしい言葉で「…………拾ってくれたお礼に、何か買わせてください」って言った。
チップ的なのがいるかもだし、……気の毒だと思って。
後になって、母さんは私にそう話した。
毎日をカツカツに生きている人。
拾ってやったんだから礼をしろ、って絶対思っている。
でも、返ってきた言葉は、「じゃあ、本当に『いいな』って思ったヤツがあれば買ってよ。そうでないなら、別にいいかな」だった。
そのあと「ここは、観光地の近くではあるけど、女性と子供だけで通ると危ないから、表通りまで送ってゆくよ」と道案内までしてくれた。
その間、店番は…………犬だけ。
去り際に「……俺がヤバいやつだったらどうしてたのさ」って笑ってた。
◇◇◇
もちろん、運が良かった、っていうのはある。
ただ、そんな人だっていた。
それ以外にも、近所の人たちはみんな親切にしてくれたし、こんな嫌がらせもされはしなかった。
でも、言ったって無駄なんだろうな。
前に、似たようなことを話したけど――。
『それでも、治安悪いことに変わりないんでしょ?』
『スラムがあること自体が、ヤバいって言ってんの』
『言葉通じてますぅ?』
『もしかして、言い返せたと思った?残念でしたぁ~』
『たった一人を引き合いに出されても困るんだよねぇ』
『全員が全員、その人みたいにいい人じゃないんでしょ?』
そう、この人たちは分かってるんだ。
みんながみんな、そうじゃないって。
それなのに、私を攻撃するときは、その考えがよぎらない。
一人の声が、全員の声になる。
この国の治安の良さの、何に貢献しているというのだろう。
むしろ、足をひぱっているんじゃないの?
…………漫画とかアニメとか、話したいことが沢山あったのに。
誕生会に呼ばれて、浮かれていた自分が情けない。
仲直りできるかも、なんて!
そして、学校ではこんなことをしないこの人たちに寒気がした。
学校では、ちゃんと保険をかけている。
『死ね』を『〇ね』と書くような。
私のいた国の言葉を揶揄いはするけど、『こんにちは、って言っただけですけどぉ?』『そっちの被害妄想でしょ』と逃げ道を作っている。
明らかに馬鹿にしているのに、罵倒じゃないから言いずらい。
……私の何が、いけなかったんだろう?
そんなに『威張ってる』態度をとっちゃったのかな。
何度説明して、って言っても、何も言ってくれないし。
「効いてる効いてる。そろそろ泣くんじゃない?可哀想~」
「草生えるってやつ?」
草と、私の草って名前を絡めて『遊ぶ』。
本当に、何て『治安の悪い』人たちなんだろう。
それでも、あの子……土毒ちゃんのお母さんが「クッキー焼けたわよ」と部屋に入ってきた途端、『いい子』になった。
◇◇◇
小学校の昼休み。
何事もありませんように、と願っていたけど――。
「種黒さーん、そっちの国の言葉で『おはよう』って、なんて言うんだっけ?この間、せっかく教えてもらったのに忘れちゃってさぁ」
威圧感の漂う笑みを貼り付けて、土毒ちゃんが私の席にやって来た。
言いたくなかったけど、言うしかなくて――。
「ねぇ!『おぶっしゅりだぁ~れむぅ』だってさー!!」
変なイントネーションで飾り付けた言葉を、可愛らしい声で言い放つ。
「うぉっっぶっしゅりだんれむっ!」
「おぶぶぶっしゅりどぅあ~れむぅ!!」
数人の男子が、私を取り囲むようにして囃し立てる。
土毒ちゃんと同じグループの女子たちは、それを見てクスクスと嗤う。
慣れ親しんだ言葉が汚されてゆく。
でも、みんなにとってはノリでしかないんだろうな。
……お父さんとお母さんに話すべきなのかもしれない。
でも、ふたりだってこっちの空気にまだ慣れていない。
数年前の記憶と現在の違いに、すごく戸惑っている。
それが落ち着いてからじゃないと、言い出しにくい。
視線をずらすと、一人の男子生徒と目が合った。
好きな本の話で盛り上がったことのある、ちょっと気弱だけど優しい人。
助けてくれるかも、何か言ってくれるかも、と期待した。
でも、無駄だった。
すっと目を逸らされて、それっきり。
私の心に浮かんだのは、『裏切者』の三文字だった。
◇◇◇
「…………悪いことしちゃったなぁ」
一日学校を休んで、冷静になった頭でそう思った。
別に、目を逸らされたのが原因ではない。
ただ単に、少し熱っぽかったからだ。
誰だって、巻き込まれたくはない。
ましてや、女子のいざこざに男子は入って行きずらいだろう。
「自分のせいで休んだ、って思っていなきゃいいけど……」
お父さんと同じタイプの人だから、余計にそう思う。
「草、大丈夫か?」
そんなことを考えていたら、お父さんが私の部屋をノックした。
ドアを開け、「大丈夫だよ!」と笑って見せる。
お父さんは「ああ、まだ寝ていなさい」と手をわたわたさせた。
「本当に大丈夫だよ!それより、明後日は――某観光地――に連れて行ってくれるんでしょ?すっごく楽しみ!!」
さっきよりも、にっこりと笑う。
そんな私を見て、お父さんは「……そうか」って頭を撫でた。
「何かあったら、絶対に言うんだぞ?お父さんに言いづらいなら、お母さんでもいいから」
私が大きく頷くと、やっとお父さんはホッとした顔をした。
階段を下りてゆくお父さんを見て、話してみよう、って思った。
日曜日、思う存分遊んで、気分をリフレッシュさせたら言える気がした。
◇◇◇
「…………なんで、土毒ちゃんがいるの」
お土産物屋さんが並ぶ、石畳の道。
と言っても、石畳なのはほんの一部で、他は普通の道路だけど。
ふと、お店の中を覗いたら、買い物をしている土毒ちゃんを見つけた。
自然と足が震える。
あの嫌な嗤い声が、頭の中にぐわんぐわん響く。
せっかくリフレッシュできると思ったのに、酷い偶然だ。
なんで私ばっかり、こんな目に合うの?
落ち着け。今は土毒ちゃんの家でも学校でもない。
お父さんとお母さんが近くにいる。
それは、土毒ちゃんだって同じだ。
家族の前では『いい子』なんだから、今は何もできない筈。
とはいえ、気づかれたら困る。
学校か帰り道で、何か言われるかもしれな――。
パチリ。
音がしそうなほどハッキリと、土毒ちゃんと目が合った。
たったそれだけで、私は走り出していた。
嗤い声から、ゴミを見るような眼から、逃れるように。
車が走っている道路があるなんてことは、すっかり頭から抜けていた。
飛び出した私を、ドンッと車が撥ねる。
私の記憶は、そこで終わった。




