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絵師系VTuber「黒縁ぐらす」の場合



 彼女の名前は、黒塚有子くろづか ゆうこ

 「黒縁くろぶちぐらす」という名義で活動しているVTuberだ。


 年齢は23歳。大学を卒業して中小企業でSE(システム・エンジニア)をしながら、副業でイラストレーターをしていた。

 副業といっても月の収入は1万円あれば上々なほう。イラスト依頼サービスを経由して個人からのイラスト制作依頼を受けて、趣味程度にこなしていた。


 昔から、表現者として生きていくのが夢だったのだ。


「ああああーー! ぐらす氏が今月納品した絵の子のおっぺぇ、すこだぁ……!」

 退勤後、家でイラストを描いていると、Discordから絵描き友達、『愚民ちゃん』の声が聞こえた。

「せやろ〜〜?」

「ほんとだ。垂れ乳えっろい……。誰これ? オリキャラ? 個人V?」

 もう一人の友達、『ミゾ氏』が訊ねてきた。

「skebで依頼くれた個人Vさん。配信前の扉絵にするんだって。こんどコラボもする予定〜〜」

「そうなんだ! えへへ……かわいいね……」と、愚民ちゃん。

「こんなエッッッな子と話せるんなら、ワイもVTuberやろうかなぁ。LIVE2Dって簡単?」と、ミゾ氏。

 オンラインになっているのは、学生時代からの友人である女性絵師二人だ。

 学生時代といっても学校が一緒というわけではなく、Twitterで知り合い、オフ会を通じて仲良くなった仲間だった。

「LIVE2D独学でもそこそこできるよー。てか超やってほしい。一緒に作業配信しよーよ」

「えーこんどやってみよー」ゲームのプレイ音を流しながらミゾ氏が言った。

「ってか次のセッションいつやる!? 触ってみたいTRPGのシステムあってさあ!」と愚民ちゃんが話題を変えた。

 黒塚有子は、子どもの頃からオタクだった。

 仲間と実況者の配信を見たり、推しの歌い手のライブに行ったり、仲良くお絵描きをしていたり、TRPGをしたりするのが好きだった。

 社会人になってからも毎日といっていいほど作業通話をしていて、彼女たちと話しながら絵を描くのが日課だった。

 仲間とじゃれあうのは楽しかった。

「セッションな〜〜。やりてーんだけど平日は仕事と配信と趣味絵で忙しいしな〜〜」

 黒塚有子はペンタブを走らせる手を止めてスマホでカレンダーをチェックした。

「土日も絵の依頼が溜まってるんだよな今月〜〜。珍しく依頼多くてな〜〜」

「おいおい売れてんなぁ、ぐらすちゃん先生ぇ! メルカリでサイン売ろうぜ!」と、愚民ちゃんが机をバンバン叩く。

「好調いいなー。ワイは閑古鳥が鳴いてるよぅ。しくしく」と、ミゾ氏のゲーム音が続く。

「くっそが〜〜。好きなことを仕事にしたいよ〜〜会社やめて〜〜〜〜っ!」

 喚きながら黒塚有子は趣味絵の作画を再開しようとして、ふと、時間に気がついた。

「やべ、もうこんな時間。配信しなきゃだ。ごめん、また今度〜〜」

「おつおつぽよぽよー」とミゾ氏。

「配信がんばー! スパチャで焼肉奢ってくれやーー!」と、愚民ちゃん。

「草。底辺Vだけど貢がれたすぎワロタ。じゃあね」

 くだらない応酬で笑い合ってDiscordから退室する。

「……こほん。あーあー……」

 配信用のOBSを起動して、事前に立てておいた予約枠から配信を開始する。


「おつぐらす〜〜。やあやあ君たち〜〜。ぐらす先生だよ〜〜元気かえ〜〜!」


 同時接続者は80名。

 チャンネル登録者は1,800人。

 黒縁ぐらすは、プロ化を夢見る数多の一般人の一人だった。


 ──ある日、TwitterのDMに、有名ゲーム会社から大量のイラスト制作依頼が届くまでは。







 黒塚有子に依頼をくれたのは、大手ブラウザゲーム企業からアート全般の下請けをしている制作会社だった。

 制作会社自体は中小企業だが、依頼の内容がなかなか良かった。

「これは……悪くない……のでは……?」

 毎月一定の数のイラストを一年間納品し続けてほしいというものだった。

 キャラクターイラストや、アイテムのイラスト。背景の仕上げなど。

 制作するには平日のほとんどの時間を捧げる必要がありそうだったが、報酬は十分。黒塚有子の今の月収の1.5倍をゆうに越えていた。

 両親、同僚、愚民ちゃんとミゾ氏に相談し、制作会社の社員さんとも綿密に商談して。

 契約をかわすと同時に、これを機にと今の会社を辞めた。


「は〜〜〜〜やべ〜〜〜〜これでフリーランスだ〜〜〜〜っ! 大丈夫かな〜〜マジで〜〜っ、死なんかな〜〜っ……」


「おめおめぽよぽよー」

 とミゾ氏がDiscordの向こうから祝辞をくれる。

「ぐらす先生なら大丈夫よー! ダメでもおいちゃんが骨を拾ってあげるからねえ!」

 と、愚民ちゃん。

「誰が骨になるかいっ」

「いやーしかし、プロになる前兆っていうのはあるんだねえ。ワイびっくり」

 とミゾ氏。

「この前から依頼増えてたもんねー! あの垂れ乳イラストくらいからさあ!」

 と、愚民ちゃん。

 そう。

 事実、ゲームイラストの定常的な依頼以外に個人からの依頼も加速していた。

 VTuberとしても少しだけ人気が出てきていて、投げ銭(スーパーチャット)をくれる厚いファンも、ごくわずかいた。

 正直、貧困に耐える覚悟さえあれば、個人依頼と投げ銭だけで独立できるくらいには上手くいっていた。

 黒塚有子は、作業椅子の上で丸まりながら、夢への前進感に少し涙ぐんだ。

「二人ともほんとありがとねぇ〜〜。いつもヘラヘラ聞いてくれる君らのおかげで勇気でてるよ〜〜っ……」

「失礼な。愚民ちゃんはヘラヘラしとるけどワイは真面目やで」

「いや逆ぅっ! あーん、ほんと嬉しいー! 黒縁ぐらすちゃん、記念にサインちょうだーい!」

「メルカリやる気だろ貴様〜〜っ」

 笑いながら、黒塚有子は配信のためにDiscordを切った。

 ペンタブを片付けて、配信準備を整える。『ご報告』と書かれたサムネイルの配信枠で開始ボタンを押す。

「おつぐらす〜〜! やあやあ君たち〜〜聞いてくれ〜〜っ! なんと、ぐらす先生っ、仕事辞めてきたよ〜〜いえ〜〜っ!」

 同時接続者は180名。

 チャンネル登録者は5,000人弱。

 好きなことで生きていく人生に、黒縁ぐらすは、一歩を踏み出していた。


 ──はずだった。





 うまくいっていたのは初めの2ヶ月だけだった。


「え、キャンセルですか……?」


 制作会社から突然の電話があった。

 聞くに、クライアントである大手ゲーム会社のほうで、ブラウザゲームの企画が破綻し(ぽしゃっ)てしまったらしい。

 一年はこの仕事を頼りにしていたのに、わずかばかり、総額20%程度の違約金を支払われて放り出された。

「『心ばかりのお礼だ、とっておきたまえ』ってやつ……? バカにすんな〜〜……?」

 振り込まれた2ヶ月半分の手切金を見つめつつ、黒塚有子は項垂れた。

 で。

 これからどうしよう?

 幸いにも個人依頼とYouTubeがあるから餓死はしない。

 けれど収入は一気に50%減少だ。


 お金も問題だが、せっかく掴みかけたイラストレーターの職が消えてしまったのが、ショックだった。


「も〜〜〜〜マジで最悪や〜〜っ、みんな死なんかな〜〜っ、すべての人類を破壊してそれらを再生できなくしてぇ〜〜〜〜っ!!」


「いや、おいちゃんらを巻き込むなーーーーい!」と、愚民ちゃん。

「『黒縁の怒り』。全体除去。可哀想ぽよよ」と、ミゾ氏。

 飄々と声をかけてくる友人たち。

 荒れているのは黒塚有子だけだ。

 モヤモヤをぶつけるかのように、ペンタブに趣味絵を描き殴っているが、気を抜くとメンタルがどんどん落ち込んでくる。

「くそがよ〜〜〜〜っ…………」

「いやはや、ひっどい奴らもいるもんだねー」と愚民ちゃんがDiscorの向こうでため息をついてくれる。

「まあでもさあ、逆に考えたらいいんじゃね?」と、ミゾ氏も続けた。

「んぁ〜〜、逆とは〜〜……?」

 黒塚有子が問い返す。

「ゲームイラスト以外の案件でも日銭は稼げてるんでしょ? だったら、空いた時間でめいっぱい自分が好きなことやったらええんでないーー?」

「好きなことか〜〜……」

 黒塚有子は呟く。

 私の、好きなことって、なんだっけ──?

「そそ。ゲームとかー?」とミゾ氏が言った。

「アニメ見まくるとかぁ?」と愚民ちゃんが続いた。

「推しのライブ行くとかぁーー」とミゾ氏。

「あ、一緒に実況動画漁るとか!」と愚民ちゃん。

「旅行ってのもアリじゃーーんっ!」とミゾ氏。

「あぁっ!? TRPG!? 今こそしちゃうのぉっ!?」と愚民ちゃんが、ハッとしたように大声をだした。


「……仕事かなあ。今は」


「「社畜ぅぅううううううっ!?」」

「会社勤めてねーよ〜〜〜〜っ」

 黒塚有子の発言に、愚民ちゃんとミゾ氏が絶叫をした。

 黒塚有子は笑う。

「いやいや! ぐらす先生だってね、別に労働が好きってわけじゃないよ〜〜。ただねえ……いざプロ絵師VTuberやってみるとね、夢が叶ったっていうか……自己実現感があるっていうか……。お仕事自体が癖になるんだよねえ……」


 昔から、表現者として生きていくのが夢だった。

 やっとここまで来れたのだ。

 いま歩みを止めるわけにはいかない。

 登頂するなら、きっと今しかないから。


 だから、頑張り時は今なのだ。


「……二人ともありがとうねえ。ごめん、ぼちぼち配信あるから、もう切るわぁ」

 Discordを切断する。ヘッドセットを外す。

 一人ぼっちで暗い部屋で背伸びをした。

「……は〜〜〜〜っ……。まあ実際、表現を仕事にしてメシ食えてるわけだしなっ! 勝ち組よ勝ち組〜〜ぃっ!」


 そうだ。

 二人の言う通りだ。

 できちゃった暇は、好きなことに使えばいいのだ!





 それからも黒縁ぐらすは頑張った。


「おつぐらす〜〜! みんな〜〜聞いて驚くな〜〜? なんとぉ、ぐらす先生……Vシンガーさんの公式MVを、アニメで作らせていただきました〜〜〜〜!」


 イラストで食べれなくなるのが怖かったから、技術を磨くなら自主制作インディーアニメかなと思った。

 時代は動画だ。

 アニメは好きだったし、手に技術をつけておけば食いっぱぐれないのではないか。

 練習だって楽しいしね。


「おつぐらす〜〜! みんな、もう見てくれたかえ〜〜? ぐらす先生、最近は漫画を描くのにハマってま〜〜す! TwitterとPixivに投稿してるから感想くれると励みになるよ〜〜〜〜〜〜〜〜!」


 そうだ、漫画も昔から描いてみたかったんだった。

 お話を考えるのも楽しいし、こっちを仕事にしていくのもアリかもしれない。

 夢に向かえて楽しいなあ。


「おつぐらす〜〜〜〜〜〜! 第6回っ! ぐらす先生のぉ、誰でも30日でイラストが上達するお絵描き講座〜〜やっていくぞ〜〜〜〜っ!!」


 VTuberとして登録者を稼いでいくのももちろん大事だ。

 いまは絵が上手いだけで選ばれる時代じゃない。インフルエンス力、作家の特色カラー、お客さんにとっての付加価値がなくちゃ。

 もちろん、VTuber活動も、とっても楽しいよ。


「おつぐらす〜〜〜〜〜〜〜〜!」


 いや、仕事をとるならインディーアニメも実は時代遅れで、トレンドは3DCGなのかも?

 興味はあったからやってみようかな。

 練習はきっと楽しいだろうし。


「おつぐらす〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 動画編集をガチるのもアリだなあ。

 時代が進んでも、最後は動画で仕上げるのは変わらないだろうし。

 VTuberになってから編集も少し触ったけど、ぜんぜん楽しいからハマれそう。


「おつぐらす〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ…………」


 ──あれ、私。


 ──なにを楽しめていて、なにを頑張ればいいんだろう……?





 好きなこと。

 やりたいこと。

 やっていて楽しいこと。

 やっていて苦じゃないこと。

 やっていて食べていけること。


「私の、やりたいことって、なんだっけ?」


 悩んで限界だった折だ。

 Twitterで広告が流れてきた。



===============

【所属希望者大募集!】


V-DREAMERSは

世界一優しいVTuber事務所を目指し〼!


よろず相談承り中!

無料面談はDMまで!

===============



 またあやしい新興VTuber事務所が立ち上がったようだ。

 大手以外の無名な事務所は、闇というか、地雷というか……

 流行りにのって稼ぎたいだけの詐欺師めいたビジネスマン(笑)が跋扈していると聞いたことある。


 でも、不思議と惹かれた。

 私には新しい風が必要だった。


 駄目で元々。黒塚有子は「V-DREAMERS(ブイ・ドリーマーズ)」の公式アカウントにDM(ダイレクトメッセージ)をした。


 ダメなら逃げ帰ってこればいいし。

 たとえ地雷でも。

 今は頑張らなきゃいけないし──。






「ようこそ迷える子羊よッ! 刮目せよーーっっ!!」


 面談の約束の日。

 指定された「事務所」の玄関を開けたら、ネオンライブ6期生の闇のちびっ子秘密結社総統系VT'uberが飛び出してきた。


「そしてこれが名刺だー!」


 黒い萌え袖の奥から名刺が飛び出してくる。


『VTuber事務所V-DREAMERS

 名誉コンサルタント兼

 天才プロデューサー

 佐々木蒼          』


 初手でハイクオリティなマク様のコスをした女装男に、黒塚有子は叫んだ。


「──やっぱ地雷じゃねえかよぉぉおおおお〜〜〜〜っっっ!!!」


 平均同時接続者数は400名。

 チャンネル登録者数は20,000人。


 配信者として伸び悩み、表現者としても道に悩む。

 迷頭認影、無明長夜を往く芸術家。


 最初の所属希望者は、お絵描き系VTuber「黒縁ぐらす」だ。




 今回も読みいただきありがとうございます。


 いまの時代、SNSをやっていると突然の転機が訪れますよね。

 このエピソードのテーマは「好きなことで生きていく」で、書いていけたらと思っています……。


 続きは本日、日中と夕方にまた何話か投稿していきます!


 続きを書くモチベーションのために、

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