とある並行世界のまとめ話・3『泥土』
作中に出てくる、並行世界をまとめたもの『3』です。
やはり、これだけ読んでも何のことかよくわからない仕様になっております。
胸糞な表現も多々ございます。
ご注意ください。
「全然話が違うじゃないっ!!!」
受話器越しの筈なのに、隣に本人がいるようだ。
ただでさえ締め上げられている息が、またギュッとしまる。
「私は、あなたがまだ教師としてまともな部類だと思っていたから、この間、色々と意見を出してあげたんですよ?……水川先生、聞いているんですか!?」
これ見よがしに吐きそうになる溜息をグッと堪える。
そんなことをすればどうなるか、わかっているから。
電話の相手は、俺のクラスの生徒の母親だ。
声を聞くのは嫌だが、聞き逃さないように意識を集中させる。
「この間上演された白蛇様の劇、生贄役の女の子の服のデザインがよろしくないって、私言いましたよね?なんですか、アレ?キャラクターだってそうですよ!萌えキャラみたいで気持ち悪いって、あれほど言ったのに!!」
「いえ……その、お母様がお仰られた通り、少々露出が多かったと思いましたので、改めて生徒がデザインを――」
「それでアレですか!?…………はあ、やっぱり、子供と言っても男なんですね。何にもわかってなわ。女を性の対象としかみていない、気色の悪い服に性的搾取に特化したキャラクター」
白シャツに白のスカート、赤い水引を頭に付けただけの恰好だ。
元はもっと華やかだったが、『意見』がきたのでそうなった。
劇の案内役のキャラクターも、初期よりもずっとおとなしい。
断じて、卑猥に見える恰好はさせていない。
何度も修正して、周りからも『原型が無くなった気もしますが、いいんじゃないですか?』『気にしすぎですよ』と言われるようなところに収まった筈だ。
どこがいけなかったんだ?
スカートが膝までしかなく、素足だったところか?
俺が考えている間にも、金切り声が響く。
「もしかして、私が頻繁に連絡を入れなかったから、これ幸い、と思っていたんじゃありません?……用事が忙しくって、顔を見せないからバレないだろうって」
「い、いえ、そんなことは――」
「では伺いますけど!あれだけ見張りを立たせるように言ったのに、結局は無視したらしいじゃないですか?……はあ?いくら周りに他の生徒がいると言っても、そんなのなんの役にも立たないんですよ!!」
「ですが、他の保護者の方は都合が合わな――」
「何ですかそれっ!?まるで私が暇人のような言い草ですね!!さっきも言ったじゃないですか、用事があったんだってっ!!……ったく、さっき言ったことをもう忘れてる。これだから男は――」
マズいと思ったが、もう遅い。
ゲリラ豪雨のように、怒りの言葉が浴びせられる。
「そりゃあ、先生には関係のない事ですもんね。劇に出るわけでも、あの恰好をするわけでもないんですから!『その程度』で済みますよ、ええ!!」
「でもですよ?『写真撮影禁止』にしていたわけではないんですよね?……ほら。そういう所の意識が男は軽いんですよ!!撮影された写真が、無加工でネットにあげられる可能性は?注意喚起をしたって言いますけど、世の中、私のような、まとも人間ばかりじゃないですよねぇ!?」
「生贄役の子、写真で見ましたけど可愛い顔していたじゃないですか。いやらしい男の目にとまったりしたらどうするんですか?それで、付きまとわれでもしたら。最近は、住んでいる所を特定するのなんて、朝飯前なんでしょう?」
「男からしてみれば、怯えるのも楽しみの一つなんでしょうけれど、された方は溜まったものじゃありませんよね?力で押さえつけることだってできますし、嫌な写真を撮られて脅されるかもしれない。そうなったら責任は取れるんですか?」
そんな、たらればを言われても困る。
それに、強制したわけじゃない。
劇に出演するのは、同意の上だったのだから。
「ちょっと!!都合が悪くなるとダンマリなんですか?ああ、嫌だ嫌だ。スノドロやロベチューブの連中と何も変わらない。ダンマリを決め込むか、はぐらかすかしかしない。……どうせ、私のことをただのクレーマーオバさんだと思っているんでしょう?まともに話を聞く気なんてないんでしょう?」
「そんなことない?はっ、口では何とでも言えますねっ!……戦争と一緒よ。『男女平等になったんだから、女も戦場に行かないとねぇ』なんてコメントを前にロベチューブで見ましたけど、どうせ本当に戦争が始まって、戦地に行くことになったら、自分はクドクドと言い訳して行かないクセにっ!!」
「まっ、そう言ったら、『そんなことない』って言うんでしょうけど、ポテチバクバ食って、パソコンとスマホに張り付いて、不平不満を宣うだけの人間に、戦いなんて出来る訳ないわっ!!…………それなのに、男ってだけで、鬼の首を取ったように、戦争に巻き込まれた人の気持ちを考えもしないで、ただただ相手を貶す為の『ネタ』にして、滑稽にもほどがあるわっ!!!」
「それから、『どんなに理由付けしても、やっぱ子供を産む事とか考えると、女の賞味期限は――』って言う人!いいですよね、ただ男だったってだけでっ!!言い返したら『おおっ、ムキになってる(笑)。これだから――』って言えて、本当、良い御身分!!!」
「『リアルの女と付き合うと、コスパもかかるし気も使わないといけない』って、可愛らしい女の子のキャラクターに言わせて、バッカみたい!気なんて使えないクセに、これを逆にしたら、凄い勢いで食ってかかるクセにっ!!」
「……ああ、誤解しないでいただきたいんですけど、私は心が広いですから。そういったご意見もあるんだな、と思う程度で何もしていませんよ?同じ場所まで、墜ちたくはありませんから」
「話を戻しますけど、今回の件、娘が生贄の子と一緒に並んで映っている写真を見たから、わかった事なんですよ?これってハッキリ言って隠していたってことですよね?普通は、私が連絡をしなくても、そちらが逐一報告するのが筋だと思うんですけど?どうなんです?」
「いや、別に謝罪の言葉が欲しいってわけじゃないんです。アレですか?私が来なかったのが悪いって言うんですか?大切な用事があっても、それをキャンセルしてでも来い、と。……ですよねぇ、流石にそこまで自分勝手な先生じゃないとは思っていますよ」
「でも、忠告はしましたからね?劇に出ていた子たちの保護と、衣装をデザインした生徒さんには、厳しい沙汰をお願いします。……えっ!?今まで何を聞いていらしたんですか?あんなキャラクターを作る犯罪者予備軍と普通の子を分けるのは、至極当然のことでしょ!!?バカじゃないの?」
「ああっ、もうっ!!わかっています。ええ、わかっていますとも!教師って仕事は忙しくって、大変だという事は!……でも、そんなの覚悟のうえで教師になられたんですよね?そんな嫌そうな声を出すくらいなら、辞めたらいいじゃないっ!!聞いてるこっちも不快だわ!!」
「確か先生って、お幾つでしたっけ?ああ、そうですか。ご結婚は?…………やっぱり。相手の言う事を軽くしか考えられなくて、曖昧な受け答えをするような方なら、当たり前ですよね。そんなだから、モテないんですよ。既婚者である私からのアドバイスです」
「もうないだろうとは思いますけど、次に劇をやるってなった時は、もっと配慮してくださいね?それこそ、多様性の時代なんですから、ヒーローみたいな強い女の子が出てくるような内容でもいいわけですよ!……くれぐれも、今回の劇二の舞にならないようにお願いしますね?」
「そんな間違った案を通したなんて世間が知ったら、……その先は、言わなくても流石にわかりますよね?いくら、思考回路が単純なあなたでも」
「もし破るようなら、出るところに出ますからっ!!先生だって『セクハラ教師』なんて言われたくないでしょう?肝に銘じておいてくださいねっ!!!」
ガチャンッ!!!!!
壊れたんじゃないかと思うくらいの勢いで、電話は切られた。
長かった。
時間にしては三十分程度だが、百年程経ったような気分だ。
ふと周りを見ると、同情めいた視線が自分に注がれていた。
でも、それだけ。
みんな、自分の仕事で精一杯なのだ。
ふうううっ、と安堵の息を吐き出す。
実際には何も解決していない。
でも、一先ずの『脅威』は去った。
「…………『萌えキャラ』を描いたら『犯罪者予備軍』、か」
いったい、いつの時代の話をしているのだろう。
まだそういう人はいるんだな。
戦争のことだってそうだ。
俺が言ったわけでもないし、考えたことすらなかったのに。
(それを、さも全ての男の総意のように……っ!!)
しかも、話に全く関係ないじゃないかっ!!
ぎりっと拳を握り、行き場のない怒りをどうにか抑える。
それにしたって限界だ。
スマホを持ち、ロべチューブをこっそりと見る。
と言っても、『嫌な動画』は見ない。
ほのぼのとした動物系が殆どだ。
(……それでも、コメントに動画と全く関係のない『これだから――』と書き込む奴が一定数いる。俺はお前らの邪魔をしないから、頼むから他所に行って、気の合う連中とだけ楽しんでくれ。無関係な者たちにまで、火の粉を振りまくな)
「はあ……、最近、楽しめなくなってきたな」
ただただ惰性で視聴している気がするし、実際そうだ。
視聴をやめ、スマホをしまう。
ああ、早く家に帰りたい。
◇◇◇
「……昨日は、母が大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
ご意見電話があった次の日の放課後。
廊下で呼び止められたかと思うと、そう言って頭を下げられた。
「少し、お話したいことがありまして――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
立ち話もなんだったので、近くにあった部屋へと入る。
劇で使った、衣装や小道具がしまわれている部屋だ。
長机を挟み、向かい合うように座る。
目の前の女子生徒(クレームを入れてきた保護者の娘)は、真っすぐ俺を見た後、再度ペコリと頭を下げた。
「母がああいった事をしたのは、私がうっかり話してしまったからなんです。本当に、すみませんでした」
彼女曰く、学校に乗り込んできた時は、ママ友から伝え聞いたらしいのだが、その後、つまりは昨日の電話の原因は自分にあるのだと言う。
「……それまでは、すっかり忘れていたんです。それを、私が思い出させてしまって。あと、母の『用事』というのは、アイドルの追っかけの事なので、気になさらないでください」
何を言えばいいのか迷っている俺をよそに、彼女は続ける。
「昨日の夜、私がバイトから帰ったら、凄く上機嫌の母がリビングにいて、どうしたのって聞いたんです。そしたら、『あんたんとこの下心のあるクソ教師をわからせてやった』って言って、そこから長々と水川先生にした仕打ちを武勇伝のように得意げに語られて……」
恥ずかしさと情けなさが入り混じったような表情だ。
俺も『下心がある』なんて思われ方をしていたことに驚いた。
どう曲解したらそうなるんだ。
同じ言語を使っているはずなのに、まるで話が通じていない。
「…………庇うってわけじゃないんですけど、母は中学生の時、電車で痴漢にあったことがあって、それ以来、自分が認めた男の人以外は目の敵にしているんです。弟も今反抗期で、それもあるんだと思います。父も、母の尻に敷かれているって感じで、私の言うことも聞いてくれなくて……」
何度か『そんな風に言わないで』と頼んだことはあるらしい。
しかし、その度に『なんで、男の味方すんの!?』とキレられるのだそうだ。
「子供の頃からそうなんです。小学生の時は『お前の母ちゃんヤバいな』ってイジメ……揶揄われたこともあって、中学の時は腫物にでも触るように微妙な距離をとられて」
なんとか「……そうか」とだけ絞り出す。
彼女は膝の上で握っていた手を、さらに強く握りしめた。
「ただ、母は痴漢に遭う前は、『声を上げればいいじゃん』って言っていたような人間なんです。……だから、そうなって当然とは言いませんけど、それで男の人に敵意を向けて、こうして無関係な先生を攻撃するだなんて、絶対に間違っているんです!それに、先生は凄く気を遣ってくださっているのに」
でも、私の声は届かない――。
最後に呟かれた声は、消え入りそうな程に小さかった。
あの時と同じだ、と思う。
先輩の家に行って、奥さんに謝られた時と――。
「…………私は、誰を恨めばいいんでしょうか?」
母の心を傷つけた痴漢か。
でも、全ての被害者が母のようになるわけではない。
『そんなんで心の方向性が決まるなら、もとから素質があっただけの話』
そう言う者もいるだろう。
なら、互いに毒を吐き合う者たちを恨めばいいのか?
『個人の意見』を免罪符に、無関係な物にまで毒を振りまく者たちを。
でも、それだって『こんな人もいるのかぁ』で終わる人もいる。
『発言の一つ二つで靡く奴が悪い』……きっと、そうなるだろう。
「おかしな話だと思います。『これだから――』って言われるモノの大半には元凶がいるのに、その人たちは何のお咎めもなくさっさと死んで、後の人たちにしわ寄せがくる。しかも、それを助長させて、争わせようとする人もいる。勇気を出して連鎖を止めようとすると『綺麗事』『偽善』『甘い』って言われる……」
鎮火しかけていた火に、わざわざガソリンをかける者もいる。
そう言った連中も、殆どがお咎めなしだ。
そして、すぐに忘れてしまう。
「……××が憤るのはわかる。俺も、そう思っているから」
「……ありがとうございます」
理不尽だ、と思う。
どうして、彼女が頭を下げ、こうも苦しまないといけないのか。
謝るべきは、彼女じゃないと言うのに。
気にしていないことを伝え、先に退出させる。
「……もうすぐ、火祭りですね」
ドアに手をかける直前、彼女は言った。
「母が、先生に戦争の話をしたって言っていました。男だからって理由で、マウントとれるって。……私、願いの布にお願いしちゃおうかなって思ってるんです。ネットでそうイキり散らかす人も、対立感情を煽る人も、私も、みんな戦場に行って、銃を貰って、どさくさに紛れて母を――」
「こらっ!冗談でもそんな事を言うんじゃない!!」
自分でも驚くほどの大声に、彼女の肩がビクッと跳ねる。
「……っあ、す、すまない」
「いえ、こちらこそ、申し訳ありませんでした」
しばらくの沈黙の後、彼女は口を開く。
その目は、何もかもを諦めたような、疲れ切った光を宿していた。
「でも、そう思うことは間違いなのでしょうか?もし戦争が始まったら、例え戦地に行かなくっても何かしらの事に巻き込まれる。そうなると、スマホもパソコンも自由にできなくなりますよね?インフラだって、今まで通りにはいかない」
「……まあ、考えたくはないが、そうなるだろうな」
「結局は、画面の向こうで苦しんでいる人を見て、自分に都合のいい部分だけを重ね合わせて『だから俺・私も不幸だ!』って酔っているだけ。……私も含めて、そんな人たちが、厳しい訓練に耐えられるんでしょうか?文句ひとつ喧嘩一つせずに、理路整然と振舞えるんでしょうか?」
「……環境が変われば、人は変わってしまうものさ。ましてや、今まで自由にできていたことができなくなったら、イライラだって溜まるだろう」
「それが見てみたいんです。ぬくぬくとした場所で文句をたれて、『自分ならうまくやれる』ってイキっている人たちの右往左往を!ふふっ、感情的な考えでしょうが」
「……こんな事を言ってはいけないんだろうが、俺はその気持ちを否定はしない。ただ、そうなったら、巻き込まれるのは『そんな連中』だけじゃない。『普通』に今を生きている人だって、犠牲になってしまう」
「……です、よね。すみません。短絡的過ぎました」
「……いや、少しでも気持ちを吐き出せたなら、それで」
「失礼します」
深く深く頭を下げ、彼女は部屋から出て行った。
何もアドバイスできなかったことが悔やまれる。
話をすり替えただけだ。
(……でも、なんて言えばよかったんだ?)
前髪を、苛立たしさを乗せてぐしゃりと掴む。
同時に、有栖乃先輩の家に行った時のことを思い出した。
酒が入っていたとはいえ、あまりにも『イタい』事を言ってしまった。
思い返すと、顔から火がでそうだ。
前日に、本棚に入れたままにしていた、(おじさんの家から持ってきた)宗教勧誘の小冊子を読んでしまったからだろうか?
(いや、それにしたってアレはない。黒歴史にもほどがある)
もっとも、数日前までは忘れていた記憶だった。
劇の練習が忙しく、思い出している場合じゃなかったのかもしれない。
小冊子を読み終え、その上にプリントやら何やらを重ねてしまっていた。
思い出したのは、それらを整理しようと退けたためだった。
本当は、その時点で先輩に謝罪メールか電話をするべきだった。
しかし、恥ずかしくて何もできずに今に至る。
◇◇◇
「…………そして、ズルズルと『この日』まで来てしまった」
火祭り当日の夜。
どうするべきか迷っていたが、結局家にお邪魔することにした。
連絡はしていない。
心の片隅で、留守だったらいいな、思っている自分がいる。
「はあ、…………情けない」
そう呟き、のろのろとした足取りで夜道を歩く。
屋台のある白蛇神社や河原と違って、この辺りはかなり静かだ。
田んぼや空き家が多いというのもあるのだろう。
どこからか、「にゃー」と猫の鳴き声が聞こえた。
「そういえば、最近、猫や鳥を殺して回っているヤバい奴がいるって噂が、生徒の間でまことしやかに囁かれていたな……」
まあ、単なる噂だとは思う。
都市伝説……口裂け女みたいなものだ。
言っては何だが、野良猫の死体なんて、子供の頃はよく見たものだ。
猫以外にも、タヌキやイタチも。
車に轢かれたり、他の動物に襲われたり。
今はだいぶ目にする機会も少なくなったから、変な噂が出来上がったんだ。
先輩の家の屋根が見えてきた。
明かりがついている……ということは、家にいるのだろう。
「…………腹をくくるか」
そう呟いた時、視界の端に子供が見えた。
十一、二歳くらいの、フリルの服を着た女の子。
しかしすぐに見えなくなってしまった。
こんな時間に子供一人で危ないなぁ、と思う。
でも、今の時代、声をかけたらなんて言われるか――。
そう思っていると、なにやら楽し気な笑い声が聞こえてきた。
いや、『笑い声』というよりも『嗤い声』だ。
「今度は、これでぶっ刺してみようぜ!!」
「おおっ!それ使っちゃうか~」
そんな物騒な声と、それを盛り上げる嗤い声。
掻き消されそうな程にか細い、猫の鳴き声――。
……俺は、この声の主をよく知っている。
声は、今いるところからほど近い、廃屋の中から聞こえているようだった。
俺は導かれるように、廃屋へと歩いて行った。




