表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/19

意味のない悪夢

 こちらは現在連載をしております『醜くも綺麗な一瞬』という物語に登場する、とある人物が見ている悪夢の話となっております。

 

 これだけだと、何のことか全くわからない仕様です。

 鬱々としていてグロテスクな表現を含んでおりますので、お読みになる際はご注意ください。

 パチリと目を覚まし、まだ寝ていたいな、と布団に潜る。

 部屋は暖房が効いていて、とても心地いい。


 このまま二度寝してしまいたいが――。

 「こら!早く起きないと遅刻するわよ!!」と母の声が聞こえた。


 七つ年下の妹が「お兄ちゃん!早く起きなよー!」とドアをノックする。

 渋々と起き上がり、少しブカブカな制服に身を包む。


 『中学生だもの、すぐにピッタリになるわよ』

 そう言って笑う母の隣で、父も『そうだな』と笑っていた。


 「本当かなぁ……」

 ボソッと呟き、スクールバッグを持って部屋を出る。


 ヒンヤリとした廊下、靴下越しではあるが足の裏が冷たい。

 もうそれだけで、布団に逆戻りしたくなってしまう。


 我慢我慢、と頬をぺちっと叩く。

 細い階段を降りると、リビングのテーブルに朝食が置いてあった。


 父と母が「おはよう」と笑いかけるので、自分も「おはよう」と返す。

 自分が座る椅子の隣では、妹が先に食べだしている。


 「ふぉふぁよー。ふぁきにふぁべへるよ!」

 もしかして「おはよう。先に食べてるよ!」と言っているのだろうか?


 「こら、食べながら喋ったらダメだよ」

 スーツを羽織った父が、やんわりと注意した。


 妹はニコッと笑い、コクリと頷く。

 この笑顔で、大抵のことを許してしまいたくなる。


 実際、父も母も自分も妹に甘い。

 その割には、ワガママに育っていないのが不思議なのだが。


 椅子に座ると、「眠そうな顔」と頬をつつかれる。

 お返しにデコピンをすると、「えへへ」とまた笑う。


 ……何かがおかしい。

 ()()()()()()の筈なのに、何故か違和感がある。


 「ん、どうした?早く食べないと冷めるぞ」

 まあ、冷めても母さんの作った料理は美味しいけどな、と父は言った。


 「おだてても、何も出ませんよ。でも、ありがとう」

 母もそう言って、嬉しそうに笑う。


 幸せだ。

 すごく幸せで、何故か泣きたくなってしまう。


 昔、図書館で『長年離れ離れになっていた両親と再会する兄妹の話』を読んだことが…………ある…筈なのに、いや、()()()


 何年前かも何処の図書館かも、何も覚えていないけど。

 ……あの兄妹も、こんな風に泣きたくなったのだろうか?


 「どうしたの?もしかして、気分が悪いの?」

 不安げな表情と共に、母が自分を覗き込んでくる。


 「何でもない」と返し、朝食をとった。

 父の言う通り、本当に美味しい。


 その筈なのに、自分が食べているモノが何なのか分からない。

 飲み込む前までは、確かに知っていた筈なのに。


 食べ終わったタイミングで、インターフォンが鳴る。

 これも、小学生の頃から続く()()()()()()


 「おはようございます」

 長い付き合いになる……幼馴染?…が、いつものように敬語で挨拶をする。


 「どうしたんですか?早く行きますよ」

 「あっ、はい……」


 急き立てられるように家を出た。

 昨日新しく買った靴を履き、意味もなく地面をトントンと叩く。


 「気を付けて、いってらっしゃい!」

 振り返ると、玄関で父と母と妹が笑顔で手を振っている。


 違和感を感じつつも、「いってきます」と手を振り返す。

 再び前を向いた時、ゾッと背中に冷たいものが走った。


 さっきまで見ていた筈の両親と妹の顔が思い出せない。

 もう一度振り返って、確認すればいい。


 そう思ったが、どういうわけか振り返ることができなかった。

 隣を歩いていた幼馴染?が「……どうしました?」と聞いてくる。


 「悪い夢でも見たんですか?顔色が悪いですよ」

 「悪い夢……」


 そんなものを見た覚えはないし、特に気分も悪くはない。

 自分の顔は、傍から見て分かるほどに悪いのだろうか?


 「……何もないならいいのです。さあ、行きましょう」

 そう促され、いつもと同じように小さな橋を渡る。


 元は赤い欄干だったそうだが、塗料は殆ど剥がれ落ち錆だらけだ。

 亀裂の入ったアスファルトの道を歩く。


 少し前までは田畑一色だったのに、今は新しい家が幾つか建っている。

 遠目から見ると、家だけCGで貼りつけたようだ。


 そんな一軒の家から、一人の少年が出てきた。

 自分よりも少し年上で、学校近くの寺でバイトをしている人。


 今日も、いつもと同じように朝の挨拶を交わす。

 後ろから、自転車の音が聞こえてきた。


 『お城』に住んでいる人で、目の前にいる少年の友達だ。

 彼とも、いつもと同じように挨拶を交わす。


 四人で他愛もない話をしながら道を歩く。

 すると、曲がり角から二人の少女が現れた。


 一人は短髪黒髪で、もう一人はフリルのついた服を着ている。

 いつ見ても、年の離れた姉妹のように仲が良い。


 この二人とも顔見知りで、よく前を歩いている二人と一緒にいる。

 中学校と高校の分かれ道まで、なかなかの大所帯で道を歩く。


 フリルのついた少女とは、小学校前でお別れだ。

 門の前では、朝顔柄の服を着た少女が立っていた。


 小学生でありながら、薬局…めいたモノを経営しており、自分も、よく…世話に…………よくではなく、毎日のように世話になっている。


 正直、彼女には頭が上がらない。

 こちらに向かって「おはよう!!」と手を振るので、振り返す。


 町のほぼ真ん中に位置する、木造灯台のような建造物の前を通る。

 近くに大きな河も海もないのに、何故か存在している。


 この辺までくると、コンビニや塾、100円ショップが漸く姿を現す。

 駅前だけが妙に新しくて、いつも『浮いている』と感じる。


 この木造灯台(仮)の先にある分かれ道で、三人と別れた。

 そしてまた、二人でテクテクと歩き出す。


 少々風変わりなイラストレーターの住む家の前を通り、梅の家紋が描かれた呉服屋を通り過ぎ、時が止まったかのようなレトロな百貨店前を過ぎれば中学校。


 横断歩道で信号待ちをしていると、首筋にズグッと鈍い痛みが走った。

 何だ、と思い手を当てると、ヌルリとした感触がある。


 手の平を見ると、べっとりと血がついていた。

 「わっ!?」と叫ぶと、驚いた様子の幼馴染がこちらを見る。


 「ど、どうしたんですか?」

 「て、手に血が…………あれ?」


 血どころか、汗も何もついていない。

 気のせいだったことを詫び、学校へと向かう。


 中学校の隣には、白い蛇を祀っている神社がある。

 鳥居の前に、担任の先生が立っているのが見えた。


 いつも蝶の柄が入った服を着ていて、なんだかんだ気さくな人。

 ペコリと挨拶をし、教室に入る。


 赤い髪をツインテールにした少女が「遅かったね」と笑う。

 橙の髪を同じくツインテールにした少女が「そんなに?」と言った。


 「十分くらいでしょう?」

 「うん」


 浅葱(あさぎ)色の髪をした少女が、同意するように頷く。

 いつもと同じ、仲の良い三人組だ。


 それなのに、どうしてこうも違和感があるのだろう。

 斜め前の席に座った幼馴染が「……本当に大丈夫ですか?」と問うてくる。


 「気分が優れないようなら、早退した方が――」

 「変なんですよ」


 ピッと言葉を遮り、両手で前髪をぐしゃりと掴む。

 暫くすると「……何がですか?」と返ってきた。


 「全部が、です。……いつもと同じ、いつもの光景の筈なのに、()()()()()。こんな世界があるはずないんです!」


 支離滅裂な事を言っている自覚はある。

 教室はシンと静まり返り、自分に向けられている視線が痛い。


 「違ったら、どう、するの?」

 浅葱色の髪の少女が、コテンと首を傾けた。


 「違ったら、どう、する、の?」

 「そ、それは……」


 「ねえ、ど、どう、すすす、するの?ねえ、ねえ、ねえ、ねえ?」

 「あ、あの……」


 答えに詰まっていると、突然、掃除用のロッカーがバンと開く。

 そして中から、ごろんと人が出てきた。


 土にまみれた長い黒髪が、教室の床に散る。

 見るも無残な姿の、赤子を抱えた女の人。


 よく知っている……とても懐かしい人だ。

 自然と「……母さ、ん」と口から言葉が漏れる。


 黒板の前には、土気色の顔をし、酷く痩せ細った父が倒れていた。

 折り重なるように……()()()に、自分を逃がしてくれた老人が事切れている。


 着物は血で赤く染まっていて、体中傷だらけだ。

 半開きの口からは血が溢れ、床に流れていく。


 あれ?でもそうなると、さっきまでの両親や妹は……?

 何故か、片足が酷く痛んできた。


 思わず目をやるが、怪我をしている様子はない。

 ……そういえば、自分の足ってこんなだったっけ?


 更に痛みが酷くなってくる。


 血の匂いも濃くなってきて、今にも吐きそうだ。

 何が起こっているのか分からず、呆然と教室内を見回す。


 窓際の席の男女の胸には弓矢が突き刺さり、プロジェクターには誰とも知れぬ生首が引っかかっていて、虚ろな瞳でこちらを見つめていた。


 窓の外では、老若男女様々な人たちが落下していく。

 悲痛な叫び声と、ぐしゃり、と嫌な音が耳に届く。


 それなのに、幼馴染も女子三人組も気にした様子はなく、机の上に(何故か人の手形や泥がついている)教科書やノートを置きだした。


 「あっ、新しい、筆箱、買ったの?可愛い、模様」

 「でしょう!一目惚れってヤツ!!」


 赤い髪を揺らし、少女は蟷螂(かまきり)の描かれた筆箱を掲げる。

 得意げに筆箱を開けると、中には大量の桜貝が入っていた。


 ぎっしりと詰め込まれていた所為か、数枚が机の上に落ちる。

 よく見ると、桜貝ではなく人間の爪だった。


 どれも綺麗に整えられており、蛍光灯の光を反射している。

 ひっ、と引き攣った音が口から漏れた。


 自分にしか見えていないのか、やはり浅葱(あさぎ)髪の少女が気にした様子はない。

 ただ「か、かか、可愛い、いいぃ、ね」と言って、笑うだけだった。


 いつの間にか、橙髪の少女の首が無くなっている。

 それなのに「昨日、夜更かししたから眠いなぁ」と声が聞こえてきた。


 「さあ、貴方も早く用意をしないと」

 まさか忘れたなんて言いませんよね?と幼馴染が揶揄(からか)い交じりに聞いてくる。


 そんな彼も、顔が半壊していて首が変な方向に曲がっていた。

 それなのに、何がおかしいのかクスクスと笑っている。


 「おはよう。さっきぶりだね」

 ガラリと扉が開き、担任が姿を現した。


 「ん、どうしたんだい?そんな幽霊でも見るような顔をして」

 よかった、彼は()()()()()だ。


 ……いつも通り?

 彼の顔には、巨大な蝶の(はね)があったような――。


 (……何を考えているんだ。人の顔に蝶の翅が生えているだなんて、そんなこと、あり得る訳……が、ない)


 長い廊下に、無数の死体が転がっていた。

 人、鬼、馬、鳥、猫、虫……さっき道で会った少年少女もいる。


 反対側を見ると行き止まりで、壁に凭れるように三人の人間がいた。

 大人の男女と、妹と同い年くらいの子供。


 全員、槍が何本も体に突き刺さっている。

 流れ出た血が、小さな池のようになっていた。


 幼馴染が、自分の肩にポンと手を置く。

 爪は土と血で塗れ、人差し指と小指が折れている。


 「早く席についてください。授業が始まりますよ」

 「ああ、あと一分もしないうちに始まるよ」


 黒板前の死体を避けて、担任はチョークを手に取った。

 どう見ても折れた骨にしか見えない、先端が鋭く尖ったチョークだ。


 文字を書くたびに、フォークで皿を引っ掻くような音がする。

 反射的に顔を歪めた。


 「さあ、早く」

 「…………っ!!」


 幼馴染の手を振り払い、廊下に出ようとする。

 いつの間に来たのか、朝顔柄の服を着た少女が立っていた。


 「何処に行くのだ?」

 肩口で切りそろえられた髪が、さらりと揺れている。


 二色の瞳を心配げに揺らし、「大丈夫か?」と頭を撫でられた。

 ガクッと力が抜け、その場に膝をつく。


 「…………帰りたい」

 「何処に?」


 「分からない。でも、…………帰り…たい」

 自分の声とは思えないほどに、弱くかすれた声だった。


 「()()()()()を思い出しさえしなければ、()()も住みよいところだよ?」

 担任が、目線を合わせるようにしゃがみ込む。


 その瞬間、ドスッと首に激痛が走る。

 視界の端に、血濡れた槍の先端が見えた。


 「そうですよ。……思い出すだなんて、そんな愚かなことをしてはいけません。皆でずっと、()()にいましょう」


 幼馴染が、穏やかな声でそう言った。

 彼は首に刺さっていた槍を抜くと、今度は背中に突き刺してきた。


 「とても痛いでしょう?……でも、()()貴方は、いざという時はこれよりもっと痛い思いをしなければならない。それで、いいのですか?」


 喉が潰れている所為で、言葉どころか悲鳴すら上げられない。

 浅葱髪の少女も「忘れたら、今まで、通り」と言葉を投げてくる。

 

 「違う、と、感じる、までは、幸せ、だった、でしょう?」

 それは、確かにそうだ。


 「試しに、目を閉じて、忘れろ、って、念じて、みて。全部、元に戻る、から」

 言われるがままに目を閉じ、心の中で「忘れろ」と呟く。


 「……顔を上げて目を開くといい。いつも通りの光景が広がっているよ」

 担任にそう促され、恐る恐る目を開いた。


 死体も悲鳴もない、いつもの廊下。

 振り返ると、いつもの教室にいつものクラスメイトたち。


 喉に触れてみるが、特に何もない。

 橙髪の少女が「さっ、早く席について!」と手招きをしている。


 担任が肩を、幼馴染と朝顔柄の服を着た少女が背中を押す。

 どの手も温かい。


 自分が「ここにいたい」と思っていれば、ずっといられる平和な世界。

 明日も明後日も、その先もずっと。


 何の心配もしなくていいし、過去の過ちを思い出さなくてもいい。

 ()()()()()でずっといられる。


 そんなこと、あっていい筈がない!


 今度こそ手を振り払い、一目散に廊下を駆ける。

 消えていた死体も悲鳴も、また戻ってきた。


 自分が殺めてきた人やその家族、恋人、友人、仲間……。

 どれだけ後悔しても、もう戻ってはこない。


 誰にも裁かれることはないし、糾弾もされない己の罪。

 それでも、忘れるわけにはいかない。例え、何百年経とうとも。


 自分を捕えようと、無数の腕が伸びてくる。

 目の前は行き止まりだ。


 どうする、と思ったその時――。

 彼らの手首を、突如現れた孔雀の羽が切り落とした。


 何が起こっているのか分からずポカンとしていると、空間にピシッと罅が入る。

 罅はどんどん広がっていき、最終的には世界全体に罅が入った。


 まるで、巨大な蜘蛛の巣の中にでもいるような気分だ。

 右手にシュルリと赤い糸が絡みつく。


 糸は、自分一人が通れるくらいの長方形の隙間から出ていた。

 中は暗闇が広がっていて、糸が何処に繋がっているのかは分からない。


 ただ不思議と、恐ろしくは感じなかった。

 糸は「こっちに来い」とでも言うように、クイクイと引っ張ってくる。


 深呼吸をし、一歩前に踏み出す。

 後ろから「待って!!」と声が聞こえた。


 振り返ると、()()父と母と妹が立っていた。

 妹は、大粒の涙をボトボトと流し、しゃくりあげて泣いている。


 「……行っては駄目、行かないで。()()()()が正しい形なのよ。あなたも(この子)も、私たちの大切な子供なんだから」


 そう言って涙を流す母と、静かに頷く父。

 確かに数多の一つには、()()()()()()もあるのかもしれない。


 でも――。

 

 「あなたたちの子供であった()()は、もう何処にもいません」

 すみません、とボクは頭を下げた。


 迷いを振り切るように暗闇に飛び込む。

 「…………っ!!」と、懐かしい名前が聞こえたような気がした。


 一番最初の名前だ。

 もう二度と、聞くことはないと思っていたのに。


 ガシャアアァンッ!!

 ガラスが砕け散るような、大きな音が聞こえたところで意識は途絶えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ