大好きだったはずの活動がなんだか義務みたいに
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原因に仮説はできた。
次は解決策の話だ。
「そうですね。イラストレーター向けに講座系動画をだしているYouTuberとして、人気絵師の『ナイトウ・サオキ』先生の例もありますから、ターゲットをイラストレーターに絞って添削とかコツ紹介をしていくのも良いかもしれません」
俺はスマホでYouTubeを眺めながら唸る。
「逆に最近は、イラストを描ける人であっても普通に配信でリスナーを楽しませている例として、絵師の『よいしぐれ』先生もいるし、イラストをゲーム実況のスパイスにしている『ナースの茄子子』さんもいるから……黒縁ぐらす先生はどちらでも選べますね」
俺は笑ながら元も子もないことを言った。
「結論をいうと……方針は好み次第ですかね。ぐらす先生はどんなVTuberになりたいですか?」
「──っ。好み次第……ですか……」
あれ。
ライトな話題なはずなのに、なぜだろう。
黒縁ぐらす氏の顔が曇った。
「あはは……。実は私……好きなことが……分からないんですよね〜〜……」
黒縁ぐらす氏は、ぎゅっと両手をスカートの上で握りしめる。
「なんにでも興味があるのは本当なんですけど……いざ手をつけてみると、『これをやってなんか意味があるんだっけ?』って……将来の夢の役に立つのか立たないのかに、すぐぶつかっちまうというか……。どの『好き』の優先度をあげるべきか分からなくなっちゃうんですよ」
どれでも努力できるからこそ、どれを努力したらいいか迷う。
それは、どうにも。
才能のある者の『迷い』な気はした。
「それは──」
「あー、それ分かりますぅぅううううっ」
唐突だった。
高山愛里朱が、黒縁ぐらす氏の手をとって喚いた。
「大好きだったはずの活動がなんだか義務みたいに感じてきて、好きじゃなくなるのも怖いんですよねぇええっ!」
驚いて目を丸くした黒縁ぐらす氏。
だが、やがて。
「……ぐすん」
アニメみたいな鼻啜り音をたてて、決壊したように喚きだした。
「そおなんですよ〜〜っ……! オタ活が足りないのかもと思って漫画とかアニメとかゲームとかやってみても、『なんか得ていかなきゃ』みたいな義務感とか積もってなーんも集中できんのや〜〜〜〜っ……!」
「わかる……っ! いちど生産者になると純粋な消費者になれなくなってツラいよねぇえっ……! もう戻れないのかなぁ? 無理なのかなぁっ!?」
「戻れんのよ〜〜〜〜っ! 頑張って頑張って義務感捨てても……なんかうまいことやってる作者サンへの嫉妬とか焦りとか募ってきて……結局やるべきことがわからなくなってぇ〜〜っ……!」
びえびえと。黒縁ぐらす&高山愛里朱が喚き散らかす。
号泣……は芝居かもしれないが、滑稽な中にも本物の悲痛が混ざっているから痛々しい。
「……たくさん、たくさん配信して、頑張って……はやく描かなきゃって焦るばかりでぇ……もうなんか、なんも分からんくなってきて……」
いつの間にか、黒縁ぐらすの眼鏡の端から雫が溢れた。
「こんなこと、ぜったいに、考えたくないのに……、こんなツラいなら……私……」
噛み締めるように、絵師系VTuberは言った。
「好きなことを仕事になんて……しなきゃ良かったって…………──」
「…………」
俺は息を呑んだ。
なるほど。これは深刻な悩みだ。
好きなこと。
やりたいこと。
自分の人生を捧げるほどに恋焦がれた夢。
好きなことで生きると誓って諦めず、彼女は相応しい努力をして、ついに夢と伴侶になれたのだ。
それなのに夢に振り回されて傷つく彼女の有り様は、まるで家庭内暴力にも似て悲惨だった。
これを捨てるならば生きる意味はないと、そう思いすらした夢を、捨てなくては死んでしまう。
黒縁ぐらす氏が陥っている状況は、さながら夢と憧れに彩られた煉獄だろう。
──でも。
俺は、彼女を救う方法に心当たりがある。
だが、それをするにはあまりにも──
──あまりにも、踏み込みすぎることになる。
俺と黒縁ぐらす氏は他人だ。
俺と彼女のあいだにはなんの契約も無い。
オーロラ・プロダクションに勤めていた頃のタレントたちじゃあるまいし、他人の人生に踏み込む権利は俺には無い。
「……はは……」
不思議と、俺の口から、乾いた笑いが漏れた。
契約が無い? 権利が無い?
「──随分と大人なことを考えるじゃないか」
俺はサブカルが好きだった。
アニメが、声優が、二次元の女の子が大好きだった。
今、俺に助けを求めて語りかけてくれているのは彼女そのものじゃないか。
アニメ声の尊い存在。夢にまでみた配信者のSOSに背を向けるなんて、そんなのは──
「──そんなのは『吾輩』じゃあないな」
ばさりと。
俺は漆黒の萌え袖を大鴉の翼のように振りかざして叫んだ。
「黒縁ぐらすよッ! 刮目せよーーッ!!」
びくり、と黒縁ぐらす氏は肩を跳ねさせて、赤く腫れた両目をあげた。
唖然として、突如仁王立ちをした俺を見る。
「は、はい……っ?」
「黒縁よッ! どうして貴様が泣かなくてはいけない!?」
俺は彼女に手を向けて叫ぶ。
「吾輩が憧れたサブカルの舞台裏はこんな陰惨なものではなかったはずだッ! 吾輩が憧れた二次元の向こう──! 画面の向こう側は、もっともっと、輝いていたはずじゃあないかッ!!」
目を白黒とさせる黒縁ぐらすの両手を萌え袖でとって、俺はニコリと笑った。
「ということで、黒縁ぐらすさん。俺から提案があります」
踏み込んでやるさ。
二次元の奥にだって。
そのためにこの職業に食らいついたんだ。
「──配信、やめてみませんか?」
今回も読みいただきありがとうございます。
絵師系VTuber・黒縁ぐらす編、ラストスパートです。
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