転「妖魔」
弥兵衛たちが常陸國を出立してから半月以上が経とうとしていた。
常陸城では徳川頼房が山のような執務に向かっていた。今なお日本の情勢は危うい状態にある。少しでも自身の代で片を付けてしまおうと毎日躍起になっているが終わりの見えない仕事に頼房も気が滅入りそうになっていた。
「殿、少しはお休みになられてはいかがでしょうか?」
「・・・む、そう、だな。だが今は休んでいると気が緩みそうで怖い。体を動かしたいな」
「それであれば、道場を使われてはいかがでしょうか?」
そしてこの日、久方ぶりにわずかな時間ではあるが自分の時間を確保できた頼房は道場で刀を手に剣術の稽古を行うこととした。防具をつけた的に何度か打ち込みを行う。
「ふぅ・・・・久しぶりに使ってみるか・・・」
頼房は刀を上段に構えると呼吸を整えると同時に姿を消した。次の瞬間、目の前に置かれていた的が激しい音を立てて床に倒れる。
「これだけは彼奴には負けるわけにはいかないからな」
頼房は手に持っていた木刀に視線を落とす。わずか一撃、的に当てた衝撃で激しく損傷していた。
倒れた的を片付け始めると入口に音もなく一人の男が現れる。
「段蔵か。何用だ?」
「は・・・弥兵衛殿たちの現状についてお伝えしようと思いまして」
「外道法師と一戦交えたとは文が送られていたから知ってはおるぞ」
「いえ、事態は我々が想像していた中で最悪の状況に転んでおります」
「なんだと?」
段蔵と呼ばれる初老の男の言葉に頼房は眼を見開く。弥兵衛の強さを誰よりも知っている頼房だからこそ想定していた中で『弥兵衛が敗北する』という可能性を無意識に排除していた。それ故に脳内では次の言葉が一つも出てこなかった。
「外道法師、蘆屋篝が”旧江戸”に封印されていた平家の生物兵器”怨鬼”を復活。弥兵衛殿と交戦後、双方痛み分けの形で交戦は収束。現在、弥兵衛殿達は信濃の山中に入ったところまでは分かっておりますがその後の足取りはつかめておりません」
段蔵の報告によってやっと意識を取り戻した頼房は話の内容を整理する。
「蘆屋篝はその後どうだ?使役しているのがあの怪物だというのであればまだ倒していないはずだろう」
「蘆屋篝は復活させた妖魔の反乱に合い殺されております。妖魔は”旧江戸”に居座り力の回復を行っている様子」
「・・・なるほど、あくまでも封印を壊しただけであの妖魔は召喚されたわけではない。蘆屋篝が死んでも活動を続けられるというわけか」
そうなれば、あの怪物が次に何をするか予想ができた。伊達に頼房も先の戦を生き延びて、征夷大将軍として統治しているわけではない。
「民を一人残らず佐野へ逃がせ。あと半月以内にこの常陸國は戦場になる」
「妖魔が襲うということでしょうか?」
「予想が正しければな。あの妖魔は今、弥兵衛を仕留め損なってこそいるが今度こそ仕留めるために自身も回復させている状態だ。だが、弥兵衛は快気しただけでは絶対に再戦になど出てくるはずがない。少なくとも強さを高めてからここに戻ってくるはずだ。だがそうなるとあと半月程度はかかるはずだ」
「なぜ半月かかると?」
段蔵は先ほどから弥兵衛の行動をさながらわかりきったと言わんばかりに断言する頼房に疑問を持っていた。家臣とはいえそこまで予想できることなど本来ありえないはずだ、と思っていた。
「ふん、弥兵衛のことだ。少し考えればわかる」
そういうと段蔵に「佐野の大名へ文を出せ」と告げる。段蔵は少しばかり腑に落ちないと思いながらも主君の言いつけ通り文を用意し佐野へ向かうため道場を後にする。
残された頼房は折れた木刀を手にし、強く握りしめる。その瞳は覚悟に満ちていた。
「妖魔もまた必ず力をつけるはずだ。弥兵衛と互角で戦い続ければここまで戦いはもつれながらくるはずだ。来るなら来い。私は逃げはせぬ」
その視線は遠く”旧江戸”へ向けられていた。
一方の”旧江戸”聞こえるはずもない。30里以上離れた先の人間が漏らした言葉を、しかし”怨鬼”は確かに聞き取っていた。
「ふん、面白い。ならばあと半月は待ってやる」
そして再び眠りにつく。その際、地面に何かの術式を書き記す。その術式は一週間後、不気味な鬼の姿となりある場所を目指してひた走る。それは武蔵を超えた先の山に向かっていった。
”旧江戸”での”怨鬼”戦から早くも十日が過ぎようとしていた。正嗣へ刀を預けた弥兵衛は庵の近くにある滝の下で木刀を手に霊術を手にするべく修業に励んでいた。
『”白梅”の力を身にまとい続けたことでおぬしも少なくとも霊力を使うことができるはずだ。下の滝の近くでなら疑似的にではあるが”夜魔”としての力を使えるはずだ。物は試しだやって来い』
いわれた通り霊力を使うことはできたが今まで身体強化や剣術の強化程度にしか使ってこなかったため霊力を別なものに変えるという行為そのものに弥兵衛は苦手意識を持っていた。付け加えるのであれば刀身の強化は”白梅”そのものが自動で霊力を調整していたこともあり弥兵衛が霊力を操作することに苦手意識を持っているともいえる。
そんな修業に励む弥兵衛を崖の上から見守るのは総子と栄次郎の二人だった。正嗣は今、工房にこもり弥兵衛のために最高の一刀を拵えている最中だった。
「進展していませんね」
「一日二日程度でできるとは思えぬが、弥兵衛があそこまで苦労しているのは珍しいな」
弥兵衛は物事の飲み込みが早い。ある人物から体極流を体得した時の話を聞いたときから総子は感じていた。
「弥兵衛は師匠に拾われたとき、すでに兄弟子がいたそうだ」
「な、体極流は一子相伝と聞き及んでおります。あの流派を弥兵衛殿以外にも継いでいる者がいるのですか?!」
「いや、兄弟子のほうは”竜飛鳳舞”しか会得できなかったと聞いている。それも弥兵衛が入門するまで二年間修業してだ。弥兵衛はすべての技をわずか二年足らずで体得したらしい」
その言葉を聞いた栄次郎は開いた口が塞がらなかった。間近で見たからこそわかる。確かに弥兵衛は人間離れしているとは思っていた。だが剣技として最高峰の技をたかが二年足らずで習得したなど人間離れしているにもほどがある。自身も剣術を身に着けている栄次郎だからこそその苦労は人一倍わかっているし、何より自分自身も剣の才覚はなかったことからその兄弟子に対して親近感を持ってしまう。
「あのお方も弥兵衛殿なら身に着けられるとわかっているのでしょうが、目指すべき完成形がないのは砂漠を歩くのと変わらぬこととわかっているはず」
「・・・もしかしたらそれが弥兵衛に必要なことなのかもしれないな」
次の瞬間、滝のほうから大爆発が起きる。川のなかで這いつくばりながら弥兵衛はなお木刀を離していなかった。ふらつきながら再度霊力をまとい始める。
「弥兵衛が今身に着けているものはいわば先人たちが築き上げてきた技術や品物だ。だがそれだけでは弥兵衛はあの鬼と互角程度か、最悪死んでいたかもしれない。つまりは今の彼奴を形作るものだけでは足りていないということだ。この先戦い続けるにしてもあいつ自身の個性を持たねばあの怪物に勝つことはできない」
総子の言葉に栄次郎は何も言い返せなくなっていた。弥兵衛は仙人が拵えた刀と何代にもわたって磨き続けられてきた剣術、その両方を最高の状態かつ最大限の力を用いて”怨鬼”と正面から渡り合い敗北した。そこに足りなかったのは弥兵衛自身。だからこそあの仙人は弥兵衛に課題を課したのだと気づかされた。
そうわかっていても二日もの間まともな休みも取らずにただただ修業に明け暮れる弥兵衛の身を案じていたのもまた事実だった。自分では止められないとわかっている。だからこそ見届けようと心に決めたのにその決心が鈍らされそうになり、
「・・・正嗣殿のところに行ってきます」
「そうか」
総子は止めることなくその後姿を見送ると弥兵衛へと視線を戻した。先ほどよりも小規模ではあるが爆発によって水柱が立つ。
「・・・死ぬでない、弥兵衛」
どれだけ気高にふるまおうと総子は齢十四の少女だ。想いを寄せる人が傷つけば心を痛めるのは当たり前のことだった。
弥兵衛のもとから庵へと戻った栄次郎は工房に向かっていた。そこでは鉄を打つ音と時折竈へ空気を送る音が聞こえてくる。
中に入ると熱気に思わず顔をゆがめる栄次郎。竈の前では正嗣が淡々と鋼を打つ。
「何しに来た」
「いえ、ただ・・・・」
「弥兵衛のことが見ていられなくなったか?」
正嗣の言葉に栄次郎は何も言い返すことができなかった。燃えた鋼を打ち、泥を塗り、もう一度熱して冷やす。何度となく工程を繰り返しながら正嗣はゆっくりと口を開いた。
「今回お前たちが遭遇した怪物は過去の天才陰陽師が二人掛かりで挑んで封印しかできなかった相手だ。それを弥兵衛は一太刀浴びせることができたんだ。それだけは称賛に値する。だが弥兵衛に今必要なのはその一太刀しか浴びせられなかった相手を倒すための術だ。常に殻を破り続け、成長をし続けなければ奴には勝てん」
「貴方が手を貸してくれればあの化け物に勝てるのでは?」
「儂は仙人だ。現世に干渉できることは限られている。この刀を作る行為ですら危ない橋を渡っているようなものだ。これ以上彼奴に手を貸してやることはできない」
「そんな・・・・」
「そういう貴様はどうなんだ?」
その言葉に栄次郎は眼を見開く、この老人は何が言いたいのかと純粋に気になった。
「貴様は確かに弥兵衛のように妖魔の力を使うことができないだろう。だが暇を持て余しているくらいなら剣術を磨くなり儂の手伝いをするなりせい」
「し、しかし某は刀を作ったことなど・・・」
「試したことなどないというならやってみろ。変わりたければ手を出すことだ。変わる気がない者に天は何も与えはせん」
その言葉を受けた栄次郎はしばらく動けなくなったが、その眼の色が途端に代わる。着物の袖をたすき掛けすると、近くの槌を持つ。
「手順は?次は何をするんですか?」
「・・・ふん、鋼を押さえろ。ここからは一気に進める」
その言葉の通り一打ちごとに鋼は形を整えていく。超高温の熱気を放つ竈の前で二人は鋼を打ち続ける。
この世で最強の一刀を完成させるために。
冷たい川の水が連日の爆発と弥兵衛の霊力によって湧き上がっていた。湯気を上げる水の中で弥兵衛はひたすらに木刀の刀身へ霊力を流し込み自身の脳内に描く形を生み出そうとしていた。
(刀身に焔をまとわせるのではない。刀身自体を焔の刃に作り替える。二度とあの術によって壊されないようにするために)
”怨鬼”の”外法・壊”とわずかだが鍔迫り合いした弥兵衛だからこそわかる。たとえ新たな得物を得ても壊されてしまっては戦うことができない。
(奴が壊せるものは一度に一つの物体だけだ。だが物体を破壊した際に生じる衝撃だけでも拙者は前回、体を吹き飛ばされた)
実際は刃を壊した拳が弥兵衛の体へとぶつかったので物理的衝撃があったのだが肉体がその時の衝撃を思い出すまいとして記憶が欠落しているのだ。
「・・・・もう一度・・・・」
刀身全体を霊力で覆いつくす。そして自身が描く炎へと変換していく。やがて刀身が炎へと変わろうかとしたところで、再び爆発が起きる。”夜魔”としての力を纏っていたからこそ致命傷にならず済んだがそれでも二日間も食らい続ければさすがの弥兵衛も耐え切れなくなっていた。
(まずい・・・意識が・・・)
何とか膝に力を入れようとするが、二日間酷使した体はいうことを聞いてくれずそのまま倒れ伏しそうになる。そんな弥兵衛をそっと支える人物がいた。
「まったく・・・手のかかる奴だ」
「総子様・・・・申し訳ございません」
「いいから自分の足で立て。重くて動けん」
総子に言われ自分の足に何とか力を入れて立ち上がる弥兵衛。二人は崖を上り、庵へと戻っていくのであった。
その夜。夕餉を四人で囲みながら現状の確認が行われていた。
「弥兵衛よ。”焔刃”についてはどうだ?」
「・・・炎を纏わせるところまではうまくいくのですが、刀身を炎に変えようとすると爆発が起きてしまいうまくいっておりませぬ」
「ふん、貴様が思い描いている炎ではうまくいかんだろうな」
「拙者の炎では・・・」
そうして弥兵衛は食事中にもかかわらず黙りこくってしまう。全員が食事を食べ終えて総子は片付けに入る中、弥兵衛は暖炉の前でひたすら考え込んでおり、正嗣はまた工房に向かっていく。栄次郎もそのあとに続いていった。
「弥兵衛よ、考え込んでいても思いつかないのではないか?」
「・・・そうは言いましてもこうしている間にも奴はいつ動くともしれません。その前にはこの術をものにしなくては・・・」
「・・・・はぁ・・・弥兵衛・・・」
総子は洗っていた茶碗を置き水で濡れた手を拭くと弥兵衛の顔を包んだ。水仕事をしていたその手は冷え切っていたが、少女の熱だけはしっかりと伝わってきていた。
「良いか?お主はいささか焦りすぎだ。答えは常に思ってもいないところにある」
そんな説教じみた内容を十四の少女に言われてしまう大人とはなんとも不思議な光景である。
しかしそんな総子の説教はある意味で弥兵衛に一つの考えをもたらした。目の前の焚き火。そのわずかな火から着想を得た。
「そうか・・・これなら・・・」
「弥兵衛?」
そして木刀を手にして霊力を込める。先ほどまで爆発が起きていた木刀の刀身が少しずつだが確実に変化していく。
(拙者の中の、あの日の光景を思い浮かべろ)
弥兵衛の脳内に広がっているのは戦によって焼け野原となった故郷。たとえ二十年近く前の記憶であっても弥兵衛の心には染みついていた。最初は小さな火もやがてはすべてを燃やす業火へと変わる。つまり緩急をつければいい、纏っているときは小さく、刀を振っているときだけ激しく燃え上がらせる。そしてその着想は答えに行き着くことのなかった弥兵衛の術に変化を与え、完成へと導いた。
「霊術”焔刃”」
木刀の刀身は燃えながらしかし確実に”焔”へと変化していた。夕日のような橙色の眩さと温かさを宿しながら芯には紅蓮の焔が宿っていた。
「ものにしたな、弥兵衛」
目の前で成功させた弥兵衛に総子は優しくそう返した。総子が作業に戻ろうとしたとき、
「伏せろ!!」
弥兵衛は総子のもとまで駆け寄り土間の床に伏せる。それと同時に入口が激しい音を立てて突き破られる。
唸り声をあげながらそこには黒い鬼が立っていた。
「・・・こいつ・・・」
鬼から発せられる妖気を感じ取る。まごうことなき”怨鬼”の妖気が混じっていた。
「”怨鬼”の眷属か」
木刀を構え、今しがた身に着けたばかりの”焔刃”を発動する。鬼も弥兵衛の妖気を察知しより激しい唸り声をあげる。
両者ともに間合いを図りながら相手の出方を見る。
「!!」
先に動いたのは鬼のほうだった。単純な正拳突きでありながら弥兵衛は踏ん張り切れず吹き飛ばされる。
「弥兵衛!!」
総子は弥兵衛のもとへと駆け寄る。いくら妖魔の力を宿しているとはいえ、あくまでも疑似的なものである。”白梅”を用いていた時の五分の一も使えていないはずである。しかも得物は(特殊な木が材料とはいえ)木刀である。
「総子様、下がっていてください」
後方に飛ばされていた弥兵衛は木刀を構える。燃える刀身の切っ先を鬼に向けながら間合いを図り、
「極刀流”一陽来復”!」
高速の突きを繰り出す。鬼は回避しようと動き出すが、
(遅い!!)
弥兵衛の刃は鬼をとらえそのまま外へと押し出すのであった。
屋敷のほうから鳴り響く音に栄次郎は不安に染まった顔をしていた。作業の手を止めない正嗣。だがその顔は明らかに焦りに満ちていた。
「今の音は・・・」
「思ったより早かったな。急いで仕上げるぞ」
先ほどよりも鋼を打つ強さが一段階強く、それでいて丁寧な段取りで仕事を続けていく二人。
その刀身は仄かに赤みを帯びている黒と切っ先にかけてわずかに透明のような白が合わさったものだった。”紅桜””白梅””紅葉””白樺”の四本の鋼を混ぜ合わせたことで各々の原色が混じり合った結果だった。
「研ぎの用意をしろ!」
「・・・な、この状態で研ぐのですか!?」
「そうしなければ弥兵衛が殺されるだけだ! ここであいつを死なすわけにはいかん」
栄次郎は言われた通り研ぎ石の用意を済ませるが、僅かに躊躇ってしまう。さきほどから打ち続けている刀身は冷えるどころか一層温度を上げ今や空気すら焼くほどの温度を発していた。そんな超高温の刃を素手で触れば仙人といえどもただではすむはずがない。
「栄次郎よ、お主が心配するのは無理もない。だがこれは儂の役目だ。この先彼奴が生きていくために必要なものを用意してやるのは師として当たり前の責務だ。どうかその役目を止めないでくれ」
「正嗣殿・・・・畏まりました」
そして栄次郎は道具一式を用意し終えると、場所を正嗣に譲る。
「よく見ておれ。これが”信濃”の正嗣、生涯最後の研ぎだ」
そう言って正嗣は超高温に熱された刃を素手で触る。部屋中に肉の焼ける臭いと音が響く。しかしその温度から逃げることなく強く握りしめると水にぬれた研ぎ石に刀身をあてがうと目に留まらぬ速さで刃を研ぎだす。
「速い・・・」
栄次郎はその圧巻ともとれる速さに魅了されながら正嗣の手元から視線を外さずにいた。そうして体感で二十回程度研いだ時、正嗣は正面に視線をやったまま栄次郎へと優しい声音で告げた。
「栄次郎よ、この刀の名はお主が彫れ」
「な・・・なぜですか!? 某などではなく正嗣殿が・・・」
「・・・違うんだ栄次郎。この研ぎが終われば儂は命を落とす」
「・・・は?」
その言葉はあまりにも軽くそれでいてまっすぐに告げられた。
「この先弥兵衛に必要なのはただの名刀や妖刀ではない。あいつ自身の成長に耐えられる刀でなければならん。そうなればこの儂の命を削りでもしなければ造ることはできん」
「ふ、ふざけないでください! 万が一そのような刀が造れたとしてもまた折れた時には・・・・」
栄次郎の言葉に正嗣は手を止めて胸ぐらをつかむ。栄次郎の鼻に肉の焼け焦げたにおいが立ち込めてくるがそんなことなどお構いなしだった。
「ならば二度と折れぬ刀を造る。それだけの話だ」
その顔には覚悟の色が刻まれていた。命を懸ける。単純なようでそれでいて難しい。自分自身の命を投げ打つ、究極の献身。
正嗣は近くに置かれていた刃物を一つ手に取ると栄次郎へと差し出す。
「これをお前にやる」
「・・・・これは?」
「鏨、と言って刀に名を彫る道具だ。刀鍛冶の最後の大仕事のための道具といってもいい。だが儂はその仕事を終えることができぬかもしれん。だから栄次郎、お主が今から出来上がる刀に名を彫るんだ」
「・・・・」
差し出された道具。その道具を受け取ってしまえばその瞬間、正嗣の命が消えてしまいそうな予感があった。
だが栄次郎もまた覚悟を決め、目の前の男が示した覚悟に自分自身の決意を現し道具を手にした。
「その意気や良し」
そして正嗣は再び研ぎに戻る。一研ぎ事に刀身が輝きを増し代わりに正嗣の体が少しずつ消え始めていった。栄次郎はただ作業が終わるのを静かに待つ。
やがて正嗣は刀身に水打ちを行い濡れた刀身を様々な角度から見つめる。数秒とも数分ともとれる時間の末に正嗣は、
「自分の人生で一番いい仕事ができた・・・あとは託したぞ、栄次郎」
刀を栄次郎へと差し出した。栄次郎は一瞬だけ正嗣へ視線を向けるとすぐさま刀を受け取った。次の瞬間、正嗣の体は淡い光の粒子となって消え去っていった。
己の任された責務。その重さに呼吸が乱れそうになるのを必死で押さえながら手に持った鏨を刀に当てると、名を彫っていく。
工房にはただ静かに鉄と鉄が打ち合う音だけが響いていた。
「極刀流”千紫万紅”!」
庵から鬼をたたき出した弥兵衛は矢継ぎ早に技を繰り出していた。”一陽来復”の一撃によって鬼を追い出すことまではできたがその後は一進一退の攻防が続いていた。分身とはいえ”怨鬼”が生み出したことに変わりなくその強さたるや(本調子ではないといえ)弥兵衛を追い込むだけの強さを秘めていた。そして今も弥兵衛の放った刃をいなすと顔面目掛けて蹴りを放つ。
「く・・」
すんでのところで回避行動をとる弥兵衛。一旦距離をとり出方をうかがう。
(こいつ、単純な力だけなら本体と変わらんな。外法を使わないのが唯一の救いだ)
木刀を構えるとその刀身にさらなる霊力を込める。地面を蹴り鬼へと肉薄するとその首を刎ねんと刀を振るう。だが鬼の首にめり込むことなく筋肉によって止められる。
「な・・・」
得物が木刀だったことと”焔刃”の出力不足により十分な威力が乗せられなかった。鬼は微動だにせず霊力の余波によって弥兵衛を吹き飛ばす。地面にたたきつけられながら倒れこんだ体から悲鳴が上がっていた。
「くそ・・・こいつ・・・予想以上に強い・・・」
いかな弥兵衛といえども夜魔の力を得ている状態ではあるが木刀ではいささか不利であった。
木刀を杖代わりにして立ち上がる。足取りも不安定な状態でありながらそれでも戦うことをやめない。
再び木刀を構える。今度は鬼が弥兵衛へと肉薄する。鬼が次々放つ拳と蹴り。それらすべてを往なす弥兵衛。二人の剣戟の余波は周囲の木々や岩を砕いていく。
「極刀流”一陽来復”!」
鬼の胸部へ強烈な突きを繰り出す。さしもの鬼も弥兵衛の鬼気迫る一撃にはたまらず後方へ飛ばされる。
弥兵衛も鬼も徐々に限界に近づいていた。
(次の一撃で決めるしかない)
弥兵衛は手にした木刀を腰の位置で構える。木刀の刀身の焔が収まる。一見それはあきらめのように見えるが、しかし弥兵衛の目に諦めの色はない。今なお諦めずに立ち上がり続けた弥兵衛だからこそたどり着いた新たな境地。
「極刀流・・・・」
鬼は空気を揺らすほどの咆哮を上げると弥兵衛へと拳を振るう。鬼の拳が眼前に迫ってきた次の瞬間、
「”水天一碧・紅焔”」
弥兵衛の放った抜刀術は鬼の拳を上回る速度で繰り出された。弥兵衛の刃は鬼の首をきれいに刎ね飛ばす。拳が頬をかすむのを感じながら弥兵衛はその場で微動だに動かずにいたが、やがて刃の血を振るうと、
「斬り捨て御免」
見事に鬼を倒してみせた。に思えた。
「な・・・・再生力まで似せることはなかろう」
首から筋組織が伸びると地面に落ちた首とつながり元の形に戻った。思わず舌打ちをしてしまう。この状況は弥兵衛にとって一番考えたくなかった状況だった。
(どうする・・・もう霊力をうまく練ることはかなわん。仮にできたとしてもあと一撃が・・・・・いや、そんな弱音を吐いてどうする。総子様を守ると決めたあの日から無理は通してきたのだ。今更弱音など・・・)
己を鼓舞し再び刃を構える。再び互いに距離を詰めようとした瞬間、
「弥兵衛殿!!」
己の名を呼ぶ声とともに目の前に何かが突き刺さった。そこには今だ熱を発する刀が突き刺さっていた。崖の上を見やるとそこには肩で息をする栄次郎の姿があった。
「その刀を・・・お使いください!」
栄次郎の言葉を受けた弥兵衛は迷うことなく装飾が全く施されていない燃える刀身を握りしめる。掌を刀にこもった熱が焼いていく。わずかに顔を歪めながらも弥兵衛は刀を正面に構える。
鬼は咆哮をあげながら距離を詰めてくる。本体とほぼ同等の力を保有しているとはいえ所詮は分身体。先ほどまでの弥兵衛との戦闘で分け与えられていた霊力はそのほとんどを失っている。次また致命傷を受ければ間違いなく消滅する。なれば、ためらうことなく弥兵衛を殺すことにのみ全神経を研ぎ澄ませていた。
だがそれは弥兵衛とて同じ。ならば己が持てるすべてを持って迎え撃とうと決めていた。
「極刀流・・・」
鬼が霊力を纏った腕を振りかぶる。そして丸太もあるような太さの腕を振りぬく。その速さに弥兵衛をとらえたかのように思われたが、
「”九夏三伏”!!!」
鬼の必殺の一撃は当たることなく空を切った。垂直に宙へと飛び上がった弥兵衛は全身の膂力と霊力によって分身体の鬼を一刀両断する。
もはや霊力が底をついた鬼はただ静かに消滅していくのであった。
「く・・・・」
鬼が消えて間もなく弥兵衛は地面に膝をつくと同時にその手から刀を落とした。皮膚はぐずぐずに溶けだしており、筋肉や血管、神経すらも焼き切っていた。
崖の上で見守っていた総子と栄次郎の二人は急いで駆け降りると弥兵衛に肩を貸しながら、いまだ余熱を放つ刀に布を巻いて庵へと戻るのであった。
鬼との戦いから二日が経ちひとまず連日の修業の疲れと怪我、壊された庵の修理が落ち着いた弥兵衛たちは栄次郎から正嗣が行った事の顛末を聞き及んでいた。
「そうか、正嗣殿が・・・」
「ええ。最後は自らの命と引き換えにあの刀を・・・」
壁に立てかけられた刀。すでに装飾品の類は取り付けられていた。仙人、信濃の正嗣が拵えたかつての最高傑作四本を超える最強の一刀。
「”真剣・焔切正嗣包久”。正嗣殿の最後の刀です」
「そして貴殿の最初の一刀だな」
「・・・某は名を刻んだだけにございます」
土壇場とはいえ、栄次郎は燃え盛る炎を宿した刀に名を刻んだ。本来であれば刀身が冷え切った後に名を刻む工程は行われるのだが、完全に冷め切れば二度と名が刻めなくなると悟った栄次郎は思いつくままに刀に名を刻んでいた。
「刀に名を与えるということは本来、師から腕を見込まれて初めて与えられる仕事だ。其方は正嗣殿の信頼を勝ち得たのだ。わずかな日数とはいえ彼からそれほどの信頼を勝ち得ることなど並大抵のことではない」
正嗣という人物をよく知っている弥兵衛だからこそその言葉の重みは普通よりもさらに重かった。栄次郎は名を彫ってみてわかった。この刀がどれほどの業物であるのか。そしてその刀をいとも容易く扱ってみせた深作弥兵衛という男の技量も同時に思い知ることとなった。
(やはり、某と弥兵衛殿では力量の差が違いすぎる)
栄次郎が一人打ちひしがれている中、弥兵衛は刀を腰に収めると身支度を整え、
「栄次郎、総子様を連れて急ぎ常陸國へ戻れ。今からなら明日の昼までには着くはずだ」
「それは構いませぬが、弥兵衛殿は?」
足袋をはいた弥兵衛は腰の刀に手を置くと、
「拙者は”旧江戸”へと向かう」
その言葉とともに姿を消した。あとに残された栄次郎はしばらく呆然としてしまう。すると横から総子にたたかれ、
「何を呆けておる。急いで馬を走らせるぞ」
「し、しかし弥兵衛殿一人で”旧江戸”に向かわせて良いのですか?! この間のように・・・・」
「ならん」
総子は栄次郎に対してそう断言してみせた。君主として、彼を信頼する女として臆した様子もなく弥兵衛が消えた先を見据えていた。
「今の彼奴の足でも”旧江戸”までは半日程度かかるはず。こちらも休まず常陸國を目指し、父上の元へ参るぞ。私の予想が正しければ弥兵衛とあの鬼の戦いは”旧江戸”だけでは済まぬ」
「な、なぜそのように考えられるのですか」
馬を小屋から出し総子をまたがらせると同時に山を下りていく。先日の戦いを間近で見ていたせいか馬は止まることなくわずかな時間の間に山を駆け下りると力強い足音を響かせながら野を疾走する。
「考えてもみろ。以前までの刀で弥兵衛は”怨鬼”と互角だったのだ。今回新たに力を身に着け、新たな業物も手にした。それも以前まで使っていた刀とは比べ物にならないほど精巧なものだ。本来であれば弥兵衛に分がある。たとえ相手が万全に回復してきた程度なら。だが、二日前に戦った鬼の気配からしてあの鬼、さらに力を蓄えている。そうなれば今の弥兵衛と互角、と私は見ている」
「・・・・さすがですな、総子様」
外に預けられているとはいえ天下統一を果たした将軍の娘は伊達ではない。確かに弥兵衛と共に総子の面倒を見ているときも時折将軍としての気質を見せていたが、戦場を冷静に判断する戦術面の知識まで保有しているとは夢にも思っていなかった栄次郎は恥ずかしながら総子の言葉以上のものを返すことができなかった。
「私たちがやらねばならぬことは常陸國の住民を逃がすことだ。弥兵衛といえども住民を守りながらではあの鬼と満足に戦うこともできぬはずだ」
その言葉に栄次郎は強くうなずき返すと常陸國を目指して馬を急がせるのであった。
弥兵衛が信濃を出発してから半日ほど経った”旧江戸”では眠りについていた”怨鬼”が静かに目を覚ました。
「ふん、我が分身を倒して見せたか。ではこちらもそろそろ本腰を入れていこうか」
その巨体を起き上がらせる。すると体中に亀裂が入っていく。全身にくまなく亀裂が入りきるとさながら硝子が割れるような音ともに成人男性程度の大きさまで縮んだ”怨鬼”が姿を見せた。無駄を捨て、極限まであらゆる機能を戦闘というものに特化させた姿。
「・・・・ほう、こちらに単身で乗り込んでくるか。いいだろう。来い!!」
その言葉とともに鬼の目の前に焔を刀身に宿した剣士が姿を現す。
「”怨鬼”!!!」
「深作弥兵衛!!」
二人の怒声が響きあう。両者の放った刃と拳がぶつかると空気中に響き渡る。
攻撃の余波によって互いに距離を取ると再度攻撃へと転換する。
「極刀流”一陽来復・火焔”!!」
「外法”斬”!!」
霊力によって生み出された雷と火を纏った高速の刺突と鬼の手刀がぶつかる。周囲の瓦礫の山と化している木材に弥兵衛の火が飛び火し激しく燃え上がる。
「極刀流”千紫万紅・狂焔”」
回転剣舞の刀身が唸りを上げながら回転の遠心力によって猛威を振るう。
だが相手はあの”怨鬼”である。外法”斬”によって焔を相殺し、斬撃そのものも手刀によって防いでしまう。
「なるほど、前回とはもはや別人だな。霊術を、それも”焔”の霊術を扱えるようになるとはな。感心したぞ」
「・・生憎と付け焼刃だがな」
刀を振るい”怨鬼”との距離を取る。わずか数手交えただけで二人は互いの力量を正確に測っていた。
(霊術だけではない。霊力を用いた技術そのものが上がっている。膂力まで支配できているなら上々。むしろこの短期間でよくぞここまでこれなら強い理由もうなずけるな)
平家によって生み出されたとはいえ素体には純粋な鬼の因子を持つ”怨鬼”。強い者との戦いは心躍るということはいつの時代でも鬼にとっては生存本能ともいえる。
「良いぞ。それでこそ倒し甲斐があるというものだ」
「今度は、負けぬ」
「・・・一つ質問しよう。お主は武士か、それとも侍か」
「・・・答えは一つ。拙者は、侍だ」
「ならば、我が敵に不足なし!!」
刀と拳を構え両者ともに相手の出方を伺う。
「極刀流”九夏三伏”!!」
「外法”斬”!!」
互いの斬撃が交差した時、周囲の瓦礫が再び吹き飛ぶ。妖魔同士の戦いは今なお始まったばかりであった。
弥兵衛が”旧江戸”にて戦闘を開始したのと時を同じくして総子と栄次郎は常陸城の中で将軍、徳川頼房と面会していた。
「・・・父上、急ぎこの常陸城から逃げてください! こうしてここにいる間も”怨鬼”は弥兵衛と戦いながらこちらへと北上しております!」
「相分かった。だが私はここから退くわけにはいかぬ」
「何故ですか! 民はすでに佐野の大名の元へと逃がしていながらここから逃げぬなど正気の沙汰とは思えませぬ!」
二人が常陸國についたときすでに町はもぬけの殻だった。それどころか城には頼房を含めてわずか数名のみが残っている状態だった。さすがの総子と栄次郎も動きの速さに面食らっていたが将軍である頼房の先見の明に感心しつつこうして面会していた。そして残る人員を引き連れて逃げるように申し立てるが頑として頼房は首を縦に振ろうとしなかった。
「私はこの日本の征夷大将軍だ。それ以前に武士でもある。敵を前にして背を向けるなど敵前逃亡もいいところだ」
「それは配下の仕事です。将軍が生きていれば何度でも挑めます。将を失えばどれほど士気に影響が出ると御思いですか!」
「その点も抜かりはない。万が一私に何かあれば光圀にすべて一任してある。彼奴は頭も切れるし、民からの信望も厚い。それに私と違い、政策についても問題なく取り仕切ってくれるだろう」
「頼房殿!?」
実の娘とその配下の言葉に全く耳を傾けない頼房。二人は落胆のため息をついたとき、
「許してくれ。これは私のけじめでもある」
「けじめ? 相手は弥兵衛殿ですら一度は敗北したこの日本において最強の鬼なんですぞ! 我らがいては弥兵衛殿がここまで来たとき足手まといになるだけです!」
そんな時、口を閉ざしていた総子が低い声で父に問うた。
「そんなにも大事なのですか? 弥兵衛の兄弟子でいることが。極刀流という流派を継ぐことができなかったという未練だけでここに残ろうというのであればそれは弟弟子である弥兵衛に対する最大の侮辱です!」
総子は息もつかさぬ勢いで吐き捨てる。自身の父の努力を知り、極刀流という流派の剣術の難度も知っている。そして弥兵衛がわずか数年で身に着けたという事実を知り、尚且つその裏での努力も知っている総子だからこそここで吐き捨てねばならなかった。
「確かに私は極刀流の候補になることができなかった。それは事実だ。だが何も未練だけでここにいたいのではない。兄弟子としてここにいたいというのもあるが、私は深作弥兵衛の将だ。そんな私が配下を信じてここに座して待つことがそんなにもならぬことか!!」
頼房の喝の入った声に二人は一瞬たじろぐ。武士の気迫がこもった声は時としてそれだけで相手の戦意を喪失させる。征夷大将軍になって久しいが頼房も武士。相手がいかな精神を鍛えている者といえども気圧させるだけの力は持っている。
「弥兵衛がこの城下で戦うというのであれば私はここで待つだけだ」
「これ以上、何を言っても引かぬつもりですか?」
「押し問答になるが、引かぬつもりだ」
「ならば、我々もここにとどまることは許していただきたい」
「お主・・・・」
ここまで押されっ放しだった栄次郎が初めて強気に出た。その瞳には決してここから逃げないという強い意志が込められていた。
「・・・わかった。だが、気を抜くな」
二人にそう告げた頼房は視線をまっすぐ、二人の背後の壁に向けた。すると背後から壁を突き破って何かが転がり込んできた。
「・・・随分押されているようだな、弥兵衛」
「・・・まだ逃げていなかったのか、頼房殿」
頼房に悪態をつきながら口元をぬぐい立ち上がる弥兵衛。その切っ先の先には、
「な・・・一体これは・・・」
「変わりすぎにもほどがあろう」
「ほう、以前はここまでではなかったか。弥兵衛との戦いで成長するとは相当な変わり種だな」
「好き勝手言いおる人間どもが」
”旧江戸”にて最初に見た時よりもさらに一回り大きな姿となった”怨鬼”がそこには立っていた。ただ大きくなったわけではない。より戦闘を意識した体形へと変化していた。全身のいたるところに刃、棘を模した突起物が生えている。
三人が”怨鬼”を睨みつけていると、鬼はかつて”旧江戸”でしたように総子へ一瞥をくれるとすぐに目線を弥兵衛へと戻した。
(なんだ? 以前もあったが、奴はなぜ総子様に固執している。なぜ・・・)
「ふん、だがまあ、ひとまずは貴様との決着をつけてからにするとしようか。深作弥兵衛!!」
「望むところだ、”怨鬼”!!」
刀を手に再び”怨鬼”と激しい攻防を繰り広げる。二人の放つ技の余波で部屋中に亀裂が入る。そして、弥兵衛の放った技により”怨鬼”は外へと放り出され、弥兵衛もその後を追い外へと飛んでいく。
二人のいなくなった先を見つめる三人。
「弥兵衛殿は今度こそ勝て、ますよね?」
「信じるしかあるまい」
総子の言葉に栄次郎はただ外で行われている戦闘の行く末を見守ることしかできなかった。
常陸城下町。弥兵衛と”怨鬼”の戦いは激化の一途をたどっていた。
「外法”斬”!!」
両手の手刀により二つの斬撃が弥兵衛を襲う。
「極刀流”竜飛鳳舞・残焔”」
弥兵衛の体に火の粉が舞う。そして斬撃が弥兵衛に直撃した瞬間、その体はさながら陽炎のように揺らめき消えた。
「ふん、滑稽な技を使う・・・な!」
”怨鬼”は背後めがけて手刀を振るう。するとそこには刀を構えた弥兵衛が立っていた。
「これほどの強さを身に着けてくるとはやはり貴様を生かしておいたのは正しかったようだな」
「貴様の汚点にならなければよいがな。必ずその首もらい受ける!!」
鍔迫り合いを制し”怨鬼”の頬にわずかに傷をつける。一瞬、傷に気を取られた”怨鬼”。しかしその隙を弥兵衛が見逃すはずもなく、
「極刀流”一陽来復・火焔”!!」
焔を纏った神速の突きを繰り出す。咄嗟に両手で防ぐ”怨鬼”であったが衝撃まで完全に防げるはずもなく後方へと押しやられる。
(一気に畳みかける!!)
勝負をつけようと弥兵衛が刀身を鞘へと納め、抜刀術の構えを取り駆けだす。首を刎ねようと駆けだしたとき”怨鬼”はおもむろに右腕を引く構えをしてみせた。
「!」
なぜこのタイミングに発動の遅い技をと考えた時には遅かった。腕が一回り大きくなった瞬間、
「外法”壊・・・・」
金槌を振るうかの如く横なぎに振るわれる巨腕。
「・・・森羅”!!!」
「極刀流”水天一碧・紅焔”!!」
抜刀による一撃。鬼の首を刎ねることすらできるほどの力を持ちながらしかし”怨鬼”の剛腕から打ち出された一撃にはかなうはずもなく、
「く・・・・くぅ・・・・が!!」
建物を次々と突き破り城壁も巻き込んで止まったのだった。妖魔の力を身にまとっているとはいっても弥兵衛と”怨鬼”とでは純粋な身体能力で差がある。その差を埋めるために弥兵衛は妖魔の力と霊術、極刀流という武術を用いて戦ってきた。
(それをわずか一撃で覆された)
突きつけられた現実は、弥兵衛はしっかりと受け止めていた。
「・・・・」
「今の一撃を受けて倒れることはないだろうと思っていたがこれほどとはな」
「先ほどの一撃・・・以前見たものと少し違うようだな」
「ああ、貴様相手に”斬”だけでは少々不利だと思ってな。創意工夫というものだ」
元がただでさえ強いというのに術式の改造などされてしまえば埋めた実力差はさらに広がってしまう。
「そういう貴様こそ霊術を身に着けてきておろう。しかも”焔”とはな」
「お主の眷属もこれで倒せたのだがな」
「ふむ、膂力だけであればあれも我と同等であったのだがな。それを高々身に着けて数日かそこらの術で倒してみせたのだ。誇れ、貴様は天才というやつだ」
互いに距離を測りながら出方を窺う。弥兵衛はここまで”怨鬼”から致命的な一撃はもらってこそいないが直撃した攻撃が三度だけあった。”旧江戸”にて複数の”斬”を防ぎきれずに吹き飛ばされたのと、常陸城に吹き飛ばされた”斬”、そして先ほどの一撃。対する”怨鬼”も”旧江戸”から弥兵衛とずっと戦闘を繰り広げ、致命傷となるような一撃こそ受けていないが傷を受けた数は圧倒的に”怨鬼”のほうが上だ。故に互いに限界は目前だった。
「ならば、次の一撃で最後としよう」
「ああ、こっちもそのつもりだ。だがその前に一つ見せてやる」
そういうと弥兵衛は刀身を下段に構えて一度目をつぶると同時にすぐさま目を見開く。すると弥兵衛の髪と瞳が燃えるような赤色へと変貌する。そして肉体に起こった変化と同時に体の周りをうっすらと焔が渦巻いていく。
「霊術”気炎万丈”」
「ほう、先ほどの刀に纏わせていた焔を全身に纏わせるとはな。貴様も命を懸けるということか」
「もとより貴様を倒さねば明日はないからな」
「ふん、世迷言をほざく」
”旧江戸”での初戦。その時と同じ構えを取る。
あの時と違うことといえば弥兵衛は霊術を会得し”怨鬼”もまた人間と同じように成長していた。
「行くぞ、外法・・・・」
「極刀流、奥義!!」
”怨鬼”は以前までは二回り程度の大きさにしかならなかった腕がさらにもう一回り巨大化した。
弥兵衛は刀を肩に担ぐようにして構える。その刀身に宿っていた焔が少しずつ燃え上がる。
両者必殺の構え。互いに必殺の一撃のために一歩を踏み出す。
「”壊”!!!」
「”雪月風花・燎原之火”!!!」
刀身と拳が激しい音を立てると同時に周囲を強烈な風圧が襲う。瓦礫を吹き飛ばし、まだ無事だった家すらも半壊させる。
両者一歩も引かない必殺の攻防。互いに痛み分けという結果に終わった前回の戦いに決着をつけるため痛む体を押して勝負を挑んでいた。
刀を握りしめる弥兵衛の両腕からは次々と血飛沫が上がる。対する”怨鬼”もまた徐々に拳に食い込んでいく刃を押し返そうと必死だった。
弥兵衛は全身に纏っている焔の影響により血が沸騰し、今にも肉体が爆ぜようとしていた。妖魔化により再生力は向上しているが粉々になってしまえばひとたまりもない。ましてやこの霊術は頭の中で弥兵衛が戦いの最中に思い浮かんだものであり、この土壇場で使った諸刃の剣である。成功する見込みなどなかったがこの後どうなるかもわかっていない。それでも今なお”怨鬼”の”壊”と互角に渡り合っているのはこの霊術あってこそだった。全身に纏った焔が弥兵衛の体に牙をむきながら放った技の威力をさらに引き上げるかのように業火を生み出す。やがて弥兵衛の刃が”怨鬼”の拳に亀裂を生み出す。
「なに・・・・」
「もらったぁぁああああああ!!!」
そして全力を持っての一振りが”怨鬼”の胴体へと到達すると最後の一押しとばかりに一際強く焔が爆ぜる。右肩から斜めに薙ぎ払われた”怨鬼”は静かにその場に倒れ伏した。
その場には両者の荒い呼吸だけが響く。
常陸城の最上階から頼房は戦いの行方を見守っていた。
「どうやら、弥兵衛が勝ったようだな」
「・・・そうですか、なによりです」
「さて我々も・・・総子はどこへ行った?」
「え・・・」
頼房の声に栄次郎は思わず部屋を見回す。先ほどまで隣に気配がしていたにもかかわらずわずかな間にいなくなっていた。
「もしかしたら弥兵衛殿の元へ向かわれたのでは?」
好意的な意見を返す栄次郎であったが頼房は背中に冷たい気配を感じ取っていた。そして城門へ視線を向けると静かな後取で歩いていく総子の姿が確認された。
「栄次郎! 急いで城を離れるぞ!」
「え、あ、はい!!」
頼房の掛け声とともに二人は大急ぎで城を駆け下りていく。
「・・・・強く、なったな・・・・」
「は、お前みたいなのとはもう二度と御免だがな」
”気炎万丈”を解除した弥兵衛は”怨鬼”と同じように地面に倒れこんだ。霊力も体力もともに全力を出し切って辛くも勝利したというものだった。
「だが同時に悪夢の始まりだ、深作弥兵衛よ」
「なに? どういうことだ・・・」
「ほら、おいでなさったぞ」
草履を踏みしめる音が響く。体を起こして音のした方向へと顔を向けるとそこには、
「総子、様? なぜ・・・」
「・・・来たか」
総子の顔からはおおよそ表情と呼べるようなものが一切なかった。静かに”怨鬼”へと近づくとおもむろに右手を鬼の胸へと突き刺した。
「が!!!」
「・・・なにを・・・」
弥兵衛の言葉に反応することなく鬼の胸から五色に輝く玉のようなものをとりだした。
「やっとだ、この時を千五百年待ったぞ」
手に取った玉を口へと放り込む。すると総子の体が眩い輝きに包まれていく。
強烈な光が収まるとその中から現れたのは黒い長髪と白一色の着物に身を包んだ、白い女性だった。
「・・・・お前は・・・・一体」
「そういえば本名を名乗ったことがなかったな。深作弥兵衛よ。妾は輝夜、竹取輝夜だ。貴様らでいうところの輝夜姫、というやつだな」
嘘か誠か。判断することなどできず、質の悪い冗談ともとれるその答えに弥兵衛はただ目を見開くのみだった。恐ろしさと美しさが両立する存在に弥兵衛はただ見つめることしかできなかった。
「冥土の土産だ」
輝夜がそう言うと瞬きする間に弥兵衛との距離を埋めてしまう。
「なに・・・・」
「外法”虚空”」
掌に生じた白い球体のようなものが弥兵衛の体にぶつかると同時にすさまじい音を放ち背後の常陸城すらも巻き込み数理離れた山をも消し飛ばすのであった。
痛む体に思わず顔をしかめながら目を開けると見覚えのある天井が広がっていた。
「ここは・・・」
「弥兵衛殿、起きられましたか」
弥兵衛の顔を覗き込むように栄次郎が頭上に顔をのぞかせた。
「栄次郎、ここは府中か?」
「左様でございます。上様がここへ迎えと申されまして」
「なに?」
痛む体を起こすと炊事場で何やら作業をしている頼房がいた。
「おお、今夕餉ができる。もう少し横になっていろ」
その光景はおおよそ征夷大将軍の姿とはかけ離れたものだった。だが弥兵衛にとってその姿はかつてともに修業に励んでいた兄弟子の変わらぬ後ろ姿に感じ取れたのだった。