王子の婚約破棄計画を知ったら、国家間会議に呼ばれました
コンスターンス大陸には七つの国から成るセメーヌ連邦国家が存在する。その内の一つ、ジュディ王国王都のとある邸宅に向かう。指定の時間にこの邸宅の主が手配してくれた馬車に乗り込んだので、自前で馬車を用意する手間が省けた。
乗り込む際には幻術を使って姿を誤魔化したので、例え誰に見られても自分だとは判らない。
馬車に揺られながら内心嘆息する。
……馬鹿が馬鹿をやらかした。王子と言う地位にいる男は、どうしてこう言う馬鹿げた事を平然と行えるのか。本当に、理解出来ない。
『何故王子の成長結果が、腹黒か莫迦の二択になるのでしょうか?』
『うむ。しかも腹黒でないと跡継ぎとして使いものにならんと来た。救いようがないのぅ』
何処かの世界での会話が脳裏を過ぎる。事実だから何とも言えない。
馬車の揺れが止まる。目的地に到着したようだ。その証拠に馬車のドアが開く。御者のエスコートで馬車から降りると、呼び出し主が傍にいた。
「お久し振りです大公殿下」
「聖女ラシェル。急な呼び出しにも関わらずよく来てくれた」
スカートの端を摘まみ、膝を折って礼を取ると、呼び出し主の初老の男性は目尻を僅かに下げた。
ラシェルと言うのは転生先の菊理の名だ。
挨拶もそこそこに移動。案内された応接室に入ると、ジュディ王国以外の大使が勢揃いしていた。他国も、今一件は無視出来ないのか。
馬鹿をやらかした王子に呆れつつ、簡単に挨拶をしてから席に着く。
ジュディ王国の大使代理も王弟でもある大公が務めるのか、非公式緊急七ヶ国会議の音頭を取った。
短い形式的な挨拶から入り、議題を提示する。
議題は『王太子が目論む婚約破棄計画について』だ。
何をトチ狂ったのか。王太子は自分との婚約破棄を明後日の夜会で盛大に発表し、半年前に見つかった自称聖女アンジェリークと言うジュディ王国の伯爵令嬢と婚約すると宣言する計画を立てていた。
一見すると、ジュディ王国内での問題に見えるが、実はそうでもない。
理由は簡単。自分がこの国の人間ではないから。自分の出身と所属はディマンシュ王国で、王太子との婚約は三年前に崩御したジュディ王国の先王が取り決めたもの。しかも、ジュディ王国からの申し込み。ディマンシュ王国は渋っていたんだけど、自分が出した条件をジュディ王国が飲んだ結果、婚約は成立した。
正式な婚約は二年前で、婚約を発表してからはこの国に移住して仕事をしている。
仕事内容は、既に解った方もいるだろうが『聖女活動』です。正確には精霊術を使った自然災害の抑制だ。
精霊術が使えるだけで聖女に祭り上げられた結果、実家の公爵家から出て行こうとした矢先にディマンシュ王家に捕まった。ディマンシュ王家に年齢が釣り合う王子がいなかったので、王子と婚約とはならなかったが、代わりにジュディ王国の王太子との婚約が決まった。
コンスターンス大陸にはセメーヌ連邦国の他にも五つの国が有り、数百年振りに見付かった聖女と言う事で、セメーヌ連邦国に属するほかの六つの国とその五つの国からも婚約話は来た。
他の五つの国に諦めさせて(先王は粗捜しが上手かった)、婚約の座を勝ち取ったにも関わらず、まさかの婚約破棄計画。これを知り他国は激怒。祖国ディマンシュ王国も激怒。国交断絶の危機が迫っているのに知らないのはジュディ王国だけ。
明後日の夜会で、国が一つ消えるか否かの修羅場が勃発すると知った大公が『国を滅ぼさない為のクッション』として動いたのだ。
案の定、会議が始まると同時に大公が一斉に責め立てられる。
当たりが一番強いのはディマンシュ王国ではなく、マルディ王国だ。マルディ王国は国土の約七割が砂漠で農耕地も少ない。砂漠地帯の緑地化計画を立てているが、何度やっても上手く行かず頭を抱えている。
自分が精霊術を使って砂漠化の抑制と緑地化を行ったので多少はマシになったが、何時砂漠化が進むか分からない状況だ。何が何でも引き込みたいのか、マルディ王国からは婚約以外にも、養子縁組や爵位授与の話も来ていた。
ジュディ王国に取られて話は消えたけどね。
大公を責め立てる事である程度落ち着いたのか、ディマンシュ王国大使から『婚約時に提示した条件の確認』が行われ、他の大使の注目が大公に集まる。
婚約時に提示された条件は、他の六つの国が自分との婚約を諦めさせる為の条件なので内容も非常に厳しかった筈だ。
難しい顔をした大公が侍従に用意させた紙束を手に、大使達と条件の確認作業を行って行く。
六ヶ国に払う賠償金だけで、国の財政が傾く額だ。これだけの大金を提示しなければ他国が納得しなかったとも取れる。他にも王家の求心力が低下しかねない程に不利な条約類の確認が行われて行く。
傍観者としてずっと座っているが、条件の中には自分の今後に関わる事も明記されている。
その中の一つに『国家と実家からの要請・強要による政略結婚お断り』の文言が確りと明記されている。
扱いが悪かった実家に帰る気はない。ジュディ王国での待遇もはっきり言って悪い。他国の人間だからってのも有るんだろうけど、先王が連れて来た婚約者を国を挙げて無下にするのはどうかと思う。
何となく左腕を見る。腕に嵌められたブレスレットはジュディ王国王都の守護結界に魔力を供給する魔道具だ。婚約破棄されればこれを外しても問題無い。
そもそも、このブレスレットを着けるのは正式に婚姻してからだったが、現国王が前倒しの契約を交わしたから着けろと脅迫して来たもの。真実は真っ赤な嘘だった。これに関しても大公は責め立てられている。
出された紅茶を啜りながら思う。
口を挟む隙も無いのに何で呼び出されたのだろう。
結局、口一つ挟めないまま、非公式会議は終了した。
そして、夜会当日。
各国の大使が全員参加している夜会でジュディ王国王太子の馬鹿が、どこぞの伯爵令嬢を侍らせて『真の聖女が見つかった』から始まる三文芝居の常套句を述べて、自分に婚約破棄を宣言した。なお、ジュディ王国の国王が不参加。
被害者からの証言だけで鬼の首を取ったようにキャンキャン騒ぐ王太子を、赤ワインが注がれたワイングラスを片手に眺める。
この下らない三文芝居は何時になったら終わるのかしら? 会場でせせら笑いを浮かべる貴族共を眺めながら思う。
「貴様聞いているのか!!」
「当事者の片方からの証言だけで、よくもまぁ、そこまで舌が動きますね」
聞き飽きたと言わんばかりの態度を取ってグラスを傾け一気に呷る。空になったグラスを近くのテーブルの上に置くついでに、他国の大使達の様子を窺う。
揃いも揃って、無表情だった。失望から来る無表情ってあんな顔になるのね。
「と・も・か・く! 貴様は私の婚約者ではなくなったのだ! 婚約の証であるそのブレスレットを寄こせ!」
お前の頭には何が詰まってんだよ? と言う言葉が出掛かったが、寸でのところで飲み込んだ。
王太子から見えないようにニヤニヤした見下し笑顔を浮かべている伯爵令嬢も、このブレスレットの事を知らないのか。
「私もあなたとの婚約は『王命で』嫌々了承させられたものですから、婚約が無くなる分には構いません」
そう言って、ブレスレットを外した。
「口の減らない女だな!」
憤慨する王太子に向かってブレスレットを投げ渡す。馬鹿はブレスレットを取り損ねて額にぶつけた。『不敬な!』などと騒いでいるが無視してシャンパングラスに手を伸ばす。
それにしても、腕が軽い。四六時中魔力を奪い続けていた呪いの品が、やっと手元から離れた。
婚約の証ではなく、厳密にはジュディ王国の王都守護結界の維持に魔力を吸収し続ける魔道具だか、頭にものが詰まっていない王太子は知らないようだ。
伯爵令嬢は嬉々としてブレスレットを身に着けた。
「え? 何? いっ、きゃぁああああああああああああっ!?」
直後、盛大に悲鳴を上げた。豪奢な金髪が色を失い白く染まって行く。同時に、貴族令嬢として磨かれた肌から艶とハリが消えて行き、十秒もかからない内に老婆のような外見に変貌し、血を吐いて倒れた。突然の事態に、会場で自分をせせら笑っていた貴族達が血相を変える。
「何だ!? 何が起きている!?」
狼狽する王太子に追い打ちをかけるように異変は止まらない。
バリーンと言う何枚ものガラスを纏めて割ったような音が響いた。
何の音か? 答えは王都を守護する結界が魔力不足で割れた音だ。こんな音がするんだね。
夜会会場の扉が蹴り開けられ、ジュディ国王が転がり込むように会場にやって来た。
「せ、聖女ラシェルよ! 王都の守護結界が消滅した! 一体何が起きたのだ!?」
王の問いに会場にいる皆がギョッとしている。他国の大使達はくすくすと笑っていたが誰も気づいていない。
「先程王太子殿下から、婚約破棄を宣言されましたので、ブレスレットを自称真の聖女の令嬢に渡しました」
「何じゃとぉっ!?」
簡潔に述べると国王は目を剥いて仰天した。
「真の聖女様では、王都の守護結界の維持をするに魔力が不足していたようでして、そこで血を吐いて倒れています」
追加情報を述べると国王は、バッ、と音がしそうな勢いで首を動かし、血を吐いて倒れている令嬢を見た。ギリギリと歯ぎしりが聞こえる。握り締められた王の拳からは血が垂れる。王は倒れている令嬢に近づくと、力の限り蹴りを加えた。令嬢や夫人の中には小さく悲鳴を上げているものもいる。
王太子が困惑しながら止めに入るが、逆に顔を殴り飛ばされてその場にへたり込む。
「ち、父上!?」
「こんの、阿婆擦れがぁああああああ!!」
怒髪冠を衝く勢いで怒り狂い、王太子を無視して令嬢に暴行を加え罵詈雑言を吐き始めた王に、会場にいる貴族共も漸く『非常に不味い事態』である事に気づいたようだ。
王の怒りは無理も無い。国家安泰の為にあれこれやっていたのに、どこぞの馬鹿令嬢に誑かされて息子が阿呆な事を仕出かし――全てが無駄になった。
令嬢の一族郎党と息子共々処刑すると、今ここで叫んでもおかしくない程に怒り狂っている。
本当の受難はこれからなんだけどね。
気の済むまで令嬢を罵り、肩で息をし始めた王に、いつの間にか侍従を連れてやって来た大公と他国の大使が歩み寄る。地獄からの使いに見えなくも無いが、自業自得である。
「兄上。王太子の婚約破棄宣言は他国の大使の目の前で行われました。撤回は不可能になります」
「!?」
大公が告げた言葉に王が絶望に満ちた顔をした。そして、自分に縋り付けないように各国の大使達が見事な連携で王を取り囲む。
これ以上見る気はない。自分の周囲に遮音結界を張って外部からの音を遮断。
どう落とし前をつけるかは知らないが、最低でも、ジュディ王国は連邦国家の中で最低な扱いを受けるのは間違いない。下手すりゃ国家解体だ。
国家存続は大公の手腕に掛かっている。国王は頼れない、と言うよりも頼ってはいけない。色んな意味でやらかしているからね。
遮音結界の向こう、大使達の壁の隙間から見える国王は弱々しい。助けないが。
姿消しの結界も併せて展開して、料理が並べられたテーブルに移動する。
料理を摘まみながら今後どうするか考える。
一度戻ってから事の顛末を報告して、行方を眩ます――で良いか。
少し考え、デザートに手を伸ばし、過去を回想する。
散々な二年間だった。どいつもこいつも、見下す事しか考えていない貴族ばかりだったから、本当に疲れた。
「あっ、これ美味しい」
カスタードパイのようなタルトを一口食べたら美味しかった。
心行くまで料理デザートを堪能したが、王を取り囲んでの断罪劇はまだ終わっていなかった。
大公の侍従に中座すると一言声を掛けてから会場を出る。
会場にいた顔色の悪い貴族一同も帰ればいいのに帰ろうとしない。
後に聞いたが、断罪劇は深夜にまで及んだ為、王の執務室に移動して再開された。
王太子は自室に謹慎と言う名目で閉じ込められた。血を吐いて倒れ、王から死体蹴りを受けた令嬢は一応手当はされたが、ブレスレットに魔力と代替として生命力の吸われ過ぎが原因でそのまま衰弱死した。
翌々日。
王家の三人と、令嬢の親族郎党が地下牢に放り込まれた。国家に危機を齎した罪で、公開で処刑するそうだ。
自称聖女を名乗ったアンジェリーク(だったよね?)の死体は、聖女の名を騙り国家転覆を謀ったとして、広場で磔にされて晒された。
肝心のジュディ王国の行方だが、国家存続は許されず解体が決まった。表向きは大公が治める自治領と言う扱いとなる。これに伴い、ジュディ王国の貴族の身分剥奪が決まり、連日貴族狩りが行われるようになった。
真面な貴族は残っていないので、ある意味妥当な判断だ。貴族達は我先にと国外への逃亡を計画するも、一人残らず捕まった。
そして自分は今、独り気ままな旅をしている。
報告類は済ませてあるし、身辺整理は済ませている。気が向いたら何時でも帰って来いとディマンシュ女王に言われたので、傷心旅行か何かと思われている。
二度と帰る気はないけどね。
一人旅は続く。終わりは恐らく、転生の術を使う時だが、まだ先の事。
今はゆっくりと過ごそう。
何処の世界に転生して記憶を取り戻しても、暫くの間はゆっくり出来ないのだから。
Fin
ここまでお読み頂きありがとうございます。
久し振りの投稿で、短編を二つ連続投稿を計画しています。
本当は三つ連投しようかと思っていたのですが、三つ目の内容を考えると別の奴と一緒に投稿するのが良いかなと思い、今回は見送りました。
突貫で書くものは何だか短い。六千字超えなかった。
連投で次に投稿するものは逆に一万字を超えているので、婚約前の状況とか入れればよかったかなと思いました。
しかし、作品名を考えると逆に要らないなとカットしこの長さになりました。
最後に、誤字脱字報告ありがとうございます。