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第3話 猫煎  ティーポットは温まりまして?

ルリーアンジェはいつも通りの手順で茶会部屋へ向かった。

ドアをノックすると、扉が開く。

「ルリーアンジェ、支度は整ったのか?」 

部屋の真ん中に立っていたのは、アンフォーゲス伯爵その人だった。


「はい。お父様。」 ルリーアンジェは父に応えた。


「そろそろ客人が到着するだろう。今日も任せたぞ。」


「はい。お父様。」

 ルリーアンジェは礼儀正しく応えて奥の部屋へ入った。

「モーリー。茶器はそこに置いてくれたらいいわ。ありがとう。あとは私だけで大丈夫よ。」

「はい、お嬢様。」


暫くすると、執事が客を案内してきた。

「アンフォーゲス伯。今日はお招きいただき、感謝申し上げる。今日の日をどれだけ待ちかねたか。」「こちらこそ、おいでいただき光栄でございます。」


ルリーアンジェは彼女の居る茶会部屋の隣室から聞こえてくる会話が耳に流れてくる。

お父様のへりくだった口調からして、今日の客人はお父様より高位の貴族のようね、などと思いながら、ルリーアンジェは光の入らない小部屋のテーブルに置かれた大きな蠟燭に火を灯すと、ランプを茶器の近くに置いて布を掛けた。


「お座りください。」

ルリーアンジェは小部屋に入って来た客人に一礼すると、椅子を勧め、自らは立ち上がった。


「あなたが、かの有名な」


彼女は話しかけようとした男性を制止して言った。


「ここでは、不要な言葉はあなたの魂運を食らいます故に。

どうか、お言葉は・・・。お分かりですね?」


彼女はにっこりと綺麗に笑って相手の同意を取ると、

「目を瞑っていただけますか?」

そう言ってルリーアンジェは目の前の小太りの男性をじっと見つめながら、彼に長くて黒いヴェールを掛けた。

そして、男性の近くに立って目を瞑ると、自分の嗅覚が解放されるのを感じる。

機能的に作動するままに一分ほどそうしていたが、すっくと立ち上がり、部屋の壁沿いの棚から幾つかの瓶を取り出した。

そして、瓶から、白磁の大きなティーポットに茶葉を入れると、ポットに向かって手をかざす。

お湯が沸きあがり、ポットの中でふわりっと茶葉がジャンピングするのを確かめてポットに蓋をすると、トレイにティーポットとカップを載せて部屋の真ん中に戻った。


「あなたの臓の腑は黒発酵に侵されています。その鈍い痛みは時折刺すような痛みを伴うはず。このままでは、命の限りが見えることでしょう。」


彼女がそう言いながらカップに茶を注ぐと、部屋中に茶の香りが広がった。


「さあ、飲み頃ですわ。」


ルリーアンジェが調合した薬草茶を、その男性は飲み干して言った。


「これで、治るのか?」


「私が調合した茶葉をお渡し致します。一年ほど、お飲みになれば、黒が白にもどるはずです。」


「おお。確かに、臓腑が軽くなった。あんなに刺しこむほどの痛みだったのに。貴女に感謝する。」

男性はそう言うとルリーアンジェに頭を下げた。


「茶葉は新鮮なものでなければそのものの霊力がおちてしまいます。」

彼女は茶葉を入れた箱を渡しながら言った。


「しかし、この茶会には誰も一回しか招かれぬとの約定を結んでいる。どうやって次の茶葉を、手にいれればよいのか?」


「あなたは、秘することができますか?」

ルリーアンジェはゆっくりと口角を上げながら微笑むと、今日の客に囁やくように言葉を舞い降ろした。




「ルリーアンジュ。今日の客人たちも満足して帰ったぞ。お前の評判は上々。茶会を希望するものが増えている。それでだ。茶会の回数を増やしてはどうだ?」


父がさりげなく尋ねるように言葉を掛けてきたが、ルリーアンジェには、その問いは形だけで父の中ではもう決まったことなのだと分かっていた。そして、それには逆らうことなどできないのだということも分かりすぎるほどに。


「はい。お父様。ただ、茶会のためにお願いがございます。」


「なんだ?言ってみなさい」


「茶会が増えますと、比例して私の力も擦り減りますので。やはり十分な補充が必要かと。

なので多くの茶会に備えてまして、アルディンの森で茶葉の為の薬草を摘みながら十分な霊力を補いたいのです。」


「そうか。そうだな。う、ん。よかろう。だが、分かっているな。もし戻らぬことがあれば。」


ルリーアンジェの言葉に流されるように頷きながらも、最後は脅すように話を締めようと声のトーンを強張らせるのは父のいつものやり方だった。


「はい。もちろんですわ、お父様。私がここに戻らぬわけがございませんわ。」


ルリーアンジェはいつものようににっこりと力強く微笑んだ。





「モーリー。お父様の許可をいただいたわ。アルディンの森へ行くわよ。支度をお願い。」


ルリーアンジェは荷物を整えながら、今まで待っていたこの機会を絶対に逃すまいと決めていた。


「では、行ってまいります。」伯爵家の家紋の入らぬ質素な馬車に彼女と侍女は乗り込んだ。


そして馬車が動き出してしばらくした後、ルリーアンジェはモーリーに言った。


「モーリー。あなたにお願いがあるの。私はこのままアルディンの森へ向かうけど、あなたには、このまま馬車に乗ってこの手紙をある方に届けて欲しいのよ。」


「お嬢様。でも、お嬢様のお世話が。」


「私は大丈夫よ。知ってるでしょう?アルディンの森は私には庭のようなものなのだから。

それでね、モーリー。手紙を届けた後は、たまにはあなたの実家へ顔を見せに行っていらっしゃいな。ほら、これはあなたのお母さまの煎じ薬よ。持って行ってあげてね。」


「お嬢様。いつもありがとうございます。では、どうか、お気をつけて。」


「モーリー、ありがとう。では、これをお願いね。」そのまま馬車でモーリーを行かせた後、ルリーアンジェは街へ向かった。





「おお。アン。久しぶりだな。」

扉を開けて中へ足を踏み入れると、シャブラン亭の常連達が彼女を見つけて声をかけた。


「ええ。そうね。仕事が忙しかったのよ。みんな、元気だった?」


「まあ、相変わらずさ。」


彼女は常連達と言葉を交わしながら、奥の方へ進んで行った。


「マスター。」 

周りに誰もいないのを確かめながら彼女は年配の男性に小さな声で話しかけた。


「お久しぶりでございます。アンさま。」


「ええ。マスター。あそこは使えるかしら?」


「はい、いつでもお使いいただけるようにご準備できております。」


「ありがとう。少しだけお世話になるわ。そういえば、何日か前に、猫がこなかったかしら?

とても丸々した汗かきの猫ちゃんなんだけど?」


「ええ。また飼い猫が増えましたね。しっかり首輪をお付けいたしましたから、ご安心ください。」


「ありがとう。ほんとうにいつも助かるわ。」


「とんでもございません。アン様。」

マスターはアンことルリーアンジェに一礼した。


「さてと。上へ行く前に、ちょっと茶器を借りるわね。」


ルリーアンジェはカウンターに入り、棚からいろいろな茶葉を取り出すと、ブレンドし始めた。

常連客の数にポットの数を合わせて、それぞれの茶葉を入れると、湯を注ぐ。


「マスター。あの人達に出してあげて。それぞれにね。」


「かしこまりました。」


ルリーアンジェが二階へ上がっていると、階下から彼らの声が響いてきた。


「マスター。今日のお茶はなんだか美味いな。

「この香りは疲れがとれる。

「身体の冷えが融けていく気がするわ。


階下の人々の心も身体も温まっていくのが伝わってくるようだわ、とルリーアンジェはふふふ、と嬉しそうに微笑みながらいつもの部屋へ向かった。「



「モーリーはあそこへ着いたころかしら?」



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