二人だけの朝食
取り乱した私の為に旦那様は、何か着てくる、と言って戻って来た時にはタンクトップ一枚だった。
どうやら、まだ眠るらしい。
そして、またジュリア様が来ないように一緒に階下へと行ってくれた。
「すみません……」
「この邸はお化けばかりだからな……慣れるまでは大変だろう」
「部屋にはいなかったので、安心してしまってました」
「人のいる部屋には入らないように言い聞かせているから……」
それで掃除をしていた部屋にはいなかったのだとわかった。
「もしかして、使用人がいないのは……?」
「あいつらが脅かすから、使用人は続かないんだ。使用人はこの邸自体古くて怖がる」
「そうでしたか……」
確かに邸自体がヘルハウスのように古い。
私みたいに事情があり帰れない人でなければ、使用人も続かないと納得するくらい古い。
そして、旦那様と一緒に掃除道具を片付けて、今度はそのまま厨房に向かった。
「料理も気にしなくていいのだぞ」
「レシピがあれば、簡単なものはきっと作れます。お料理もすぐに覚えるように頑張りたいのです。全部は無理ですけど、旦那様の朝食の下ごしらえをしてから眠りますね」
旦那様は無言で見つめていた。
感情のない金の瞳は冷たく見えるが、私には冷たい方という印象はなかった。
「……卵は出来るか? あのぐちゃぐちゃのやつだ」
「スクランブルエッグでしょうか?」
「二人分作ってくれ。少し早いが一緒に朝食を摂ろう」
「はい!」
助けてくれた旦那様の役に立ちたくて、卵を頼まれただけでも嬉しかった。
思わず、ふふっと洩れそうな笑みを隠すように、唇を軽く両手で塞いだ。
卵を四つ出して下手くそなりに卵を割り、スクランブルエッグを作る。
熱したフライパンの上で溶いた卵の焼ける匂いがしてきた。
お皿に出来上がったスクランブルエッグを載せ、旦那様と二人で厨房のテーブルに並べた。
残っていたパンや、氷で冷やす冷蔵庫から、ハムやチーズも出しサラダも並べ二人だけの朝食を始めた。
旦那様は感情を表に出さない方なのか、無言で食べていた。
「旦那様……」
「なんだ?」
「私……もっとお料理を覚えますね」
「そうか……頑張れ……」
「はい……」
穏やかな二人だけの朝食。厨房で食べるなんて公爵様である旦那様にはあり得ないことかもしれないけど、旦那様は嫌な顔一つしない。
そして、紅茶を飲んでいると段々とあの眠気が襲ってきた。日が昇ってる時間だとわかる。
抗えない眠気に、瞼は逆らえない。
「旦那様……日が……」
階下は地下で気付くのが遅れてしまった。
邸の周りも朝霧に覆われていたから、厨房にも窓はあったが、射し込む光はまだ薄暗かったのだ。
「リーファ……!?」
瞼を閉じ、椅子から倒れそうな私を旦那様が急いで受け止めた。
もうその頃は、ほとんど意識が眠りに落ちていた。
「……リーファ……朝食をありがとう……美味しかった……」
微かに聞こえたのは気のせいかもしれない。その頃には、もう私に意識はなかった。




