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第61話  惹煎(壱連)微笑むは・・・その深き慈しみにこそ・・・(前)

「ふううううっー。」


陸に上がると私は思い切り息を吸い込んだ後、肩から息を吐き出した。


「ここまでは、やっぱりちょっと、ひと苦労いるわね。」


そんなことを独り呟きながら、私は辺りを見渡す。


「でも。今日は良い天気だから。やっぱり来て良かった。」


ここを訪れるのは何度目だろう。


私は、光溢れるこの場所のあちらこちらに目を遣り、しゃがみ込むと手を伸ばした。


「えっと、これは・・・そう、これだわ。うん、ほんとうにこの場所って・・・。」


もう、嬉しくって自分が止まらない。


しばらくその辺り一帯を歩いて、しゃがんで、を繰り返していた私は、ふと自分の居る場所の向こう側に行ってみようかと思いつく。


あちら側には何が生えているんだろうという、淡い期待感が盛り上がっていくままに私は勢いよく立ち上がった。


うーん、と地形を見回す。


あちら側に行くのに歩いて回り道をするよりも、岸辺から岸辺へと浅瀬をジャブジャブと歩いて向かう方が断然早いかも・・・。


ああ、それって良い閃きだわ、と自画自賛の微笑みを持って私は水に足を浸した。




今日は暑いから、濡れた服もすぐ乾くわね・・・ほんとに良い日和だわ、と歩くたびにジャバッと自分に飛び散る飛沫すら心地よい。


向こう岸に着くと、濡れた服の裾をぎゅっと絞る。


そして、生い茂ってその奥を隠す木々の葉、生え茂った緑達をかき分けて前に前に・・・と、少し進んだ時、声が飛んできた。


「そこにいるのは、誰だ?」



あら?人が・・・?


驚きと得心が交じり合って彼女に浮かぶ。


まあ・・・そうよね。だって、ここは・・・。


うーん。いつまでも”秘”して居れるとは思っていなかったけど。


とりあえず、隠れているのは良くないわよね。


私は生い茂った緑をかき分けて進んだ・・・その先に・・・居た・・・彼が。




「きみは?」


驚きの表情を隠さないまま、その男性(ひと)の瞳は私を見つめながら問うた。


「・・・」


なんて綺麗なんだろう・・・光に煌めく紫水晶の瞳に囚われたような錯覚が私から言葉を奪う。


ハッと理性が自分を取り戻した私は深く頭を下げて礼を取った。


「ごめんなさい。私は。怪しい者ではなくて。えっと・・・どうしてもこの島の植物を調べたくて。」


「植物?」


そう問いながら、彼の視線が私の手に注がれた。


「あ、勝手に島に上がってごめんなさい。この島の植物はほんとに素晴らしくて。どうしても記録を取りたかったの。でも、貴方の島に許可なく上がるのは間違ってました。本当にごめんなさい。」


その人は私の言葉に何も応えずに、ただ黙ってそこに立って私を凝視していたが、ゆっくりと口を開いた。


「どうやって、ここに?」


そう言いながら、彼が半乾きの私の服を、濡れそぼったままの髪をじっと見ているのが分かる。


確かにそう思うわよね、と自分に溜息をつきながら、私は彼をチラリと見てから大きく息を吸った。


「ごめんなさい。湖を渡って来ました。」


自分の上擦った声が島の空に響き渡る、その木霊が自分の中に余韻となって浮くように感じる。


「・・・わた・・・って?」


「ええっと。実は・・・私は、向こう岸の人間・・・でして・・・。」


ああ。私って領地侵入だけでなく、不法入国にもなるのね。


「向こう?マラーケッシュか?」


呟くようにそう言いながら、彼の視線が島の向こう岸、私が渡ってきた場所を見ているのが分かった。


「はい。ほんとうに、ごめんなさい。」


私はとにかく大きく頭を下げて、思い切り謝罪の言葉を発した。


「ハッハハハハッ。」


彼が大きな声で笑いだす。


瞳にかかった髪を右手でかき上げ、空に向かうように彼は気持ち良い位豪快に笑い続けた。


「・・・・・。」


私は半ば呆気に取られて立ち尽くしながらも、私の胸には、弾けるように笑う彼が私に焼き付けられるような気さえ湧き起こる、そんな自分でもよく理解できない気持ちが不思議で・・・。


私がじっと彼を見つめているのに気付いたのか、彼の紫色の瞳が私の瞳にまっすぐに向き合った。


「すまない。あまりにも・・・きみが・・・。

いや、まさか、あんなに遠方から客が、それも泳いでここに来るとは・・・。」



クスクスとまだ微笑みの燻りを残しながら、低めの音程の中に精悍な芯を含んだような彼のその声色が、あまりにも耳に心地よく響いて私の胸を締め付けた。



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