ノイズ②
▽
ポコン、と。
軽快なSEと共に黒塚有子はDiscordにログインする。
「や、やあ……」
「オ、オワーーーーッ!?!?!?」
「えっ、えっ!? ぐらす先生ぇ!? お久しぶりぽよじゃーん!?」
愚民ちゃんと、ミゾ氏が、悲鳴をあげた。
「どうしたのっ! また失業したか!?」と愚民ちゃん。
「ついに来たんか……ワイらが骨を拾うべき時が……」とミゾ氏。
「うるせぇっ! 失業しまくってて悪かったな〜〜〜〜ァッッ!!」
黒塚有子はマイクに向かって怒鳴る。
叫びながらも口元が綻んでいくのが分かる。
友人達と話すのは、気づけば本当に久しぶりだった。
以前は毎日のようにDiscordで通話していたのに。
「びっくりしたぁ! どうしたん急に?」
布団で身を起こす音を立てながら愚民ちゃんが言ってくる。
「あはは。いやぁ、なんとなく、ちょっと気分転換にねえ」
「気分転換。やっぱりお仕事忙しいんだぽよねえ」
ゲームのプレイ音と共にミゾ氏が言ってくる。
「いいことだねえ。ぽよぽよ」
「うん。まあねぇ……」
あれ。
なぜだろう。
以前は毎日のようにDiscordで通話していたのに、今日は少し気まずかった。
まるで話し方を忘れてしまったかのようだ。
でも今日は……初心に返って言わなくてはいけない。
「あ、あのさぁ……。愚民ちゃん氏、ミゾ氏氏……。ちと聞いてほしいことがあってさ……」
「あいよーっ?」
「いやミゾ氏氏って言いにくいやろ……。で、なに?」
「あー……えーっと…………」
黒塚有子は言い淀んだ。
喉が詰まるような、顔が熱くなるような。
……おかしい。
どうして言えないんだろう。
──伝えたい想いはあるのだ。
──聞いてほしい心があるのだ。
だけど、喉から音が出ない。
誘い方を忘れてしまったみたいだ。
「……いや、ごめん、なに言おうとしたか忘れたわ……」
それに、どうして……こんなに怖いのだろう?
「ずこー!」と愚民ちゃん。
「なんやねーん。ぽよぽよ」とミゾ氏。
そう呟いてミゾ氏と愚民ちゃんは時折発言をしながら各々の手元の作業に没頭していく。
愚民ちゃんはTRPGのシナリオを作っているようだし、ミゾ氏はきっと携帯ゲーム機でゲームをしているようだ。
時間が過ぎていく。
「……ね、ねえ、ミゾ氏」
このままではいけない、と。黒塚有子は口を開く。
「いまは何のゲームやってるの?」
「『ティアキン』やでー。『ティア1・オブ・ザ・キンタローランド』な。時間溶けるで。ぐらす先生もやる? 一緒に昼夜逆転しよー?」
「へえ。いいなあ…………っ、って、時間溶けたら私は破産じゃが〜〜!」
ダメだ。
絶好の機会を向こうからくれているのに、喉が竦んで、何も言えない。
今まで何も考えずに言えていた幼稚な誘いが、どうしてこうも怖くなったのか。
時間が残酷にすぎていく。
そもそも今日はあと少しで配信があるのだ。
佐々木Pの『ノイズ』の正体に気がついて、咄嗟にDiscordに飛び込んでしまったけれど、あまりにプランが無さすぎた。
でも、私は今日変われなかったら、もう変われない気がする。
どうしよう。
もう時間がない。
猶予がない。
ああ──
ダメだ、やっぱり。
今日は、もう────
「──なあ、蟻子ぉ」
ミゾ氏が言った。
はっ、とする。
そう呼ばれたのは何時ぶりだろう?
『黒縁ぐらす』を名乗る前の、黒塚有子のハンドルネームだった。
「蟻子さあ、今日、ずっと何か言いたがってない?」とミゾ氏。
「あ、それおいちゃんも思ってたよ! もごもごしてるよねえ、蟻子ちゃんさん!」と愚民ちゃん。
黒塚有子は息を呑んだ。
「あ…………」
「どしたん? 話聞こか?」とミゾ氏。
「言いたいことがあったら言いな〜〜?」と愚民ちゃん。
「……っ……」
黒塚有子の頭は真っ白になった。
言葉が浮かばない。
自室の時計の音だけが聞こえる。
あと3分そこらで、配信の時間だ。
戻らなきゃ。もう配信に間に合わない──
「……あ、あの……私、さ……」
言葉が浮かばないのに、口が勝手に、語り出していた。
「私……ずっと……なんかずっと、立ち止まっちゃいけないって感じてたんよ……。会社辞めて、絵師一本になってから……毎日、絵の練習して、新しいこと覚えて、仕事して、配信して……その頑張りを止めたら、もう二度と、歩き出せない気がして……めちゃくちゃ怖くって…………」
ぎゅっとスカートを握りしめて、胸の中の想いを、そのまま吐き出していく。
目がまた熱くなってきた。
「でも、この前……、人に言われたんよ。なんで創作が好きになったのか思い出せって……。なんのために創作してるのか、思い出してみれって……」
データに残っていた、温かいノイズ。
今から1年も昔に行った生放送だった。
配信のワンコーナーとして、イラストも全く関係ない場面で、視聴者の視聴維持率がどーんと高くなっているシーンがあった。
そのノイズの正体は。
同時接続者数が多かったのは──
──ミゾ氏と愚民ちゃんにゲスト出演してもらって、ふざけて3人で笑い合っていたシーンだった。
「……ふ……っ……ふたりにTwitterで最初に会ったの、高校生の頃だったよねえ……っ……」
ぼろぼろと涙が止まらなかった。
あの頃の気持ちを思い出していた。
見失っていた故郷にやっと帰ってこれたような気持ちだった。
「……趣味で絵ぇ描いてて、Twitterで二人と相互になって……通話するようになって……むちゃくちゃ楽しかったんよぉ……っ。絵ぇ見せあって褒めあったり、笑いあったりしてさぁっ……。それが楽しくて、あんな風に……っ、いつまでもずっとずっと、二人と絵ぇ描いて、笑い合いながら楽しく生きててえなぁって、心から思ってさぁ……っ!」
それが理由だった。
大人になってもずっと二人と遊んでいたくて、それが楽しくて、いつしか「創作する人生」は彼女の夢になった。
「なのに私……っ……、いつの間にか見失ってた……っ。みんなと遊びたくて創作してたんに……創作のほうが目的になってて……っ……、勝手に止まれなくなってんのよ……! こんなん、ただ、また二人を……二人を……ただ一言、誘えばいいだけなんに……もう私、怖くなってて……。ご、ごめんなぁ……っ……、我が儘で……、あっちいったりこっちいったり、わけわからんよなぁ……っ……」
夢にブレーキをかけるのが怖くなっていた。
手段と目的が入れ違っていると気がついていても。
頑張らないことが、出来なくなっていた。
故郷に帰りたいのに、寂しいのに、歩みを止めて帰ること自体に、罪悪感を感じてしまっていた。
「……蟻子ぉ。君……」
Discordの奥で、ミゾ氏が、ゆっくりと言葉を発した。
「──泣いてる声、唆るなぁ……?」
「……っ!?!?!?」
黒塚有子は鼻水を噴き出した。
「き、き、貴様ァッッッ……!? せ、先生がこんな真面目に訴えてんのに〜〜〜〜っ!?」
「ぶははははははっ! あー、ごめんごめん……冗談冗談」
ミゾ氏が爆笑しながら言った。
「いやー、君は相変わらず頑張り屋さんやねえ」
「ねー! ほんとだわぁ!」
愚民ちゃんも笑って続ける。
「蟻子ちゃーん! 言っとくけど、君があっちいったりこっちいったりするのなんかねえ! おいちゃん達は、とっくに慣れてんのよっ!」
「え……?」
「ほんとだよ。いまさらいまさらー」とミゾ氏。
「ねー! こっちが何年、あんたの友達やってると思ってんのよ!」と愚民ちゃん。
「愚民ちゃんはアレかもやけど、ワイは蟻子を遠くに感じたことなんて無いやで」とミゾ氏。
「いや、おいちゃんもよっ!? マジな話、蟻子ちゃんが頑張りやさんなのは、おいちゃんもミゾ氏も理解してるからさ」と愚民ちゃん。
「独りで頑張りたくなったら、気にせず集中して頑張ってくれたら嬉しいよ」とミゾ氏。
「んで、帰ってきたくなったら帰ってきてよ! おいちゃんらはいつでも応援してるからさ!」と愚民ちゃん。
「いつも配信見てるしね」とミゾ氏。
「ミゾと二人でゲラゲラ笑ってるよー!」と愚民ちゃん。
「あ、あはは……」
黒塚有子は思わず笑った。
Discordの向こうの声はとても近くて。
高校生の時に初めて出会った時から、何も変わっていなくて。
今でもこんなに、温かくて。
二人はいつでも、ここにいてくれるのだ。
「ってか、そろそろ配信の時間じゃん」とミゾ氏。
「ほんとだ! ぐらす先生ぇ、そういうワケだからさ、言いたいことは、ここで言っていき!」と愚民ちゃん。
「安心して。どーんと受け止めてやるからよ」とミゾ氏。
「ネタバレするけど、答えは『いいともー!』だよっ! おいちゃんら、それしか言わないからな!!」と愚民ちゃん。
──伝えたい想いがあった。
──聞いてほしい心があった。
忘れていた誘い方を、いま、黒塚有子はやっと思い出した。
「──うん……っ……。あ、あのさあっ!」
再び溢れてきた涙に声を震わせながら、黒塚有子は、笑顔で叫んだ。
「こ、こんどっ、また三人で一緒に遊ぼうやあっ! 馬鹿騒ぎしながら絵ぇ描いて、一緒にリスナー湧かそうっ! そんな配信に……また、出てくれるかなっ!?」
「「YES!!」」
「『いいとも』って言えよぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!! じゃあなっ!!!」
最近でいちばんの大笑いをしながら、黒塚有子はボイスチャンネルから抜けた。
ひとしきり暗い部屋で泣きながら爆笑してから、彼女は部屋の明かりをつけて、ヘッドセットの位置を直した。
「……こほん。あーあー……」
配信用のOBSを起動して、事前に立てておいた予約枠から配信を開始する。
「おつぐらす〜〜! やあやあ君たち〜〜。ぐらす先生だよ〜〜元気かえ〜〜!!」
『黒縁ぐらす』として活動して初めて、彼女は配信を10分も遅刻した。
その配信は、最近でいちばん、心の底から──
楽しいものになった。
▽
1週間後。
黒縁ぐらすのチャンネル登録者は成長を続けている。
自称天才プロデューサーのちびっこ総統にアドバイスされた『ジャンルのブレ』を解消したせいもある。
でも一番の要因は、愉快なゲストを迎えるようになったことだ。
「おつぐらす〜〜! やあやあ君たち〜〜。元気かえ〜〜!!」
「おつぽよよー。今日も邪魔しにきました、ワイやでー」
「おっちー! 邪魔すんなら帰ってほしいねー! おいちゃんだよー!!」
三人がコラボしてイラストを描く時の、肩の力の抜けた黒縁ぐらすの様子や、あまりにも学校の教室感のある彼女たちのゆるくてくだらないやりとりが、リスナーの心を掴んだのだ。
黒縁ぐらすの友人を交えた三人組は、やがてリスナーから「GMG」と愛称されるようになっていく。
平均同時接続者数は1,100名。
チャンネル登録者数は45,000人。
配信者として急成長し、表現者としても闇を抜けた。
勇往邁進と解甲帰田を両立するイラストレーター。
お絵描き系VTuber「黒縁ぐらす」。
彼女の物語が、再び佐々木蒼たちと交わるのは──、もう少し先のお話だ。
今回も読みいただきありがとうございます。
黒縁ぐらすのモチーフは、『黒縁のメガネ』だけではなくて、『アリとキリギリス』でした。
「黒塚有子/黒縁ぐらす」という名前にも、モチーフが隠れていたりします。
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