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白梅と月光  作者: 高崎 龍介
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承「外道法師」

 旧江戸跡地。遠くで巻き上がる煙。同時に爆発音も発生し見ている栄次郎の心に暗い影を落としていた。

「・・・弥兵衛殿は本当に大丈夫なのでしょうか・・・」

「御主は本当に、男か?」

 栄次郎と共に戦闘区域から逃げてきた総子は栄次郎の不安なつぶやきに苛立ちを込めてそう問うた。

「いや、しかし。いくら弥兵衛殿が妖魔と言っても相手は奇怪な術を使う相手です。剣術が主体の弥兵衛殿では不利が過ぎるというものです」

 その言葉に溜息を洩らした総子であったが、それ以上は何も言わずに遠くの光景へと目を向ける。今なお止むことなく繰り広げられている戦闘は時間が経つにつれてその苛烈さを増していった。

「私はあの姿になった弥兵衛が負けたということを聞いたことなど一度もない」

 総子の瞳には不安を感じさせることのない自信だけが移りこんでいた。


「外法”火”!」

 外道法師の放った炎は竜の頭部のような形で弥兵衛へと襲い掛かる。

 対峙していた鬼の拳をさばきながら横目で術の大きさを確認した弥兵衛は鬼の拳を弾いた反動を活かし、

「極刀流”千紫万紅”」

 真一文字の回転剣舞により炎を両断し鬼すらも斬り伏せてみせた。外道法師は一瞬驚いたもののすぐに新しい札を取り出すと、

「外法”水”」

 大量の土砂を弥兵衛目掛けて放つ。なおも動こうとしない弥兵衛。その場で屈みこむと一気に空中へと舞い上がる。

「な・・・」

 なんて無謀な、と続く前にそれが無謀ではなく技だと気づいたときには、

「極刀流”九夏三伏”」

 弥兵衛の斬撃を正面から受けることとなった。地面に外道法師の血が撒き散らされる。

「ぐぅ・・・貴様・・・」

 既に数手交えているが外道法師はすでに実力の差を思い知らされていた。武士としての実力もさることながら刀の特性と妖魔としての能力を十全に発揮している。

「怪物が・・・・」

「それは其方も同じであろう」

 数歩下がった弥兵衛は刀を鞘に納めると間を置かずに居合術を見舞う。

「極刀流”水天一碧”」

 微動だにしない水平な斬撃。咄嗟に回避した外道法師であるが僅かに掠ったのか腕を掠めていた。

(このままやりあってもこの男と私とでは相性が悪い。いったん退くか。どちらにしろ今日の仕込みは完了している)

 そして意を決した男は地面に目掛けて札を叩き付ける。男の目論見に気付いた弥兵衛は突きの技を放ち一瞬で仕留めに掛るが、

「今日の所はこれにて失礼する」

 外道法師の方が早くその場から姿を消したのであった。周囲を何度か見た弥兵衛は敵が遠くに逃げたことを察して刀を鞘へと納める。それと同時に全身に起こっていた変化が解除されていく。戦闘区域外にいる二人の元に戻ると泥で汚れた身なりを整え、戦果の報告を総子へと行う弥兵衛。

「申し訳ございませぬ。敵の外道法師を取り押さえることができませんでした」

「逃げた、のか?」

「恐らく退いただけかと」

 弥兵衛は先ほどの戦闘を思い返しながら途中から明らかに逃げの一手に切り替えてきた相手のことを考えていた。

「拙者か、総子様のどちらかを手土産として持っていくかと考えたが。どうやら目的が違うようでした」

 弥兵衛の視線の先には残骸の中に紛れるようにしておいてある札が見受けられた。

 鞘の先を札に近づけるが何か見えない力によって阻まれてしまう。

(白梅ではなく何の力もない鞘でも触れないとなると、外的な接近を許さないということか)

 弥兵衛の持つ妖刀”白梅正嗣”は結界関係の力を断ち切ることも可能だができるからと言って必ずやることはない。断ち切ってしまった場合に起きることを考慮すれば当然の思考だろう。

(この類の札は破壊した瞬間に術式が誤作動を起こす可能性もある。仮に破壊が上手くいったとしても奴はその点も考慮しているはずだ)

 先程数手交えただけではあるが弥兵衛は既に相手の思考を読んでいた。今回の相手に対して読み合いをしても無駄だということを悟っていた。

 周囲を見渡して敵影がないことを確認した弥兵衛は札を放置し後ろで馬の世話をしている栄次郎へと声をかける。

「ひとまずはここから一度宿に戻ろう」

「追わないのですか?」

「無駄になるだろうな。遠くから見ているだけではわからぬかもしれないが、あれは相当な策士だ。こちらの裏手を読んでくるのは目に見えている。ならばこちらが取る方法は一つ、追わないことに尽きる」

 踵を返し元来た道を戻り始める弥兵衛。その後を追いかける栄次郎の顔が晴れることはなく不安だけが心に影を落としていた。


 煙幕を使い、瓦礫の影を利用しながら数里を走り抜けてきた男、外道法師こと蘆屋篝は敵が追いかけてこないことを確認するとその場にへたり込んだ。

「・・・あの男、本当に化け物だ」

 懐に仕舞っていた札をとりだすと、自身の体へと張り付けていく。すると体にできた傷がゆっくりと塞がっていく。

「札も残りこれだけか。封印を解除するためにも使えるのはこれだけか」

 残りの数枚のうち一枚だけをよける。

「まだ向こうは気付いていないか。あの場所を見つけられる前に何としても復活させなければ」

 男の願望にして一族すべての悲願。その達成のために何が何でも手に入れなければならないものがあった。

「もう少しだ。”怨鬼”貴様を蘇らせて必ずや殿上人どもを殺しつくしてくれる」

 己の覚悟を振り返った篝はふらつきながらも視線だけはぶらさないで前へと進んでいくのであった。


 宿屋へと戻った一行は夕餉を済ました後、今後の方針について話していた。

「先ほどの戦い、二人とも見ていたと思われるが拙者とあの男の実力は拮抗もしくは拙者の方がやや上と言える程度と言える」

「そうか? あの男、最初の数手こそ真面目にやりあっていたがその後は逃げの一手であったろう」

 総子の言葉は尤もであったがここで弥兵衛は首を横に振った。

「逃げも立派な戦法でございます。むしろあの状態の拙者の技をほとんど躱していたのですから敵ながら賞賛せざるを得ません」

 それ以上の言葉を弥兵衛は告げなかったが賞賛するべき点はそれ以外にもあった。弥兵衛が刀を抜いたときから起きた変化、妖魔の力をその身に宿す”夜魔化”という現象。この状態の弥兵衛は常人の域を逸脱している。そこに加えて習得そのものが困難とされている極刀流の正当な後継者であり現当主である。幾ら外法の使い手と言えども首を一瞬で斬られてもおかしくない。それが首を斬られることもなく、術を用いて紙一重で弥兵衛の技を見切っている節すらあるのだ。弥兵衛にとっては危機感を覚えることこの上ない。

(拙者の技を全て初見で躱していた。さすがに”九夏三伏”は防げていなかったが、本来致命傷になるはずの技を受けてあの程度ということはいくつか護身の札を持っているな)

 長く戦いと修行の日々に身を置いてきた弥兵衛の思考はそう結論付けていた。弥兵衛の極刀流の技の中でも高い威力を誇る”九夏三伏”。空中から繰り出す技のため非常に隙が大きくなるという側面がある。だがそれとは裏腹に一撃必殺の威力を誇っている。

「弥兵衛よ。あの男、明日にもまた旧江戸にやってくると思うか?」

「・・・正直なところ分かりませぬ」

「ならば、奴は速くとも明日の夜か、明後日にまた行動を始めると見たほうがよいか?」

「恐らく、とだけお伝えしておきます」

 弥兵衛の言葉に対して総子はそれ以上何も返さなかったが、自身が全幅の信頼を置く家臣の言葉に耳を傾けないほど彼女ももまた子供ではなかった。


 翌日、まだ日が昇らない薄暗い景色を眺めながら弥兵衛は一人遠くにわずかに見える”旧江戸”を睨んでいた。

(あの地に潜む何かを使ってあの男は幕府の転覆を図ろうとしている。霊術の使い手が欲するほどの力があの地に眠っている。ならば先に辿り着いて壊すしかない)

 かつての記憶。幼き時分に亡くなった師と旅をしているときに聞いた話と連れていかれた場所を思い出していた。古びた神社の裏手にある岩。その下に隠されている忌まわしき祭壇。

”弥兵衛よ、この場所はかつて平家が日本を滅ぼすために造りだした怪物の眠る場所だ”

”怪物ですか?”

”ああ、悲しき存在だ。もしそいつを蘇らせようとする輩が現れた時はお主が必ず止めてみせよ”

 師の言葉を反芻し、懐かしい気持ちになるのを抑える。

(あの場所に行くしかないか)

 決意を固めた弥兵衛は身支度を素早く整えると宿を出る。

 扉を開けるとその向こうにはある意味で予想外の人物が立っていた。

「御主、こんな時間にどこへ行くつもりだ?」

「総子様・・」

 弥兵衛に対して総子は呆れの溜息と共に自身の考えを口に出した。

「大方"旧江戸"に行こうなどと考えているのだろう? 一つ言っておくが危ないからという理由で妾たちを置いていくならそれはお門違いというものだ」

「・・・・今回向かうのはあの男が求めている代物を探しに行くのです。前回のように遠くにいるからというだけで守りきれる保証がどこにもありません。栄次郎も馬術の腕は確かですが、それ以外については完全に腕が訛っております」

「ここに居てお主の目が届かなくなればそれこそ相手の思うつぼだと思わないのか?」

「・・・」

 妖魔化した弥兵衛と言えど肉眼で確認できるのは半里が限界だ。まして障害物の多い”旧江戸”からとなればとてもではないが視認できなくなるのはわかりきっている。それを差し引いたとしても弥兵衛は二人を置いて自身の考えている存在の確認に行こうとしたのだ。二人を少しでも脅威から遠ざけるため。

 しかし今ここにいる少女は決して動こうとしていなかった。数分間お互いに見つめ合ったままだったが、とうとう弥兵衛が吐息を漏らすと、

「栄次郎を起こして馬もつれていきましょう」

「その言葉待っておったぞ」

 そう言うと総子は背後を振り返る。そこには馬を引きつれた栄次郎が立っていた。

「御主・・・」

「某も覚悟は決まっております故。どこまでもお供させていただきたい」

 栄次郎の姿勢に弥兵衛は何も言えなくなり、

「よかろう。御主もついて来い」

「・・・ありがとうございます!」

 そうして再び三人で旧江戸へと繰り出すのであった。


”旧江戸”へと向かった弥兵衛たち一行。先導する弥兵衛は迷いなく瓦礫に埋もれた道を進んでいた。

「それで、弥兵衛よ。彼奴がこの塵山から何をとりだそうとしているのか分かっているのか?」

「・・・・あくまでも憶測ですが、奴が目指しているのは”旧江戸”に隠されている平家の墓所と思われます」

「”旧江戸”にそのような場所があったのですか? 確か源氏によって滅ぼされ墓はどこにもないと聞いておりましたが」

「表沙汰にできないことゆえ、知っているのはごく一部の者だけだ。拙者は師匠と旅をしていた時にたまたまその話を聞いてその場所に立ち寄ったことがあったのを思い出してな」

 そうこうしているうちに少しばかり小高い丘になっている場所にやってきた三人。僅かばかりではあるが鳥居の残骸もあるため神社か何かだというのは見て取れた。

「ここが、その墓所ですか?」

「いや、この裏手に抜け道があってな。少しばかり地下に行くことになる」

 そう言うと弥兵衛は馬の後ろの荷物の中から提灯をとりだして火打石で蝋燭に火を灯す。

「済まぬが、拙者がもし逃げろと言った時には総子様を連れてもと来た道を走っていけ」

「・・・はい」

 先日の戦いぶりを見ている栄次郎からすれば要らぬ心配だったかと、安堵の域を漏らす弥兵衛。そして気を引き締め治すと本殿の裏手にある巨大な岩の前にやってくる。

「これは・・・」

「木を隠すなら森の中というやつだ」

 弥兵衛はおもむろに岩に両手を当てると全身に力を入れて岩を動かし出す。重さにして三百キロ近くに上りそうな岩を動かす様に思わず栄次郎は度肝を抜かれてしまう。

「弥兵衛のやつ暇さえあれば稽古をしているからな。これぐらいの岩であれば動かすことは容易いぞ」

「いや、幾ら稽古していてもあの岩を動かすなど・・・常人の域ではないですぞ」

「実際彼奴は常人ではないからな」

 その言葉に昨日の戦いでみせた弥兵衛の姿を思い出した栄次郎は何も言えなくなり口を噤むのであった。

「では栄次郎。くれぐれも頼むぞ」

「はい」

「こちらの心配はしないで自分の心配をせい」

 そうして岩の下に隠されていた階段を下りていく。長い階段の先はわずかに空間が広がり廊下が続いていた。

「これは・・・瘴気、でしょうか」

「上とは比べ物にならないな・・・」

「二人とも・・・・これを」

 そう言うと弥兵衛は上着を二人に渡す。総子がそれを持つと自分たちの周りを漂っていた瘴気が霧散していく。

「これは・・・」

「今の拙者であれば瘴気を防ぐ程度の術は使える」

 既に刀を抜いていた弥兵衛は妖魔の力を用いて簡単な術を行使していた。弥兵衛の変わり方に驚愕を隠せない栄次郎であったが弥兵衛からの仕事をおろそかにするはずもなく総子を伴いゆっくりと地下へ降りていく。

「む、あの奥にあるのは一体なんだ?」

「・・・二人ともここでお待ちを。栄次郎、何かあれば総子様を頼む」

「弥兵衛殿?」

 前に進んでいく弥兵衛に思わずついていこうとする栄次郎であったが寸での所で総子に止められた。それと同時に目の前で爆風が巻き起こる。

「弥兵衛殿!!」

「狼狽えるな!! 弥兵衛なら無事だ」

 その言葉通り弥兵衛は爆風が巻き起こった場所から転がるようにして回避していた。

「やはり来たか。外道法師」

「・・・無粋な呼び方はやめてくれ、と言いたいところだが名乗っていなかったな。私は蘆屋篝。平安においてかの有名な陰陽師安倍晴明と肩を並べた蘆屋道満の血統にして平家の生き残りだ」

 その言葉に目を見開く弥兵衛。

「なるほど先日から使っている奇怪な術は霊術か陰陽術ではないかと思っていたがな。しかしここに来た理由だけは当たってほしくなかったな」

「ほう、つまり貴様は私の正体を大方予想してここに来たというのか。一介の武士風情にしては頭が回るようだ」

「なに、師匠ができた人だったのでな」

 弥兵衛がこの場所を訪れる際に危惧していたこととはつまり相手が平家の生き残りではないかということだ。もしそうであれば弥兵衛よりも早くこの場所へたどり着けることになる。

「やはり貴様はここで殺しておかねばこの先の私の計画に差支えが出るな」

「やってみろ。拙者を殺すのは骨が折れるぞ」

 弥兵衛は刀を下段に構える。が、構えが完成する寸前で岩の突起が弥兵衛へと襲い掛かる。

「外法”岩”。堂々とやり合うと思うか馬鹿め」

 突起は弥兵衛の体を貫かんと襲い掛かるが、

「馬鹿は貴様だ」

 弥兵衛の体が篝の視界から消え去る。篝は一瞬慌てかけるが視界を閉ざすことで平静さを取り戻し、

「外法”水”!」

 自身の周囲へと津波のような水を出現させる。当然、入口近辺に立っていた栄次郎たちは流されまいと入口の縁に捕まる。あわや流されそうになったその時、背後から何者かによって背中を支えられる。

「弥兵衛・・・」

「弥兵衛殿、忝い」

「良い。すまぬがここはもう危ない。上に逃げろ。できるだけ遠くな」

「は、はい!」

 総子を連れてもと来た道を引き返す栄次郎に注意を払いながら目の前の敵に対して敵意を向ける。

「貴様・・・」

「あの術の中であれだけの動きができるとはどういう絡繰りだ」

「自分の手を明かすと思うか」

 その言葉と共に弥兵衛は再び同じ構えを取る。すると篝の視界から弥兵衛の姿が消え去ってしまう。

「・・・ち!」

「これも躱すか」

 背後からの一撃に反応した篝であったが、次の一撃までを想定しきれておらずう弥兵衛の蹴りを真面に受けてしまう。

「く・・・妖魔風情が」

「そうか。悪いが全力で行かせてもらう」

 弥兵衛は態勢を低くすると走り出す。

「極刀流”千紫万紅”」

 横薙ぎの回転剣舞が篝の首目掛けて放たれる。首に刃が触れる直前で何かの力によって弥兵衛の刀が防がれる。

「そう簡単に首を斬れると思うなよ」

「ならば・・・」

 篝の言葉をきいた弥兵衛は大きく後ろに飛ぶと、刀身を鞘へと納めると間を置かず相手目掛けて斬りかかる。

「極刀流”水転一碧”」

 弥兵衛の居合術が首に差し掛かるとき篝は先ほどの呪符を再び発動させようとしていた。だがすぐさま考えを改めた。否、考えを改めたというよりも体が勝手に反応していた。体勢を低くして弥兵衛の刀の軌道から逃れる。転がるようにして弥兵衛から距離を置く。

「今の斬撃よく躱したな」

「偶然だ」

 篝は弥兵衛の持つ刀の抜身をじっと睨みつける。その刀身に宿る力が今しがた自身の身を守るべく力を発揮しようとした札が真っ二つに両断されていた。

(やはり今の技。霊力だけで俺の陰陽術を相殺し、刀身を振り抜いたということか。そんな神技そうそう身に付けられるか・・・・)

 陰陽術を磨き続けて二十年以上のこの蘆屋篝ですらそのような芸当は出来ない。

 同質量の霊力を宿すことで技を相殺することはできる。

 だがこの場合問題になるのは弥兵衛が使っている武器にある。同じ質量にするというのはあくまでも札の面積分の話である。詰まるところ、弥兵衛は刀による斬撃を繰り出しながら霊力の比重を自在に操っているということになる。それもほぼ誤差なく操作しているのだからその技量だけでどれほどの恐ろしさか分かるものである。

「極刀流”九夏三伏・昇天”」

 おまけにすかさず攻撃を仕掛ける隙の無さ。刃に手を添えて下から上への切り上げを行う。それも流れるような動作のせいで篝は直前まで攻撃の動作を感知できず、

「きさま・・・・」

「まずは一本だ」

 左腕を斬り落とされるのであった。


「はぁ・・・・はぁ・・・・・あの男正気の沙汰とは思えません」

「同感だ。だがあの男、実力としては弥兵衛よりも劣っているだろうな」

「そうだとは思いますが、弥兵衛殿でも押されておりましたよね」

「バカ者が、弥兵衛はあえて彼奴を殺さぬように手加減しておるのだ。そう考えればなぜあそこまで追い込まれるかわかるであろう」

 息を切らせながら地上に出た二人は地面に倒れ込みながら肩で息をしていた。特に総子を抱えながら走ってきた栄次郎の方は消耗も激しかった。だが今も真下では弥兵衛が術師と死闘を繰り広げているのが分かる地響きが聞こえていた。

「行こう。ここも時期に二人の戦いに巻き込まれる。その前に我らで出来ることを探すんだ」

「はい!」

 総子の言葉に栄次郎は覚悟を決めて再び立ち上がった。


「極刀流”一陽来復”!」

「く・・・」

 弥兵衛の電光石火の刺突に反射的に回避した篝であったが態勢は悪く、そのまま地面に倒れ込む。そんな隙だらけの篝を弥兵衛が見逃すはずもなく刀をそのまま振り下ろし斬り殺さんと振るう。

「外法”岩”!」

 地面から吐出した岩の盾によって何とか防ぐもののその余波で吹き飛ばされる。

 すぐさま体勢を立て直すも弥兵衛の刃が目前に迫っていた。

(躱せない!)

 右手に霊力を集めると高速で迫る刃目掛けて振う。鉄が弾かれる音が響かれると同時に篝は壁に激突する。

「はぁ・・くそ・・・」

「往生際の悪い男だ。そこまでして一族の恨みを晴らしたいのか」

「!」

 その言葉と共に篝が顔を上げるがその眼前には白い刃が突きつけられる。蝋燭の火で反射した刃に篝の顔が映りこむ。

「止めておけ。貴様の一族の怨念を拙者は理解してやれるとは言わない。だがそんなものに価値などない」

「・・・貴様などに分かるわけないだろう!!」

 地面に触れていた手が霊力を発すると、弥兵衛の足元から植物の蔦が襲いかかり雁字搦めにする。

「な・・・」

「私にはこれしかないんだよ。一族が抱えてきた恨みを晴らすことだけが、私の生きてきた唯一の道なんだ!!」

 そして篝は後方の祭壇と思われる場所へと走っていく。四肢を拘束された弥兵衛であったが力づくで離脱すると篝を止めるために走り出す。だが弥兵衛が技を放つよりも早く篝は祭壇に立つと、

「召喚式”怨鬼”!!!」

 札を床に叩き付ける。激しい閃光を部屋の中が包み込んでいく。目が眩むほどの光の中で弥兵衛はとっさに刀で防御の姿勢を取った。それは光で目が潰された中で発揮された弥兵衛の侍としての直感による行動だった。

 だがこの行動が弥兵衛の命を救ったのだった。激しい金属音と共に弥兵衛は天井目掛けて吹き飛ばされそのまま地上に叩きだされるのであった。


 弥兵衛が地下から叩きだされた頃、来た道を引き返していた総子と栄次郎はその爆音を耳にしていた。

「今の音は・・・」

「・・・ち、あの男まさか・・・」

「まさか? 総子様、何かご存じなのですか?」

 総子の反応に栄次郎は原因を知りたいと食いつく。自身の失態に思わず唇をかみしめる総子であったが旅の道連れとしてあまりに何も知らないのでは今後栄次郎だけが動けるときに頼りにならないと踏んだ総子は自身が知りうる情報を彼に話し出した。

「栄次郎よ、この江戸がなぜ禁忌指定なんぞというものになったか知っているか・・・」

「いえ、何故でしょうか?」

「それは・・・平家が昔生み出した化け物が先程の神社の地下に封印されていたからだ」

「な・・・・平家、化け物・・・ですか?」

 総子は常陸國を立つ前に弥兵衛から聞かされていた。元々江戸がなぜ禁忌指定地域になっていたのか昔から疑問に思っていた総子にとっては合点の行く内容であったが同時に心の底から恐怖を覚えた。

「あの場所に入った時確信した。封印されているという怪物・・・あれが目覚めれば弥兵衛と言えども勝てるかどうかわからぬ」

「な・・・なら我らも手を貸しに・・・」

「行ってどうなる!! 弥兵衛のもとに駆け付けたとしても足手まといになるだけだ!! まして弥兵衛のように妖魔の力を身にまとうこともできない我らでは一瞬で殺される」

「・・・それは・・・」

「分かっているなら、弥兵衛を信じていろ。仮に負けたとしても生きていればなんとなかなる」

 総子の言葉に気圧され栄次郎は押し黙る。

 一方で栄次郎に対して強く振舞った総子であったがその実、不安の方が大きかった。

”何としてでも勝ちますが万が一の時には総子様、どうか頼みます”

 弥兵衛が勝つことに賭けることだけが今総子たちにできる唯一つの事だった。


 空中までたたき出された弥兵衛であったが地面からの衝撃は受け身を取ったことによってなんとか最小限に抑えることができた。刀を構え自分が出てきた穴を静かに見つめる。そこには弥兵衛の背丈よりやや大きい異形の者が立っていた。

「貴様が・・・平家の・・・」

「・・・・あぁ・・・・久方ぶりに現世に出てこれたと思えばまさかこれほどの上玉に出会えるとはな」

 弥兵衛と僅か数歩程度の所まで迫ってきた異形の者。

「はは、その男を殺せ”怨鬼”。そいつは平家に仇為す男だ!!」

「・・・黙れ、平家の血を引くだけの分際の小僧が・・・」

 そう言い放った”怨鬼”は腕を振るう。すると衝撃波のようなものが篝を襲うと一瞬で遠くまで飛ばされる篝。

(今、此奴は腕を振るった、だけ。それでこれほどの威力を誇っているだと・・・)

 剣士として、妖魔としての力を宿すものとしてその実力にそれなりの自信を持っていた弥兵衛であったが目の前の怪物は明らかに自分よりも上の次元に立っているという事実を見せつけられる。

「・・・して、貴殿に尋ねよう。貴殿は侍か? 武士か?」

「どういう意味だ」

「黙れ、今は我が問うている。答えよ。己の直感に従ってな」

”怨鬼”の有無を言わさぬ圧に全身を押さえ付けられる感覚に支配される。

「拙者は・・・・武士だ」

「そうか。残念だ」

 心底残念そうな声と共に腕が振るわれる。それと同時に先ほど同様の衝撃波が弥兵衛を襲う。

 激しい土煙の向こうを大人しく見つめる”怨鬼”であったがおもむろに自身の背後を振り返る。すると”怨鬼”の構えた手に刃が突き立てられる。

「ほう、今のを避けるか」

「・・・さすがは平家の生み出した兵器だな」

 先程の攻撃の際に”竜飛鳳舞”を使い流れる動きで背後を取り”一陽来復”の刺突を繰り出した。ほぼ完全に死角から、それも不意を突く形で放たれた高速の突きを見事躱しているのだからこの怪物の異常性がどれほどのものかよくわかる。

「なるほど、今の一撃中々の練度であった。少しは楽しめそうだな」

「抜かせ」

 その言葉と共に弥兵衛は刀の向きを横にすると、

「極刀流”千紫万紅”」

 その場での回転剣舞を見舞う。腕に刃が付き立った状態の”怨鬼”は肉を裂かれる寸前でその場から離脱した。すぐさま追いかける弥兵衛であったが咄嗟に体勢を低くした。弥兵衛の首があった場所を”怨鬼”の腕が横なぎに振るわれる。そしてその直線上のもの全てが薙ぎ払われ巨大な土煙があがる。

「外法”斬”」

(外法だと。これほどの威力をただの技として使うというのか)

 すぐさま”怨鬼”の背後に回り込む弥兵衛。刀身を鞘に納めると間を置かずに抜刀術を放つ。

(捉えた!!)

 横一線の一撃。死角からの完璧なタイミングでありながら”怨鬼”は振り向くことなく、手刀で止める。

「な・・・」

「ふむ、いい斬撃だ。もう少し足掻いてみせよ」

”怨鬼”は振り向くと同時にその剛腕を振るう。

「外法”斬”!!」

 至近距離での斬撃が弥兵衛を襲う。咄嗟に刀身で受ける弥兵衛であったがその衝撃に耐えきれず瓦礫の中へと吹き飛ばされていく。

「うぐ・・・何という威力だ」

 息切れを起こしながら瓦礫の中から這い出る。妖魔の力を纏っているがその状態ですら僅か一撃で追い込むほどの力を持っている。

(これ以上彼奴の攻撃を受けるわけにはいかない)

 立ち上がった弥兵衛は刀を構える。

「参る!」

 弥兵衛は掛け声とともに神速の突きである”一陽来復”を放つ。

「来い、人間!!」

 手刀の形にした剛腕を振るい”斬”を放つ”怨鬼”。両者の技がぶつかると巨大な爆発音とともに衝撃が走るのであった。


”怨鬼”によって遠くまで飛ばされた篝は傷の手当てを施していた。

「くそ、あの鬼め・・・主人の命令を無視しやがって・・・」

 怒りの形相でそれでも冷静に処置をしていく。今なお遠くでは爆発音が鳴り響いており”怨鬼”が未だ暴れているのが分かる。

「しかしあの男、”怨鬼”と互角に渡り合うとは。最早人では・・・」

「・・・それ以上続けたら貴様の首を刎ねるぞ」

 背後から音も無く近寄ってきた総子は篝の首筋に刃を突きつける。さらに正面には栄次郎が刀を構えていた。

「・・お嬢さん、随分と威勢がいいがそんなので俺の首を刎ねられると本気で・・・」

「黙れ」

 冷徹な声と共に容赦なく皮膚をわずかに裂く。血がにじむようにして肌を伝う。わずかな痛覚と共にこの少女の容赦のなさを痛感させられた篝はこの事態をどうにかして打開しようと頭を巡らせる。

「あの怪物を止めろ。あれは呼び出していいものなどではない」

「だろうな。だが、生憎だったな。俺にも彼奴をどう止めればいいのか分からなくてな」

「なんだと・・・それではあの怪物を殺すしかないとでもいうのか!?」

「そうだ。あの怪物を止めるには息の根を止めるしかない。現状だとあそこで今なおかろうじて食らいついているお前らの侍がいい所だろうな。だが、勝ち目はないと思うぞ」

 篝の言葉に栄次郎は絶望に染まった顔になる。一方で総子は自身の部下を愚弄されたというのにその表情はとにかく冷静なものだった。

「貴様の考えがどのような物であっても妾の武士が負けるわけなかろう」

「ふん、だがこの戦況を見てまだそんなことが言えるのか?」

「ああ、言える」

 そこには絶対的な信頼が含まれていた。栄次郎も総子同様に弥兵衛のことを信頼しているが少々不安も残っていた。

「あの怪物を止める術がなかろうが関係ない。弥兵衛は必ず彼奴を打倒してみせる」

「なら見せてみろ」

 その言葉と共に爆音と爆風がすぐ近くを通り抜けていく。

 怪物と刃を交える弥兵衛。その表情は普段の冷静な彼には似つかわしくない歯を食いしばりながら必死に食らいついているものだった。

 その姿をただ総子は黙って見届ける。


「極刀流”千紫万紅”!」

「外法”斬”!」

 弥兵衛の回転剣舞と鬼の手刀が激しい音を立てながらぶつかり合う。互いに霊力を帯びた状態の剣戟は周囲を巻き込みながらさらに激化していく。

 回転剣舞から流れるように刀身を鞘に戻すと反動を活かして連続技に持ち込む。

「極刀流”水天一碧”」

 弥兵衛の刃がすっと”怨鬼”の胸板を斬り裂く。噴水のように血が噴き出すのもお構いなしに”怨鬼”は手刀に変えた剛腕を縦一直線に振るう。

「”斬”!!!」

 先程よりも威力の高まった斬撃が弥兵衛へと襲い掛かる。咄嗟に刀身で手刀を防ぐ弥兵衛であったがその圧倒的重量さに押しつぶされる。

「が・・・・」

「もう一丁いくぞ!!」

 そして驚くべきは地面に打ち付けた弥兵衛目掛けて”怨鬼”が蹴りを用いて外法を使ってきたことだった。

 土煙が徐々に晴れていくと、そこには左腕の袖が破け血を滴らせながら佇む弥兵衛の姿があった。

「ほう、今のを受けてその程度で済むとはやはり侮れんな」

「・・・丈夫なのは昔からなのでな」

 戦況は明らかに弥兵衛の方が不利であった。これ以上戦い続けても覆らない戦力差がそこにはあった。

(こやつの能力も大方分かってきたが明らかに拙者の方が不利だ。妖魔としての力も向うの方が純度が高い分、再生能力で差をつけられている。だとすれば残された手は一つ)

 左腕の痛みを堪えながら弥兵衛は刀を両手で肩に担ぐようにして構える。すると弥兵衛の体から妖力が溢れだすと同時に刀身に集まっていく。

「ほう、次で決めるか。ならば、我も応えねば・・な!!」

”怨鬼”は右腕を弓を引くようにして構える。やがて心臓の鼓動のような音ともに一回り、また一回りと巨大化していく。

「行くぞ”怨鬼”!!」

「来い!!」

 地面が割れるほどの脚力で駆け出す弥兵衛。

「極刀流、奥義!!」

 弥兵衛が使う流派、極刀流。それは一子相伝の剣術。刀を使うことに対して極限の域に達することを目的とした剣術。その中で全ての技を会得した者だけが扱うことのできる極刀流における最強の一撃。

「外法・・・・」

 一方で”怨鬼”もまた自身が扱う技の中で最強ともいえる技を放とうとしていた。”怨鬼”が使う外法の中でも異質にして最悪の特性を秘めている技。ただ一つ狙った相手を確実に葬るための技。

 やがて”怨鬼”へと肉薄した弥兵衛は全力で掲げた刃を振り抜く。

”怨鬼”は眼前に迫った弥兵衛へと丸太のように巨大化した右腕で殴りかかる。

「”雪月風花”!!!」

「”壊”!!!」

 互いの刃と拳がぶつかると同時に辺り一面に衝撃が走るとともに巨大な爆発が起こる。

 そしてそれと同時に一つの影が煙の中からすさまじい勢いで吹き飛ばされ、瓦礫を突き破っていく。やがて数百メートル飛ばされて瓦礫に音を立てながら止まった。

 その瓦礫の中で埋もれているのは、着物は破れ全身の至る所に裂傷が出来上がった弥兵衛だった。その右手に持つ刀は刀身が半分に折れ残った部分もひび割れていた。

 対して煙が晴れるとそこからあらわになったのは右腕を真っ二つに斬り裂かれ胴体にも深い切り傷が出来ている”怨鬼”だった。


「弥兵衛!!」

 爆風が止み弥兵衛の姿を確認した総子は急いで弥兵衛の元へと駆け出す。栄次郎も慌てて総子の後を追う。

 二人が弥兵衛のもとに辿り着くと総子は今まで見たこともないような表情で弥兵衛の体をゆすった。

「し、しっかりしろ弥兵衛!!」

「総子様退いてください」

 慌てる総子に対して栄次郎は冷静に弥兵衛の体を一目見ただけで深い傷を見つけだし応急処置を施していく。手伝いを申し出ようとする総子だったがあまりの手際の良さに邪魔になると判断して静かに処置が終わるのを見守る。

「ひとまず、これで大丈夫かと思いますがこれは医者に診せねばまずいです」

 周囲を見回すと弥兵衛の馬が近くまで歩いてきていた。正直ここまでの道中で疲労がたまっているが総子の足の速さと自身とでは圧倒的に自身に軍配が上がると判断した栄次郎は総子を馬に乗せると弥兵衛を横にした状態で馬に身を預けさせる。

 そのとき遠くで傷の痛みに苦しんでいる”怨鬼”の強烈な視線を感じ取った栄次郎は一瞬、全身が凍り付く感覚に襲われる。だが頭を振りすぐさま馬にまたがる。

「弥兵衛殿、後で恨み言はいくらでもお聞きしますので今は少々耐えてください」

 後ろを振り返ると遠くで篝が鬼に対して何やら術をかけているのが見えたが今はこの場を離れるのが先決判断した栄次郎たちは急いで”旧江戸”を離れるのであった。


 総子と栄次郎が駆け出したと同時に篝もまた自身が呼び起した鬼の元へと走り出していた。

(妖力をもう一度補充さえすれば彼奴はまた戦える。今度こそ彼奴らごと仕留められる)

 まさか”怨鬼”が深手を負うとは思っていなかったのか慌てて治癒の術をかける篝。

「必ず彼奴らを殺せ。次は失敗なんて許さないからな」

 瞬く間に”怨鬼”の傷が癒えていく。だがそれがいけなかった。

 突如として篝の首が締め上げられる。

「な・・・な・・・に・・」

「・・・不愉快だ、人間風情が・・・」

 そこには怒りという感情が相応しい表情をした”怨鬼”の顔があった。丸太のような腕で首を絞められる篝。外法という土俵であれば彼の右に出るものは今の世には一人もいないだろう。

 だが単純な力勝負になればその時点で彼は人並みにまで落ちてしまう。弥兵衛の攻撃を掻い潜るだけの才能はあったがそれはあくまでも障害物の多い場所だったからこそできた芸当であり、何より外法込みということも忘れてはいけない。

 やがて首の骨が折れる瞬間、彼は自分の心の内で静かに後悔の言葉を残した。

(あぁ、こんな化け物。起こすのではなかったな・・・)

 ゴキッ、という人体で最も太い骨が折れる音が響く。鬼の手の中で全身から力が抜け脱力しきった亡骸。”怨鬼”はそれを静かに一瞥すると遠くのがれきに放り投げた。そして弥兵衛たちが逃げて行った先を見やるが、その場に胡坐をかいて座り込む。

「しばし待つぞ。強き剣士よ。また強くなって帰ってくるがよい」

 全身の傷は癒えたが、自身の中に蓄えられていた霊力が枯渇したことを感じた”怨鬼”は眠ることで力の回復に専念するのだった。


”旧江戸”を離れた栄次郎たちは現在の埼玉県にあたる武蔵へと逃げ落ちていた。どれほど逃げ続けていたのかも忘れるほどに駆け続け、馬が息を切らせたところで休みを取った。

「あの鬼、追ってきませんでしたね」

「弥兵衛が手傷を負わせたのだ。簡単には追いかけてこれぬだろう」

 だが二人の頭の中ではそれ以上に今なお息も絶え絶えになっている弥兵衛で一杯だった。栄次郎の機転により大事こそ避けられ、本人の妖魔としての力が残っていたことから少しずつではあるが危険な状態から抜け出していた。それでも二人にとって弥兵衛を超える相手が出てきたという事実が受け入れられなかった。それゆえに次の一手が浮かばずにこうして行く先も決まらずにいた。

「・・・ここは・・・」

「弥兵衛!! 気が付いたか!!」

 掠れた声を発した弥兵衛に総子は歓喜の声を上げる。栄次郎も最初は安どの表情を浮かべるが予断の許さない弥兵衛のために替えの包帯を用意し始める。

「ああ・・・拙者は負けたのですね」

「まだ負けておらぬ。お主はこうして生きておる。あの鬼も深手を負って動けぬ。まだ、まだ・・・」

「・・・栄次郎。ここは何処だ? 拙者はどれほど眠っていた」

「武蔵に入ってから五里ほど行ったところでしょうか。弥兵衛殿が倒られてから半日は過ぎております」

 状況を確認した弥兵衛は一度呼吸を整えると痛む体を起こして栄次郎に告げた。

「栄次郎、よく聞け。信濃へ向かうぞ」

「信濃、ですか?」

「ああ、今の拙者は得物がない。だがあの怪物を相手にするには”白梅”以上の得物がいる。そんな代物作れるとすれば”白梅”を打った刀匠にしかできぬ」

 そして弥兵衛はその刀匠の名を告げた。

「信濃の刀匠にして御嶽山に住まう仙人。正嗣殿だ」


 栄次郎は馬を走らせながらひたすらに西を目指していく。弥兵衛は先の戦いの負傷で浅い覚醒と睡眠を繰り返していた。総子は弥兵衛の様子を見ながら時折水を与えていた。

 やがて栄次郎が操る馬が歩みを止める。

「・・・・ここか・・・」

 一同の目の前には深い霧に覆われた森が姿を現す。栄次郎の言葉に浅い覚醒状態にあった弥兵衛が目を覚ます。総子に支えられながら馬から降りると刀身の折れている白梅を手にする。刀身に残されていた霊力により妖魔化した弥兵衛はふらつく足で霧の中を進んでいく。弥兵衛に遅れないようにと総子と栄次郎も霧の中に進んでいく。

「この霧は一体・・・・」

「正嗣殿は仙人として我らとは違う存在に昇華している。彼はこの場所に存在していながら存在していない。この霧はその境界線として設けられている」

「はあ・・・」

「なんだか、よくわからないな。一体どういうことだ?」

「本人に会えばわかります。拙者もいまだにあのお方にはどう接すればよいかわからないもので」

 やがて濃い霧の向こうに小さな民家が姿を現す。わずかな畑と田んぼ。傍らには井戸、納屋と母屋があるだけの簡素な作り。微かに遠くから滝の音が聞こえてくるがそれだけでこの世界は成り立っていた。

「・・・・ここが正嗣殿の庵。風月堂です」

 母屋の入り口に向かい、戸を叩こうとした弥兵衛だったが中から戸が開かれた。

「久しいな、弥兵衛よ」

「正嗣殿・・・」

 弥兵衛と同じ程度の伸長の初老の男がそこには立っていた。継ぎ接ぎの浴衣姿は見るものに不信感を抱かせておきながら彼の全身から漂う気配が警戒心を和らがせていた。

「まずは中に入れ。茶でも飲みながら話を聞くとする」

 庵の中へと通された三人は履き物を脱ぎ、足を近くに置かれていた桶で濯ぐ。旅の荷物を部屋の片隅にまとめながら弥兵衛が休める場所を確保する。

 やがて盆に急須と湯呑を乗せた正嗣が現れ、三人の前に座り込むと茶の用意をしながらこう問いてきた。

「刀、折れたのか?」

 予想だにしない直球な質問に栄次郎と総子は眼を見開き思わず言葉に詰まるが、

「ええ、妖魔の攻撃を真正面から受け止めたせいで・・・・この有様です」

 手元に持っていた”白梅”と風呂敷から折れた”白梅”欠片をみせる。折れてから刀身に宿っていた眩い輝きは失われていた。

「・・・ほう、ここまで木っ端微塵にされるとはな。相手は・・」

「”怨鬼”です」

 弥兵衛の言葉に正嗣は鼻で笑う。正嗣の態度に一喜一憂するほかの二人。

 正嗣は刀身を風呂敷に卸すと両腕を組み、真剣な面持ちとなる。空気が一瞬にして締め付けられる感覚に陥った二人は息を呑む。

「これ以上、折れてほしくはなかったんだがな。これも宿命か」

 多くを語らず静かにうなずくと正嗣は懐から小さな巾着をとりだした。そこには折れた”白梅”と同じような刀の破片があった。

「正嗣殿、これは一体・・・」

 総子の絞り出すような疑問の言葉。その言葉に対し正嗣は神妙な面持ちで答えた。

「・・これは”白梅”の兄弟刀”紅桜””白樺””紅葉”の破片だ」

「”白梅”の兄弟刀・・・いったい何故このような破片に?」

「・・・長い話だ」

 三人に茶を配った正嗣は煙管に火をつけながら静かに語りだした。


 元々、この四本はある陰陽師に頼まれて作った刀だ。何と言ったかな、安倍なんちゃらとか言ってたな。もう千年以上前の話だ。名前が出てこなくて怒るな。

 そいつに頼まれてな。材料まで用意されちゃ断る理由もないからな。あ? 見返りだ? 仙人やってるとな暇で仕方ないんだよ。暇つぶしついでに俺の最高傑作打ってやるって約束してできたのがその四本だ。

 ものもすぐ完成したからな。どれくらいか? 十年くらいか? 取りに来た奴が見た目全然変わらねえからいまいちどれくらい経っていたのか分からなかったからな。そんでそいつに刀を何に使うのか聞いたんだがついぞ教えてくれなかった。

 そんでしばらくしてからまたそいつが来てな。この巾着に欠片が入れられていたんだ。最初は驚いたさ。だが、まあ、男の姿を見て納得したんだよ。何せ体中傷だらけだったんだからよ。さすがにその時には話を聞かせてもらったさ。何に使うかは自由だが自分の作品が壊されたんだからな。そうして知らされたのが”怨鬼”の存在だ。どっかの馬鹿なお家柄の奴らが自分たちの復讐のために生み出した妖魔の兵器だ。人間というのはつくづく嫌になる。その兵器が一族の残党を鏖にしたっていうんだから手に負えん。


 ひとしきり話し終えた正嗣は煙管の中に溜まった灰を出す。部屋に煙が広がりながら消えていく。

「弥兵衛、お前があの怪物と本気で渡り合う気があるのなら仮に新たな得物を拵えたとしても勝ち目はない」

「・・・それは拙者がよく心得ております。あの外道法師が使っていた霊術を習得する必要があると思っています」

 弥兵衛は静かに己の覚悟を表した。総子と栄次郎の二人も神妙な面持ちで言葉を一つも発さずに成り行きを見守っていた。

「ならお前さんがこの先どうするべきかはわかっているな。ならば年寄りから若造に心ばかりの道しるべをくれてやろう」

 そういうと正嗣は手近にあった刀を手に取るとその刀身を弥兵衛へと向けた。向けられた刃から一度たりとも目を離そうとしない弥兵衛。だがその眼がわずかばかり見開いた。傍からは分かりづらい、しかし向けられた相手にだけわかる変化が刀身に起きていた。

「霊術”焔刃”。刀身の刃先を超高温にする”焔”の属性を宿した霊術だ。少なくともこの程度のことはやってのけてみせろ」

 そしてこの時から弥兵衛の妖魔としての力を覚醒させるための修業が始まるのであった。

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