隠し通路
晩餐には、旦那様とアーサー様の三人でいただく。
ロウさんは給仕を張り切り、アーサー様は向かいの席でじっとこちらを見ている。
旦那様は、リンゴのジュレをとり、私の方を向いた。
「リーファ、先にこれを食べなさい。さっきの魔法薬が苦かっただろう」
「は、はい!」
甘いリンゴのジュレをぱくりと、口に食べさせられて、恥ずかしながらも味わった。
その様子に、アーサー様の視線が気になり、ちらりと見ると、私を見ながらワインを口に含くんでいた。
その視線がちょっとイヤだ。
そして、何かに気づいたように、ハッとした。
「ロウ、これは……下剤いりか?」
「大正解です。味が少しわかるようになりましたね」
まさかの下剤いりのワインだったらしい。
私たちのワインはどうなのだろうと、真っ赤なワインに目がいってしまう。
「ガイウス様とリーファ様のワインには、何も盛っていませんよ」
ロウさんが見透かしたようにクスリと笑いながら言った。
「リーファ、見たか? 味が結構わかるようになってきたのだ」
「は、はぁ。良かったですね」
アーサー様は、自慢気に話した。
どうやら、褒めてもらいたいらしい。
でも、晩餐のあとはトイレにこもる気がするけど、それは考えてないのだろうか……。
「アーサー様。薬の味が分かるようになれば、早く城に帰ってください」
旦那様は、早く帰って欲しいらしい。
「俺だって早く帰りたい! こんなお化け屋敷はイヤだ! 毎晩毎晩、ゆっくり眠れないんだぞ!」
「まだ無理ですよ。下剤なんて覚えても役に立たないでしょう」
「だったら、下剤はやめてくれ」
「身体に害がないので」
ロウさん……役に立たない下剤の味を何故覚えさせるのですか。
害はなくても、アーサー様はこのあとトイレから出られないのですよ。
しかも、こんなお化け屋敷って……旦那様を見ると、無表情で食べ進めている。
そして、私の視線に気づく。
「どうした?」
「私は、旦那様のいるヘルハウスが大好きですからね」
「そうか」
そう返事をしてくれた旦那様は、どこか嬉しそうに、晩餐を進めていた。
晩餐のあとは、旦那様が出掛けないか? と誘ってくれた。
「どちらにですか? 遠乗りですか?」
「墓場だ」
「……月明かりは綺麗ですけど、夜ですよ」
夜に墓場なんて怖い。
しかも、この宵闇の街は墓場にお化けがいますよね。
以前、お化けが暴れていると、出掛けましたよね!?
「もしかして、怖いのか? ただの墓場だぞ」
「……少しだけ」
「では、俺のマントの中にいなさい。隠れていれば怖くないだろう」
「は、はい……」
バサリと、マントを片手で広げ、その中にゆっくりと足を進めると、腰に手を添えられて旦那様のマントに包まれた。旦那様の温もりを感じる。
「隠し通路から行くか。あそこの方が近道だ」
「……あ、灯りを! 灯りをお願いします!」
「灯りがないと暗いからな」
淡々と無表情で話す旦那様に恐怖はない。
私とジェフさんは、すごく怖かったのですけど……。
そして、真っ暗な隠し通路を旦那様の魔法で出した灯りで進んだ。
カツーンッ━━━━…… カツーンッ━━━━……
隠し通路の静寂の中に足音が、ひびいている。
その音が怖くて、何もない通路を旦那様にしがみついたままだった。
「旦那様、墓場に何かご用ですか?」
「墓場には簡単な魔力の測定器がある。リーファの魔力が落ち着いているか、確認しよう」
「ヘルハウスには、ないのですか? どうして墓場に……?」
「墓場の墓守りの家に置いている理由は、墓場でお化けが暴れだすと、反応するからだ。ヘルハウスでは、お化けたちは自由にしているから、必要がないからな」
「そうだったのですか……」
私は、まだクローリー公爵家のことを知らなさすぎる。
嫁いだのだから、もっと知らないといけない。
旦那様のお力にならなければと、改めて思った。
「旦那様、私……もっとお邸のことを覚えますね」
「いてくれるだけでいいのだが……」
「それでは、役立たずです。なんでも申し付けてください」
「……では、今夜も来てくれるか?」
「それは、役に立っていますか?」
「リーファしか出来ないだろう。それとも、今夜は来てくれないのか? アーサー様とも普通に話すし……」
旦那様は、私がアーサー様と会話することに、ムッとしていたようだった。
でも、私の心にいるのは旦那様だけだ。
「旦那様が側にいてくださるから、普通でいられるのです。私には、旦那様だけですから……」
「そうか……それは……良かった。リーファ、今夜も来てくれるな」
「はい。支度をしてすぐに行きます」
そう言うと、大事なものにキスをするように、頬に唇が触れる。
そのまま、赤ら顔になった私を傍らに抱き寄せたまま、墓守りの家へと到着した。