第十章 第二話 エリザベート海が怖い
〜シロウ視点〜
俺たちは船の護衛任務のため港に来ていた。
「ほ、本当に船に乗りますの? シロウさん、どうしてこんな依頼を受けたのですか」
エリザベートが俺にしがみつき、まるで生まれたての子鹿のように身体を震わせている。
「大丈夫だって。怖いことなんて殆どないから」
「殆どということは、少しは怖いことが起きるってことじゃないですか」
「エリ、我慢できないほど怖いのでしたら、ムリしてついて来ないでいいですのよ」
「マリーお姉様、それでは次にシロウさんとお会いできるのは、何年も先になるではないですか! わたし、そんなに待てませんもの」
嬉しい言葉をエリザベートは言ってくれるが、正直歩き難くてしようがない。
彼女は海が嫌いだ。デンバー国に向かったときも、海路のほうが近いのに、エリザベートの気持ちを尊重して陸路で行った。
「なぁ、どうしてそんなに海が嫌いなんだ?」
どうしてそんなに海が嫌いなのかが気になり、俺は彼女に尋ねる。
「そう、あれは忘れもしませんわ。わたしがまだ五歳のころですの。わたしはお父様と一緒に船に乗っていましたわ。お父様はわたしを喜ばせようと、抱き抱えて手摺りの外にわたしの身体を持っていきましたの。そしたら手を滑らせてしまい、わたしはそのまま海に落下。そのまま溺れてしまいましたのよ」
「そんなことがあったんだ」
「まぁ、そんな経験があったのなら、海を怖がっても仕方がないね。」
エリザベートの言葉に、クロエとカーミラが共感する。
「エリザベートが海を怖がる理由はわかった。海はすぐそこにあるけど、ここはまだ陸地だ。だから離れてくれないか?」
「嫌ですわよ。万が一ということがあるかもしれませんわ。海が近い以上、わたしはシロウさんから離れたくはありませんわ」
うーん、困ったな。多分船の中でも、彼女は俺に引っ付いてしまうだろう。だから、陸地だけでも離れてほしいのだけどな。
どうするべきか悩んでいると、カーミラがエリザベートに近づき、耳元で何かを呟く。すると、エリザベートは俺から離れてくれた。
俺が散々言っても離れてくれなかったのに、カーミラのやつ、いったいどんな言葉を彼女に言った?
内心驚きつつも、カーミラを見る。彼女はウインクで返してきた。
まぁ、エリザベートが離れてくれて助かったというのは事実だ。ここは彼女に感謝しなければならないな。
「そろそろ、依頼主に挨拶をしに行こうか」
「そうですわね、シロウ。依頼主を待たせるわけにはいきませんもの」
俺たちは依頼主がいる船を探す。
「いた。あの人だ」
胸の前で両腕を組み、前方にある船を見つめている男性がいた。
「すみません。あなたが依頼者クロヒゲさんですか?」
「おう! 君たちが依頼を引き受けてくれた冒険者たちか……思っていたのより若い集団だな。大丈夫か? 依頼を頼んでおいて悪いが、海を嘗めていたら痛い目に遭うぞ」
「そ、それは十分わかっていますわ。海がどれほど恐ろしいものなのか、身に染みついておりますもの」
依頼者の言葉を聞き、エリザベートが顔色を悪くさせながら身体を震わせる。
「その様子なら、十分に分かっているようだな。ならばよし、最近の若い連中は海に浮かれるばかりで、本当の怖さを知らないらしいからな。浮かれるだけの若人なら追い返そうかと思ったが、合格としよう。さぁ、船に乗ってくれ」
どうやらエリザベートのお陰で、依頼を受けさせてくれるようだ。ここに関しては、彼女の海に対する恐怖心がいい方向に働いてくれた。
船にかかっている橋を渡り、甲板にあがる。
「隣の大陸までは、船で七日間かかる。その間護衛を頼むよ」
「な、七日も船に乗りますの! わたし、生きていますでしょうか?」
「お嬢ちゃん、相当海で怖い目に遭ったんだな。それだけ海の怖さを知っているのなら大丈夫だ。一年の殆どを海で生活している俺が生きているからな。ガハハハ」
怖がっているエリザベートの不安を、少しでも和らげようとしてくれたのだろう。彼は豪快に笑い、白い歯をみせる。
「客室に案内する。七日間はそこで生活をしてくれ」
依頼者に案内され、俺たちは客室に入ると荷物を置く。
椅子に腰を下ろしてしばらく休憩していると、船が揺れ始めた。
どうやら出発したみたいだな。
「よし、それじゃあ、俺は甲板に行って魔物が現れたときに備えておくよ」
仲間に声をかけ、その場から離れようとする。すると、服の袖を引っ張られた。振り向くと、エリザベートが俺の袖を握り、少し涙目になりながら上目遣いで俺を見てくる。
「シロウさん。怖いので一緒に居てくれませんか?」
うっ、なんて破壊力だ。つい彼女のお願いを聞いてあげたくなる。だけど、俺には依頼がある。こんなところで油を売るわけにはいかない。
「しょうがありませんわね。エリ、これは貸しにしておきますわよ。シロウ、あなたはエリが安心するまで、一緒にいてくださらない。護衛の仕事は、ワタクシたちだけでやっておきますわ」
「エリちゃんの気持ちになって考えると、一人で部屋の中に篭っていると不安になるもの」
「私たちの誰かが残るよりかは、シロウが側にいて上げるのが最も効果的だ。まぁ、私の相手は今夜たっぷりとしてもらうからね」
それぞれが口々に言うと、部屋から出て行く。
仕方がない。ここは、エリザベートに寄り添って上げるとするか。
それにしても、どうやったら不安を取り除いてやれるのだろうか。異世界の知識を利用して魔法を使えば解決しそうだ。でも、なんだか魔法を使うのは違うような気がする。
そう言えば、俺が小さいころ、怖くなって泣き出しようになったときがあった。そのとき、母さんが抱きしめてくれたんだよな。胸に顔を埋めて心臓の音を聞いていると、なんだか安心したのを今でも覚えている。
俺はそっと彼女を抱き寄せると、胸に彼女の頭を引き寄せる。
「シ、シロウさん!」
何も前振りがなかったからか、エリザベートは驚きの声を上げる。
まぁ、それもそうか。逆の立場なら、俺も同じ反応だろう。
「俺が子どものころ、母さんがよくこうしてくれたんだ。心臓の音を聞いていると、なんだか安心して不安なんて一瞬で吹き飛ぶ。エリザベートはどうだ?」
「そうですわね。確かにシロウさんの心臓の音を聞いていますと、なんだかホッとしますわ」
エリザベートが安心したのを確認すると、今度は彼女の頭に手を乗せて、優しい手つきで撫でる。これも母さんがしてくれたことだ。
俺の心臓の音を聞いて安心できたのか、それとも精神的疲労が溜まったからなのか分からない。
エリザベートは眠ってしまったようで、寝息を立てていた。
「眠ったか。それじゃあベッドに運ぶとするか」
起こさないように慎重に抱き抱え、彼女をベッドに運ぶ。可愛らしい寝顔を堪能しながらベッドに寝かせると、俺は彼女に背を向けた。
「さてと、エリザベートも眠ったことだし、俺も甲板に出ようかな」
客室に出ようと扉を開けた瞬間、目の前にクロエがいた。彼女は焦っているようで、顔色が優れない。
「何かあったのか?」
「シロウさん、ちょうど良かった。急に船が動かなくなったの! そしたら海の中から魔物たちがたくさん出てきて」
「分かった。すぐに加勢する」
海の魔物が現れたと聞いた俺は、急いで甲板に向かう。
久しぶりに作者側として書かせてもらいます。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
これまでキャラが後書きに登場したら、評価、ブックマークが増えるのか?
という実験をさせてもらいました。
結果は続ければ続けるほど、効果が薄くなるという結論に至りましたので、しばらくの間はオマケコーナーはお休みとさせてもらいます。
オマケコーナーも楽しみにして下さった方には、申し訳ないと思っております。
物語の続きは明日も投稿予定ですので、良ければ読んでもらえれると嬉しいです。




