腕の中
「もう日が昇っていたのか……」
抗えない眠りに落ちたリーファを椅子から落ちないように抱き抱えて、部屋に連れて行こうと厨房を出ようとすると、ロウが厨房前の廊下にいた。
「足音もなく覗くな……」
「昔の癖ですから……」
ロウは昔の仕事のせいか、気配を消すのは得意だ。足音すらない。
「朝食がご一緒に出来てようございました」
その台詞にロウはずっと覗いていたとわかる。
「……リーファは料理をしたいらしい。何かレシピでも準備してやってくれ」
「健気な方ですね……」
「アーサー様との日々を忘れたいのだろう。随分執着されていたからな……アーサー様の邸に行くのがもう少し遅ければ手を出されていたかもしれんな……」
「お話を聞いてすぐに行かれたのは正解でしたね」
まさかあの夜会の後から毎日アーサー様に執着されているとは思いもよらなかった。
呪われてからは、アーサー様の邸に軟禁状態だと……。
それなのにアーサー様はリーファの意志と関係なく、毎日陛下にリーファとの結婚を説得しており、その上まるで呪われたのがチャンスだとでも言うようにリーファを閉じ込めようとしたのだ。
そんな日々は誰だって忘れたいに決まっている。
実際リーファはアーサー様に怯えていたのだ。
そしてそのせいで、男に抵抗があるようになっている。
腕の中にいるリーファを見ると、呼吸がゆっくり流れているように見える。
今大人しく腕の中にいるのは、呪いのせいであって目が覚めればこうはならない。
「……私がリーファ様をお連れいたしましょうか?」
「……白々しいことを聞くな」
「失礼しました、出過ぎた真似を……」
軽く冗談交じりで聞いて来たロウに、どうせ代わる気はなかっただろうと思うと、フンという気持ちでリーファを抱きかかえて厨房を後にした。
リーファをベッドに寝かせる。
リーファだけが、まるで刻がゆっくり流れているようにさえ見える。
憐れだと思った。
アーサー様に執着されたばかりにこんなことになって……。
街が動きだす時間にはリーファの為に浴槽などを新しいものを準備する手配をした。
リーファに何かしてやりたいと思う気がしていた。
邸はお化けも住んでいる為に全てを改装することは出来ないが、せめて風呂ぐらいは綺麗なものがいいだろうと思っていた。