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第15話  慈煎  まろやかな口当たりを・・・。

「~か?」


誰?

私の名を呼んでいるのは。


「大丈夫か?」


誰かが、私の方を覗き込んでいる。


「ハッ」


ルリーアンジェは飛び起きた。


「ここは・・・?」


いつのまにか寝台に寝かされていたのに気付く。

すぐ側に居た男性が自分を見てホッと安堵の表情を浮かべた気がした。


そうだった、ここは。


私のすぐ側の黒髪の男性は何も言わず私を見ている。

そして、彼の後ろからひょいと顔を出して横に立った赤い髪の男性が私に言った。


「急にお倒れになられたので、こちらにこちらへ運ばせていただいたのです。

お嬢様。大丈夫でございますか?」


「はい。ご迷惑をおかけしました。すみません。」


ルシーアンジェは寝台から起き上がる。


「大丈夫なのか?」


ルリーアンジェは、心配そうに声をかけてきた黒髪の男性をぼんやりと見つめた。


そうだったわ、小侯爵の屋敷に来ていたのだった。


遠い、あまりにも遠い夢を見ていた、から、ぼーっとしてしまった。


しっかりしなければ。


「はい、大丈夫です。小侯爵さま。」


ルリーアンジェは自分を奮い立たせて身体に力を籠めると寝台から立ち上がった。


「お嬢さま。椅子にどうぞ」


赤い髪の男性にうながされるまま、ルリーアンジェは長椅子に座って、小侯爵と向き合った。  


「令嬢。」


レイビオンが話を切り出すのを受けてルリーアンジェが静かに言葉を返した。


「小侯爵さま。ルリーアンジェとそのままお呼びくださいませ。」


「そうか、では、ルリーアンジェ嬢。さきほどのことだが。

妹に何を?そしてそなたはいったい?」


「小侯爵さま。わたくしは、アンゲフォースだと先ほど申し上げましたが、『救癒』についてはご存知でしょうか?」


ルリーアンジェはさらりっと彼、レイビオンに問う。


「『救癒』か。アンゲフォースの血統のみに引き継がれる聖なる”力”。

長い歴史の中でアンゲフォースの家門は様々な人々を救ってきたと証されている、というほどの知識がある程度には知っているが。」


「ええ。歴史の中で我が家門は常にそう在るべき『救癒』という存在として、あるべき位置で生き続けて来ました。


これはあまり知られてはいませんが、実はアンゲフォースの『救癒』の”力”は、代々異なっております。


血縁の係累である家門の人間にさえ、その”力”の真実は秘されており、アンゲフォースにさえ文献は残ってはいないのです。


ただひとつだけはっきりしているのは、かつても、今も、その”力”は常に、病から人々の命を救ってきた、ということ。」


「では、妹の病は?なにか分かるのか?」


「小侯爵さま。生きとし生けるものすべてには”匂い”がございます。

そして人にも、”匂い”があるのです。

その人それぞれが持つ多様な”匂い”。

そして、そこには、目には見えない身体の内側から発せられる独特の”匂い”が醸し出されているのです。私の嗅覚は、私の五感の中でもとても鋭く、相手の病を嗅ぎ分けます。

失礼ですが、小侯爵さま。あなたさまは、あまり眠れていらっしゃらないのではありませんか?

そして、今、どちらかを負傷されているのでは?」


「何故、そう思う?私の顔で見当をつけている、そういうことか?」


「”匂い”がいたします。顔ではなく頭から。

正確には頭の中の睡眠と覚醒を司る部分のバランスが崩れ、それによって乱されたリズムが、身体にも良い影響を与えていないのですね。

そして、身体からは、膿んだ血の匂いが。」


「これは、すごい、ことです。ご主人様の身体の具合をこんなに」

マルティが思わず口にする。


「マルティ。」

レイビオンがマルティを目で制した。


「申し訳ございません。」

マルティは、一歩下がって口を閉じた。


「それでは、そなたには、妹の病に原因が分かるということだな?妹はいったい?」


ルリーアンジェは向かい合って座っている小侯爵から、微かな期待のようなものが少しずつ膨らんでいくのを感じる。


彼から伝わってくるのは、小さな震えのような心底からの希望を夢見る切ないほどの祈りにも似た願望の波動。


だが、言わなければならない。

はっきりと。


「申し訳ございません。私には、妹君の病がなんなのかは分からないのです。」


「何故だ?アンゲフォースの力で読み取れるのだろう?

眠り続ける原因が分かれば、もっと、探せるかもしれない。妹の目を覚ますことができる方法を。

もっと。原因さえわかれば。」


レイビオンの後ろに控えているマルティは、レイビオンの何日も眠れていない頭が彼の冷静さを衰えさせているのを感じ取っていた。

いつもなら、他人の前でこんなに感情をさらけ出す方ではないのに。

リュリーヌ様への想いと、焦りからの不安とが、この不思議な令嬢の未知なる力の余韻と入れ混じって彼を揺らしているのだろうか。


「そうだ。”匂い”を。探ってくれ。妹の側にいって、匂いを診てくれ」


レイビオンは必死だった。


おそらく、これがさいごのチャンスなのだと、心が叫んでいる気がしたのだ。


妹を救えるのは、アンゲフォースの、いや目の前にいる、この少女だけなのだと、彼の理性も裏付ける。


「小侯爵さま。”匂い”ではないのです。いえ、正確にいえば、妹君にはなんの”匂い”も無いのです。」


「馬鹿な!そなたは言った、生きとし生けるものには”匂い”があると。リュリーヌに”匂い”がないのなら、では、妹は生きていないというのか?」


「生きていない、のではなく。おそらく妹君は無限のループの中にいらっしゃるのだと。」


「ループだと?」


レイブンは衝撃を受けた。


「はい。これは『救癒』の力でも治癒でもありません。いったい、だれがこの聖術をかけたのか。」


呟くように言いながらルリーアンジェは考え込む。


「聖魔術だというのか?ばかな、それは禁忌の術のはず。そして、今生で、聖魔術を使えるものは現存していないはずだ。」


「ええ。その通りです。聖魔術はかつて神々が人に施した恵みの雫。

神話の時代の欠片のようなものですから。

ですが、妹君には何重にもループの言霊が編み込まれています。」


「それは、呪い、ということか?」 


レイビオンが問うた。


レイビオンは心のどこかに、あの湖の夜に自分がリュリーヌに呪いをかけてしまったのではないか?という恐れを抱きながら生きてきた。


では、やはり俺がリュリーヌを苦しめているのか?


レイビオンの心に闇が染み入ってくるかのようだった。



だが、その時、

「いいえ。」と、ルリーアンジェははっきりと言った。


「妹君さまにかかっているのは、慈愛の言霊。これ以上ないくらい深い愛で編まれたループです。」



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