送り灯の魔法
首無し甲冑様が彷徨いている庭を旦那様の後ろに一歩下がり一緒に歩いている。
「旦那様……今夜は白いモヤモヤが多いですね……」
「……皆この世から去りたいのだろう」
広い庭を旦那様について行くと、旦那様が途中で足を止めた。
止まった所は特に白いモヤモヤが多い。
背筋もぞくぞくしてくるぐらい寒い。
「リーファ……見てろ」
旦那様が見てろ、と言うから寒さを抱えるように両腕を抱えて見てると、旦那様の手が光る。
魔法だ。旦那様は魔法が使えるんだ。
風が光るように旦那様の周りでいくつもの光の灯火が幻想的に舞い出したのだ。
「綺麗です……」
見とれてしまうほどこの幻想的な光景が綺麗だった。
その中心にいる旦那様にも目がいってしまう。
光の灯火が近くに来ると、何となく手を出した。
怖いとは思えなかったのだ。
両手を出すと白いモヤモヤが旦那様の魔法に呼応するように光り、天に昇るように消えた。
「送り灯の魔法だ」
「旦那様は魔法使いだったのですね」
「魔法が使えるのは少しだ。この送り灯の魔法だけはクローリー家が受け継いでいる魔法だが……この世を去るのを忘れたお化けがクローリー家に集まるんだ」
「だからお化けが家に沢山いるのですね」
この世を去る事を忘れていた、この世を去りたいお化けだけを魔法で送る。
旦那様がこのヘルハウスに住んでいる理由がわかった。
「リーファ……首の痕がほとんど消えたな」
「……もう何日もここにいますから……旦那様のおかげです。ありがとうございます」
「そうか……」
光が風に舞う中、旦那様が私の手を取りそっと唇を指に落とした。
「リーファは妻だ。心配せずにずっとここにいなさい」
「はい……もし私がお化けになったらここに帰って来ますね」
「それは何十年も先だな……」
「はい、旦那様は待っててくれますか?」
「俺の方が年上だぞ。だが、リーファが来るならこの邸で迎えよう」
旦那様ならきっとこのヘルハウスで私を待って下さるかもしれない。
私はきっとこのヘルハウスに帰って来よう。旦那様に掬われている手は嫌ではないのだから…。
「このまま邸に帰ってもいいか……?」
手を繋いだまま邸に帰るということでしょうか。それくらいなら大丈夫。
「はい」
返事をすると、旦那様の手に力が入り一緒に並んで歩いた。
来る時は一歩下がり歩いたが、帰りは並んで歩いたのだ。
……それが少し嬉しい。
一緒に歩いていると、ロウさんが足早にやって来た。
「これはこれは……私としたことがエレガントな日常を見逃してしまいました……」
「何の話だ?」
「私のエレガントな日常です。折角執事になったのですからエレガントに仕えたいのですよ。それには主に奥方が必要ですからな」
「ロウ……邪魔をしに来るなよ」
旦那様は呆れたように言った。
「私は用事があって来たのですよ」
「何の用事だ?」
「陛下からの仕事です」
ロウさんは陛下からの密書みたいな書簡を懐から出し、旦那様に渡した。
旦那様は眉間に皺を寄せ、さっきまでとは雰囲気が変わった。
「……旦那様?」
「……リーファ、アーサー様の邸の料理人を知っているか?」
「お顔は知りませんが……いつも美味しい料理やお菓子を出してくれていました」
「今アーサー様に捕らわれているらしい。呪いの茶があるのを気付かなかった事で責任を追及されていると……」
「で、でも、あれは誰も気づきませんでした!」
「誰も気付かなかっただろうが、料理人が食材の管理をするのは当然の事だ。捕らえる事の出来る大義名分があったのだろう。それにアーサー様はリーファがいなくなって随分荒れているらしい……」
「私のせいで……」
「リーファのせいではない」
旦那様は少しかがんで、落ち込む私の頬を撫でた。
恥ずかしくて顔を背けると少しだけ書簡の内容が見えた。
____リーファ・ハリストンと同じように保護を、と。