第1話 気づいたらやばい状態になってるパターンのやつ
はあっ......はあっ......はあっ......はあっ......!ぎしっぎしぎしっ
はぁはぁっ......うふふっ、ふふふっ!あはははっ!
ピンク色の間接照明みたいなものだけが辺りを照らす薄暗い部屋の中。
今聞こえてくるのは、恐怖心に急かされるように速く荒くなる俺の呼吸音と抜け出そうとしても一向に外れる気配のない拘束具の軋む音、それと興奮が透けて見える目の前のコイツの息遣いと笑い声だけ。
状況によってはいかがわしい雰囲気にも感じられるかもしれないこの部屋。
俺がここに来るのは2回目。
いや、「来るのは」というのは僅かに語弊がある。
正確には「拉致されて連れてこられたのは」2回目だ。
前回連れてこられたのは小学校5年のとき。
俺がクラスメイトに告白されたことが気に入らなかったらしく、今と同じようにこのベッドに、皮?のような黒いベルトで身動き1つ取れないように拘束されていた。
あのときは初めての被拉致体験でそれからなにが起こるのかわかってなかった無垢な俺は、ベッドの傍らに、長年時間をともにして今尚彼女として付き合い続けているこの目の前の幼馴染がいてくれることに少なくない安心感を覚えてしまっていた。
そいつこそが諸悪の根源、悪魔の生まれ変わり、いや、悪魔そのものと言われても信じられる最悪の存在なのだと知らずに。
結論だけ言えば、俺はその後麻酔もかけてもらえないまま、左手の爪を1枚ずつ剥がされる拷問を受けた。
その途中、この悪魔を宿した幼馴染、シオこと冶已汐波は俺に向けてしきりに「りっくんがちゃんとしてたらこんなに酷いことしなくて済んだんだよ?」とか「しっかり反省して、今後はシオにこんなことさせないように気をつけるんだよ?」とか、拷問の原因の帰属先を俺に擦り付けるようなことを囁き続けていた。
さっきも言ったように、俺がこの部屋に来てシオと拷問したのは、その小学校5年生のとき以来だけど、毎日監視に次ぐ監視と完全に行き過ぎた管理を受け続ける日々。
それに加えてこの異常な街、住民みんながヤンデレに理解が有りすぎる常夜町では、俺と近いような恐怖を感じる感性を持つ人に出会えたことがない......。
さっきシオが呼んでいたりっくん、とは、シオが俺、如月陸空を呼ぶときの昔からのあだ名。
この名前で呼ばれるたびに、俺は背筋は凍りつく思いをしなければならない。
俺の心身は、こんな環境でのシオとのこの数年間の調教で、すっかりそういう条件づけがなされてしまっている。
シオに名前を呼ばれることも、触れられることも、近くにいることだけでさえも、まじで恐怖心しかわかない。
何でこんなやつのやばすぎる行動を、ウチの親も学校のみんなも、可愛らしい乙女心の発露だなんて意味のわからないおためごかしで流せるんだよっ。
こんなのどう考えたって犯罪だろうがよっ!
......なんて、例によって、心の中では割と強気に出てみるんだけど、そんなことを馬鹿正直にシオに伝えられるはずもない。
そんなことをした日には俺の心身は無事では済まないだろうから。
逃げればいいじゃんって?......ムダなんだよ......。
さっきも言ったようにこの街の住民はみんな、シオのやることなすことに理解が有りすぎる。
俺のことを拷問にかけるなんて可愛らしいことだと思ってやがる。
だから万が一逃げ出そうとしたりすれば、絶対に街の誰かが俺のことを捕まえて、シオに告げ口して、もっと悪いことになる。
それに、もしもこの街を抜け出して、誰も俺のことを知らない、見つからないところに行けたとしても、今の俺ではお金も寄る辺もなくて生きていくことすらもできないだろう。
さらに質の悪いことに、この街、もっと言えば、シオの実家である冶已家は国への影響力が尋常ではない。
だから、少なくとも国内にいる間には、逃げたとしても国の制度や機関を頼ることもできないだろう。
そうさ、逃げたりなんとかする方法なんて、これまで何十回と考えてきたさ。
だけど、その先に広がるのは暗闇だけ。逃げた先に何があるのかさえもわからない。
「はぁっはぁっ。は、ははは!や、やぁ、シオ!きょ、今日もとってもかわいいね♫」
だからベッドに固定されて身動きの一つも取れないこんな状況の中で、俺にできるのはいつもと変わらない笑顔を頑張って作って、空元気を振りまきながらシオのご機嫌を取ることくらいなんだ。
「あーん、りっくんがかわいいって言ってくれた♫ふふふふふっ、嬉しいなぁ」
「そ、それで、シオ?今日僕はなんでこんなに寝心地の良いベッドで寝かせてもらえてるのかな?」
今日俺は、間違いなく、あの日と同等、もしくはそれ以上の拷問を受けるんだろう。
恐怖に背筋が凍る思いだけど、できるかぎりの情報収集はしておきたい。
可能な限りシオを刺激しないように、なんでこんなことになったのかを聞き出す。
といっても、おおよそ見当はついてるんだけどさ。それ、俺のせいじゃないじゃんとか、思っちゃってるから、他に理由があるなら、まだ受け入れられるかもしれない。
努めて明るく話す俺の言葉を聞いたシオの表情から、目から色が抜け落ちる。
瞬間、悟った。発言の選択肢を誤った、と。
全6話の短い連載です。