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第68話  唯煎(弐連) 乞うは・・・甘雨たらんことを・・・(中)

「王妃さまがお見えになりました。」


第四王子の寝室に居る全員が深い礼を取った。


「皆、頭をあげなさい。王子の容体は?」


「出来得る限りの解毒は致しましたが、中枢まで回った毒の為、高熱が続いており意識が戻られません。手は尽くしておりますが、これ以上の・・・。」


「分かりました。今夜は私が側におります。ルクスに祈りを捧げる故に。皆、この宮から退出するように。」


「は・・・しかし。」


第四王子の治療の為に集められた宮廷医師長達ら王宮の主治医達に動揺が走る。


「手は尽くしたのであろう?

もはやこれ以上はルクスの慈悲を乞うしかなかろう。

これから先は王子の継母であるわたくしが責を負う。そなた達は引くがよい。」


王妃陛下がきっぱりとした言葉を言い放つと、もう誰も何も言うことはなく、部屋には彼女と乳母(マキサ)のみとなった。



「かわいそうに・・・苦しいのね・・・。」


王妃アミラは寝台の側に近寄ると、第四王子ディアラスに寄り添う。


小さな身体を震わせながら高熱にうなされ、呼吸もおぼつかず苦しみに痛めつけられている幼な子が不憫で堪らない。


彼女は寝台の側に跪いて、ディアラスの額を布で冷やし汗を拭いながら、ただ一心に祈りを捧げ、その心の内でひたすら乞い願う。


ルクスよ。


あまりにも儚いこの幼な子の命を、どうか・・・どうか・・・護り給え。











「レイビオンさま。早馬でございます。」


ルクステネブラエの屋敷に早駆の使者が到着したという知らせを持って、慌てた様子で執事長が部屋に入ってくる。


「どこからだ?」


「それが、皇女様宛に、皇宮からお手紙が届いております。」


「私に?コーバありがとう。」


腑に落ちない顔つきのエリカ皇女だったが、受け取った手紙を開く。


「エリー?どうしたの?」


手紙を読んでいる彼女の顔に緊張が走ったのを感じ取ったニカルスはその只ならぬ様子に、心配になって彼女の側に駆け寄った。


「ニカ。これ・・・は・・・。」


彼女の口からは言葉が続かず、読んでといわんばかりにその手紙をニカルスに渡しながらも、その視線はレイビオンに寄せられる。


「エリカ?どうした?誰からだ?」


手紙に目を通したニカルスがレイビオンにその手紙を渡す。



エリカとニカルス、二人の顔に浮かぶのは何だ?


どこか深淵を覗き込んでしまったかのような表情でこちらを見ているのは何故だ?


レイビオンは自分を遠く見通している自分が、その手紙を唾棄したいと自分を諭すような、自分が少しずつ地面から足が離れて浮かび沈む、そんな予感に掴まる、けれど、この手はしっかりと渡された手紙を開き、自分の目は綴られた文字を読解するのだろう・・・そして知るのだ。


そこになにが書いてあるのかを・・・誰が何を自分に伝えたいのかを。





ルミューリア。僕のミア・・・何故?


君の宿命は、そんなにも君を縛り付けるのか。


そして君は自分を自らそこに封じ込めるのか。


愛しいミア・・・君は何故そこまで、”アンゲフォース”であらねばならないのだろう。












「陛下。第四王子ディアルス様のご快復、おめでとうございます。」

「本当に、奇跡的なご回復だったと、お聞きしております。」



大広間に集う装いを凝らした人々の群れを、シャンデリアの光の雫は揺れながら今日も煌々と照らし出している。


広間の至る所で囁き声が生まれては、また次の噂をまき散らしている。


いつもと変わらぬ光景が今もまた繰り広げられているその只中に、彼女・マラーケッシュ公国王妃であるアミラは、閑さの中に咲く花のような微笑みでそこに居た。



「公の場に王后陛下までご参席とは、お珍しい。」

「義理とはいえ第四王子のお母上であられるからな。関係は薄くとも、そこはやはり。」

「あれは誰だ?」

「ああ、あれはガロンティス小侯爵だな。」

「侯爵の一人息子の?いままであまり見なかったような気が?」

「確か、アカデミーを卒業した後、侯爵が小侯爵を外遊させているとか聞いてはいたが、いつ戻ってきていたのだろう。」

「では、もう一人のあの男性は?」



広間の貴族達の目が公国宰相ガロンティス侯爵と話し込んでいる二人の男性に引き付けられていた。


一人はガロンティス侯爵の一人息子であり、アミラ王妃の弟であるガロンティス小侯爵。


では、もう一人は?


浅黒い肌に緑柱石(エメラルド)の瞳。


目鼻立ちがくっきりとした異国の香り立つその端正な横顔に、広間の令嬢達から熱い視線が飛び交っている。


ガロンティス侯爵が玉座の国王と王后の前に出て礼を取ると口を開いた。


「陛下。王妃さま。遠方よりの客人をご紹介させていただきたく存じます。第四王子ディアルス様の御生母様の母国であるポジワレフェからの使臣様でございます。」


宰相の合図で御前に進んだのは、先ほどから広間の人々の視線を釘付けにしている異国の貴公子然とした若者だった。


「公国の輝かしい太陽と月であられる国王陛下と王妃陛下にご挨拶申し上げます。

ポジワレフェより参りましたペイシュルト・ラ・ドルマと申します。」


彼はにこやかに微笑みながら少したどたどしいマラーケッシュの言葉で挨拶を述べて深く礼を取った。


「頭をあげられよ。」


「ありがとうございます。この度はディアルス王子様のご快復、心よりお祝い申し上げます。

我が主もお血筋のディアラス様のことを案じておりました。ところで、ディアラス様は?」


「ああ、まだ来ておらぬな。どうしたことか。」


国王がガロンティスを見遣る。


「ご回復後、初めて人前に出られる故、念のために主治医の診察を受けてから参られるとの知らせを受けておりましたが。おそらく、そろそろお出でになるかと。」


ガロンティスは間を持たすように、国王と使臣であるペイシュルトの両方に畳みかけるように言葉を放った。



その時、大広間に到着の知らせが響き広間の扉が大きく開かれ、大広間の人々の視線が開かれた扉の方に向けられた。


正装に身を包んだ第四王子ディアラスが、玉座の方へ向かって足を踏み出だす。


その瞬間、突き刺すかのような叫び声が木霊した。


そして、人々の訝しげな視線とどよめきが大広間を興奮の坩堝と化していったのだった。


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