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第92話  絡煎(肆連)いとけなきもの・・・その手に紡ぐは,唯々いとおし・・・(後Ⅰ)

「母上。今日はこんなにきれいなおはなを見つけました。」


私は自分の小さな掌がなせる限りをぎゅうっと握り締めてその小さな花束を捧げるために駆ける。



今日の母上のお加減はいかがだろうか・・・・。


漠然とした不安が自分の小さな胸にチクチクとした棘のような不快感と紙一重の物思いとなって纏わりつくのを、払いのける手段(ほうほう)はそれしか知らないから・・・。


今日も私は母上のお部屋まで全身で走り抜けるのだ。




「なんてきれいなんでしょう。ラズ、ありがとう。とっても嬉しいわ。」



母上の柔らかな微笑みが私を包み込む。


そして私の胸にぽおっと灯ったかのような温かさが、自身の五感を揺らしながら染みわたってゆく。



大好きな、大好きな母上・・・。












そもそもが、理解し難い流れに載せられてしまったかのような過ごし方で、ここまで来てしまったのは・・・私の罪・・・なのだろうか。



いったいなにが、どうなっていた故にこうなったのか・・・。


これから私はいったいどうなるのだろうか・・・。




ここに来てからの私は常に何かの渦中に置かれながら、常に自分が懐疑と猜疑に揺蕩う心を持て余すその過分さに蝕まれていくかのような・・・その余韻のままに螺旋の渦の底に引き落されるかのような自分をどうすることもできないでいた。





私にとって幼い頃から植物(みどり)は、とても(ちか)しい存在だった。



大切に育む気持ちが伝わっているかのように、笑いかける私の温もりに応えるかのように、植物たちは健やかに、匂いたつかのように、あいくるしく、のびのびと、成長して(おおきくなって)ゆく。



それがまた嬉しくて、天に悠々と、地に揺るぎなく・・・植物達(かれら)のその純熟を祈りながら私は唄う・・・また笑い・・・・・・私自身も無垢なる彼らのその清冽さに幾度となくすくわれて・・・私達はその至福の(じゅんかん)を巡る只中を生きていたのだ。





やがて、私自身の成長に伴うように植物と少女の評判(うわさ)が拡がっていく。



そして私の血脈に”アンゲフォース”の遠い血統(ちすじ)が在るのだと・・・ヴァユロン様に見出された時、私はあの御方との血脈に己が身が微少なりとも繋がっているのだということに恍惚の境地であった故に、その後の自分の身の在り方に考えが及ぶ隙間(こと)すら思い及ばなかったのだ。




私の名はヴァユロン様の系譜のアンゲフォースの籍に置かれることとなり、私の身はヴァユロン様のお屋敷に移されたが、広大な敷地にて栽培されている植物達の世話を任せていただけたことで家族と離れ独りぼっちとなった私の寂しさは大いに慰められたのだった。



大切な家族の為ならば決して苦では無かった・・・けれど、暮らしの糧を得る為ではなく、ただ自由に植物と共に暮らすという・・・まるで夢を戯れるかのような在り方で植物達(かれら)と過ごす時間は、私と植物達(かれら)を混然一体とした境地にまで運ぼうとしていた。



・・・だが、そこに生じる愉悦でさえも、ヴァユロン邸(ここ)から王城へその舞台を移すのだと告げられた時、私の内に捲き起こった狂喜のごとき歓喜にはとても及ばなかった。




「王城でございますか?

王城へ行けば・・・あの御方に、ルミューリア様にお会いできるのでしょうか?」




そう・・・極み渦巻きながら高揚する心のままに・・・私は己が夢想に唯々無邪気に酔い痴れていたのだ。












「さがれ!」


ガシャンと、ガラスが割られ砕け散る激しい音が響き渡った。

そして、また部屋中の物が投げ飛ばされ、破壊されるぞっとするような音だけがその宮に轟いていた。




「お気が済まれましたかな・・・」



破壊音が治まった頃合いを見て、部屋に入って来た初老の男は部屋の主の様子をじっくりと観察しながら、相手の耳に心地よい言葉を探している。



ニコニコと崩さぬ笑顔の裏には何が潜んでいるのか・・・等と誰にも覚らせない手腕でその男は口を開いた。



「殿下には・・・ふさわしくないものばかりでございましたな。

お壊しになるのは・・・実に正しいお振舞かと。しかしながら・・・」




「・・・・・・?」



彼は自分を恐れて、止めることも諫めることもできず、声をかけることすらなく遠巻きに眺めて、事が終わるのを待つばかりの宮の使用人達に囲まれた日常の中で育ってきた。



そんな彼にとって突然現れたこの男は非日常(イレギュラー)そのもの。


彼はその男に不躾な視線を浴びせながら、この男の振舞い、口調、表情・・・その存在のすべてが漫然とした王宮(ここ)とは異なる何かを醸し出しているのだと・・・そのことに気付いた彼は暮らしの破壊(あそび)に飽き飽きしている自分を覚ったことに薄ら笑いを浮かべながら、その男に向き合った。




「フン。誰も俺には何もできぬ、言わぬのこの宮で、俺に何か物申すというのか。

 ・・・おまえは、いったい誰だ?」



「これは失礼を致しました。殿下。私は・・・。」



標的に定めた獲物を捕らえようと触手を伸ばす狡猾な者が、そこに絡めとられようとする愚かな若者と出逢ってしまったのは・・・これも彼らの道筋(さだめ)なのか・・・



・・・そうであるのならば、(ルクス)のあまりの無慈悲さに流す泪は永遠に尽きまい・・・。













私の大切な植物(みどり)達・・・・。


もはや・・・私は彼らをどうすることもできない。




彼らは啼いているだろうか・・・・寂しいと。・・・哀しいと・・・。


彼らは俯きながら生きるその痛々しさを厭うているだろうか・・・。かつて天に向けて笑っていたあの時を憂いて・・・。





私・・・ナリーシャ・ジリタス・アンゲフォースは、もはや彼らに唄えない。


・・・彼らに微笑(わら)えない。





私は慚愧の念に堪えないほどの・・・そこに自らの”死”を埋めることを欲するまでの羞恥と悔恨を抱えながら、息をしているだけの人形と成り果てている故に。



私には・・・もはや王の薬師として薬を処方し・・・・王の愛妾として・・・王の子を産む・・・その道筋をゆくしか・・・・生きる術はない・・・。





”アンゲフォース”・・・・この名が私をここに、この王城という牢獄に・・・搦めとってしまった故に。




王城(ここ)で命を育まれる植物達(かれら)に・・・許しを乞いながら・・・。


真っすぐな彼らを清純な(まっすぐな)ままに生かせない罪へのその贖罪を背負いながら・・・。



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