表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/149

第1部ルリーアンジェ編☆第1章ルリーアンジェ・ステラクス・アンゲフォース 第1話 黎煎(壱連) 『真っ赤な薔薇』という名の悪役令嬢とは…

「お聞きになられまして?あの方。」 

「ええ。また、別の男性を屋敷に招き入れたとか?」

「いつもいつもドレスを取り換えるかのように、男性を取り換えて」

「それも、老若問わず、ですもの」

「まあひとつだけは共通点がありましてよ?」

「そうですわね。あの方、裕福な者なら誰でもよろしいのよ。貴族であろうと、平民であろうと、節操のないこと、みっともないわ。」





「よいのですか?今日も貴婦人方の噂は止まらないようですが?」


彼にそう囁かれたのは噂の主である女性。

真っ赤なドレスのスカートは大きめのフリルが段を重ねており、胸元には生花のように精巧に造られた赤い薔薇のコサージュが背中まで覆うように取り付けられている。

長椅子に座っている彼女そのものが真っ赤な薔薇そのもののように艶やかで、会場の男性の視線を独り占めしているかのようだった。

こういったパーティや舞踏会に、いつも彼女は毒々しいほど真っ赤な装いで現れる。

そして彼女の周りには密に群がるかのように男性陣がたむろっている故に、また、それを隠そうともしない故にか。

ことさら会場で浮き上がる彼女は女性陣からはすこぶる評判が悪い。

そしてそれ故、彼女はいつも男性陣からはその艶やかさを称賛されながらも、その裏では女性陣から嫌悪の眼差しと共に『真っ赤な毒薔薇』と名付けられているのだ。




だが、今日もまた、彼女はそんな突き刺さるかのような貴婦人たちの視線をものともせず。

幾人もの男性たちに取り囲まれている自分の挙動が注目を浴びているのを察知してなおそれを意識しながら。

彼女は派手にドレスの裾をはらうと、自分の陰口を叩いている貴婦人達の方を一瞥しながら、ふふふと艶めかしく微笑んだのだった。


「話題が尽きないなんて、全く結構なことだわ。言いたい人には言わせておけばいいの。それより、ワインのお替りが欲しいのだけれど。」







「ふうう。やっと一人になれたわ」


休憩室に行くように装って自分にまとわりつく男性たちからなんとか離れることができた彼女は、誰にも見つからない様にこっそりとバルコニーに出た。


「まったく、いつ来てもうんざりする場所だわ。今日の目的<ノルマ>は達成したし、もう帰ってもいいかしらね。」


バルコニーから見上げる月が庭園の夜花を浮かび上がらせているのが、なんとも幽遠な美を感じさせる。


「最近、夜に咲く花の改良が流行っているのね。確かに美しいから贅沢な鑑賞ではあるけれど、種の定理に手を加えるのは。うーん、微妙な問題だわね。」


彼女は、月の光を纏うかのように夜の闇にその存在を示す花たちを見つめながら物思いに囚われ始めた、が、



「ワインでなく・・・シャンパンはいかがですか?」


男性の声が夜の空気を震わせる・・・彼女は声のする方に顔を向けた。


「さっきのを、聞いていたの?」


少しむっとしたように口を窄めて彼女は彼に言葉を放った。


「なんことかな?私は何も言ってませんよ。まあ、しかし、見事でしたね。あなたの側からなかなか離れないあの若者を向こうへ追いやった、あなたの手際の良さは?」


「あの人。私の話に熱心じゃなかったし。ダンスだの、次の約束だの、そんな話ばかりなんだもの。」


「あなたの話って例のやつですか?」


「ええ、まあね。その為にここに来たみたいなものだもの。そうじゃなきゃ、こんなとこ、来ないわ。だいたい、こういうの好きじゃないんだから。そう、それより、あなたは、なんでここに居るのかしら?」


「それは、しがない平民の私が何故伯爵家主催のパーティーに居るのか?ってことですか?」


揶揄うように言葉を返す彼の口調が少しだけひんやりと感じられて、彼女は何も言わず、ただ、じいいっと彼を見つめる。


彼は真っすぐな彼女の瞳を受け止めると、少し横を向くことで、彼女からすっと目を逸らした。


だが、すぐに顔を上げると彼女にグラスを差し出す。


「ごめん。君はそんなこと言う人じゃないって、分かってるのに。」


「ううん。いいの。ここは気持ちの良い場所ではないもの。なにか、言われたの?」


「いや、うん。まあ、いつものことだよ。平民のくせに貴族主催のパーティーに来るなんて身の程知らずってね。まあいつもの通りさ。」


彼が口ごもったのを見て、彼女は会場での記憶を思い返していた。


「リュート。あなたは自分に自信を持っていいと思うわ。あの人、アカデミーでは万年最下位坊やって言われてたらしいから。きっとあなたがアカデミーで優秀だったから、妬いてるのね。全く器の小さな男性って最悪よ。」


自分を慰めようとして一生懸命、あの侯爵家次男の欠点を言いまくる彼女はなんて愛らしいんだろう。もっとも自分が今日落ち込んでいたのは、あんなアホ野郎のせいではない。

あんな奴、いつでも社会的に抹殺できるネタはたっぷりもっているけれど、今日はそんなことではなく、このパーティへの招待状を手に入れることは簡単でも、平民の自分が彼女に話しかける機会が無いのだと身分の壁の厚さをを改めて思い知らされたからだった。

だが、彼女にそれを言う必要はないし、言いたくもない。


「このシャンパン。ゴールディンの名称にふさわしい味わいですから、ぜひあなたにもと思ってね。」


話を切り替えながら、手渡したシャンパンを彼女に薦めながら、彼は彼女を見つめすぎない様に気を付けて。彼は彼女に、つものように落ち着いた微笑みを向けた。


「リュートの商会のシャンパンなのね。それもゴールディンなんて。王宮の宴会でもなかなかお目にかかれないのに。」


まあ、そうだな、と彼は彼女の呟きのような感嘆の言葉を耳にして思った。

この特別なシャンパンを今夜のパーティに搬入したからこそ、この伯爵家からの招待状を手に入れることができて、彼女に会えたのだから、まあ安いものだ。

彼は心の中でそう呟きながらくすっと込み上げる笑いを堪えた。


彼女は受け取ったグラスに口をつける。


「うーん、澄み切った爽やかな香りとふくよかな味わい。微泡が舌の上で優しく弾ける、美味しいわ。」


彼女の顔が綻ぶのを見つめながら、彼は彼女の方にグラスを掲げた。


「美しい満月の夜に。」

(そして、誰よりも貴い君に。)

彼はグラスを飲み干しながら、頭上の月に自分の想いをさらに誓う。



身分か。彼女にふさわしいもの。必要ならば、手に入れるだけだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ