後編
酒を楽しみご機嫌なアウディーとエディカは、レフィエリシナを巻き込んで、思い出話に花を咲かせている。
しかしフィオーネはそこには入ることができない。
三人が語らっている時代のことは覚えていないからだ。
ただ、昨年までとは状況が異なっている。これまではフィオーネも一応その話に参加しているしかなかったけれど、今年はそうではないのだ。というのも、今年はリベルがいる。彼もまた思い出話には入らないので、フィオーネにもついに仲間ができた。
だが、リベルの話題のチョイスには少々問題があった。
「でねー、まんまとはめられてー、気づけばこうなってたってわけー」
「ひいぃぃぃぃぃ」
この聖夜に片腕を失った時の話。
大事にされて育ったフィオーネには刺激が強すぎる。
実際、フィオーネは真っ青だ。
「あはは」
「笑い事じゃないですよね……!?」
「ま、僕みたいなのは捨て駒みたいなものだしー、よくあることなんじゃないかなー?」
「ないない、ないない」
頭を左右にぶんぶん振るフィオーネ。
「ふふ、ちょっと刺激が強かったかなー? ごめんねー?」
「いえ……勉強になります、けど……」
「けど?」
リベルは興味深そうにフィオーネへ視線を向ける。それから暫し沈黙があった。そしてその果てに、フィオーネは「……可哀想」と小さく口を動かした。それを聞いてリベルは大きく笑う。フィオーネは笑われた恥ずかしさに頬を赤くするが、少しして、隣の彼へ目を向けてはっとする。
「可哀想じゃない、僕も殺してる」
視線が重なる。
フィオーネは気まずくて目を逸らした。
「……私も、いつかはそうなるのかも」
フィオーネは視線を持ち上げられないまま、背中にかけられた青い布を片手で握る。
「まさか! 大丈夫だよー」
暗い表情になっていたフィオーネにリベルは笑みを向ける。
「師匠……」
「君が目指してるのは護衛でしょー、捨て駒になるわけじゃないんだから大丈夫だよ」
「……でも、想像してしまいます」
「ちょっと怖がらせ過ぎたかなー」
困り顔になるリベル。
そこへ口を挟んできたのはアウピロス。
「リベルくん、それは、こんな夜に話すことではないですよ」
彼の手にはグラスがあった。
「フィオーネさん、よければこれを。どうぞ」
手渡される透明のグラスには透き通る水晶のような氷がいくつか浮かんでいた。
「お水です。気分が悪い時にはお水が良いですよ」
「あ……すみません、気を遣わせてしまって……」
グラスを受け取ったフィオーネは水をちまちまと飲む。そうして同じ動作を繰り返していると、抱いた恐怖が多少は薄れていくような気がして。祈るように何度も少しずつ水を飲むことを繰り返した。
そこへ。
「おい! あんたフィオーネに何しやがった!」
酔っ払いアウディーの声が飛んでくる。
「何って、話をしていただけだよー」
「フィオーネが暗い顔してんじゃねえか! 余計なこと言ったんだろ!」
アウディーは立ち上がるとベッドの方へ進んでくる。
レフィエリシナは言葉で制止しようとしたが効果はなかった。
「レフィエリシナ様の宝に何しやがった!」
酒にやられているアウディーは手が届く距離にまで来て足を止めるとリベルの襟を掴み身体を引っ張り上げる。
「何もしてないってばー」
「嘘だな! 何もしていないのならフィオーネが暗い顔をするわけがねえ!」
アウピロスは静かにアウディーを睨んでいる。
「お、おじさま! 違います! 師匠は悪くありません!」
「フィオーネ……本当のことを言えよ?」
「師匠の昔の話を聞いていただけです! 悪いことは何もされていません!」
フィオーネは懸命に訴えた。自分せいで誰かが傷つけられることには耐えられなかったから。フィオーネはアウディーの服の一部を掴んで縋りつくようにしてリベルに罪がないことを訴える。何とかこれ以上大事にならないように、そう強く思い、アウディーを止めることに必死だった。
そんなフィオーネの努力もあり、アウディーはようやくリベルから手を離した。
「……よく分かんねえやつ」
「もー、これだから酔っ払いはー」
「その気持ち悪い笑み、いつか絶対引っ剥がしてやる」
アウディーに見下され睨まれたリベルは、地面に腰をついたまま、相手を見上げてどこか挑戦的な笑みに切り替える。
「試してみてねー?」
その後、アウディーは、レフィエリシナから厳しく叱られた。
その厳しさに少しは酔いが醒めたのか、彼は一応反省の色を見せていた。
先ほど一方的に絡んだリベルに対してもひとまず謝罪した。
◆
帰り道。
既に暗くなった通路を気ままに突き進むリベルを追うように歩いていたアウピロスが足を止めた。
「おじさん、あの男嫌いです」
アウピロスは不満げにそう述べた。
「あの酔っ払いー?」
「いつもいつもリベルくんに敵意を見せて! 雇っておいてあれですか! 感じ悪いですよ!」
感情的になるアウピロス。
そんな彼の頭をリベルはぽんぽんと叩く。
「落ち着いて落ち着いて、部屋に帰ってからにしよ?」
アウピロスはむすっとしながらも「はい」と返す。
そして二人は再び歩き出す。
「……帰ったら何飲みます?」
「水かなー」
「またですか!?」
フィオーネらにとっては色々ありながらも楽しい夜だったが、一方で、アウピロスにとっては複雑な心境にならされる夜だった。
◆終わり◆