Monster killer ─ バケモノコロシヤ ─
午前2時前。
人が一人もいなければ、車の一台もいない大きな十字路の真ん中、俺、菅野道也と林藤鈴華の1人と1本は、辺りを見回していた。いや、今は人のカタチだから1人という数え方でいいのか。
「おい、本当にこの辺で女の子の泣き声がしたのか?」
「おかしいなぁ、確かこの辺からしたと思ったんだけど…」
「この時間に女の子がっつーか、俺らみたいな化け物殺し屋以外の普通の人間は出歩かねぇだろ。馬鹿ども以外は」
「こらこら口が悪いゾ」
「ほんとのことだろ。正直迷惑なんだよ、ああいうヤツらは」
この世界では、深夜2時頃になると、人を食い殺す化け物どもらが徘徊しだす。だから、大抵の人たちは深夜零時頃までには家に帰る。が、時々怖いもの見たさや、俺らのような化け物殺し屋の真似事をしようとして、力もないくせに化け物どもに挑もうとする面倒臭い奴らがいる。
俺らは化け物どもを倒しながら、そういう面倒臭い奴らが彷徨いてないか深夜のパトロール中というわけだ。
…なんて、偉そうに言ってるけど、俺もこの化け物殺し屋を始めて1ヶ月くらいだから、まだまだもいいところだろうけど。
「う~む…聴こえないナァ~…おーい、誰かいるかーい?」
鈴華はポニーテールを揺らしながら言った。動く度、ポニーテールを結びあげている髪どめの小さな鈴がりんりんと鳴る。
暗闇のなか目立つ、鈴華の赤と白の巫女衣装に鈴の音。化け物どもからしたら格好の的だ。その為にわざと巫女衣装を戦闘服にしてるって言ってたけど…たぶんこいつ個人のシュミだと思う。
因みに俺はいつもの白いTシャツにグレーのパーカーを羽織り、下はてきとーな黒の長いトレパンズボンの、膝下まで曲げてるスタイルだ。
「なんも聞こえないぜ。気のせいだろ、他回ろうぜ」
「う~む…あ、待って!やっぱり聴こえる」
両耳の背に手をあて、暗闇に耳を澄ます鈴華。静寂のなか、びゅうう…というビルの隙間を駆ける風の音しか俺には聞こえない。
「俺にはなんにも聞こえないけど…」
「し!いや、風のなかから幽かに聞こえる…」
はぁ。と、ため息を吐きながら、仕方なく俺も暗闇に耳を澄ます。
すると。
「…ん?ほんとだ、幽かに泣き声のようなものがするな」
「だろう?」
確かに、風に混じって幽かに女の子の泣き声のようなものが聞こえる。
「でも、幽かすぎてわかんねぇ」
「ん~…仕方ないナァ…」
そう言って鈴華は空に手を伸ばしひらひらさせながら、何やら呪文を唱え出した。
「…夜を流れる静寂の風よ、我らを少女のもとへと導いておくれ…」
空で手をひらひらとさせながら、鈴華が何かを唱えると、ひらひらとさせる鈴華の手に何やら半透明の白いものがくるくると巻きついてきた。
「な、なんだこりゃ」
りん、とポニーテールの鈴を鳴らしながら、鈴華がひらひらとさせていた方の手を体の前に伸ばすと、白い半透明な龍のようなものが、びゅうううと強風を纏い、どこかへと伸びて行く。
「よし、この風についていくゾ」
「お?お、おう!」
ぼんやりと、そのどこかへと伸びて行く龍を見つめていると鈴華に言われ、俺は慌てて龍と鈴華の後を追った。
龍の後を追うと、住宅街のなかにあった、薄暗くて不気味な小さな公園に辿り着いた。その公園の真ん中に、少女がひとり踞って啜り泣いていた。
白い半透明の龍は少女のもとに辿り着くと、すうっ…と、空気中に溶けるようにして消えた。
「嘘だろ、ほんとにいた」
「どうした?なにか…」
鈴華はその少女に駆け寄ろうとしたが、ピタッと急に足を止めた。
「ん?どうした?」
「…道也、戦闘の準備をするゾ」
「は?何で…」
俺がそう言った時だった。
啜り泣いていた少女の泣き声がぴたり、と止まり、変わりにふふふ…と怪しく笑い出し、すっと立ち上がった。
グシャッ!!
肉が潰れるような音を立てながら、少女はこちらに首を向けた。その少女の目は、まるでくりぬかれたかのように黒く窪み、その窪みからどす黒い液体が地面に零れていた。口からもどす黒い液体がボタンボタンと、不快な音を静寂の夜に小さく響かせながら垂らしていた。とても、人間の少女には見えなかった。
「来るゾ!」
「お、おう!」
鈴華が言った瞬間、その少女のカタチをした化け物が俺らに飛びかかってきた。が、俺も鈴華もその少女を躱した。
「何だよこいつ!」
「恐らく、人間の少女に化けた化け物だろうナ」
「はあ!?そんなこともできるのか?」
「話は後だ!兎に角この化け物を倒すゾ!早く僕を刀に変えろ!」
「へいへい、了解っ!!」
そう言って、俺は左胸に手を当て、そして。
「我の刃になれ、竜胆鈴鳴!!」
俺がそう言うと、鈴華が白いつむじ風のようになりながら、俺の背中辺りに吸い込まれそして、俺の胸からずぶずぶと刀が出てきた。
シャッ!と胸から刀を引き抜き、横に勢いよく下ろす。
睨み付ける先は勿論、少女のカタチをした化け物だ。
「おい、こいつ切って大丈夫なのか?女の子が操られてるとかじゃないよな?」
と言っても、その少女のカタチをした化け物の首は、半分千切れかけたように、右肩のところでぶらんぶらんしてるけど…
「ああ、恐らく、どこかで見かけた少女のカタチを真似てるか、もしくは以前に食べた少女のカタチになってるかだろう」
俺の両手に握られてる刀から、鈴華の声でそう言う。
前者だったらいいが、少女を食べて姿を変えたという後者でないことを祈る。どちらにせよ、俺らにはわかり得ないことだけども。
「そうかよ、じゃあ切るぞ!」
「油断するな、敵はけっこうすばやいゾ!」
そう話してる間にも、その化け物は俺に襲いかかってきた。
「くっ!」
ギリギリのところで避けたつもりだが、頬にそいつの爪が当たり、軽く切り裂かれた。
「ちっ!さっきより動きが早くなってんな」
「油断するなと言っただろう」
少女のカタチをした化け物は、もはや原型をとどめてなかった。全身どす黒いどろどろとしていて、地面にボタンボタンと不快な音をたてながら、そのどす黒い液体を垂らしていた。
落とした液体の分、身軽になっているのだろうか。
「…オナカスイタヨォ、オ、オニイチャン。オニイチャンノ…オ、オニクタベサセテヨォ……」
見た目はもはやヘドロの塊のようだが、どこから出してるのか、声は少女の声だ。気味の悪い声を出しながら、化け物はまた俺に向かってきた。
「うるっせぇ!気色わりぃ声、出してんじゃねぇよ!!」
俺は今度こそ襲いかかってきた化け物からひらりと身を躱し、そして。
「ズオッリャアアアアアアア!!!」
次の攻撃をしようと俺の方に振り向いた瞬間の化け物の体を、横一文字に切り裂いた。
オ ォ オ ォ オ オ オ オ オ オ オ ! ! !
化け物は鼓膜が千切れそうなほどの奇声を上げ、夜の闇に灰となり消えていった。
「はあ」
俺が刀を胸に刺すと、ずぶずぶと吸い込まれるようにして刀が俺の胸の中に入って行く。刀が胸に収まると、変わりに俺の背中から鈴華が出てきた。
「おっ疲れ~!道也♡」
鈴華はりん、とポニーテールの鈴を鳴らしながら、俺に思いきり抱きついてきた。
「ばっ、抱きつくのはヤメロって言ってるだろ!」
「いいじゃないか、美少女の抱擁だゾ!有り難く抱擁されてなヨ」
「嘘つけ!誰が美少女だよ!女装ヤローのクセに!!」
そうだ、林藤鈴華は男だが、何故か女子制服を着ていたり、こうして女ものの巫女衣装を着ていたりする。容姿も小柄で女顔だから、男と言われないと…いや、男と言われてもイマイチ信じられないやつなのだ。
そんな鈴華は、俺の相棒で──刀だ。
前世も俺と鈴華はこうして化け物狩りをしていたようだが…俺はそんな記憶は受け継いでないし、鈴華からその辺のことはまだ詳しくは聴かされていない。
今はそれより。
「お疲れさまのチュッ♡」
と、鈴華は俺に抱きつきながら俺の頬にキスした。
「いいから離れろおおおおお!!!」
夜の闇に、俺の声が響き渡った。