第6話 撃沈のガキ大将
『果たしてノエルは僕との約束を守ってくれるのだろうか。前世の記憶は僕とノエルだけの秘密のままでいられるのだろうか。
けれども今さらそんなことを考えても仕方ない。それを決めるのは僕ではなくてノエルだから。
分からないものは分からないんだ、いくら考えても無駄であるとは男の記憶であり僕の真理。
明日は明日の風が吹く。今が楽しければそれでいい。byロイク・ポエッテル』
「こんにちわロイク」
「こんにちわぁノエルぅ」
(あぁ今日もノエルが可愛い)
翌日。午前中に昨日同様ジャガイモの収穫から帰ってきた僕は水浴びをしてからノエルの家の前まで来ていた。昨日に引き続き今日もノエルと遊ぶためである。嬉しくて仕方がない。
「今日はどこで遊ぼうか」
「お花とりに行きたいなぁって…いい?」
「もちろんさ。じゃあどこのお花摘みに行く?」
「森なんてどう?」
「あ~森かぁ…ん~、深くまで入らなければいいかな。一応おばさんとおじさんに言ってから行こう」
「は~い♪」
ということで今日はノエルと森へお花を摘みに行くこととなった。
森っていうのは村のすぐそこにあるクーの森を指していて、奥深くに入らなければ比較的安全な場所だ。それこそ六歳児二人だけで行っても問題ないくらい。周りには村に住む木こりのおじちゃんたちもいるだろうから、いざという時は助けてもらえる。まぁでも世の中に絶対なんて言葉は存在しないわけで…。
「ママ~パパ~。ロイクといっしょに森でお花探してくるね」
「はい、気を付けていってらっしゃい」
「気を付けるんだよノエル。………ロイク君、分かっているね?」
「はい、分かってます。奥には絶対に行きませんし、日が暮れる前には帰ってきます。明るいうちでも危ないと少しでも感じたらその時点で引き返してきます」
「よし。ノエルを頼んだよ」
「はいっ、頼まれましたっ」
念のためにノエルの両親に誰とどこへ何をしに行くかを伝えるとお義父さんから任された。これで今にも未来にも憂いなしだ。
しれっとノエルの手を掴んで「行こうっかノエル」と森へ向かう。
その途中、楽しく話しながらも僕は村のあちこちを見ていた。男の記憶にある知識が見るもの一つ一つに新たな情報を追加してくれるからだ。
シィアン村は大きな村ではないが、小さな村でもない。
いくつかの丘が重なり合ったような土地の比較的平らな場所に僕の家族やノエルの家族が住んでいるような居住区があり、一方で斜めっているところの大半は主食となるライ麦を作っている畑やライ麦と同じ主食の一角を担っているジャガイモを作る畑。そして主飲料エールの原材料になる大麦を作る畑が占めている。残りの土地は冬を越すための豚と農耕作業を手伝ってくれる牛の場所。
もう少しで収穫の季節になるから畑に生っているライ麦と大麦が風に揺られかなり幻想的な光景が広がっている。何度見ても綺麗だと思う。
ただ男の記憶は僕にこう言ってくるんだ。
こんなにも貧しく危うい場所、早く捨ててしまえって。
まず主飲料がエールの時点でダメだ。
出来るだけアルコールを飛ばしているようだけど完全には飛んでいない、上物であるわけでもない、むしろ飲めればいいやくらいの低クオリティ。そんなものを幼少期の頃から日常的に飲んでいれば少なくない害を身体にもたらす。
次に食べ物の種類が少なすぎること。
どれか一つの作物が疫病に罹れば、すぐさま飢饉に繋がってしまうからだ。育てられる作物の種類が多ければ替えが効くけど、瘦せた土地の上にあるこの村はそんなことできない。常に飢饉と隣り合わせ。
そして最後は厳しい冬を越せる確証がないこと。
うちはジャガイモをいっぱい育てているから大丈夫、なんてことはない。いつ不作に陥るか分からないから。村のみんなで冬を越えよう!みんなで作物や腸詰や塩漬けとか、暖を取るための薪とかをシェアしよう!…なんて言っているけど人間一番大切なのは自分の命、次に家族の命だ。いざという時に分けてもらえるかどうかなんてその時にならないと分からない。
だから村を出て都会を目指した方がいい。それが君の身のためだ。
記憶がそう説得してくる。
ただまぁ、男の記憶を見たり聞いたりした僕から言わせてもらうと贅沢が過ぎるんだよ、君のいた世界は。ここ以外の場所を知らないから絶対とは言えないけど、多分どこにもないぞ?そんな桃源郷。
(為になる話をありがとう、前世の記憶君。でも次からはシィアン村で幸せになる方法を教えてくれ)
うろうろと周りに向けていた視線を隣にいるノエルに戻す。
「どうしたの?」
「いや、お花摘み楽しみだなぁ~って」
「ふふっ、わたしも」
(僕はノエルがいるところにいたい。ノエルがいる場所が僕の居場所だ)
可憐な笑顔を見てそう思う。
前世の記憶は今を幸せに生きるために使いたい。返事をしない男の記憶に伝える。
僕が微笑む、ノエルが微笑む、あぁ幸せだ。
「ロイクのやつがまた女といっしょにいるぞ!」
「おままごとばっかやって楽しいんですか~」
「や~いロイクはおんな~」
「ば~~~か!」
そんな幸せのお花畑にずかずかと無遠慮に立ち入る輩が数人―――。
(またこいつらか)
声のする方へ眼を向けてみると見知った顔の鼻たれ小僧たちが僕を指さしていた。
一番初めに馬鹿でかい声を出した赤髪の猿がセヴラン。
おままごとは女の遊びだと決めつける時代錯誤君がエドモン。
男と女の性別も見分けられない可哀想なのっぽがトマ。
お前が馬鹿だ。ちびのヤニク。
以上、自称『シィアンの四天王』の村の悪ガキたち。
前世の記憶を思い出す前から基本ノエルと二人で遊んでいた僕を見るたび会うたびに馬鹿にしてくる嫌な奴らだ。
これが少し前ならば「僕は女じゃない!男だ!」とか「バカはお前たちだ!」って二言三言言い返してからノエルと一緒に逃げていた。言われっぱなしは悔しいからね。
でも今の僕には悔しいなんて感情が一切湧き上がってこなかった。
「行こう、ノエル」
「え?」
あんな奴らを相手にしているだけ無駄だ。こういう時は無視するに限る。張り合ったところでノエルと遊ぶ時間は増えない、減る一方。
一分一秒が惜しい僕はノエルに一言言ってから手を引き、また森へ向かって歩き出す。
「うんっ♪」
ノエルは一瞬戸惑ったように見えたけど、すぐすんなりと僕の手に引かれてくれた。
いつもみたく僕があいつらに何か言い返すと思ったのかな。もしかしたら男らしくないと思われたりして、と一瞬思ったけど彼女の顔を見て心配は杞憂に終わったのだと理解する。
「どうしたの?ノエル」
「えへへ…今日はいっぱいロイクと遊べるなぁ…って」
ノエルはとても嬉しそうだった。
一緒に遊ぶときは二回に一回の確率でエンカウントするからね、あいつらと。それで僕も毎回毎回ノエルに「もういいよロイク」って言われるまでその場を離れないからノエルはうんざりしていたんだろう。
「今までごめんね」
「ん~ん、気にしてないよ。早くいこ?」
「うん!」
(なんていい子なんだぁぁぁ)
手をつなぎ微笑みあう僕とノエル。いい感じの雰囲気のまま森へ行けたらどんなに良かっただろう。でもそうはいかない。無視された悪ガキたちは当然面白くないだろうから。
「お、おい!ちょっと待て!俺たちをむしするな!」
ここまで綺麗なスルーをくらうとは思っていなかった。肩透かしを食らい固まっていたセヴランがようやっと我に返る。ちっ、そのまま口を開けて突っ立っていればいいものを。
「おいっお前ら!このままじゃノエ……ロイクが調子にのっちまう」
今、悪ガキたちがいるところは小さな丘の頂上。村の人たちがよく待ち合わせ場所とかに使ったりする大きな樹の下だ。
「とつげきだ!」
「「「お、おう!」」」
赤髪の猿セヴランを先頭に悪ガキたちが僕たちの方目掛けて足と地面の間に薄い木の板を噛ませ滑り降りてくる。
「とうっ!」
「うわっ…あいたっ」
「ふげっ」
「ぃぎゃっ」
無事丘の下まで綺麗に滑り降り着地することが出来たのは赤髪の猿、ガキ大将セヴランだけだった。
「ふんっ」
僕でさえも見事だなと思うくらい華麗に着地したセヴランはドヤ顔する。正確にはノエルに向けてドヤ顔する。
(あらら、そういうことね)
好きな子に優しくするのではなく意地悪をしてしまう、カッコつけたくなってしまう。男の記憶にある恋に悩む小学生の特徴が今のセヴランにどんぴしゃりと当てはまった。
どうやらセヴランはノエルのことが好きなようだ。
言われて納得思って納得。今までどうしてこいつは僕にここまで突っ掛かってくるんだろうと思っていたけど、へ~ふ~ん、そ~なんだ~。
まぁノエルは可愛いからね。ぱっちり二重の空色の瞳、天使のリングが遠目からでも分かる艶やかな銀髪、シミ一つない透き通った白い肌、プルンと潤う唇。
男の前世の世界でならまだしも、美容のびの字も存在しないシィアン村の中でこの美しさ、透明感だ。好きにならないのが無理というものだろう。僕も大好きです。
「おいノエル。そんなやつとじゃなくて俺たちとあそばないか?俺たちといっしょにいた方がぜってぇ楽しいぞ?いや、ぜってぇ楽しくする。ぜってぇだ!」
心なしか…いや、茹でだこみたいに赤くなったセヴランがノエルに話しかける。僕のことなんて眼中にありゃしない。ただ、ここで彼の猛アタックを邪魔する気にはどうしてもなれなかった。
言葉遣いはやや乱暴だけど、情熱だけは伝わってきた。君を絶対に楽しませる、楽しませてみせるという気持ちが伝わってきたから。僕は野暮な男じゃないんだ。
でも……―――
「わたし、あなたみたいにらんぼうな言葉を使う人きらいなの」
―――…ノエルにはただただ暑苦しく、邪魔に思えたようで。
「ロイクのことを悪く言う人はもっときらい」
好きな人に言われたら傷つく言葉ランキング、子供部門第一位をダブルパンチでセヴランに放っていた。
「へ、え?き、きらい…?」
「ロイク、行きましょ」
「…あ、うん」
手を繋ぎ森に向かう僕たちをセヴランはそれ以上追って来なかった。
面白かったな、続きを読んでやってもいいぞ、と思う方はブックマーク・★★★★★で応援して下さるとうれしいです。執筆の励みになります。