○○の話まとめ・1 +おまけ
こちらは現在連載をしております『醜くも綺麗な一瞬』という物語に登場する、とある少女の話となっております。
これだけだと、何のことか全くわからない仕様です。
鬱々としていて胸糞な内容ですので、お読みになる際はご注意ください。
◆ある少女が己の歩んだ人生を語る話◆
私は、いつだって正しく生きてきた。
そう、いつだって――。
小学二年生の時、父が病気で亡くなった。
「常に正しくありなさい。そうすれば、きっと幸せになれるから」
そう言い残して。
その言葉を胸に抱いて生きてきた。
◇◇◇
ガヤガヤと五月蠅い『4-1』の教室。
いつもは穏やかな先生も、そろそろキレそうだ。
『遠足の話で盛り上がるな』というのも、難しい話ではあるのだが。
「みんなー、静かに」
先生が怒ると怖いのは皆知っているハズなのに、一向に喋るのをやめない。
誰だって、怒鳴り声なんか聞きたくない。
その後、クラスの空気が重くなるのも体験したくはないはずだ。
斜め前の席の男子の肩が震えている。
確か、お父さんが凄い厳しい人だって風の噂で聞いた。
もしかすると、先生と同じタイプの『普段は穏やかで、一気にキレるタイプ』なのかもしれない。
身内にいるからこそ、他の子よりもヤバいことが分かるのだろう。
お父さんと重なっているのかもしれない。
普段は明るくてクラスのムードメーカーみたいな子が、あんなにも怯えている。
隣の席の『友達』はそれに気が付かないのだろうか?
接点のない私が気付いてどうするのよ。
接点がないといってもクラスメイトだ。
可哀想で見ていられない
だから「いい加減、静かにしなさいよ」って言った私は正しいわよね?
なんで「いい子ちゃんぶって」って陰口を言われなきゃいけないの?
他のみんなだってどう。
運動会のダンスだって、苦手な子はいるでしょ?
◇◇さんが「真面目にやってよね」って責めているその子、放課後も残って皆で一緒に練習していたじゃない。
『あのさー、そういう◇◇さんだって人のこと言えないじゃない。それにその子も下手なりに頑張って練習しているんだから、そんな責めることないでしょ?』
庇った私は間違っていない!
なのに――。
『…………え?酷くないその言い方』
『自分はできるからって自惚れているよね』
なんで、そんなことを言われなきゃいけないの?
私、間違ったこと言った?
掃除の時間だってそう。
普通にやったら直ぐ終わることなのに、箒でチャンバラしたり、教室の隅でお喋りしたり。後で思う存分やったらいいじゃない。
そんなに先生の怒鳴り声が聞きたいの?
大きな声が怖いってクラスメイトもいるのに……。
「ちゃんと掃除しなさいよ。いつまで経っても終わらないでしょ?それに、箒が壊れたらあなた弁償するの?□□さん、そんな下らないお喋りをする暇があるんだったらゴミ捨ててきて!!」
そう言った私は正しいわよね?
『あーあ、また始まったよ』
『なんで、あんなに張り切っているの?』
『あーゆうの、ひすてりーって言うんだろ?』
『キンキンうっさいよな』
『真面目なのは結構だけどさー』
『それをこっちに押し付けないで欲しいよね』
どうして、そんなこと言われなきゃいけないの?
間違っているのはそっちなのに。
そんな不真面目な奴に限って、人気者が多いのよね。
ちょい悪?カッコいい?バッカみたい。
そんなことを考えながら、がま口財布をパカッと開ける。
父が亡くなってから、我が家の経済状況はカツカツだ。
母から遠足のおやつ代をもらったが、どう使うべきか。
見栄えが良くて、友達と分けっこができて、貯金箱にお釣りを多く入れれるお菓子は――。
そんなことを考える自分が、凄く惨めに感じた。
◇◇◇
「わぁー、□□さん、その髪留め可愛いね」
「でしょ?この間、パパとデパートに行った時、買ってもらったんだー」
ふんっ!なによ、あんな派手なだけで品がない髪飾り。
学校につけてくるなんてどうかしているわ!
見せびらかしたいだけでしょう?
「あ、そうそう。はい、どうぞ。▲▲堂のクッキー、クラスの皆に一人三個」
「わあ!ありがとう!!」
「でも、いいの?▲▲堂なんて、凄く高いのに」
「うん、缶がお洒落で欲しかっただけだから。ここのクッキー、味がいまいちで、あたしはあんまり好きじゃないし」
ギリッと奥歯をかみしめる。
腹の底に、重たいドロッとした何かが溜まっていく。
缶が欲しかっただけ?
はっ、生活に余裕のある人は違うわね!
……なんで、掃除もろくにしないような人が、正しくない人がっ!
ほんっとう、世の中は理不尽。
私のような、真面目な人間が一番、損をしているっ!!
こんなに、正しく毎日を生きているのに。
「はい、○○さん」
「…………ありがとう」
綺麗な紙に包まれたクッキーが手の平に置かれる。
こんな人から貰ったもの、今すぐ窓から投げ捨てたいっ!
……でも、▲▲堂のクッキーなんて高いモノ、この機会を逃せば、次に食べられるのは一体いつになることか。
再び奥歯をかみしめると、骨と骨が擦れる嫌な音が脳に響いた。
□□が、ふんっと鼻を鳴らす。
「『学校にお菓子なんか持ってきちゃいけない』って言うかと思ったけど、自分が貰えるとなると受け取るんだね。そーゆーの『偽善者』って言うんだよ」
冷たい声と視線が降ってくる。
同時に、周囲から笑い声が上がった。
「よく言った!□□!!」
「自己中!ハイ、自・己・中っ!!」
「ぎーぜんしゃ」
「ダッセーの!!」
カァッと頭に血が上り、何も考えられなくなった私を数人の生徒が取り囲む。
その中には、掃除時間にチャンバラをやっていた者もいた。
「当然だよね」
「てっきり受け取らないと思ったのに」
「結構、食い意地がはってんだぁー」
遠巻きに見ていた連中も、くすくすと笑う。
あいつらも、掃除時間に喋ってばかりの連中だ。
教室を飛び出し、近くの神社の賽銭箱にがま口財布ごと金を放り込む。
少し苔の生えた麻縄を掴み、本坪鈴を力任せにガンガンと鳴らす。
『きっと、幸せになれるから』
いつよ?それ。
正しくあった結果がコレじゃないっ!
今すぐあいつらに天罰を下してよっ!!
正しくない、あいつらにっ!!!
学校に雷を落として下さい!
あいつらを全員殺して下さい!!
あんな『正しくない』連中、今死んでおいた方が世の中のためだわっ!!!
口の開け方を忘れてしまうのではないかと思うほど、長い時間、歯を食いしばり祈り続けた。
しかし、待てど暮らせど天罰は落ちない。
空は、いい天気のまま――。
賽銭箱を蹴り飛ばし、神社を後にする。
月日は流れ、少女は中学生になった。
◇◇◇
『一度の悔しさごときで、心を折ってなるものか』と思った。
あんな連中に屈するのは癪だ。
学校だってちゃんと言ったし、いつも通り『正しく』生きてきた。
十三歳になった私は、拳をグッと握りしめ廊下を歩く。
授業をド忘れしている、音楽の先生を呼びに行くために。
音楽室の扉を閉めた時、「余計な事すんなよ、いい子ちゃん」と言われたが気にしない。
誰かが呼びに行かなければ、「なんで、呼びに来なかったの!?先生だって、忘れることの一つや二つあるわよっ!!それを――」とやたらと大きな金切り声で怒られるのは目に見えている。
そして、二十分は説教をくらう羽目になるのだ。
そっちのほうが嫌じゃないの?
先生だって人間だ、忘れることだってあるのに――。
『忘れるほうが悪いんだから、先生が気が付くまで喋ってよーよ!』
『やったー!自習時間!!』
……全く、正しくない人たち。
小学校の頃からまるで変わらない。
『いい子ちゃん』『偽善者』『かっこつけ』『白ける奴』
……そんなんじゃない。
大丈夫、私は正しい行いをしている。
理解できない馬鹿どもが悪いのよ。
私は間違っていない。
なのに、心がもやもやする。
◇◇◇
転機が訪れたのは、中学二年生になった時だった。
母が再婚したのだ。
紹介されたその人は、ハンサムで超大金持ち。
私たちとは縁のない世界の住人だった。
こんな人がどうして母と?と思ったが、一目惚れと聞いて納得した。
母は綺麗な顔をしている。
そして、母の血が流れている私も――。
めでたくセレブの仲間入りを果たしたわけだが、毎週、湯水のように貰えるお小遣いを、私は持て余していた。
こんな大金、一体、何に使えばいいのか。
やったことといえば、▲▲堂のクッキーを大量に食べてお腹を壊したことぐらい。
頭を悩ませながら教室の扉を開ける。
何処かのお嬢様学校に転入させられるかと思ったが、「君がそうしたいのなら、いいよ」と言われたので、そのままにしてもらった。
理由は、あの連中から逃げるような気がしたからだ。
教室に入ると、一人の女子生徒が机に突っ伏して泣いており、友人が肩に手を置き慰めの言葉をかけていた。
何があったのか聞くと、昨日、映画を観た帰りの電車で痴漢に遭ったらしい。
恐怖で声をだすこともできず、親にも言えず落ち込んでいたところ、いつもと様子が違うことを心配した友人に「大丈夫?」と聞かれ、ようやく話すことが出来たとのことだった。
「私、痴漢に遭ったことないからあれだけど、嫌なら声出せばいいじゃんねー?他にも人いたんでしょ?命とられるってワケでもないのに……。あの子、勇気が足りないよね」
一人の女子生徒が小声で隣にいた女子生徒に話しかける。
かつて私を笑いものにした□□だ。
体の何処かにドロドロとしたものが溜まっていくのを感じる。
なんで、そういうことが言えるの?
経験したことないんでしょ?
いるわよね、『自分だったら大丈夫』『自分だったら、正しい行動がとれる』って言う人。
でも、そんな奴に何言ったって無駄なんだろうなぁ。
わからせたい。
その時、はっと思いついた。
今の私には金がある――。
◇◇◇
人のまばらな駅のホームで、一人の女子生徒が、悔しさに肩を震わせながら泣いている。
嫌なら声をだせばよかったんじゃないの?
そんな風に泣いちゃってさ。
口の堅い人を金で雇った。
もし、彼女が「この人、痴漢です」と言った時「違います」「この人の鞄が当たっていただけです」と言う為に、変装して電車に乗ったのだが。
「…………ざまぁみろ」
口の両端がつりあがるのと同時に、ドロドロがなくなっていく。
「…………そっか、こうすればいいんだ」
経験したこともないくせに『自分は大丈夫』『自分ならもっと上手くやれる』と思っている人はクラスだけでも大勢いる。
そういう人に限って、殆どの人がしっぺ返しをくらうこともない。
それだけならまだいい。
その余裕を持って他者を傷つけてくる。
やられた方は、泣き寝入りをするしかない。
そんなのおかしい。不公平。狡い。
「正さないと」
今の私にはできる。
金さえあれば何だって――。
◇◇◇
半年後。
学校から帰る途中で、学区の所為で離ればなれになってしまった小学校時代の友達と出会った。
五年生の時に転校してきて『出錆』という少し変わった名字を揶揄われているのを助けに入ったのがきっかけで、友達になった子だ。
もっとも、揶揄った連中はそんなことすっかり忘れて、青春を謳歌している。
ああ、思い出しただけでも腹が立つ。
出身、性別、容姿、それこそ名字。
どれも、大人になるまで、隠すことも手を加えることもできない。
そんな、どうしようもない、どうにもならない事を嗤うなんて。
なんで、あんなクズ連中が普通に息をしていられるのか。
苛立ちと同時に、懐かしさが込み上げてくる。
まあ、学校の外でしか、あまり会話はしなかったけど。
その子は、橋の上から今にも身を投げそうだった。
「錆ちゃん!?そんなところで何しているの!?」
「……ピアノちゃん」
ピアノちゃんとは私のことだ。
錆ちゃんだけがそう呼んでくれる。
父が亡くなる前まではピアノを習っていた。
ピアニストを目指していたのだが、とっくの昔に諦めた。
今からでは、ブランクがあり過ぎる。
今の私の夢は『白馬の王子様のような人と結婚をして、幸せな家庭を築くこと』だ。
身長が高くて、格好よくって、私を一番に思ってくれる人。
将来、子供ができたら、その子に私の夢を託してもいいだろう。
『何を夢みたいなことを……』と言われるかもしれないが、私は今まで正しく生きてきたのだ。
きっと、現れる。
私の様な人間は、報われて当然だ。
「一体、どうしたの?」
安全な場所まで腕を引っ張り連れていき、再び尋ねる。
錆ちゃんはポロポロと涙をこぼしながら、話してくれた。
話をまとめると、一ヶ月程前、雨で濡れた駅の階段で人とぶつかった拍子に滑って転んでしまい額に青痣ができたそうだ。
人の視線が気になるので、ファンデーションで痣を隠した。
そんな時、幼い弟を連れて近所の公園に遊びに行った。
公園のトイレの鏡でちゃんと痣が隠れているか確認しようとした時、「あっ、猫ちゃん」と弟が駆けだした。
ゆるく掴んでいた弟の手は、スルリと離れていってしまう。
そして――。
「自転車と衝突して、頭を三針縫う怪我をしたの……」
「…………」
その後、『中学生』『化粧』という言葉だけが独り歩きし、いつの間にか『父一人、子二人の頼れるお姉さん』から『化粧に気を取られて弟の監督を怠った中学生』と学校や近所から冷たい目で見られているらしい。
「『中学生で化粧なんて不良だ』って先生にも怒られて、委員長からは『私にも同い年くらいの妹がいるけど、ちょっとでも目を離すなんて考えられない。姉失格よ』って皆の前で言われるし。事実だから何にも言えなくて……」
でも、化粧だって理由があったんでしょう?
それに、あなたのところにもいるのね。
自分に降りかからないと分からない人が。
「その委員長のこと、詳しく聞かせて?」
正さないと。
『自分は大丈夫』と思っている様な人たちを。
私にできることは少ないのかもしれない。
でも、少しでも世の中を良くしないと、私のように損をする『正しい人たち』が可哀想だわ……!
わからせないと。
どんな結果になろうとも……!!
おしまい。
◆おまけ『正しい少女は、立派な大人になりました』ep,283◆
『思っていた以上に大怪我しちゃったけど、仕方ないわよね。だって、ああでもしなきゃ、あんな程度の低い奴にはわかんないんだから!』
『自分は幼い子供から目を話すなんて事しない、なんて御大層なこと言っておいて、結局は守れなかったじゃない!おまけに泣き喚いちゃってさ』
『おかしな話よね?自分だったらどんなトラブルが起こっても冷静でいられる、と思っていた奴が一番取り乱して。どうしようどうしようって。はっ、それでよくあんな大口が叩けたもんだわ……』
『ああなって当然だったのよ!アレが無かったら、今でもあの思考回路のままだったんだから。明日は我が身……それを身をもってわからせてやったのよ』
『正直、ムショに入っていないだけで、犯罪者と変わらないわよ。自分の考えを信じ込んで、人を傷つけて、陰でどれだけの人を泣かしてきたことやら……』
『だから、あれは正義の鉄槌だったのよ!妹さんは可哀想だった……ううん、あの子だって将来は姉みたいになる筈、あの時、正しておくのが正解だった!!』
『骨が折れたり、凄い血が出たりしていたけど、……あの子はまだ子供なんだから治りも早いだろうし、人生の勉強になったと思えばいいわ!!』
初めて聞いた時の衝撃は、今でも覚えている。
同時に、途轍もない罪悪感が襲ってきた。
名前も知らない『あの子』に対して、何度も何度も『ごめんなさい』と心の中で詫び続けた。




