獅紀チサト(アンデット属)
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「ミステリー、ですわね……」
気品のある湯気をたてるお紅茶に視線を落としながら、わたくしは囁きました。
「はたして高得点系一般通過美少女お嬢様探偵であるわたくしに、この謎は解けるでしょうか……ふふ……」
「美少女……? 佐々木マネージャーは三十路直前の成人男性ではないのですか?」
「チサト」
「はい」
「兵吾逸平の手口を考えるにあたって、チサトにも、少しだけ『起業』について講義をしていいかな」
はっ、と獅紀チサトは目を見開くと、「はいっ!」と大きな声で返事をした。
カバンから素早く手帳とペンを取り出すと、構えて俺を見る。
「ぜひお願いいたします! 自分、講義は大好きです!」
教わる内容よりも、教わることの自体が好きなんだよなこの子。
獅紀チサトのリアルの身体には存在しないはずのケモミミや尻尾が、ぶんぶんと振られるのが見えるようだった。
「まず、何かのお店をチサトが立てるとしよう。お菓子屋さんでもお花屋さんでもいい。チサトは何のお店を立てたい?」
「ジムです!」
「脳筋でよろしい。さて、ジムを立てるにはお金が必要だ。事業の元手の集め方には無数のパターンがあるが、代表的な3つを紹介しておきたい」
俺は財布を取り出して指差した。
「ひとつは自己資本での立ち上げ。つまり、自分の貯金からお金を出してジムを建てる方法だ。自腹でインストラクターを雇ったり、機材を買ったりするわけだな」
「自分の稼ぎで私物のジムを建てるのですね。夢のようです」
チサトがうっとりとする。
「そう。しがらみがなくて楽だけれど、人を一人雇うだけでも年間で何百万円もお金が飛んでいくわけだから、並大抵の人間じゃ選べない方法だな」
実はかつて超有名な覇権声優でしたー、なんていう、どこかの金髪女子社長でもない限りは不可能だ。
「ふたつめに借入れによる資金調達。要するに借金だな。銀行や企業からお金を借りて、ジムを建てて、決まった期間までに儲けをあげて、返済する方法だ」
「デット・ファイナンス……。さすが借金……。死の……なんとかという異名があるのですね……」
「それはデッドですわ」
俺はお嬢様言葉と関西弁を股にかけ、ツッコミをいれる。
「ちなみに『死』のデッドと『借金がある』のデットの勘違いでは面白い話があってな。かの有名な遊●王カードに、ゾンビやオカルトなモンスターを表す『アンデット属』っていうのがあるんだが、これは原作の漫画で『生ける屍』が誤植されたものがルールに定着してしまったものだ。『アンデット』だと『借金なき者』って意味になってしまう」
「なんと……。自分は幸いにもアンデット属です……」
「俺もアンデット佐々木だよ。さて、借入れによる資金調達なら、自己資本とは比べ物にならない金額で事業を始められる一方で、やがて返済できなくなった際には、破産などのリスクがあるわけだ。人生甘くないね」
そして重要な残るひとつ──
「最後のひとつが、|新株発行を伴う資金調達。会社の所有権である株式の割合を他人に売ることで資金を得る方法だ」
「く……、微塵子ほども意味が分かりません……。微塵の子と書きまして微塵子です……」
「なんでミジンコに触れた? つーか、それを言うなら『微塵も分からない』だけでいいし、ミジンコってたぶんそういう漢字じゃないぞ…………ってマジでそう書くのかよクソ勉強になったわ」
俺はスマホ片手に感動しちゃった。
「まあ、ちょっと分かりにくいよな。チサト、悪いけどティッシュ持ってないか?」
「は! こちらに!」
獅紀チサトは一瞬でリュックからポケットティッシュを取り出した。
さすが真面目の権化だ。
「よろしい。ここにチサトのティッシュが1枚ある。今からこの『机の上にあるティッシュ』の所有者を、チサトのジムの所有者とする」
「なんと。所有権とは儚いのですね……」
「チサトはいまティッシュの100%を保有しているわけだ。でも、ジムに機材を入れるお金が無い。そのお金を俺から調達したい。その時、|新株発行を伴う資金調達だとどうなるかというと……」
俺は、びりい、と卓上のティッシュを真ん中から半分に裂いた。
「ああっ、チサトジムがっ!」
「こうして株式保有率の50%を俺に売るわけだ」
俺はネイルに彩られた爪先で、ひらひらとティッシュの片割れを振った。
「俺は晴れてチサトジム株式会社の保有者の一人になった。チサトは俺からお金を得て、ジムに機材を充実させられる。Win-Winだ」
「むむ」
獅紀チサトは顎に手をあてて考えた後、言う。
「自分がアブドミナルクランチを買えることがメリットなのは分かります。しかし、佐々木マネージャーにも利があるのですか?」
「おなか鍛えたいんだねぇ」
導入予定らしい腹筋マシンにしみじみとしながら俺は答える。
「利はもちろんあるよ。例えば、俺とチサトのあいだに『ジムで上がった利益を、半年ごとにティッシュの所有率に応じて配当する』というルールがあったとしたらどうかな?」
「ああっ! 仮に半年で600万円の利益が出たら、300万円を配当でお返しできるので、佐々木マネージャーにも得がありますね!」
「そゆこと。それが『配当金』ね。他に株式自体の価値を高める手法もある。例えば今これは1円の価値もないただとティッシュだけど……、悪いけどチサト、このティッシュに頬擦りしてもらっていい?」
「はい! 喜んで!」
獅紀チサトは元気よくティッシュを受け取ると、「すりすり……」と職人のように囁きながら、日焼けしたほっぺたを擦り付けた。
艶やかなポニーテールを揺らしながら、びしりと俺に差し戻してくる。
「完了です!」
「これで獅紀神兵団さん達にとって、このティッシュは5億円くらいの価値になったわけだ」
「なぜです!?」
「俺は価値が上がった株式を売却することで、差額が儲かるわけ。これが『売買差益』だ」
俺は紅茶を口に含みながら思考を整理していく。
「兵吾が選んだのは、どうやら3つめの『|新株発行を伴う資金調達』らしい。そして投資家には『配当金』で支払うと約束しているみたいだ」
しかし、実態として何の事業もしておらず、お金を稼いでいる方法は完全に不明。
普通に考えたら投資家からお金を騙し取っているとしか思えない。
にもかかわらず、配当金というかたちで投資家たちに報いることができているのは、バグとしか思えない。
「……なぁチサト。もうひとつ知りたいんだけどさ。兵吾は複数の投資家から資金を得ているんだよね?」
「は。左様です。キングス・エンターテイメントの他にも、SNSでフォロワーの多いたくさんの個人投資家が、兵吾逸平にお金を預けているようでした」
ふむ。何度聞いても魔法みたいだ。
何の努力もしていないのに、原因不明の利益が発生していて、たくさんいる投資家たち全員が満足するだけの配当金が発生している。
チサトが何度抗議しても『検討するから待ってろ』の一点張り。時間が経つあいだに新しいVTuberをデビューさせては、収益化もさせずに放置している。
──それらを踏まえるなら、兵吾の詐欺の仕組みは至極、簡単で典型的なものだ。
「OK。だいたい解ったよ。──さて、解決に向けて、ちょっと兵吾くんと『お話』してみたくなってきたなあ?」
ハッキリ言って俺は兵吾にムカついている。
でも生憎、今日の俺はお嬢様。
教え子に「怖い」と言われるわけには参りませんの。
ならば、『剣で殴りつけるよりも、笑顔で脅かすがよい』ってやつだ。
「チサトさま。失礼ですが、彼と会う段取りをご一緒に考えてくださいませんこと?」
俺は、にっこり、と非常に上品な笑顔を作って言った。
今回も読みいただきありがとうございます。
佐々木Pは、かつてのオーロラ・プロダクションでなんでもかんでも一人で仕事をやらされたので、だいたいのビジネスシーンに精通しています。かわいそうですね!
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