あれ? 言ってなかったっけ?
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「はぁーーーーっ……。さすがというか、なんというか……」
黒縁ぐらす氏の面談の日。
彼女を玄関まで見送った直後。
高山愛里朱は深々と息を吐いて、ぐったりしつつも笑顔で振り向いた。
「佐々木さんのスタイルはこうなんだねえ……。すんごく親身になってくれると聞いてはいたけど、ちょーっと距離の詰め方が予想以上だったなぁ」
「う、うーん、面目無い……。できるだけVTuberたちと同じ目線に立ちたいと思ってるんだけど、たしかに、少しやり過ぎなきらいはあるんだよな……」
「同じ目線ねぇ。だから女装コスしてるの?」
「……まあ、そうかも? ……いや、今は完全な趣味です……」
「ふぅん。まー、驚いたけど、わたしは好きだなっ! 佐々木さんのスタイル!」
高山愛里朱は明るい笑顔で俺の両の萌え袖を手に取った。
少し煩いし、常識離れしているところはあるが、こう見事に微笑まれると、謎の金髪美少女社長・高山愛里朱は本当に美人だ。
「俺の……体型……?」
俺は赤面した。
「た、たしかに俺は贅肉も無いし胸板も華奢だし肩幅も可憐なパーフェクトアイドル体型をしていて、かつ女子も顔負けな透明感のある色白肌をしているが、急にどうしたんだ……?」
「──ぶっ飛ばすよお?」
高山愛里朱は明るい笑顔で俺の萌え袖を握りつぶした。
お、俺の衣装が……。
「そうじゃなくて……っ! プロデュースの様式の話っ! 佐々木Pの踏み込み方っ!」
「そっちかぁ」
「ほら、なんていうかな……。『優しさ』ってさ、要は『献身』のことじゃん?」
高山愛里朱が言った。
「相手の人生に感情移入して、時間をかけて一緒に考えたり行動したりしてあげるっていうさ。自分の人生を相手に分け与えてあげる行為なわけじゃん」
「……そんなに大層なもんじゃないよ」
「ううん! ぜんぜん大層なもんだよっ! 自分の時間とか心とか……つまり、なんていうか、『人生』をさ、誰かのために使えるのって凄いことだよ。佐々木さんは本当にプロデューサーなんだなって、すごく信頼できた」
高山愛里朱が、改まって俺の目を見て微笑んだ。
「ありがとうね、佐々木さん」
「はは、なんだか照れるな……」
「……ふふ。わたしの昔の担当さんも、そうだったなぁ」
高山愛里朱が小さく呟いた。
「ん? なんだって?」
「ううん。なんでもない!」
高山愛里朱が、ぐーっと大きく背伸びをした。
「ぬぅあーーっ! わたしはなんで表現活動始めたんだっけなーぁっ! 小さい頃のことだから覚えてないやーーーーっ!」
「ああ。それなんだけどさ」
俺は言った。
そう。ずっと気になっていたのだ。
──企業として事務所の設立を目指す行動力。
──1,000万円の年収をポンと提案できる財力。
──そして、どこかで聞き覚えのある声──。
「高山愛里朱。君はいったい何者なんだ?」
高山愛里朱は背伸びをしたままの姿勢で、きょとんと俺を見た。
ぱちぱちと両目を瞬かせる。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
そして彼女は何気なく言った。
「わたし、『声優』だよ?」
「へ?」
俺は呆ける。
脳のどこかで、記憶がぱちりと発火した。
「正しくは、元・声優ねっ!」
高山愛里朱はピースをして微笑んだ。
「別に改まって語るほどじゃないけど、そうだね、自己紹介しておこっか」
そして彼女は胸に手を当てて名乗る。
「わたし、ハーフでさ、ゴツい米国名があるの。アイリス・アリス・タカヤマ・アイリッシュっていうね! あはははっ! 長いよねぇっ! どんだけアイアイ言うんだっての!」
いうほどアイアイは言ってないが。
その名前の響き、俺には聞き覚えがあった──
「で、日本名は高山愛里朱。米国名では略してアイリス・アイリッシュって名乗ったのね」
「ちょっ、お前、それって……」
「うんうん! 12歳くらいから声優としてアニメに出たり、アニソン歌手やったりしてたよっ! フルネームは長いし、日本名をそのまま名乗るのは恥ずかしかったから、日本ではまず使わない米国名を芸名として名乗ってたわけ! 会社の運転資金は、その頃の貯金ね!」
俺は目を見開く。どくどくと鼓動が早くなっていく。わなわなと口が震えた。
「じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ、君は…………」
「声優としての芸名はアイリス・アイリッシュ! 3年前まで人気ボイスアクターやってましたーっ!」
「はわわわわ……」
俺は喘いだ。
信じられなかった。
不肖・佐々木蒼。
アニメとニコ生と声優のライブに青春を溶かされた筋金入りのオタクに御座る。
学生当時に入れ込んでいた超人気声優の一人、声優にしてアニソン歌手のアイリッシュの正体が彼女だったとは。
「ちょ……──超絶ファンですぅぅううううううう!!!」
画面の向こうに魅入られてこの業界に来たけれど、俺はいつのまにか、次元の壁を越えられていたみたいだ。
「ふぐぅぅうううううう……っ……エ゛ン゛タメ業界……最゛高ッッッ!!!」
マク様姿のまま感涙に咽び泣きながら崩れ落ちる俺。
そんな醜態をさらしながら、俺の勤務初日は終わっていく。
爆笑しながら俺を撫でる高山愛里朱。
号泣しながら拝礼する俺。
そのどちらも気づかない白いもこもこのカーペットの上で、俺のスマホは通知が止まらなくなっていて……
それは俺の解雇に気づいたオーロラ・プロダクションの人気VTuberたちからの鬼連絡だったりしたのだけど……
続きは、また後日語ろうと思う。
今回も読みいただきありがとうございます。
皆様のご声援のお陰で、無事に【絵師系VTuber・黒縁ぐらす編】を書き終えられました。
応援いただき本当にありがとうございます!
いよいよここからは、佐々木蒼なき後のオーロラ・プロダクションも物語に絡んできます。
続きを書くモチベーションのために、
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