#8 一日目、男子寮
僕がそんなことになっているとは知らない同級生達は国が運営している騎士育成学校に入り、勇者とそのパーティーとして訓練を受けることになった。
その結果、男女に別れて寮生活をすることが決まる。寮にはお風呂あり、部屋にはふかふかのベッドがある。僕とは天と地の差だ。
「やっと一日が終わったな」
「あぁ……いてて。全く……鍛治初心者にいきなり伝説の勇者の武器と防具を作れとか無茶言ってくれるぜ」
「錬金術なんてスキルまであるんやからしゃーないやん。あっきー」
あっきーの職業は鍛治師で錬金術という金属を自在に変化させるスキルを得たことでみんなの武器を作ることになったのだ。
ただしあっきーは鍛治初心者で錬金術も使うためには金属の知識が必要だった。この結果、鍛治を叩き込まれ苦手な理系の勉強をすることが決まったのだが、根本的な問題がある。
「勇者の装備の金属が何なのか分からないんじゃどうしようもないだろうが……」
勇者の装備は神から与えられるものらしい。そのためか鑑定をすることが出来ない。よってどんな金属なのか知る術がないのだ。
「まぁ、その内知る術が見つかるだろう。取り敢えず今は俺達の武器、防具を揃えるのが重要だ」
「分かってるよ。せいぜい頑張って作るとするさ」
こうは言っているがあっきーだけでなくみんなも勉強することになった。そして騎士育成学校の先生に問題があった。
「あのキモブタオタク教師。男に容赦無さすぎやろ」
「なおやんには過保護だけどな」
「ま、職種が職種だからだろうな」
なおやんの職種は人形使い。人形を操って、戦う職種だ。これを知ったなおやんは最初は大喜びした。自分の大好きな美少女フィギュアを操って戦うことが出来るからだ。しかしこれには賢吾のツッコミが入った。
「大好きな美少女フィギュアを戦わせるなんてお前の愛はその程度なのか? 普通なら傷付く事を嫌うだろうに」
「……戦闘に使うのは男のフィギュアにするわ」
これに異を唱えているのがこの世界の賢吾達の先生だ。この先生は賢吾達より先に勇者召喚された人でやばさ満点の先生だった。
「はぁ……はぁ……。きょ、今日から君達の先生をすることになったスグル先生と呼ぶんだな」
メタボで髪の毛はぼさぼさ、そばかすが出ている目付きがやばい先生だった。当然それを見た真央は真っ先に反発する。
「はぁ!? あんなのが俺達のせんこーだと!? ふざけんなよ! あいつより俺のほうが何十倍も強ーーが!?」
スグル先生が一瞬で真央の前に現れ、掴み上げる。
「この世界では見た目で判断するのは、命取りになるんだな。ボクのレベルは82。ステータスポイントは俊敏値と筋力に全て回したんだな。デブだから足が遅いとかこの世界では通用しない。欠点を無くすことが出来るデブこそがこの世界では一番強いんだな!」
「わ、わかった……た、助け」
真央は手を離され、床に落ちた。これを目の当たりした賢吾達は従うしかない。例え訓練と称した女子へのセクハラが起きても黙って見過ごすしかなかった。
「フィギュア作りに全力支援してくれるのはありがたいんやけど、細かく注文されるのはイラつくわ」
「それよりも問題は女子達だろ? 黙って見ていることしか出来ない俺達の評価がだだ下がりだぞ」
「それは仕方が無いことだ。何せ今の俺達では何もすることが出来ない。今でも国の騎士達に監視されている上に町に出ることも出来ないんだからな」
賢吾達は国からの監視は継続されていた。ずっと監視されている生活は相当なストレスだ。
「そやけど、このままじっとしとるつもりはないんやろ? 賢吾」
「あぁ……だが、俺達だけではどうしようもない。なんとか星空と連絡を取れればいいんだがな」
「星空の奴、大丈夫だよな?」
「心配するだけ無駄だ。あいつは俺達の予想を越えていく。今頃モンスターの大群を引き連れて異世界旅を堪能しているんじゃないか?」
「はは! 冗談に聞こえへんわ! 賢吾!」
その頃、僕は竜人族の少女に黒焦げにされている。ある意味、賢吾達の予想を超えていた。ここで部屋がノックされる。
「失礼します」
「はいはい。ん? 誰だ? こいつ? こんな奴同級生にいたか?」
部屋の前に立っていたのは賢吾達と同じ制服を着た男子だった。しかしあっきーの記憶にはこの男子生徒はいなかった。
「来たか……あっきー。入れてやってくれ」
「あぁ……。どうぞ」
「失礼します」
あっきーとなおやんが疑問に思っていると男子生徒がメイドさんに変わる。
「なんや!?」
「忍者か!?」
「どこからどうみてもメイドだろう。はぁ……ダメだな。星空がいないと俺がツッコミ役になってしまう」
役割の変化に賢吾は辛そうだ。メイドさんが話す。
「私の名前はメロディア。姫様のメイドをしております。以後お見知りおきを」
「あぁ。俺はケンゴ。職業は密偵だ」
「姫様から聞いております。早速お話をしましょうか」
「話が早くて助かる。どうぞ。座ってくれ」
賢吾は星空が目覚める前にルチア姫様と二人で話をしていた。そこで今夜自分のところにメロディアがやって来ることを伝えられていたのだ。そして賢吾達にあることを伝えられる。
「お城の中に魔王と繋がっている者がいるだと?」
「はい。まだ調査中ですが、ルチア姫様の命が狙われている可能性が高いです」
「その根拠はなんだ?」
「実は皆さんを呼び出す数日前に悪魔が城内に潜入する事件が起きたんです。悪魔が向かっていた先にはルチア姫様の寝室があり、命が狙われている可能性が高いということになりました」
「その悪魔は既に倒されているのか?」
「はい。倒しました。しかし悪魔は消える時にこう言いました。まもなくこの国は魔王様によって滅びると」
これを聞いた賢吾達は色々納得がいった。
「それで魔王の侵攻とかの話になったんだな?」
「その通りでございます」
「せやけど、そんな簡単にお姫様の命を狙えるもんなんか? 危機意識が無さすぎやろ」
「それは違うぞ。なおやん。危機意識があったのに悪魔の侵入を許したことが問題なんだ」
賢吾の言う通りでお城は国の中で最も守りが堅い場所だった。当然悪魔の侵入を許すなど本来はあり得ない。
「どういうことや?」
「つまり先程の話に繋がって来ると言う事だ。いくら守りが頑丈でも敵の内通者が城内にいるならその守りには意味がない。そういうことだろう?」
「その通りでございます。調査の結果、悪魔召喚の魔方陣を城内で発見いたしました」
「なるほど。それはほぼ確定だろうな」
ただメロディア達はまだ犯人の特定には至っていない。この結果、悪魔の言葉とルチア姫様の命を考えて勇者召喚を行うことが決まったという流れらしい。
「色々質問したい。まず魔王というのは一人なのか?」
「いいえ。魔王を名乗っている者は複数存在しております。正確な数までは把握出来てはおりません」
「なぜ把握が出来ないんだ?」
「彼らには人間同様に領土があります。その領土を魔王達は毎日のように奪い合い、新たな魔王が生まれていては消えているのです」
それでは確かに正確な数の把握は難しい。ましてや通信などの連絡手段が無ければ厳しいだろう。
「この国を狙う魔王に心当たりは無いのか?」
「それがありません。この国は人間の国の中でも歴史は古く大国です。襲いたい魔王は数多くいるでしょうが、我が国を攻めている間に他の魔王が自分の領地に侵攻されたりすれば元も子もありません」
「大国なら落とすのに時間が掛かるだろうからな。手を出すためには魔王同士が協力するかこの国に攻め込んでいる間は戦闘をしない条約か何かを決める必要があるわけか」
「はい。しかし彼らの仲が悪いことは有名ですし、約束を決めても破られてしまえば終わりです。それで何もかも失い文句を言っても殺されて終わりになることは目に見えています」
それはもはや条約や約束として機能をしていない。
「面倒臭い状況であることはよく分かった。とりあえず今すぐ魔王が攻め込んで来るとかそういう状況にはないわけだな?」
「恐らくは」
「それなら俺らの仕事は姫さんの護衛ちゅーことでええんか?」
「護衛が出来るレベルでもないだろ。なおやん」
みんなのレベルはまだ1だ。とてもじゃないが役に立つレベルではない。
「彼の言う通りです。今は強くなることを優先してください。時々様子を見に来ますので、折を見て協力をお願いしたく思います」
「俺達としても姫様が殺されてしまうのはまずいから協力はするが、こちらのお願いも聞いて貰うぞ」
「何でしょうか?」
賢吾はまず外出の自由と監視の撤廃を要求したが、これは許可して貰えなかった。何故ならこれは国が決めていることであり、メロディアにはどうすることも出来ないことだったからだ。ということで賢吾はメロディアに出来ることを要求する。
「それならまず二つお願いしたい。一つ目は勇者の葵にこれを渡してほしい」
「なんですか? これは?」
「トランシーバーやないか!?」
「流石になおやんはよく知ってるな」
賢吾は山で遭難した時のための装備をリュックに入れていた。色々ツッコミたいところがあるなおやんだが、トランシーバーの良さを知っているだけにグッと我慢した。そしてあまり知らないあっきーが話す
「これって、無線機みたいに連絡が出来る奴だろ? これがあるなら星空と連絡が取れるんじゃないか?」
「「それは無理だ(や)」」
真っ先に二人はあっきーの案を否定する。詳しいなおやんが説明する。
「トランシーバーは電波が届く範囲でしか通信出来へんのや。衛星通信とか使えるなら星空と通信出来るやろうけど、そんなもん異世界にあるはずないしな」
「そうか……ん? それなら通信出来ないんじゃないか?」
「このトランシーバーは山で遭難した時用の奴でこれ単体で電波を送受信することで通信するものだから問題はない。ただしその代わりに範囲が短くてな。それでも女子寮までは届くはずだ。これを説明書と一緒に届けて欲しい」
「わかりました」
メロディアさんは賢吾からトランシーバーを一つ預かり、取り扱い説明書もセットで渡した。
「それでもう一つはなんでしょうか?」
「お前達が国外追放した星空という男と連絡を取り合いたい」
「守護獣の彼のことですね……非常に言いにくいことですが、彼の死亡が確認されました」
「「はぁ!?」」
あっきーとなおやんはこの報告に驚く中、賢吾は冷静に考える。
「何故そう言い切れるんだ?」
「彼を追っていた私の部下がここから近くの森で彼が竜人族に襲われているのを確認しております。竜人族は亜人の中でも最強の存在と言われておりますから状況は絶望的です。私の部下はこの事を城に連絡し、再度森へ捜索に向かったのですが、そこで人間の死体を確認しました」
「嘘やろ……」
「おい。どうするんだよ。賢吾。この事を知ったら葵とかどうなるか分からないぞ」
葵達が星空に好意を持っていることはここにいる三人は気付いている。だからこそ星空が死んだという報告を聞いたら、どんな風になるのか想像することが出来なかった。
「落ち着け。星空が簡単に死ぬはずがない。まず聞くが星空は歩いて国外追放されたのか?」
「いいえ。馬車に乗ってと聞いています」
「では、その馬車はどうなったんだ?」
「そういえば何も報告が来ていませんね」
この瞬間、賢吾は星空の無事を確信した。
「くく……なるほどな。本当にお前は大した奴だよ。星空」
「あの……どうかしましたか?」
「いや。お前達は早速星空にしてやられたんだなと思っただけだ。いいか? 俺の予想ではお前達が見つけた死体は馬車の運転手のものだ。そして今頃星空は馬車に乗って、自由な異世界旅を満喫している頃だろう」
賢吾の予想にメロディアは反論する。
「お言葉ですが、それはあり得ません。馬車を運転していたのは彼よりもずっとレベルが上の騎士なのですよ? ケンゴ様の予想通りなら彼はこの騎士に勝ったということになります」
「そうだな。流石に星空がどうやって騎士に勝ったのかは分からん。案外さっきの竜人族とやらを仲間にしたのかも知れないな。因みにその竜人族というのは女だったのか?」
「報告では女の竜人族だったそうですがそれがどうかしましたか?」
賢吾だけでなく、二人もそれを聞いて星空の生存を確信した。
「そらあかんわ。星空は最強のアニマルキラーで天然の女殺しや。竜人族の女の子が星空を殺すところなんて想像できへんわ」
「だな。というかあいつは今頃その女の子と二人旅しているのかよ。俺達はキモい教師で大変だって言うのに」
「諦めろ。あっきー。星空と比べることがそもそもの間違いだ」
三人は星空の規格外さをまじかで感じ、見て来ている。しかしメロディアはそれを知らない。
「とてもじゃありませんが私には信じることが出来ません」
「そうだろうな。なら質問するが馬車が無くなっているこの状況をどう説明する? それに運転手の騎士は帰って来ているのか? 帰って来ていないなら何故帰って来ないんだ? カナタが死んだなら報告にやって来るのが普通じゃないのか?」
「そ、それは……」
メロディアは反論出来ない。事実として運転手の騎士は城に帰って来ていないからだ。
「あんたからの情報で考えられる可能性は二つ。一つは俺が先に話した仮説でもう一つは死体は星空でも運転していた騎士の物でもない可能性だ」
もう一つの仮説が正しいなら星空は現在も運転していた騎士と一緒に旅をしていることになる。最も三人はその可能性はないと確信している。星空が竜人族の女の子をほっとくような男ではないことを三人は良く知っているからだ。これを聞いたメロディアも決断する。
「分かりました。そこまでおっしゃるなら部下に捜索をさせましょう」
「頼む」
「最後にお聞きしますが、何故彼と連絡を取り合いたいのですか? お友達だからでしょうか?」
これを聞いた賢吾はため息をつく。
「やれやれ……お前達の最大の失敗は星空の価値を全く理解していないことだな」
「彼の価値ですか? 確かに守護獣は凄かったですが、とても役に立つ少年には見えませんでしたが」
「だろうな。見た目は本当に頼り甲斐が無さそうな奴なんだ。俺も最初はそう思っていた。だがな……あいつは世界に愛され、人や動物を魅了する力を持っている。何を言っているのか分からないだろうが、この力は既に俺達の世界で証明されているんだ」
星空は賢吾達の力を借りて、世界中のペット好きの心を動かし、最終的には国まで動かして見せた。しかも当時小学生の少年がだ。
ここに至るまでにはまず賢吾達を協力させる必要がある。賢吾は星空との出会いを思い出す。自分は賢く、友達など作らくなていいと思っていた賢吾の前に星空は現れた。
「君は物凄く賢いんだよね? お願い! 僕に力を貸して!」
「何、頭を下げているんだ? ふざけるな! 男が簡単に頭を」
「僕にはこうすることしか出来ないんだ! どれだけ動物達を救いたいって思っても思っているだけじゃ救えない! 僕には力が無いからこうして頼むことしか出来ないんだよ!」
噓偽りがない真っ直ぐな声と必死にお願いをする姿を前にして賢吾は力を貸すことにした。あの時、賢吾は星空という人間がとても眩しく感じた。ここまで自分の心を素直に伝えられたことは賢吾には無かったからだ。
そして星空のその姿勢は変わることがなく、ネット配信で星空の思いの強さを見た世界中の人々が星空を支持することになる。世界中の人々を星空が魅了した瞬間だった。しかしメロディアは信じることが出来ない。
「その話が事実ならば彼は勇者になっているはずです」
「いいや。星空は勇者には絶対になれない。あいつには戦う力がないからな」
勇者にも色々いるが大体は魔王を倒す者のことを勇者と呼ばれる。星空はそういうタイプではない。
「かと言って猛獣使いや召喚師という枠に収まる男でもない。その結果、この世界の職業というシステムにおいて星空という男の職業を設定することが出来なかった結果が無職なんだと俺は考えている」
それはこの世界のルールが星空に屈したことを意味している。
「そんな……いえ、でもしかし……」
「分からないならそれでいい。今は俺の言う通りにしておけ。そうしないと痛い目に会うのはお前達になるぞ? あいつは動物達の味方で動物達を苦しめる人間を敵視しているからな」
賢吾だけに星空は自分の人間嫌いの思いを伝えていた。それ故に賢吾は警告したのだった。
女子寮の話を書くか悩みましたがセクハラ教師の悪口とカナタの事を心配する葵とそれを弄る二人の話だけになりそうなので割愛します。