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第2話 六歳の誕生日

 それはロイクが六歳を迎えた日の夕方。いつもより少しだけ品数が多い食卓を見て心躍らせている時、突然聞こえてきた。



『≪条件:六歳の誕生日≫を満たしたことにより【底辺神の加護】を授かりました。【底辺神の加護】により恩恵ギフト――【天の声】【熟練度】【ステータス】を獲得しました。なお恩恵ギフトには熟練度が存在しません』


「へ?」


 全くもって感情の籠っていない声。音と言っていいそれが聞こえた、聞こえてしまったロイクは間抜けな声を上げて辺りをキョロキョロと見回す。しかし、音を出したであろうナニカの姿は見当たらない。


「どうしたんだロイ」


 なぁんだ、気のせいか!と思う気にはなれず父親の方を見ると自分の間の抜けた声に反応するのみで謎の音は聞こえていない様子だった。


「え?だって知らない女の人の声が……」


 一応、本当に聞こえなかったのか確認してみると――


「何を言っているんだお前は。父さんが愛している女は母さんとこれから生まれてくるかもしれないお前の妹だけだ、それ以外の女がうちにいるわけないだろう」

「もう…あなたったら……そうよロイ、この家にいる女の人は母さんだけよ?他に女の人がいたら母さんとお父さんを一生恨んじゃうんだから」

「はは、そんな思いは誓ってさせないよ。リュシー…愛してる」

「私もよ…モルガン」


 ――と、互いに見つめ合い息子の前で乳繰り合い始める。全くもって時間の無駄。いつも通りのバカ夫婦。


「…ミートパイ食ぁべよっと」


 6歳にして水を差さないことの大切さを知っている苦労人のロイクは、自らの誕生日を祝うために母が作ってくれたミートパイに興味を移した。


 大人の顔よりも大きい円形から香るこんがりと焼けたパイ生地の匂いと香草が練り込まれているであろう肉の食欲誘う暴力的な匂い。腸詰、干し肉といった味よりも保存に重きを置いている肉が主流のここ――シィアン村では滅多にお目にかかれないご馳走に、ロイクは数秒前のことなどすぐさま忘れる。


 (おいしそう…)ジュルリ


 無意識のうちにフォークが伸びる。


 (そのまま食べちゃおっかな…)


「こらっロイ!」

「うっ…」


 しかし母親の叱咤によって子供の小さな夢は砕け散った。もう少し父さんとイチャイチャしてればよかったのに。


「大きなものを食べるときは?」

「…小さくきってお皿によそう」

「正解」


 こんな時くらい、いいじゃないか!……とは絶対に言えないロイクは素直にミートパイの横に置いてあった大きめのナイフを持った。この家の大黒柱は父親だが、この家で最も強いのは母親なのだ。


(えっと…父さんと母さんのぶんもだからぁ……)


 それからどうすれば円形のミートパイを三等分出来るのかを考え――


「こう…こう…こうだ!」


 ―――中心角120度の扇形ミートパイ3個の生成に成功した。

 と、同時にまたあの音がロイクの中に入ってくる。



『《条件:円の問題を解く》を満たしました。

【底辺神の加護】により技能スキル――【図形:円】を獲得します。

 前世と過去の経験により【図形:円】が【円上手】になりました。

 前世と過去の経験により【円上手】が【円先生】になりました。

 前世と過去の経験により【円先生】が【円博士】になりました』



「父さん!またあの声!」


 今度は先ほどのものより長かったから絶対に聞こえている。ロイクはほらっ、と父親の方を見た。


「ん?」


 しかし、父親の反応は先程と全く同じものだった。何も特別なことは起きていないのにまたもや意味の分からないことを口走る息子を心の底から不思議だと思っている眼だった。

 おかしい、絶対に聞こえているはずだ。僕にはこんなにもはっきりと聞こえているのに近くにいる父さんと母さんにはどうして聞こえない。


(おかしい、おかしい―――……僕が?)


 その時、ロイクの思考には変化が起きていた。それは本人でさえも気が付くことのできない少しの変化でいて、確かな変化だった。

 数秒前のロイクならばおかしい、おかしいと必死に両親へ訴えかけていただろう。おかしい、おかしい、僕には聞こえたんだ、聞こえない父さんと母さんがおかしい、と。

 しかしロイクは自分を疑った。自分と他人の違いをはっきりと認識し、冷静であったのだ。自分の主観が全てではないことを理解した瞬間であった。


 ただロイクの考えがその先――どうして僕だけに聞こえるのか、という新たな疑問にたどり着くことはない。ちょっぴり豪華な夕飯は進んでいく。




 カツンっ


「あ……」


 あまりにもミートパイが美味しくて。

 振り下ろしたフォークが空になった木皿の底を突いた音で僕のミートパイはもうこの世にはないんだと知った時、ロイクは落ち込んだ。それはもう傍から見ていて可哀想にとつい同情してしまうくらいには落ち込んでいた。絶望だった。


「……む」


 可哀想な我が子を見て何とも思わない親はいない。まだ自分のミートパイが残っているのであればなおさらである。


(こんな豪華な料理、俺だって年に一回味わえるかどうかだ。……でも…可愛い息子の笑顔が見られるのなら…致し方なしっ)


「ロイ……父さんの…食べるか?」


 低く小さな声だった。聞いただけで心の葛藤がまる分かりになるくらい想いの籠った声だった。


「…いいの?」


 震える手で形の崩れたミートパイを乗せた皿がロイクの眼の前にやってきた。心に春がやってきた。

 許されることなら皿に乗った春(ミートパイ)をすべて食べてしまいたい。そう考えたロイクだが、今にも泣きそうな父親を見て、いっただき~!と出来るはずがなく。また分けることにした。


(え~っと……1、2、3…と、あと一個フォークに刺さってるのを合わせて4つ)



『《条件:足算の問題を解く》を満たしました。

【底辺神の加護】によりスキル【計算:足算】を獲得します。

 前世と過去の経験により【計算:足算】が【足算上手】になりました。

 前世と過去の経験により【足算上手】が【足算先生】になりました。

 前世と過去の経験により【足算先生】が【足算博士】になりました』



(うるさいな。今大事なところなんだ)


 謎の声がまた頭の中に鳴り響くが、ミートパイに真剣なロイクはそれどころじゃないと無視して、心なしか良く回るようになった脳みそで計算を続ける。


(父さんには一個残してあげるつもりだから、僕の取り分は三個……流石にそれも父さんに悪いからお互い二個ずつにしよう)



『《条件:引算の問題を解く》を満たしました。

【底辺神の加護】によりスキル【計算:引算】を獲得します。

 前世と過去の経験により【計算:引算】が【引算上手】になりました。

 前世と過去の経験により【引算上手】が【引算先生】になりました。

 前世と過去の経験により【引算先生】が【引算博士】になりました』


『《条件:割算の問題を解く》を満たしました。

【底辺神の加護】によりスキル【計算:割算】を獲得します。

 前世と過去の経験により【計算:割算】が【割算上手】になりました。

 前世と過去の経験により【割算上手】が【割算先生】になりました。

 前世と過去の経験により【割算先生】が【割算博士】になりました』



 またまた謎の声が脳内に侵入してくるが、ミートパイなロイクにとっては雑音でしかない。

「父さんありがとう。半分こね?」とロイクがミートパイの欠片を取り分けるとモルガンは「ありがとう、ロイ。お前は自慢の息子だ」と泣きながらミートパイを口に運び、噛み締めていた――



(…なんか、ごめんなさい)



――一方で。


ロイクよりも、夫モルガンよりも一足先にミートパイを食べ終えていたロイクの母リュシーは、泣きながら自分の手料理を食べる夫と口に入れた途端拳を突き上げた息子に引きながら申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。




(あぁ…美味しいぃ。最高ぉ~)


なお、ロイクが謎の声のことを思い出すのは翌朝のことである―――。




 ◇◇◇




「お、我々の加護が無事発動したぞ!…【底辺神】というのは少し納得いかないがな……あ、私の加護も発動したぞ!…なに?もう熟練度最大だと?地球とは途轍もない場所なのだなデュフ!」


「でゅふっ……地球は『ファーブラ』より10世紀以上も前を行く世界なのだから当たり前でござるよ。それよりもロイク氏のことでござる。でゅふっ…ロイク氏の中に眠る記憶がついに目覚めましたな。前世の人格が無事消えていて何よりでござる」


「そのために精神を摩耗しきった地球人の魂を無理矢理入れたのだろう?死亡する直前の記憶だけは抜き取って」


「…で、ござるな。あの男の人生は子どもが見るには随分と過酷であった。ロイク氏があの男に影響を受ける部分は物事の見方だけで十分でござる、結末までを見せてはいけない。人格がすでに完成した大人になってからならまだしも、人格形成の途中にある幼少期に見てしまえばロイク氏はロイク氏ではなくあの男の模造品となってしまう」


「そう…だな。模造品では主神様を楽しませることなど不可能だろうからな」


「で、ござるよ。……それに…」


「ん、なんか言ったか?デュフ」


「いや?何も言っていてないでござるよ?」


「そうか。では私は仕事中のディシュマナたちに現況報告をしてくる」









「それに…人格を掻き消してしまうのはあの男にとっても望むところではない。彼の魂は安寧を求めた。ただひっそりと誰にも見つからないところで何もしないでいたい。それだけなのでござるよ…」


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