第一章 第九話 赤いバラが解散したからと言って、俺に毎日絡むのは止めてくれ
「シロウ! 今日こそあなたをワタクシのものにしてみせますわ」
毛先をゆる巻にしている長い金髪の女性が、青い瞳で俺を見ながら人差し指を向けてくる。
「マリー、今日も来たのか? いい加減に諦めてくれ。何度来ようが俺の返事は変わらない」
「それはワタクシも同じでしてよ。シロウをワタクシのものにするまでは、諦めませんので」
マリーの言葉を聞き、小さく溜息を吐く。
あの日以来、毎日マリーが俺のところに来ては、今のようなやり取りをするようになった。
「それで、今日は何の依頼を受けますの?」
手に持っている依頼書をマリーが覗き込む。
「森の薬草採取? 何でシロウがランクEの依頼なんか受けるのです。あなたなら、もっと上のランクを受けるべきですのに」
依頼内容を見て、マリーが驚く。
「あのなぁ、スライムの時は報酬金額が高かったからだ。だけど最近は美味しい話がない。ならば、多くのお金を得るには、簡単な依頼を受けて数をこなし、一日に得られる収入を増やさなければ」
「そんなにお金が欲しいですの?」
「お金がたくさんあって困ることはないだろう。将来のことを考えれば、稼げるときに稼いでおかないと」
「なるほど、シロウはお金が欲しいのですね。それなら」
マリーが何かを閃いたようで、ニヤリと笑みを浮かべる。そして俺から離れると、一人で受付のほうに向かった。
何だかとてもアホな展開が起きそうな気がする。俺の直感がそう言っている。
「シロウ。この依頼を受ける気はありません?」
受付から戻って来たマリーが、俺に一枚の紙を見せる。
彼女から紙を受け取り、目を通す。紙は依頼書だった。依頼者はマリーで、依頼内容は彼女のものになること。報酬金額は百万ギル。この金額は、四ヶ月は遊んで暮らせるだろう。そして参加条件はオルダー・シロウのみと書かれてあった。
うん、俺の予想どおり、アホなことが起きた。
俺は無表情のままその依頼書をビリビリ破ると、ゴミ箱の中に捨てる。
「なんてことをするのです! せっかく大金が入るチャンスですのに!」
「あのなぁ、金で俺を買収しようとするな。それにこれに関しては、いくら大金を積まれても首を縦に振るつもりはない」
まったく、このお嬢様はどうしてそんなに俺のスキルを欲しがるんだよ。そんなに戦力を上げたいのなら、俺じゃなくてもいいだろうに。
「なぁ、チームの戦力を上げたいのなら、俺じゃなくてもいいだろう。そんなに人材が欲しいのなら、ここのギルドマスターにお願いして、凄腕の冒険者を紹介してもらおうか?」
「それは却下ですわ。シロウ以外には興味がありませんので」
どうやらどうしても俺のスキルが欲しいようだ。どうしたら諦めてくれるのだろう。
そんなことを考えていると、ギルドの扉が勢いよく開けられた。そして二人組が中に入ってくる。
一人は赤い髪のツーブロックで鎧を着た男、そしてもう一人は、紫色の髪で杖を握っている女だ。
二人組は俺たちのところにやってくる。
「あら、レオニダスとエレナじゃないですか。どうしたのですか?」
マリーが二人に尋ねる。彼らはマリーのチームメンバーだ。リーダーを探しに来たのだろう。
「やっぱり納得がいかない。どうして俺たちが赤いバラを追放されないといけない! 今までマリー様のために尽くしてきたじゃないか」
「レオニダスの言うとおりです。どうしてなのですか!」
レオニダスとエレナが赤いバラを追放? いったい何が起きた。
「はぁー、その件ですの。お二人ともよくもワタクシの前に現れることができましたわね。このワタクシを助けようともせずに、自分の命欲しさに逃げたではないですか」
「あ、あれは逃げたのではなく…………そう、助けを呼びに言ったのです。俺たちだけでは勝つ見込みがなかったので」
「そ、そうです。レオニダスの言うとおりです。マリー様」
「いいですか、ワタクシの赤いバラには、あなたたちのような人はいりませんわ。ワタクシのチームには、勇敢で強く、そして賢い人しかいりません。仲間を助けようとはせずに、臆病風に吹かれて逃げるような人は入りません」
二人に告げると、マリーは俺の腕に自身の腕を絡ませてくる。
「ワタクシはシロウと一緒に、赤いバラをやり直します。彼はワタクシを助けるために命がけで魔物と戦ってくれました……ね!」
マリーが俺にウインクをしてくる。正直、お前たちのもめごとに俺を巻き込まないでほしい。それに俺はマリーの赤いバラに戻るつもりはないからな。
「シロウがだと!」
レオニダスがギロリと睨んでくる。
「荷物持ちしかできない無能が、どうやってあのスライムを倒したと言うのですか!」
「そうですよ! きっとマリー様は夢を見ていたのです。あの無能のシロウが、あのスライムを倒すことなんてできないですよ。きっとマリー様が気を失っている間に、他の誰かがスライムを倒したのです。そしてその人は偶然居合わせたシロウに頼んだ。結果的にシロウに助けられたと思い込んでいるだけです」
「エレナの言うとおりだ。そうに違いない」
レオニダスとエレナは声を荒げてマリーに言う。
「まったく、人を見かけで判断するとは、本当に嘆かわしいですわ。表に見えることだけが真実とは限らないでしょうに」
マリーがやれやれと言いたげに首を左右に振る。
ついこの前までは、お前もあっち側だったじゃないか。
そう言いたかったが、実際に口に出せば話しがややこしくなりそうだな。ここは自重すべきだろう。
「わかりました。ならば、俺たちがシロウよりも優れているところを見せれば、俺たちのクビをなかったことにしてくれますか?」
「いいですわよ。そのときは、約束を守りましょう。まぁ、シロウに勝てる訳がないと思いますが」
俺の意思に関係なく、どんどん話が進んでいく。いつの間にか、マリーたちの仲違いに巻き込まれてしまった。
「ならば、一瞬で終わらせてくれる!」
いったい何の依頼で勝負をするのだろうか。そう思っていた瞬間に、レオニダスが腰に帯刀させている剣を鞘から抜き、俺にめがけて振り下ろす動作に入る。
な! こいつ、勝手に勝負方法を決めて襲ってきやがった!
彼は元々、騎士道精神に則って行動する人だった。そんな彼が、いきなり不意打ちまがいなことをするとは、相当冷静さを失っているようだ。
「マリーは下がっていろ!」
「はーい」
マリーが返事をするが、どこか口調が違った。若干黄色い声のような感じで聞こえた。
まぁ、今はそんなことどうでもいい。
「エンハンスドボディー」
俺は肉体強化魔法を発動させる。その瞬間、レオニダスの剣が俺の頭部に直撃。
「安心しろ、刀身のほうで殴ったからな……何!」
刀身が俺の頭部に直撃した瞬間、彼の持つ剣に一筋の線が入る。そしてその線は、蜘蛛の巣状に広がり、最後は砕けて床に落ちた。
「俺の剣が折れただと!」
「いきなり殴りかかるやつがいるかよ。俺じゃなければ血を流していたぞ」
「ど、どういうことだ。俺の一撃を受けてピンピンしているなんて」
レオニダスが信じられないものを見るかのように大きく目を見開く。そして後方に跳躍して下がった。
今の俺は肉体強化の魔法で、ダメージを受けた際に体内の水分を使って、一時的に硬化させた。それによりダメージが無効化されたのだ。
そしてこの肉体強化の魔法は、防御面だけではない。攻撃面では、別の効果が発揮される。
「それじゃあ、しばらく寝てもらうよ。スピードスター」
続けて俊足魔法を唱える。この魔法は、足の筋肉の収縮速度を上げることで、時速五十六から六十四キロメートルで走ることを可能にする。
一瞬にしてレオニダスの懐に入ると、俺は彼の腹部を拳で殴った。
その瞬間、彼の身体は後方に吹き飛ばされて壁に激突する。
普段の俺の筋肉では、あそこまで彼を吹き飛ばすような力はない。エンハンスドボディーの攻撃側の効果によるものだ。
人間の力というものは、本来身を亡ぼすほどの威力を持っている。しかし脳でコントロールされ、常に制御されているのだ。けれど魔法の効果で一時的にリミッターを外し、瞬間的に凄まじい力を発揮させることができる。
今の一撃でレオニダスは気を失ったようだ。起き上がろうとしない。
「嘘! レオニダスがやられるなんて! こうなったら、私が魔法で倒すわ! ウォーターポンプ」
エレナが魔法を唱えると空中に水の塊が出現し、俺に向って飛んでくる。
「いつの間にか水の魔法を習得できたんだ」
元仲間の成長に、俺は嬉しくなった。人間努力をすれば、それに見合った結果が出る。
「だけどまだまだだな。その程度の水圧では話しにならない。ファイヤーボール」
彼女の水に対して、俺は炎の魔法を唱え、空中に火球を出現させる。そしてそれを彼女の攻撃に当てた。
「アハハ。やっぱりバカね! シロウが魔法を使えたなんて驚きだけど、炎が水に勝てる訳がないじゃない。魔法の常識も知らないの」
俺の魔法を見て、エレナは笑う。確かに彼女の言うことは正しい。魔法の相性で考えれば、炎が水に勝てるわけがないのだから。
「さぁ、さぁ、さぁ、水圧で吹き飛ばされるがいいわ!」
水と炎が触れると、水蒸気が発生して魔法同士の周辺がぼやける。
エレナは見下した目を俺に向けながら攻撃を続ける。しかし、数秒の内に彼女は表情を変えた。まるで目の前の光景が信じられないかのように、空いた口が塞がっていなかった。
「う……そ、どうして? どうして私の水魔法が負けるのよ! こんなの可笑しいわよ! ありえないわ!」
先ほどまで優越感に浸っていたエレナが声を荒げ出した。
彼女の生み出した水魔法の効力がなくなり、攻撃を継続することができなくなっていた。それなのに、俺の生み出した火球は今も残り続けている。
「確かにエレナの言うとおり、炎は水には勝てない。だけど工夫して火力を上げることで、それが覆る。燃えている物体の発熱量が、水の冷却効果を上回っていたのなら、水のみが蒸発し、炎は消えることなく残り続けることができる」
「いったい何を言っているのよ!」
「ああ、別に気にしなくていい。教えたところで、理解することはできないだろうから。これ以上はギルドに迷惑がかかる。これで終わりにしよう……ショック」
俺は失神魔法を唱える。その瞬間、エレナは気を失ったようで、床に倒れた。
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