第73話 緋煎(参連)遥かを紡ぐは・・・縁(えにし)の所以が零したる彷徨の果てに・・・(中)
※71話を編集途中で投稿してしまっていました。
修正しております。
申し訳ございませんでした。
「小侯爵は、最近は熱心に王宮にいらっしゃいますね。」
「お父上も、後継が育たれるのはご安心なことですな」
どこへ行っても同じような言葉ばかりが降ってくるのは、まあ、宰相である父上のことを考えれば、政務の組織図的にはありふれたことだろう。
だが、落ち着いて王宮内を歩くこともままならないのは、困ったものだものだな。
実は探索目的で王城をふらつきがてら、父上の仕事を見学する振りをしているだけなのだがなと、自分の中の自嘲を堪えて苦笑にかえているわけだが。
父上は、まずは外交をやってみるがいいと仰っていたが、それは物事の筋道からいけば第一王子殿下の権限において、であるはずなのだが。
確かにアカデミー卒業後に大陸中の国々の宮廷に顔を出し、人脈を広げるようにと示唆したのは父上であったが・・・。
では・・・と、自分の中にもたげてくる疑念~あの時、既に父上の頭の中にはこの構図が描かれていたのだろうか、というなんともいえない思いが疑惑という枠に少しずつ淀み始めるのを感じながらも、それを認めたくないという自分の無意識が、おそらくは善悪と強弱の境界から心を逸らそうと・・・。
そして外の世界に身を置いてその日々をあるがままに過ごしたからこそ、母国に帰国してから現実と事実を客観視せざるを得ない自分に、どうしようもなく視えてくるのは、この国の程度の低さとでもいうか、いや、この国の、そうあまりにも粗末な在り方とでもいうべきか。
だが、自分はここで生きていかなければならないのだ。
このマラーケッシュという国の侯爵家の後継として、その責務を負う者故に。
帰国してからまだ間もないが、既に自分の中に色々な想いが交差し始めているのは確かであり、それはなんとも奇妙な苛立ちをも伴っていた。
けれど、自分の中の屈託無い部分が、未来は道なき道を拓く己の意思を誇るのだということを揚々と信じて疑うことのない、そんな若人である自分をも信じているのだろうかと、無意識の内にそんな想いを自分にどう交わらせるものか、などと思案しながらも・・・今の自分にはそれよりもっと大切な何かを、蜃気楼に向かって駆ける駿馬のように、ただ、ただ・・・ひたすらに、その焦燥感にも似た切なさでもって求めてしまう・・・。
そうして、人生に無垢でありたいとそう願う想いは、あの日の”夕陽”が幻影でない証を追う・・・・・・追い続ける。
しかし、王城の、王宮のどこにも・・・”彼女”は見つからない。
「何故、お前がここにいるのだ?」
大広間に響き渡った殺気だった叫び声に、私は自分が怒鳴りつけられているかのように身体全体がビクンと縮こまる気がした。
そしてその咆哮の先が広間の入り口に向けられていることに気付いた私は、誰もが注視しているその先に視線を向ける。
広間に居る全ての者が食い入る様に見つめているその只中を何に動じることもない態で、ゆっくりと玉座の間を進んでゆかれるのは・・・黄金色の光に包まれたかのごとき・・・。
ああ・・・。
広間に集う人々の列の後方にひっそりと身を置いていた私は、思わず自分の両の掌で口元を覆った。
己の全身が小刻みに震えるのを止めることは難しいのだと、体中の器官が歓喜の嗚咽をあふれさす。
ああ・・・と唇に添えられた両の指を揺らしながら、感嘆の声が漏れる。
生きて・・・いらっしゃったのだ。
あの光。
あの幼き日に私を包んでくださったあの光のいとし子のごとき、あの御方・・・。
よくぞ・・・よくぞ、ご無事で・・・。
そうか、あの御方は、第四王子さまを”救癒”っていらっしゃったのか。
第一王子殿下が国王陛下に説明される事柄が、大広間に集う貴族達の耳にもしかと届いている。
宰相閣下が言葉に詰まり気味になるのは、稀なこと。
そしてその顔に浮かぶ焦燥と殺意をも呼び込まんばかりの憤懣やるかたない形相に、私の背筋は凍てつくかのようだった。
だが、そこに輝く光の、その温かさに手をのばせば・・・。
そう、あの御方は、きっとあの時から変わらず、おそらくは自分自身を懸けて命を”救癒”って生きてこられたのだ。
ああ・・・。
光よ。
その清冽な光の具現たる・・・私の・・・、御方。
まだ、間に合うのだろうか?
まだあの御方になら・・・私は、この奈落の底に沈んだ魂を・・・掬っていただけるのだろうか。
ふわりと心が浮いた気がした。
だがそれは己の卑怯な錯覚でしかないのだと自分を懲らしめる・・・その虚無に心が足掻くままに堪え切れぬ身を、とにかくその場所から逃したかった。
あの光から・・・少しでも遠ざかりたい・・・。
幼い私は、ずっと、ずっと・・・どれほど、あの御方にまた巡り会いたかったことか。
白なる己を棄ててはならないと・・・。
沈みかける私の心をいつも、いつも戒めてくれたのは・・・
・・・あの邂逅・あの慈愛・あの光の痕跡・・・
あの母娘にとっては、おそらくほんのすれ違いざまほどの、記憶の端にも残らぬ邂逅であったはずの・・・。
けれど、幼い私は後にその家門の名を知り、風の運ぶ諸々から、その慈愛が国中を”救癒”ってくださっているのを知って・・・。
私自身に刻まれた記憶の彼方の、あの眩い光を。
心に煌めいたあの清純を。
・・・どれほどの憧憬をもって慕っていたことか。
私は、私の育てた一番愛らしい花を摘み、あの御方に花束をとお持ちするのだと。
光の恵みをまっすぐに受けてすくすくとその葉を伸ばし、懸命に世界を謳歌する命の営みの、なんといじらしいことかと・・・互いに紡ぎ合う在り方で植物に唄い、いとおしみ、その成長を微笑みながら、植物の清浄な温もりに包み包まれてまた廻る。
そして私は、いつかきっと、あの御方に・・・と潤んだ夢想の思慕の果てに・・・。
ルミューリア・ステラクス・アンゲフォース・・・何度も呟いたその御名を。
私が求めた、無上の光・・・やっと廻った邂逅を。
・・・私は、貴女を棄てよう。
貴女への思慕故に・・・。
最も貴方の碧落に在るべきもの・・・それが、私である故に・・・。




