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白梅と月光  作者: 高崎 龍介
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結「日ノ本」

 夕餉の準備が整い三人で飯を囲みながら弥兵衛は自分の現状の整理に努めた。

「なるほど、では拙者は七日も眠っていたのか」

「ええ。見つけた時は元の姿に戻られ衰弱しておりましたし・・・・」

 常陸城下町の北に見える山すら消し飛ばしてみせた技の直撃である。妖魔化していたとはいえ無事で済むはずもなく、結果妖魔の回復力を持っても七日もの間眠りにつくこととなったのだ。

「少なくとも”怨鬼”との連戦だったんだ。精魂尽き果てていたところにあの技を食らったのだ。お前といえど、五体満足で見つかっただけでまだ儲けものというものだ」

 飯を食べる手を止めることなく話を続ける弥兵衛。寝込んでいた時とは違い”夜魔”の状態がうっすらと現れていた。

「弥兵衛殿、体が・・・」

「土壇場で力をさらに引き出したからな。こうなることも予想はしていた」

「・・・拙者のことは良い。頼房殿、総子様のこと何かご存じですね?」

「・・・」

 尋ねられた頼房は何も言わず目をつぶり腕を組んだまま動かずにいた。だが少しすると目を開き、

「長い話になる。茶でも飲みながら話そう」

 そういって三人分の湯呑と茶を用意する。その間、栄次郎は食べ終わった鍋と食器を片付けていく。

 やがて二人が囲炉裏に座り直し各々に茶がいきわたると、その重い口を開き語り始めた。

「まず、総子だがあの子は正確には私の子ではない。かつて道端で死にかけていた赤子を私が拾い育てたんだ」

「養子なのですか?」

「ああ、だが拾い上げた時に私の頭の中にありえない光景が広がってな」

「光景?」

 淡々と話す頼房の言葉は、弥兵衛が代わりに引き継いだ。

「月の民にまつわることではないか?」

「・・ご名答だ」

「月の民? 一体何のことですか、先ほどから一体・・・」

「・・・総子様があの時名乗った名前”竹取輝夜”と言っていたからな。そこから連想していっただけだ」

 居住まいをただした頼房は話の続きに移った。

「月に住まう民が地上に降りて白銀に輝く宮殿を顕現させる。そしてこの日本を月の民が住める場所へと変えるというものだ」

「話だけを聞いているとなんだか突拍子もないものですが、総子様はもともと月の民、それも名前から察するにあの”輝夜姫”ということでよろしいのでしょうか?」

「ほぼ間違いないだろう。私も何度かあの子を手にかけようとしたがあの子に刃が通ることはなかった」

 頼房の事情を知っている弥兵衛は驚く様子もなく吐息をこぼす。

「あの子が成長していく中でいずれこのような事態になるのは見えていた。だからこそ弥兵衛に監視を頼んでいたんだ。あの子がいずれ本来の姿になってしまった時には首を刎ねてほしい、と頼んでな」

「でも弥兵衛様はいつも総子様を危険からお守りしていましたよね? なぜですか? 放っておけば死んでいたかもしれないのに」

「馬鹿者。下手に命の危機に晒してみろ。どのような状況下でこちらの身が危うくなるかわからないというものだ。だが、あの鬼を殺したことでその事態を自ら作ってしまったのだから愚行極まりないと言わざるを得ん」

「しかしそれはあの鬼を復活させた蘆屋篝のせいにございましょう。弥兵衛殿に落ち度はございませぬ」

「・・・・慰めあっていても何も解決はせぬ。弥兵衛よ、今一度聞く。”竹取輝夜”を討ち取ることはできるか?」

 頼房の問いに弥兵衛は渋い表情を浮かべ「難しいとしか言えませぬ」と返した。死闘を終え、僅かではあっても気が緩んでいたところへの不意打ち。たとえ歴戦の猛者であっても出し抜かれれば首を刎ねられる。それはいつの世も変わらない。

 だが仮に気が緩んでいなかったとしても勝つことはできなかったであろう。それが今回の相手”竹取輝夜”である。

「”気炎万丈”を用いて互角になるかどうか。そもそも一撃で昏倒させられたのです。次戦ったとしても数撃、真面に食らえば拙者は再起不能にさせられると思います」

「それでも戦うことはできるのだな?」

「・・・無理は承知の上で申し上げるのであれば、戦い勝機を見いだせる可能性はあるかと」

「相分かった」

 頼房は背筋を伸ばすと今までと面持ちを一気に変え、

「深作弥兵衛。貴殿に名を下す。”竹取輝夜”を討ち取り、必ずや生きて帰れ」

「・・・必ずやその命、全うしてみせます」

 深々と頭を下げる弥兵衛。その後、弥兵衛は頼房に一つだけ頼み事をしていった。

 こうして再び死地に向かうことになった弥兵衛は明朝、府中から出立していった。馬にまたがり、傍らには栄次郎を伴う形での旅路だった。

「ところで弥兵衛殿。総子様は何処へおわすのでしょうか?」

「そんなもの簡単だ」

 懐から書状をとりだす。通行手形とともに渡された地図。そこには目的地の名が赤によって記されていた。

「出雲だ」


 総子こと”竹取輝夜”は弥兵衛を一撃のもとに沈め、常陸國を壊滅させた後西にある出雲へと赴いていた。

 しかしその足取りはとても重く時折軒先で苦しそうに息切れを起こしていた。

「ふ・・・さすがは穢れの多い地上だ。一度は地上に落とされた身といえどもさすがに苦しいな。だがそれ以上に・・・・」

 己の手を握る。わずかではあるが抵抗感が常に働いている。それは輝夜の中で総子が決死の思いで戦い続けているからだ。

「この幼子にかような力があるとはな。少々見くびっていた。だがそれもいつまでもつかな」

 重い体を押しながら彼女が目指すのは出雲の地に鎮座する出雲大社。今季節は十月。それは日本の暦おいて最も大事な月でもある。全国から神たちが一堂にこの出雲大社へと集まる。それすなわち地脈の流れすらも変わることを意味する。輝夜が狙っているのはその地脈から流れ出る膨大な霊力を奪い取ることだった。三日後には十月、神無月も終わる。そうなればすべての神は一斉に元の場所へと帰ってしまう。そうなれば地脈も瞬く間に元の流れに戻ってしまう。その前にすべて奪い取らなければ意味がなかった。

 やがて出雲大社にたどり着くと人気がないことを確認し、

「見せてやろう我が宮殿を」

 指を歯で噛んで血を滴らせる。地面に当てがった手から術式が瞬く間に広がっていく。

「外法”月光殿”」

 出雲大社が次々と輝く白色に染め上げられていく。遠くから残っていたであろう境内の人間の悲鳴が聞こえるが、輝夜にとってそんなものは獣の鳴き声とさして変わらないものだった。

「道長様、今宵ここに妾は居ります」

 所業は悪魔のごとき所業でありながら、その表情と声色は恋する乙女のそれだった。

 その日、僅か半刻ほどで出雲大社には白昼のごとき輝きを放つ御殿が出来上がったのであった。


 一日半ほどで出雲へとたどり着いた弥兵衛と栄次郎は出雲が一望できる山の中腹にて野営を行っていた。遠くから出雲の様子を見ていた二人はそこに鎮座するはずの由緒正しき神社に驚愕の色を隠せずにいた。遠目からでもわかるその存在感。しかも最悪なことにその周囲には見たこともないような白い体を持つ魍魎たちが跋扈していた。

「弥兵衛殿の予想が当たりましたな。しかもなんて数でしょうか。あんなの宮殿にたどり着く前に力尽きてしまいます」

「いや、あの魍魎たちただ徘徊しているようではないようだな」

 山を下りていく弥兵衛。その弥兵衛の後を追うようにして栄次郎もすぐ後を追う。

 弥兵衛は刀も抜かずに街中へと出ていく。その様子に栄次郎は度肝を抜かれてしまい、その場で一瞬固まるがすぐにあとを追いかける。すると近くに来ていた怪物が咆哮を上げて栄次郎へと襲い掛かってきた。

「ひ!」

「ふん」

 弥兵衛の一刀のもと怪物は切り伏せられる。

「拙者のことは何もせずに通すらしいが、拙者以外は問答無用で殺すようだ」

 刀を手にしたまま弥兵衛は前方の宮殿を見据える。すると弥兵衛のもとまで一直線上に白い道が出現する。それは輝夜からの手招きのようでもあった。

「栄次郎。貴殿は先ほどの野営地にて拙者の馬とともに待っていろ」

「・・・・はい」

 足手まといになると気づいたのだろう。栄次郎は特に何も言わずにすぐさま野営地まで戻っていった。

 白い道を一直線に駆け上がる弥兵衛。わずか数分の内に門へとたどり着いた弥兵衛はその扉にそっと手を添える。するとわずかな力もなく扉が大きな音を立てて開く。

「・・・待って居ったぞ人間」

「竹取、輝夜」

 輝夜は忌々しいものを見るかのような目つきで弥兵衛を見下ろしていた。

「まもなくこの”月光殿”は完成し、この国を始めとして星全てを我が月へと変換していく」

「日本を月へ? そのようなことができるなど到底・・・」

「思えぬと? ではお主の前に座っておる妾はなんだ? お主のその身に宿った力は一体なんだ? 世の中には人智を超えた力が存在し、人々はその存在に気付かず生涯を終えるのが常だ。だがお主のような一握りの人間が時にはこちら側へとたどり着くこともある。お主は特にその真髄に近いところまで来ている。だというのに愚かな人間どもの常識などという世迷言になぜ今なお従う? その力を持ち相手との力量を図ることができるというのになぜ今なお妾に盾突こうなどと思う? そのことが妾には今なお理解できぬことだ」

 その問いかけに弥兵衛は刀の構えを解く。確かに力量差を図ることは戦いを知るものとして最も最初に理解せねばならない。達人の域すら超えてもはや人外の域にある弥兵衛とてそれは決して怠らないことだ。今目の前にいる女の姿をした怪異は自分など到底かなうはずもないと本能が恐怖しているのも分かっていた。先日の戦いでただの一撃で自分は意識を刈り取られ、守るべき国を守れなかった。その悔しさと一度は敗れたという恐怖感は弥兵衛とて持ち合わせている。

 だがそれでもこの場所に今なお立ち続けている理由はただ一つだった。

「総子様を取り戻す。ただそれだけの理由だ」

「・・・理解できぬな。そんなにこの体が大事か?」

「主君を助けるために命を懸けずして何が武士か」

「人外の領域にいながら今なお武士を語るか?」

「たとえこの身が怪異に成り果てようとも心は人としてあり続ける。それはこの刀を打ってくれた我が師が教えてくれたものだ!」

「ふん、その心意気・・・気に食わぬな!!」

 椅子から立ち上がった輝夜は左手を前にかざすと、

「外法”奈落”」

 黒い玉状のものが召喚されると弥兵衛の体が輝夜の元へと引き寄せられていった。

「ぐ・・・これは・・・」

「先日貴様に食らわせたものと逆のものだ。してこれが・・・」

 すると輝夜は右手を弥兵衛の胴体にかざし、

「外法”虚空”」

 先日弥兵衛の体を襲った衝撃が牙をむく。

「が!!!」

 一瞬のうちに数百メートル離れた壁にめり込むほどの衝撃に意識を一瞬飛ばしかける。

「ほう、先日と同じ威力で放ったのにまだ意識があるか。大した奴だ。それとも先日はあの鬼との戦いのせいで今ので倒れたというのもあるか?」

「・・・化け物が・・・」

「ふん、今のお主がそれを言うか。五里先の山すら吹き飛ばすことのできる妾の”虚空”を正面から受けて五体満足でいられるなどもはや人ではあるまいに」

「なら・・・・その人ではない力とくと見るがいい!!!」

 刀を構えると同時に先日完成したばかりの霊術”気炎万丈”を発動する弥兵衛。右手を掲げた輝夜は”奈落”でもって弥兵衛を引き寄せようとするが、

「極刀流”竜飛鳳舞・残焔”」

 すでに底に残されていたのは弥兵衛の残像。思わず面食らった輝夜であったが、背後から迫ってきた気配に振り向く。

「遅い!!」

 焔を纏った刃が輝夜を襲う。咄嗟に腕で防いだ輝夜であったが不意を突かれたこともあり右腕に切り傷をつけられる。

「・・・今の一撃、骨すら断つつもりだったのだがな。まさかかすり傷程度とは恐れ入った」

「妾の大事な単衣を台無しにしおったな、小僧・・・」

 決して浅くない傷をつけられた輝夜だったがそれ以上に”大切なあの人”から贈られたこの単衣に傷をつけられたことがよほど悔しいのかその形相は怒りで満ちていた。

「許さぬぞ。絶対に許さぬ!!」

 怒りの発露とともに”虚空”が乱発される。咄嗟に”竜飛鳳舞”による回避を試みた弥兵衛であったが全方位に向けられた無数の”虚空”をよけることなど到底できるはずもなくいくつもの衝撃をその身に受けることとなった。

(”気炎万丈”を使っていてこの痛み。あと二、三撃食らえば終わる・・・)

 刀を杖代わりとして立ち上がり切先を相手に向ける。

「・・・・貴様にはふさわしい末路をくれてやる」

 そう言うと輝夜は手をかざす。周囲の霊力が彼女の手に集まるとどす黒く変貌していきやがてそれは一本の刀へと形を成していった。

「妖刀”虚”。貴様の首はこの刀の錆としてくれるわ」

「・・・とんでもないものがあったものだな」

 先ほどのまでの霊術のほかにも剣術まで用いられてくるとなるとさすがの弥兵衛も分が悪い。ただでさえ弥兵衛は霊術を苦手としており、使えるものも自己強化の術しかない完全近接戦闘型である。

 対して輝夜は近中遠すべての距離を問わずに戦う術を持っている。弥兵衛にとっては先日戦った”怨鬼”以上に戦いにくい相手であった。

「その鈍らごと斬り捨ててくれる!!」

「もう二度と刀を折らせはせぬ!!」

 弥兵衛は覚悟を胸に絶対的強者へと戦いを挑むのであった。


 一方、弥兵衛に野営地で待つように言われた栄次郎は遠くから”月光殿”とその周囲を徘徊する妖魔たちの様子を探っていた。迂闊に近づくことができない状況下でも己の目の良さを生かし少しでも情報を集めようとしていたのである。

 そしてそこへある人物が姿を現した。

「待たせたな」

「・・・将軍。ご到着お待ちいたしておりました」

 征夷大将軍こと徳川頼房が姿を見せた。その後ろには数名のお供とみられる者たちがともに姿を見せていたが、栄次郎ですら気配だけで数百人以上は近くに潜んでいることが感じ取れていた。

「これほどの大軍勢を率いてこられるとはさすがは頼房様」

「世辞はよい。弥兵衛はすでにあの中か?」

「入ったのは今から四半刻ほど前と思われます」

 弥兵衛の様子を聞いた頼房は”月光殿”近くで徘徊している妖魔に気付くとその様子を窺いながら栄次郎へと質問を続けた。

「あの妖魔たち、数はさほど多くないがなるほどそれなりに強いな」

「弥兵衛殿は一撃で殺していた故にわかりませぬがおそらく一介の武士数名でやっと相手取れるかどうか」

「・・・数は全部で二十近いな。すぐ動ける者たちだけ故、三百ほどではあるが・・・・」

 頼房は後ろを見やり少し考えるそぶりをすると、近くにいた部下へと指示を出す。

「儂は一人で相手しよう。ほかの者たちは五名で一体相手取るように命じよ。百名ほどはここで馬と兵糧の補給準備に入れ」

「将軍一人で相手ですと! 無茶にございます!」

「・・・それは儂が弱いと思うからか?」

「そうではなく、将軍も人間でしょう!! せめてほかにも何名か・・・」

「いらぬ。これでも儂は・・・・弥兵衛の兄弟子だぞ?」

 野営を行っていた場所に一体の妖魔が姿を現した。その姿は先日弥兵衛が倒した”怨鬼”の姿に酷似していた。違う点といえば全身が輝く白でできていることぐらいだろう。その鬼が頼房に襲い掛かろうとした瞬間、

「極刀流・・・・」

 頼房の姿がくらむと同時に鬼の拳が地面を穿つ。その威力により土煙があたり一面に広がる。栄次郎を含め配下の人間たちは目の前の光景に思わず呼吸を忘れかける。

「頼房殿!!!」

「案ずるな」

 その言葉が聞こえると同時に何かが地面に落ちた。次の瞬間、白く輝いていた巨体がぼろぼろと崩れ消えていった。その背後には刀を手にした頼房が立っていた。

 頼房の無事に全員が安堵の息を漏らす。

「ご無事で何よりです」

「だから言っただろう。輝夜や本物の”怨鬼”であればさすがにこうはいかないがこの程度の輩であれば私でも相手はできる。伊達に彼奴の兄弟子を名乗ったりしていない」

「・・・・弥兵衛殿以外の後継者候補でしたな。とんだご無礼を・・・・」

「構わぬ。実際私は落ちこぼれだったからな」

「そんな・・・」

 思わず続けようとした栄次郎であったが目の前の頼房の顔には負の感情は一切なく穏やかな笑みを浮かべていた。

「確かに私は極刀流を修めることができなかった。だがこの”竜飛鳳舞”だけは弥兵衛以上にモノにしている自負はある。たとえ他の技がなくともこの技だけで切り抜けてやる」

 その言葉通り頼房は”竜飛鳳舞”だけで鬼を倒していくのであった。


 頼房による軍勢が出雲へ到着し鬼たちと戦闘を開始して間もなくの頃の”月光殿”の内部では弥兵衛と輝夜が激しい剣戟を繰り広げていた。

「”千紫万紅・狂焔”!!」

「!!」

 焔を纏った回転剣舞と黒の剣が激しい音を立て何度もぶつかる。弥兵衛がその身にまとう焔はさらに激しさを増していき、刀身の焔もそれに合わせて激しくなっていくが輝夜の刀にぶつかるたびにその勢いは消えていく。

「無駄だ! 貴様の焔など私の”虚”の前では消えるのみだ!」

「そんなの・・・消えるより早く燃やせばよいだけだろう!!!」

 輝夜の刀を弾いた弥兵衛はその場から高く飛び上がり、

「極刀流”九夏三伏・猛焔”!!!」

 落下と爆炎の勢いによりさながらギロチンのような凶悪さを秘めていた。輝夜は当然のごとく”黒”の刀にてその攻撃を防ぐが、弥兵衛自身の重量も加味されたその一撃に完全に受け止めることはできず、

「しま・・・」

「はああああああああああ!!!」

 刃が輝夜の肉体をとらえ、鮮血がわずかに飛び散る。数十回にもおよぶ剣戟を経てやっと一太刀浴びせられたのである。

(ここまでの実力差とは・・・認めたくないが強い)

 相性の問題もあるだろうがそれでも純粋な強さほど厄介なものはない。弥兵衛とて元は人間である。いくら強さを増していようとも相手との実力差が大きければそれだけ恐怖する。それでも己を鼓舞してここに立っていた。ただ主君を取り戻すという己の誓いを果たすため。

「・・・・認めざるを得ないか。貴様がこれほどの実力を誇っていることを」

「何を言っている?」

 輝夜はうつむきながら冷静に己の傷つけられた腕を見つめていた。だがその眼には生気がない。どこまでも虚ろであった。そう手にしている刀のごとき深い”黒”。

「お前には私の最大級をくれてやろう。喜べ人間。私手ずから引導を渡してやる」

 そうして輝夜が刀を上段に構える。剣道の構え。ただそれだけの構えがどこまでも美しく同時に恐ろしさを兼ね備えていた。

 その姿を見た瞬間、弥兵衛は咄嗟に刀を構えた。

「外法”無月”!!!」

”月光殿”をも斬り裂く一撃が弥兵衛へと放たれた。


 輝夜の放った一撃は外で戦っていた頼房軍と怪異をも巻き込み遠く離れた山と海をも斬り裂いた。

「な・・・」

「今の一撃は・・・」

「輝夜の仕業か」

 肩で息をしながら現状を確認する頼房と栄次郎。ここまで怪異と互角の戦いを繰り広げてきたが今の一撃で軍の士気が揺らぎだしていた。対する怪異たちは機械的に与えられた役割を果たさんと次々と兵士を襲っていく。

「気を抜くな!!! 弥兵衛は必ず勝つ。それまで何としてでもこの妖魔たちの数を減らせ!!」

「「「「は!!!!」」」」」

 軍の士気が戻りだし再び怪異たちと互角の戦いを繰り広げる。頼房もまた前線に立ち怪異を次々斬り捨てていく。

「極刀流”竜飛鳳舞・影縫”」

 頼房が編み出した目に留まらぬ速さでの連続斬り。変幻自在の歩法故にできる芸当だった。


 外法”無月”の後を静かに見据える輝夜の視界には土煙に紛れて今なお立つ男の姿が映っていた。

「ほう、今の一撃を防いだか」

「く・・・・ぐ・・・・がぁ・・・・」

 先ほどの大地を消し去る一撃を弥兵衛は咄嗟に刀と霊術”気炎万丈”によって防いだ。だがその一撃を完全に防ぎきれるはずもなく胴には深い傷が出来上がっていた。

「ふん。今のを防いだことは褒めてやる。だが次で終わりだ!!」

 再び上段に刀を構える輝夜。その瞬間、弥兵衛の全身が激しく燃え上がると同時に輝夜へと肉薄する。

「なに・・・一体どこにその力が・・・」

「済まないが往生際だけは悪くてな。極刀流”千紫万紅”!!!」

 鍔迫り合いからの回転剣舞。さしもの輝夜とて防ぎきれるはずもなく弾き飛ばされる。

 そうしている間に弥兵衛の体についた傷は瞬く間に消えていく。

「ふん、だがその力だけで私を倒せるなどと思っているわけないだろう? 妾とお主とでは天と地の差がある。それをどのように覆す気、だ?!」

 刀を振りぬき弥兵衛を吹き飛ばす。もはや埋まらない実力差に弥兵衛はただただ体力を浪費しているだけだった。

(どうすれば良い。このような力の差など・・・・)

『力を欲しますか?』

 その言葉とともに二人が背後を振り返ると、

『深作弥兵衛よ、今一度問います。力を欲しますか?』

「・・・何故だ、何故貴様がここに現れた。玉藻・・・いや、天照大神!!」

「天照・・・」

 天照と呼ばれた女性は弥兵衛の傍らに寄り添う。

『貴女がこの日本を月に変えようと画策したからですよ。彼が随分頑張ってくれているようですが・・・さすがに分が悪いようですから少しだけ力を貸しに来ただけです』

「ふざけるな、妾と道長様を見捨てた分際で・・・その小僧に力を貸すだと!!!」

 輝夜は先ほどまでの冷静さとは打って変わって怒りに満ちた怒声を上げる。

「神様が力を貸してくださるのなら心強いだが、拙者は御覧の有様です。どうすれば良いか」

『そのままで良いですよ』

 そして天照の手から放たれた光が弥兵衛の体へと吸い込まれていく。

「ただ見ているだけだと思うな!!」

 そして輝夜は”虚空”を弥兵衛めがけて放つ。その白き弾丸は弥兵衛の体に直撃、したかのように見えた。

「なに!?」

「これは・・・」

 直前で左手で”虚空”を握りつぶした弥兵衛。その姿は直前までの白い長髪に赤い瞳であることだけは変わらないが服装はより変化して上半身はさらしを右腕と腹部に巻くのみ、下は焔の柄を縁取った黒の袴へと変わっていた。よく見れば刀の柄や鍔、鈨、鮫皮といった部分も取り払われただ無造作に布が巻かれた状態へと変化していた。

『それが私からあなたに貸し与えた力、霊術”旭日昇天”です。能力はもうすでに理解されているはずですよ』

「・・・そのようですね」

 輝夜へと向き直った弥兵衛は刀を構える。先ほどまでの恐怖を含ませた表情は何処かに消えていた。

(不思議と力がみなぎる。それに奴への恐怖心もない。穏やかだ)

『あとは、あなた次第。私はここまでです』

「御助け、感謝致します」

『・・・・どうか、あの子をお願いします』

 その言葉を最後に天照大神は姿を消していった。

「ふん、力を貸しに来ただけというのは本当だったか。先ほどよりも遥かに強くなったようだがそれで私に勝てるなどと本気で思っているのか、小僧」

「勝てるか、ではない。勝つのだ」

 弥兵衛の返答がよほど面白くなかったのだろう。輝夜は刀を構えると、

「思いあがるな、人間!!」

”虚”を振りぬく。”虚”による斬撃は仮に防いだとしてもただでは済まない。そう思っての攻撃。

「な・・・」

「・・・こんなものか? 竹取輝夜」

 左手を振って斬撃ごと吹き飛ばされる。二度にわたって防がれてはただのまぐれでも天照大神の仕業でもない。その光景は先ほどまでの叩きのめされて這いつくばるだけの脆弱な人間の姿などそこにはなかった。

(これほどまでに力を・・・あの女、一体あの小僧をどの領域まで引き上げたというのだ!!)

 輝夜は妖魔よりもさらに高位な存在である。次元が違う高位存在、天上人だった。地上の生物では太刀打ちできない。故に先ほどまでのただ妖魔化しただけの弥兵衛では傷を負わせることが手一杯となるのもまた道理というものだ。

 だがそんな輝夜の一撃を片手で弾き飛ばすとなればそれは、

「貴様、神域の存在になったというのか・・・ふざけるな・・・妾でも到達できなかった場所に立つなど・・・・」

 だが目の前の現実はそれが事実であると告げていた。

「神域の存在か。拙者はそのようなものには興味などない。ただお前を斬ることができるのであればそれでよい」

 刀を構えた弥兵衛は全身に霊力を張り巡らせていく。

「見せてやる。拙者がこの領域に至って手に入れた力は”旭日昇天”だけではないということを」

 燃え盛る焔が静かさを帯び始めていく。心なしか先ほどまでの燃えるような闘争心は消えていく。だが代わりに輝夜は喉元に刃を押し当てられたかのような感覚に陥っていた。

「霊術”極刀無双”」

 それは弥兵衛が至った常時すべての刀による一撃が極刀流の技となる。己と刀の完全なる一体化。自在に操るのではない。刀を己の体の一部として扱う。まさに刀を扱う流派の極致。

 輝夜は緊張感の中、己の闘争心をさらに燃やしていった。周りが輝夜の霊力の暴風でさらされる中、弥兵衛はただ静かに待つ。

「貴様はここで必ず殺してくれるわ!!」

「ああ、やってみせろ」

 二人の刃が宙で交わる。次々繰り出される斬撃の余波によって”月光殿”は半壊していった。


 弥兵衛と輝夜の斬撃の押収は外で戦っていた頼房達にも被害を及ぼしていた。

「な、これは・・・」

「弥兵衛だな。まったく派手に暴れおって。急いで離れろ!」

 頼房の掛け声とともに周りにいた兵士たちも次々野営地へと逃げていく。

「一体なにが・・」

「その答えは彼奴が帰ってきたときに聞くとしよう。我々も急いで逃げなければ巻き添えを食らうぞ」

 呆けかけていた栄次郎を引っ張るようにして頼房は痛む体に鞭を打ちながら兵士たちの後を追っていった。


「「!!」」

 弥兵衛と輝夜の一進一退の攻防は激化の一途を辿っていた。余波だけで地面は深く抉れ、大気すらも歪めるほどの衝撃が生み出される。

 数十回に及ぶ押収の末に距離を取った両者。

「・・・・認めよう。貴様は妾と対等に戦える者だということを」

 そこには先ほどまでのように癇癪を起すことなくただ目の前にいる武士を認めていた。

「故に次で消し去ってくれるわ」

 静かな、それでいてどす黒さをにじませた声音とともに輝夜は刀を構える。

「外法”空”」

 上段からの振り下ろし。ゆっくりと振り下ろされたそれは目を覆いたくなるほどの発光とともに斬撃となって弥兵衛へと襲い掛かる。

 弥兵衛は刀を肩に担ぐようにして構える。

「今更、極刀流の奥義だと? そんなものがこれに通じると思うな!!」

「ああ、そのようだな。”雪月風花”でも、”雪月風花・燎原之火”でもその刃と拮抗はおろか止めることすらできないだろう。それならば拙者はそのさらに先に行くだけだ!!」

 刀身が輝くと同時に周囲に焔が舞い、雷が迸る。それはさながら夏の夜に舞う蛍火や雷鳴のうなりのようでもあった。

「”極刀無双”抜刀!!」

 地を砕く踏み込みとともに弥兵衛は駆けだす。神域に至り”天上の者”を討つべく無双の極致でたどり着いたその奥義の名は、

「”雪月風花・星火燎原”」

 星を斬る神速の一閃。瞳を瞬かせる間に輝夜の斬撃を両断し、

「ば、かな・・・・」

「斬り捨て、御免」

 すれ違いざまに輝夜を袈裟切りにした。

 完全な敗北。その事実を突きつけられた輝夜は急激な疲労に襲われそのまま地面へと落下しそうになった。

「・・・なぜ、助けた」

「もう勝負はついた。それにその体は我が主君の物だ」

「は・・・・その体にこんな深々と傷をつけおったくせに・・・」

「・・・その傷はお主の魂の傷だ。総子様の体にはついていない」

「やはりその類か」

 弥兵衛が放った一撃はこれまでの人体や物体を傷つけてきたものとは違う。魂そのものを斬る一閃。刀そのものに宿っていた力と”極刀無双”により成し得た大技。総子と輝夜で魂が分かれていたからこそできた紙一重の技だった。

「最後に一つ聞きたい。なぜこの日本を・・・」

「・・・・妾はただ、会いたかったのだ。身を焦がすほど愛し、身を引き裂く思いで別れたあのお方に」

 物語として紡がれてきた竹取物語では輝夜姫と藤原道長は互いに想い合っていた。ただ月からの使者によって離れ離れとなった。

「妾とて最強であっても万能ではない。この地に流れる霊脈と記憶を使わなければあのお方を蘇らせることなどできない。ましてや数百年前に亡くなったあのお方ならば猶更だ」

「・・・・身勝手だったとは思わないのか?」

「貴様とてそんな妾の思いを踏みにじり、山の向こうに住まう者たちなど構うことなくこの体の主を助けるために戦ってではないか。それと何が違う? 勝手に自分だけ正当化するな」

「・・・・それもそうだな」

 地面へと輝夜を横たえる。輝夜の体が少しずつ元の総子のへと戻ってきていた。

「まったくあの女も女だ。妾を守ろうとしたあのお方には力を貸さずこんな小僧になんぞ力を授けおって・・・」

「あの方は、悔いておられた。貴女が天上人であるがゆえに肩を持つことができなかった、と。それこそ何百年も。だからこそ拙者に力を貸してくれた」

「・・・は、たった一人の男の生涯を賭した恋すら守れずして何が神だ。何が悔いているだ。吐き気がする」

 悪態をつきこそしているが余力はほとんどない。瞳も少しずつ閉じられてきていた。

「貴様は手放すな」

 その言葉を最後に輝夜は消え去った。あとに残ったのは五体満足で静かに寝息を立てる総子だけだった。

 総子をそっと抱えると戦いで荒廃した街を歩みだす。空高く浮かぶ月を見上げる弥兵衛。

「案ずるな。拙者は必ず守り通して見せる」

 誰に誓うでもない。己自身への誓いを胸に、一人の武士は歩みを進めていった。


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