とある並行世界のまとめ話・2
作中に出てくる、並行世界をまとめたもの『2』です。
やはり、これだけ読んでも何のことかよくわからない仕様になっております。
胸糞な表現も多々ございます。
ご注意ください。
並行世界・3⃣
「別れよっか、俺たち」
妹……叶望が行方不明になって四年目の今日。
私は、三年間付き合っていた彼氏に別れを告げられた。
理由は、私の自己肯定感が低いから。
「ロベチューブ見てたらなんか出てきてさ。サムネしか見てないけど、『自己肯定感が低い人間はプライドが高い』って書いてあって、うわってなっちゃったんだよね。……え?見るわけないっしょ、十分以上の動画なんて」
『プライドが高い』そうなのだろうか?
今までプライドのプの字も考えたことはなかったけど。
「あと、それ系列か何なのかはわかんないけど、やたらとそういった短編動画も出てきてさー、『それ系の女はマジでヤバい』みたいなことを言ってたんだよね。メチャクチャ再生されてるやつで、俺でも知ってる人が――」
サムネを見る間が一秒、短編動画が一分だとして、どれだけ見ても三年間には遠く及ばないだろう。
いや、どうでもいい、私はそれらに『負けた』のだ。
ここで『嫌よ!別れたくない!!』と縋れたら、どれだけいいだろう。
でも、それをすると『面倒くさい女』になってしまう。
あんなに、あんなに、男心を知ろうと努力したのに。
本屋で『男女の心理本』を買い漁り、ロベチューブで『男の本音教えます!』『こういった女は男に嫌われます』と言った動画も沢山見たのに。
彼が『一つくらいブランド物持っとけば?』と言えば買ったし、数ヶ月後に『ブランド持ってる女ってあれだよな』と言われれば速攻で捨てた。
『アナタが買えって言ったんじゃない!』何て反抗はしなかった。
『でも、勿体ないし』とも言わなかった筈だ。
どんなにイラついた時もヒステリーを起こしたことはなかったし、彼の前で泣いたことも怒ったこともない。
『スノドロで見たんだけどさ、女ってくうかんにんち?ってのが劣ってる……あっ、そんな嫌そうな顔すんなよ。どっかの偉い大学の調査結果の話をしてるだけなんだから。でも、その代わりげんごのーりょくがいいんだよな?何でお前って、喋るの下手くそなん?』
そう言われても、言い返さなかった。
『いいよな、お前って。女子枠とか女性専用とかいっぱいあって。俺たちそういうのの恩恵?ってヤツ受けたことないからさー。映画とかドラマでも『男なんていらない』『自立した女』っての多いし、ホント、優遇されてるよなぁ……』
頭を下げ、「ごめんなさい」と何度も謝った。
『反論しない女』『言い返さない女』『非を認める女』だったはずだ。
動画内で『ああいうのが嫌なんだよね~』と言っていたから。
そして、コメント欄や『良いね!』も万を超えていたから。
あれが『男心』なら、そうならなければ大丈夫。
そう思っていたのに。
『俺もロべチューバ―目指そっかな』と言えば、仕事以外でもバイトをして彼を支えたし、『やっぱめんどいからやめる』と言われても『今までの金を返せ!』とは言わなかった。
作った料理を捨てられたって、約束をすっぽかされたって、浮気されたって、暴力を振るわれたって、『私が悪いんです。平に平にご容赦を』としてきた。
化粧だって欠かしていない、文句は言わず、誰かの悪口だって言わない。
優良物件だったはずだ。
それに、この人はなんだかんだ『優しい』。
暴力を振るった後は、叱られた子犬の様に謝ってきた。
母と違って、『幸せ』になれると思っていたのに――。
「それに、俺はまだいいけど、事実、お前は四捨五入すると三十のババアじゃん?正直飽きたし、結婚する気もない男といるよりも、婚活したほうがお前の為だろ?賞味期限も切れそうだし、子供とかのこと考えるとさ」
でも、それも最早どうでもいい。
「ああ次に付き合う奴に、自分が中古だってこと、ちゃんと言っておけよ?下手に黙ってて、いざって時にバレたら、困るのはお前なんだからな?」
「そう、だね。……じゃあ、さようなら」
パタンと扉を閉じる音……コレが全てなのだから。
◇◇◇
(でも、私って恵まれている方よね?向こうから別れようって言ってくれたんだから。……後腐れどころか、どうでもよさそうだったし)
『付き合うよりも、別れる方が大変』
そんなことを聞いたことがあっただけに、拍子抜けだった。
大きな溜息を吐く。
町を歩く人たちは、皆楽しそうだ。
カップル、家族、友達……キラキラと連れ立って歩いている。
この人たちの何人が、私のように『努力』したのだろうか?
(……少子化ってわりには、カップルは多いわよね)
あんなにロベチューブやスノドロの中では、父のような人と、父を女にしたような人が日々争っているというのに。
本来は、私が見ていないというだけで、楽しいコンテンツの方が多い。
大学生の時の友達とは、よくアイドルの動画を見ていたものだ。
でも、その友達ももういない。
やっと、やっとできた『友達』だったのに――。
『女子の友情なんて薄っぺらい』
『陰では他人の悪口しか言わない』
『所詮、女の敵は女』
『ドラマや映画だって、そんなのばっかりだろ?』
子供の頃からそう話す父を見てきて、言われてきて、解放されてもそれに縛られ続けていた脳は、無意識のうちに彼女の純粋を踏みつぶしていた。
『どうせ、妹を犠牲にしてでも留飲を下げようとした私を、酷い奴だと人でなしだと、思っているんでしょう?どうせ、どうせ――』
勝手にそう思い込んでいた。
だから、母のことを言われた時、思わずトンと押してしまった。
少し考えれば、彼女と私の『認識の差』ぐらいわかったはずなのに。
あんなに親身になってくれた人を、私は――。
事故として処理されたけれど、逮捕されていた方が幸せだったのかもしれない。
切り刻んだ手首がジクジクと痛む。
「……でも、『事故だよ』って言い訳できるように縦横斜めに切っている所がズルいわよね。私」
『横の傷だけじゃ、いかにも感があるから』そう考えられるぐらいには、何処か冷静なのだ。
前を歩いている家族を見る。
五歳前後くらいの三人の子供が、「きゃーっ」と楽しそうに笑って、飛び跳ねて、『お母さん!!』なんて、私と同年代の人に……。
いいなぁ。
その思いの矛先は、母親にではなく子供たち。
私があの子たちくらいの時は、そんな大声出せなかったのに。
出そうものなら、家に帰ってから『あんな大声出して恥ずかしい!だいたい、母が甘やかすから――』なんて言われただろう。
やったことが無いから、想像でしかない。
でも、容易くできる想像だ。
喫茶店に入り、ロベチューブを見る。
マスクを外した時、目の前のおじさんと目が合ってしまった。
「………………っち、なんでぇ、詐欺かよ」
ポツリとそう呟かれる。
「……ご、ごめんなさい」
ああ、また私は人を不快にさせてしまった。
人の命を奪い、多くの人を不快にさせながら、今を生きているというのに。
どうして、私はこうなのだろう。
椿が美しいサムネを見る。
「…………」
何年か前、妹に会いたくて後祭町に行った。
でも結局怖くなって、すぐにホテルに帰るのもなと立ち寄った寺での出来事を思い出す。
◇◇◇
先に買ったことを後悔しながら、大量のチューハイが入った袋を抱え歩く。
その時、クラッと眩暈が襲ってきた。
『あーあ、まだやりたいことがいっぱいあったのに……』
『臆病者、……ここまできたなら、謝りにきてよぉ』
『アンタの相談、いっつも不快な思いで聞いてたんだよ?』
『人を不快にさせるしか能がない天才だね』
耳を塞いでも聞こえる妹と友達の怨嗟の声。
それでも、都合がいいことに『人殺し』という言葉は出ない。
立ち上がることもできずに、その場に蹲る。
そんな彼女に声をかけたのが涼多だった。
◇◇◇
(あの時も、心配してくれたあの子に、不快な思いをさせてしまった)
私に触れるのを躊躇っていたあの子。
色々な界隈で、痴漢冤罪やAEDに関する論争があるのは知っていた。
それを危惧したのだろう。
それでも、心配そうな眼差しを向けてくれていたのに、寺から出て来たおばさんに「これだから――」と怒鳴られてしまった。
私がいなければ、起こる事のなかった争いだ。
いや、もっと言えば私がいなければ、妹が『一姫様』になれていたし、私がいなければ友達が死ぬこともなかったし、あの子も不快な思いをしなくて済んだし、元彼も、もっと早く別のいい人を見つけられていた筈だ。
「…………はあ」
溜め息を吐き、『セキチク』というロべチューバ―の過去動画を見る。
少し前まではイラスト配信をしていただけの人だったのに、今では『これだから男はあるある!!』と男性を落とすような動画ばかりあげている。
原因は明白で、『指導教官』というアンチに散々叩かれたからだ。
その元凶は、叶望が行方不明になる少し前から徐々におとなしくなっていき、今では影も形もないのだが、残した傷痕は大きい。
『全ての男性がそうなわけではありません。既婚者であるアナタなら分かるはずです!……他愛もない話をしながらイラスト配信するセキチクさんが好きでした』
本人から『見ましたマーク』はくるものの反応はない。
私よりも後にコメントした人たちには返信しているのに。
代わりに第三者から、非難轟々な言葉が送られてくる始末だ。
そしてそれは、逆も然り。
『全ての女性がそうだみたいに言われると悲しくなります。娘さんがいらっしゃるんですよね?お父さんの動画を見て傷つかないのでしょうか?』
こう書き込んだら、ほとんど同じになった。
第三者の層が違うだけ。
『耳障りの良いコメントだけ見ているようじゃダメ』
『どんな言葉も受け入れてこそ、真の発信者!』
『否定的な意見にこそ耳を傾け――』
あれだけ、お偉いことを言っておいて、結局これ?
でも、これ以上のコメントはできない。
だって、こんな一つの動画で万の再生数を稼ぐ人の口から『感情的な女の意見』とか『女の敵は女』なんてことを発信されたら嫌だから。
手遅れだろうが何だろうが、一つでも少ない方がいい。
……あ、この『嫌』って言うのも、感情論かしら?
そう考えると、父はこちらよりね、何か笑えるわ。
返された言葉をジッと眺める。
『家族は別だから』『身内は助けるけど、他は助けない』『綺麗ごと過ぎて笑える』『嫌なら見なきゃいいじゃない』
そうやって仲良しこよしで話しているけど、貴方にとっての身内は別の人からしたら赤の他人よ。
じゃあ、『汚いごと』は言ってもいいの?
もう、完全に無視できるようなモノではなくなっているのよ?
お前らの所為で。
『皆わかってる』『コレも一つの考えと思えばいい』『メンタルが弱いと直ぐに全否定されているように受け取るから』『こんなエンタメにマジになるな』
でも、マジになった人がいるのよ。
その所為で、私の三年間は徒労に終わった。
でも、エンタメと称して嗤う奴らにはどうでもいいことなのだろう。
今日も、知った事かとばかりに繁盛している。
そう、全ては喜劇だ。
妹は行方不明、母も去年亡くなった。
私にはもう、何もない――。
「お偉い大学の結果だから、悪い方向に解釈するのが悪いから……そうやって、煽るだけ煽っておいて、よくもまあ他人事のようにっ!『割合』『比率』確かにあるんでしょうけど、『低い』『少ない』『高い』『多い』『優性』『劣性』って文字だけ見て叩く馬鹿はどっちにでもいるのっ!!どうせ、揉めるのがわかっていてやってんだろっ!!!?」
声に出すたびに、腹の底が燃えていくのがわかる。
そりゃあ、『(○○から)酷い目にあわされた、だから動画やSNSで吐き出している』って人だっているだろう。
でも、それによって新たな被害者が出るとは考えないのかしら?
あっ、こんなの綺麗ごとよね。ごめんなさい(笑)。
家に帰り、包丁と大きなカッターナイフをバッグに入れた。
「アンタらが都合よく一括りにしたり、個人にしたりするのなら、私だってやってやる!……色んな所に無差別に火の粉を振りまいておきながら、知らぬ存ぜぬ、お家でゴロゴロなんて許さない!!」
ロべチューバ―といえど、少し調べれば住所がわかる人もいる。
でも、狙うは本人じゃない。
「アンタらの旦那、妻、息子、娘、友人、恋人そのどれかを殺してやる!」
そしたら、少しは堪えるはず。
その後は、無差別に目につく人を切りつけよう。
もしかしたら、『身内は別』の身内に当たるかもしれない。
捕まったら、大声で叫んでやる。
『お前らの所為だ!!!』って。
八つ当たりだと、イカれているという人が大半だろう。
それでも、共感する人だっているはずだ。
やたらと気分が高揚している。
ああ、早く駅に行かないと、……っ、信号が赤になりそう!!
走り出した私は、曲がり角から飛び出してきた車の存在に気が付かなかった。
運転手の男性と目が合う。
「……あ、お父さん」
並行世界・4⃣
毒親、モンペ、毒親、毒親、アダルトチルドレン、毒親、モンペ、親ガチャ、失敗、毒親、毒親、毒親、毒親、親ガチャ、毒親、親ガチャ、親ガチャ、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親……。
「…………ねえ、私たちの育て方って、間違っていたのかしら?こうやって、見ず知らずの他人様から糾弾されるようなほどの事だったのかなぁ」
「……もう、そんな過去のコメントを見るのはよせ。書き込んだ連中は、今頃どっかでラーメンでも啜って、呑気に欠伸でもしているだろうからさ」
自分の口から出た言葉なのに、全く覇気が感じられない。
すっかり薄くなってしまった妻の肩を抱く。
そう、人の心を壊しておきながら、こいつらだけは、今ものうのうと生きているんだ。
『正義』を持っていれば、どれだけ人を追い詰めてもいい。
そんな連中と誰でもよかったと宣う通り魔、一体何が違うのだろうか?
『生きているから平気でしょ』『体は傷ついてないから』『自業自得だから』『表現の自由だから』『○○さんが言っていたから』『心理学では――』
そんな理由を並べ立てて、用が済んだらポイ捨てか。
随分安い正義なことだ。
いや、そこまで考えてもいないのだろうな。
廃人のようになってしまった妻をベッドに寝かせ、台所で水を飲む。
壁に貼られた『パパ、いつもありがとう!!』の文字が目に入る。
父の日に娘が描いてくれた絵、勿論、母の日も……。
その他にも、『キャンプに行った時の絵』や『海水浴に行った時の絵』『近くの公園に行った時の絵』『レストランで食事をした時の絵』様々な絵が所狭しと貼られている。
描かれている人物は決まっていて、俺と妻と娘の三人だけ。
友達はいない。
「…………二人だと、こうも会話が無いんだな」
一人娘の夢がいなくなってから丸一年。
世間はとっくに忘れてしまったが、俺たちの時間は止まったままだ。
『こんな世界に、親のエゴで産み落とされただけでも気の毒なのに。その上、毒親に色々と押し付けられた教育をされて……。本当、可哀想』
『楽しい事なんてない。辛いことしかないこの時代に子供を産むのがどれだけ罪深い事なのか、いい学校を出てるくせに分からないのか?』
いつだったか、家の郵便受けに投函されていた手紙の内容を思い出す。
別にその思想を非難するつもりはない。
そう思ってしまうほどに、辛いことがあったのだろう。
そう言っていないと、耐えきれないのだろう。
ただ、そう叫んでいた時は、楽しかっただろう?
『言ってやった!ざまあみろエゴの塊め!!』
『間違っている連中に鉄槌を下してやった!!』
そんな思いが頭を駆け巡って、『喜』『楽』で満たされただろう?
『人を傷つける免罪符』ができたと、心の中で小躍りしただろう?
自分が『押し付けている』とは、思わない程に。
ははははは、……………………………………………………………良かったな。
「………………毒親、エゴ、か」
たった二文字の言葉が、囚人に繋ぐ鎖のように纏わりついてくる。
明るい日とかいて明日なんていうが、その日はいつやってくるのだろう?
◇◇◇
「パパもママもいい加減にしてよ!」
火祭りのあの日、初めて娘が俺たちに怒った。
だって、「わたしも、お祭りに行きたい」なんて言うから。
『あんな人の多い所に行っても疲れるだけよ。汚そうだし』
『そうだ、あんな所の祭りより□□ランドの祭りに連れて行ってあげるよ』
『そうね、それが良いわ!ねっ、そうしましょう!!』
『一ヶ月後になるけど、あっちの方がパレードもあって面白そうだし!』
『……でも、わたしの絵がポスターになったお祭りだし』
『それで十分じゃない!もしかして、巨大な絵馬みたいに境内に飾られているとかなの?……そうじゃない?それなら、行く意味なんてないじゃない』
『そうだな。店や家の壁にポスターが貼られている光景はいたる所で見たし、家にも何枚かある。それで十分だな!来年も描いてくれって言われたわけじゃないんだろう?』
今にして思えば、どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
後悔しても、もう遅いが。
無意識のうちに、「でも――」「だって――」を繰り返す娘に苛立っていたのかもしれない。
それ以前から、むすっとした声を出すことはあったが、最終的には「うん、わかった。パパとママの言う通りにする」と言っていたあの娘が逆らってくる。
素直に言うことを聞いてくれていた、あの娘が、自分たちの子が――。
『あっ、□□ランドが嫌なら別の所にする?……ここなんかどうかしら?ひまわり畑がとっても綺麗な所!白蛇神社よりも素敵でしょう?』
『おお、良いな!……なっ、こんな田舎のお祭りに行くよりも有意義な時間を過ごせると思うよ?髪だって煙臭くならないし』
『わかってくれるわよね?』
『わかってくれるよな?』
『だって、パパとママの――』
その先が続くことはなかった。
俺たちの娘なんだから、親に向かって怒鳴り散らすことはない。
根拠もなく、そう思っていた。
俺も妻も、反抗期らしい反抗期をしたことが無かったから、『自分の娘もその筈だと本気で信じていた気がする。
だからこそ、夢の怒声に驚いた。
自分たちの態度が『重い』と言われたこともショックだった。
そこから先は、あまり良く覚えていない。
『そんなこと言うような子は私たちの子じゃありません!』
『パパとママは夢のことが大切だから、言っているんだ!』
『あーもうっ!女の子がそんな汚い言葉を使うんじゃない!!』
『今まで夢の思い通りにしてきたのに、何がそんなに不満なんだ!?』
そんなことを言った気がする。
もしかすると、もっと大声で怒鳴りつけるように言ったかも――。
家を飛び出した時も、すぐには追わなかった。
『どうせすぐに戻ってくる』
『戻ってきて、自分たちに謝ってくれる』
『あの子は、自分の過ちを認められる賢い子』
『だって、自分たちの子供なのだから』
そう、無邪気に思っていた。
◇◇◇
「…………馬鹿だよなぁ。『自分たち』を優先して、『誘拐されたら大変だ』『危険な場所に行ったりしたら』なんて発想が直ぐに出てこなかったんだから」
一時間経っても帰ってこない夢を探しに出て、警察に連絡したのが更にその一時間後。
『どうして、もっと早く……!』と自分を責めずにはいられない。
捜索も大変だったが、その後も大変だった。
誰が流したのか、ネットに俺たちの事が出回った。
まあ、それは仕方がないとは思う。
何かしらの情報は出回ってしまうものだ。
問題は内容。
毒親、モンペ、毒親、毒親、アダルトチルドレン、毒親、モンペ、親ガチャ、失敗、毒親、毒親、毒親、毒親、親ガチャ、毒親、親ガチャ、親ガチャ、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親……。
俺の過去を知っている誰かが流したのだろう、学生時代の写真なんかもあがっていた。
時代が時代だから『オカマ』と揶揄されることはなかったが、『いかにもモンペな顔立ち』『これが、いじめられっ子の末路か』なんて書かれていた。
時には話が『いじめ』に逸れることもあったが、『お前らがやっていることは何が違うんだ?』とスマホを叩きつけたものだ。
妻の方も酷いものだった。
『きつそうな顔してる』『飛び出して行った子を追いかけないとかありえない』『でも、ちゃんと化粧はしてインタビュー受けるんだね』『一児の親ですけど、これはちょっと――』
顔だ化粧だと関係ないものもあったが、マシだと思ったのもつかの間。
『聞いた話なんだけど、この人のイラストってパクリなの?』『私も、過去にパクられた経験があります!』と全く関係ない場所から火の手が上がった。
何処かの国の何処かに住む誰かの絵と比較され、『ココとココが完全に一致してる!』『クリエイターなら、こういう事も覚悟のうえでしょ?』『無視できない奴が悪い』とコメントを送られる日々。
でも、『パクリじゃないわよ!失礼な奴らね!!』と怒れる矛先を向けている間は、まだ立ち上がることができていた。
『出るところに出る』と脅せば逃亡する連中が大半だったし、それで『……雑魚な奴ら』と気力を保っていたような気がする。
『毒親』という文字を、見ないようにしていたからかもしれない。
心が折れたのは少ししてからだ。
『娘さんが見つかりました』と嘘の報告を受けたあの日。
いきなり警察の格好をしてやってきて、妻の目に光が宿るや否や『うっそでーっす!!』と言って外に飛び出した首筋にやけどの跡が残るあの男。
放心する妻をお義母さんに託し、後を追った。
しかし、男は思いのほか逃げ足が速く、すぐに見失ってしまった。
肩を落としたその時、河原に警察と人だかりができているのが見えた。
いつもは人の少ない河原。
嫌な予感がして近づく。
予感は的中し、男は刃物で首を切り裂いて絶命していた。
と言っても、直接見たわけではないのだが。
『自分は○○と言います』
そう名乗ってはいたが偽名だと思っていた。
だから、ネットで検索し、ヒットした時には驚いたものだ。
男の正体は、かなり意外な人物だった。
『デルフィニウム殺人事件』と呼ばれたあの事件。
その事件で殺された女の彼氏だった。
彼女が死んで開放されても、心までは解放されなかったのだろう。
かなり歪んでしまったらしい。
本来は、大人しくも正義感があり、優しい性格の持ち主だったそうだ。
家に籠り、もういない彼女の陰に怯え、彼女に負わされた火傷の痕を掻きむしる日々。
そんな中で、どうして彼が家にきたのかは分からない。
でも、デルフィニウム殺人事件の被害者を検索し、「ああ」と納得した。
顔の造りが、かなり似ているのだ。
それを何処かで知って、……それでも家にきた理由は分からない。
彼女への仕返しなんだとしたら、ただのとばっちりだ。
『黒髪ボブの子に酷いことをされたから、同じ奴らが憎い』のと変わらない。
警官の服は、十年ほど前にコスプレで使ったものだったらしいが、ネットの情報なので、あれも何処までが本当か分からない。
ただ、腹を空かせていた連中はこれに食い付いた。
いや、満腹なのに飢えている。
まるで餓鬼だ。
兎にも角にも『これだから合戦』が一部では繰り広げられた。
『元凶は――』だの、これだから男は、これだから女は』そればかり。
妻のことも彼のことも放置だ。
ネタを提供した後は、どうだっていいのだろう。
怨嗟だけが新しく生まれていく。
『□□県の人間に酷いことを言われたから、□□の人間は全員クソ』
『□型の人間は性格に難がある奴ばかり』
『□□人は――』
これらと何が違うのだろうか?
これに便乗して、著名な奴までもが声をあげるもんだから質が悪い。
そして、一週間も経たないうちに終息した。
だって、新たな居場所は毎日生まれるのだから。
そして、あの日から妻はおかしくなってしまった。
あれだけ目を逸らしていた『毒親』『親ガチャ』という文字を検索するようになり、自身のことが書かれているサイトを見て『ねえ、あの時の私の言ったことはどうだったと思う?』と俺や両親に確認する毎日。
でも、『毒親だったよ』とは決して言えない。
カッターで腕を首を切ろうとするから。
言葉に詰まると、ひたすらに懺悔を繰り返す。
俺自身も、自分が娘にとってどうだったのか迷う時がある。
……なあ、俺は『毒親』だったか?
自分なりに、一生懸命愛してきたつもりだった。
……なあ、俺は『毒親』だったか?
確かに、色々と押し付けていたところもある。
我が子の意見よりも、自分たちの意見を優先してしまったこともある。
それでも――。
なあ、俺は……パパとママは『毒親』だったか?
『毒親』で『親ガチャ失敗』な駄目な両親だったか?
問えども問えども、答えは出ない。
答えてくれる本人がいないのだから。
ふと、デルフィニウム殺人事件の犯人と話がしたくなったのだが、結論から言えばそれは不可能だった。
どうにも、夢の世界から戻ってこれないらしい。
最初の内は粛々と刑に服していたが、いつの頃からか壁に向かってブツブツと独り言を呟くようになり、今では――。
きっと、何処か平和な世界で、彼と手を取り合い、仲良く話をしている夢でも見ているのだろう。




