ポルターガイストを扱えない騒霊なんて ただの幽霊だ
私は騒霊に産まれて本当に良かったと思っている。
だって、手を使わずに物事を同時に行えるから。
料理をするのだって手を使わずに包丁やピーラーを扱い、ちょっと手の届かないところにある物も平気で取ることができる。
怠惰な生活を送るにはもってこいの能力だ。
「さて………今日のご飯は…………」
騒霊だから、手を汚さずに物事を行える。最高だね。
「寂滅、カレーできたよ。自殺したがってた人間の血肉をフレーバーにしてみた」
「…………あのさぁ、姉さん」
「ん?」
「いや、人肉食べたくなったって言ったのは私だよ。わかってるけどね、人肉はあんまり食べたくないのは知ってるよね?出されたからには食べるけどさ」
「血肉に満ちた寂滅も好きだよ」
「はっきり言うけどさ……多分みんなもう怖がってくれないよ。人狼が人間を喰うくらいじゃ。それがいまや当たり前の時代なんだ、もう時代遅れなんだよ。なんかこう……今らしいっていうかさ、姉さんは真に受けすぎっていうか………」
「それは、自分らしく生きろってこと?」
「ん………」
「なら、全てを喰らう残酷で、悍ましき半狼半霊。それが黄泉 寂滅。それなら私も変わらない、宵闇に潜む半豹半霊。黄泉 叡智のままさ」
「はぁ…………姉さん」
「?」
「少し遊んできたら」
『最近、能力を失う妖怪達が多発してるの。みんな百の目を持った怪物を見たとか言ってた、姉さんなら簡単な仕事でしょ』
「……ここが、その現場らしいな」
「おやおやぁ?見慣れない妖怪が僕達の縄張りに居るぞぉ?僕達に仲間入りしたいのかなぁレーテー姉さん?」
「そうねアルゴス、テストしてみる価値はあるわねぇ?」
「…百目の怪物。お前らが黒幕か。ちなみにその答えは『雑魚に名乗る名前はない』だ」
「おっ、好戦的な子は好きだよ!!」
アルゴスの背後から目玉が現れ、光が流れ込んでくる。
「……………」
叡智はすっと、腕を上げた。すると…
「………あれ?」
その光はアルゴスの元へと向かっていった!
「ごぼぁ!!」
「テスト不足なのはそっちだったようだな。騒霊の力を甘く見た末路だ、狼の方がまだやりごたえが………」
ビシュッ
「……………頬が、切れた」
「あははは!!いいねぇいいねぇ!!何されたのかわからなかったよ!!でも…これで勝利したと思ってる?遊びは始まったばかりだよ、『全てを歪ます騒霊』さん!!」
「…知っていたのか、光栄だな。マイナーな種族である私を」
ガガガガガガッ
ダダダダダッ
ズダダダダダッ
「あはははは!!姉さん、この人合格で良いんじゃない!?」
「………姉さん?」
「そうねぇ、アルゴス」
「しまッ………!!」
レーテーは叡智を掴んで
「でも、この人じゃダメだわ。たしかに腕は凄いけど……この人の目…既に私達と同じ目をしてるわ」
彼女の頬をベロリと舐める。
「き、汚ねぇッ!!!」
「あははは!!この人怒ったよ!!あはははは!!」
「(なんだこいつら……やりにくい!!)同類だと?貴様らなんかと一緒にするな!!私は妹のためならどんなことでも完璧にこなす騒霊、黄泉 叡智だ!!貴様らのような下等妖怪とは格が違うんだよ!!!」
「「あはははははははははは!!!!!!」」
「な、何がおかしいッ!!!」
「おかしいに決まってるよ!!」
相手に刃を簡単にむけて!
大切な者に付き添う従者の盲信となり!
何を考えて何を成そうとその者にインプットされた行動しかできない!
今回だってどうせその妹から頼まれて来たんでしょ?
自分じゃ何もできない家畜だ!操り人形だ!!
「違うッ!!!」
「どこが違うの?あはははは!!!」
「飼い犬なんかと一緒にするな!!妹には週五回セクハラをしている!!!ペットが飼い主にそんなことが出来ると思うか!!!!」
「それも想定内なんだよ!!そういう君を求めているんだ!!さぞかし妹もおかしいだろうさ!!姉は勝手に勘違いしているんだから!!!」
「ほらほら、普通な攻撃から激しめでいくわよ?躱しきれるかしら?」
「うあああああああああ!!!!」
貴様らの内臓を掴んで握り潰してやる!!
騒霊の能力に抗えることのできる輩はこの世に居ない!!!
ニヤリ
「なっ………!?」
「あらら、ずるいわね〜。ポルターガイストを使って私達を倒そうとするだなんて!」
「貴様ッ…離せ!!」
「なら、私もズルしちゃおうかしら!」
『能力の忘却』
「はい!もう貴方はポルターガイストの使い方を忘れました!!」
「………はぁ!!? な、何を言うかと思えば戯言か!!私は産まれきっての純粋な騒霊!!使い慣れた己の能力の使い方を忘れるわけが………」
…………そこの岩を、動かせない!?
「な……どうなってんだよ!!!?」
「ここで天気予報、貴方はもう二度と騒霊の能力が戻ることはないでしょう。それと………後方注意♪」
「ぐっ!!!?」
叡智の背中に激痛が走る。
「あははは!この攻撃すらも避けられないだなんて、完璧にこなす騒霊が聞いて呆れるねぇ?」
「ぐっ…………」
くそが………こんな奴らに実力で負けていると!!?
ふざけるな!!!殺す、殺す!!!!!
「「さあ最高難易度の始まりだ!!!」」
「ああああああああああああああああ!!!!」
「あ………れ………?」
気がつけば私は傷だらけで地面に倒れていた。
まさか……負けた……のか?
こんな……雑魚共如きに、この私が!!?
「ぐえっ!?」
「そうよ、貴方は負けたのよ。下等妖怪如きに負けたのよシスコンさん?」
「ぐぅぅ……ぅぅぅ……!!」
「ああ!姉さんったら泣かせた!いけないんだー!」
「へぇ、一見クールな素振りをして泣くのね。意外だわ」
「ねぇ姉さーん、この人どうするのぉ?ねぇ〜?」
「あら、アルゴスったらそんな趣味だったかしら?」
「いいでしょ〜?こういうのは勝者の特権なんだからぁ♪ほら、早く立ってよ。せっかくだから僕が踊りというものを教えてあげるよ。踊りきれなかったら殺すからね?いい?いいよね?妹のためならなんでも出来るんでしょぉぉぉッ!!!!」
「…………ぁ」
「………ただいま」
姉さんは無事に帰ってきた。
姉さんの身体から血とも汗とも呼べない私の知らない強い匂いがした。頼み事は無事終わったと言い張るものだったから私も踏み込めなかった。
服はボロボロだったけど、傷一つもついていなかった。返り血だと言われたらそう納得するしかないのだろう。それが、口数の少ない姉さんからの報告、事実妖怪達はだんだんと能力を取り戻していっているという。
相変わらず、表面上はいつものように、完璧に実務をこなす。まるでもとからそうであるかのように、当たり前のように、『何も聞かないでほしい』と訴えるかのように。
「………幻」
「ん?どうしたの叡智姉」
「そこの塩とって」
「んっ」
「ありがとう」
………でも、なんとなくわかるんだ。
ねぇ、姉さん……貴方はいつ休んでるの?どうしてポルターガイストを使わないの?明らかに顔が疲れているよ?
ガタンッ
「うわぁっ!?姉さん!!?」
「……………………」
……姉さん、姉さんは今まで私達に嘘をついたことは無かったよね。でも、いつか限界が来ると思うよ。そうしたら姉さんはどうするの?私達の傍から居なくなるの?私は…一体どうすればいいの?姉さんにあんなこと言ったのがいけなかった?私は……私は……
…………あの日以来、人肉料理は出なくなった。
神に抗うことは出来ても勝つことは出来ず