第1話 底辺の神々は巻き込まれる
第一話と第二話はオール三人称視点。
第三話からは主に主人公視点、時たま三人称視点で物語を進めていきたいと思います。
様々な大きさ、形の天体と無数の星で埋め尽くされた空間で、眼鏡をかけた細身の男――ワタスと恰幅の良い女性――ディシュマナが言葉を交わしていた。
「ど、どうすればいいんだ…」
「『ど、どうすればいいんだ』って言われてもどうするもこうするもないさね」
「私の口調の真似はしなくていいんだっ……まぁ、その通りなのだが…」
その場でうろうろうろうろと落ち着きなく歩き回るワタスはディシュマナに揶揄いを多分に含んだ注意をされ、一旦落ち着く。
冷静になって考えてみたら、いや…冷静でなくても今のワタス達――底辺の神々が置かれている状況というのはどうするもこうするもない、やるしかないと判断せざるを得ないものだったからだ。
――時は少し遡り、剣と魔法の世界『ファーブラ』における最高神以下、上位十柱が集う円卓の間にて。
下界の主神であり【破壊と創造】を司る神でもあるジーグアートの「暇じゃ」という言葉が全ての始まりだった。
ここ数十年の間で【足算】を司る神として神界に住むようになった新神であるワタス、そして【皿洗い】の神のディシュマナは知ったこっちゃない話だが、ジーグアートの暇発言は昔からの癖で一部を除く神々はまたか、と【平和】の神を筆頭に宥めていた。
いつもなら分かった分かったとジーグアートが下がり、はいこの話はお終い、となるはずだったのだが今回は違った。引き下がらなかったのだ。簡単に言ってしまえば駄々をこねたのである。そして、その駄々こねは今より500年も前に一度あった。
駄々をこねる者が赤子や鼻たれ小僧ならどれほど良かっただろう。しかし駄々をこねている者は神だった。しかも【破壊と創造】を司る絶対的と言っても差し支えないほどの力を持つ神だ。
万が一にでもこの駄々こねが拗れに拗れジーグアートの怒りに繋がれば、下界は疎か神界ですら無事とはいかない。【平和】の神を筆頭に宥める側の神々は困った。どうすればジーグアートの暇を潰せるか。
そこでジーグアートに話を持ち掛けたのはイェヒトという名の神だった。そして持ち掛けた話の結果、ジーグアートの機嫌はすこぶる良くなった。神々の一番の大きな悩みは解決されたのである。
たがしかし、イェヒト――【遊戯】の神は問題解決という名の益と同時に多くの害を巻き散らした。巻き散らされたのは【平和】【生命】【豊穣】といった仲裁役の立場にある神々と雑用係として偶然その場にいた【足算】の神――ワタスである。
【平和】【生命】【豊穣】の神々は《《再び》》世界を盤に模した遊戯が始まることで『ファーブラ』に存在する生きとし生ける者たちが傷つくことを憂い、遊戯を止められなかったことを悔やんだ。
そして「十柱のみでもつまらん、お主らも参加せよ。わしを楽しませた暁には何かしらの褒美をくれてやろう」と気まぐれに吐かれたジーグアートの言葉によって、参加したくもない遊戯に強制飛び入り参加をさせられたワタスは雑用なんて断っておけばよかった(断れないけど)!と世界を恨んだ。
以上が、ワタスの現状に至る過程であり彼の人生ならぬ神生における最大の危機である。神になる前の記憶――まだ人間であった時の記憶はないが、それを含めても今が最大の危機なのではないかとワタスは思っていたりする。
ピンチはチャンスかもしれないが、大ピンチは大ピンチ。大チャンスにはなり得ない。乗り越えた際に褒美云々と言われた気がするが、逆に乗り越えられなかった時はどうなるのだろうか。だから、ワタスはディシュマナの前で悩んでいた。ディシュマナを巻き込んだ。
ちなみに自分と仲のいい神をもう三柱ほど呼んでいたりする。赤信号、みんなであ渡れば怖くない。最低だ。
ワタスが悩むこと少し。
何も知らない哀れな三柱が到着した。
「ワタスさん、用事とは一体何なのですか?」
自分よりも後に神界に生まれたワタスに対しても丁寧な言葉を使う柔らかな雰囲気の女性――【トイレ】の女神アムネラ。
「どうしたんじゃ?足算の」
遥か昔に生まれたにもかかわらず、あまりにもマイナーなためワタス達と同じ底辺神としてカテゴライズされている老紳士然とした男――【水切り】の神キリエン。
「拙者に何か用でござるか~、ワタス氏ぃ~」
ワタス、ディシュマナと同じ時期に神界に生まれた、口調にも性格にも一癖二癖あるぽっちゃりとした男――【ラノベ】の神デュフ。
以上、ワタスの友であり底辺神であり神々の遊戯に巻き込まれること間違いなしの哀れ三柱。
「いきなり呼び出してすまない。実は―――」
「……えぇっとぉ…それはそれは」
「面倒なことに巻き込みよって……」
「デュフッ……異世界転生しかも異世界転生させる側の神々レア設定来たーー!!!」
当然、着いて早々ワタスによって聞かなければ良かった事情を無理矢理聞かされた三人……いや、失礼。一柱を除く二柱は面倒ごとに巻き込んでくれたワタスを睨んだ。普段はニコニコぽわぽわと柔らかな雰囲気を崩さないアムネラでさえ睨むほど。
ワタスはすまないと仕方ないじゃないかという想い半々のまま一柱、有頂天なデュフに話を振る。
「主神様が下さった我々が持てる権限は三つ。
……一つ目は、こことは異なる世界にある地球という星で生まれ、器《肉体》を失った魂の一つを利用出来る権限。上位神の御方たちは自分で魂を一から作り出すことを許されたようだが我々にはそのような力はないからな。
で、二つ目は加護を与えられる権限だ。下界の民のほとんどに認知されていないが故、力がなく加護を授けることすらままならなかった我々であるが今回に限り加護を与える力を授けると主神様が仰っていた。
そして最後、三つ目は加護を与えられるだけの力を持たない神に限り、いくらでも加護をその魂に与えてもいいという権限だ。上位の御方たちの加護なら多くて二つ、三つが魂の器に収まる限界らしいが、我々の微々たる加護ならばいくらでも付けることが出来るだろう。―――以上が主神様より仰せつかった一度限りの権限なのだが、どうだろうか」
「……う~む」
ワタスの話を聞いた後、何故か不自然な間がデュフの唸り声の前にあったが、ワタスは気にせずデュフに期待の眼を向ける。
実はワタス。呼んだ四柱の中で自分の悩みを、現状を打破してくれるのはデュフだけなのではないかと思っていた。
普段、らのべ?とやらの話を永遠と聞かされ続けていたワタスは、今自分たちが置かれている状況がそのらのべ?の物語の始まりに近いのではないかと感じていたのだ。
そしてデュフはその期待に応える。
「某、閃いたでござるよ―――。」
その後、彼の口から出てきた作戦は他の四柱では絶対に思い付かないことばかりが詰め込まれた希望そのものであった。
「うん…うん…それなら主神様のお怒りに触れることはないと思います!」
「そうさねぇ、これ以上にないものだとあたしも思うよ」
「見事なものじゃ」
「ありがとうデュフ!他の神々にも声をかけてくるよ!」
「……力になれたのなら本望でござるよ…」
作戦を遂行するために必要なことを、と駆け出す仲間の背中を見て呟く【ラノベ】の神――デュフの声色は心なしか沈んでいた。
しかし、そのことを自分自身でも気づけていない―――。
剣と魔法の世界『ファーブラ』を巻き込んだ神々の遊戯が始まる。
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