#6 竜人族の少女
僕と女の子はお互いに無言で見つめ合う。
「ガ……ガオー!」
再度両手を上げて威嚇してくる。
『服がボロボロの状態でそんなことを大丈夫なんだろうか?』
僕の心配は的中し、服が破れる音がした。
「きゃ!?」
女の子は慌てて体を隠す。可愛い女の子だな。身長は僕より低いけど、年は僕と同じくらいかな?髪の毛は金髪のロングヘアーなんだけど、ぼさぼさになってしまっている。ちゃんと髪の毛を洗ってくしで手入れしたら、綺麗なロングヘアーになりそう。
目の色はアメジストのような綺麗な紫色をしていた。金髪の人には出会ったことはあるけど、紫の瞳の人は出会ったことが無いから僕は一瞬で見惚れてしまった。
しかしそれも一瞬で僕の興味は別の物に向かう。女の子が後ろを振り向いた瞬間、女の子に先ほどの黄色い尻尾と小さな黄色い羽が生えていた。よく見ると頭から角も生えている。
『脅威は感じないけど、これもモンスターなの?』
黎明に質問すると教えてくれる。
『どうやら亜人のようですね』
『亜人?』
『はい。亜人とは最初に話した魔素に侵されていないモンスターと人間のハーフのことです。どうやら彼女はドラゴンと人間のハーフ……つまり竜人族ではないかと』
おぉ!強そう!僕らの世界にもドラゴンと人間の恋物語とかあったりするし、この世界にもそういうのがあるのかな?無理矢理というのは考えたくはない。
『というか今の僕はもしかしてかなりピンチなのでは?』
『はい。ドラゴンはモンスターの中では最強の存在です。ここは逃げたほうがよろしいかと』
黎明の言うことは分かる。でも、流石に服がボロボロの女の子を放置するのは男として問題がある気がする。僕はリュックから予備のジャージを探す。
「ッ!? ガオー! ガオー! あぁ!? 服が……ガ、ガオー!」
女の子は一生懸命威嚇してきた。しかし両手を上げて威嚇するとボロボロの服が更にボロボロになり、女の子は体を隠して涙目で威嚇するしかない状況だ。
『何か武器でも取り出すとでも思っているのかな?』
『どうなのでしょうか? それなら普通は攻撃をして来ると思うのですが、さっきから声を上げて来るだけですね』
取り敢えず僕はリュックから目当ての物を探す。
「あった。ほら、この服でいいなら着てみて。あげるよ」
「え? あ、ありがとうございます」
素直に受け取った。そして僕は後ろを向く。流石に女の子の着替えを見るのはマナー違反だ。これで背後から攻撃を受けたら、僕は相当間抜けだな。でも、普通にお礼を言ったし、大丈夫だと判断した。というか普通に会話が成り立ったな。
『亜人は親の人間から言葉を学びますから不思議ではありませんよ』
へー。そういうものなんだ。
「ん? んん? ん~!」
「どうかした?」
「……着れません」
「あぁ~……ごめん。振り返っていいかな?」
「いいですよ」
確認すると子供の頃によくしたミスをしていた。
「そこは手を出すところだよ。えーっと……ほら、ここから頭を出して着るんだよ」
「えーっと……こうでしょうか?」
「そう。後はこの両方の穴から手を出すんだよ」
竜人族の少女は素直に指示に従う。やはり脅威は全く感じない。素直でいい子だ。しかしここで問題が発生する。
「……着れません」
「え? あぁ……羽が邪魔しちゃっているのか。僕のジャージを貸すからちょっと待ってね」
「はい!」
僕はリュックから筆記用具を取り出し、その中にある多目的文房具を取り出す。これはハサミやドライバー、ホッチキスなどが一つになっている画期的な文房具だ。最もハサミが小さいのが不安要素ではある。
しかしその不安とは裏腹にジャージをあっさり切ることが出来た。この切れ味は異常だな。すると黎明が説明してくれる。
『主がいた世界と比べると文明の差がありすぎるんです。主にとってはただのハサミでもこの世界では未知の金属で切れ味抜群のハサミとなっている感じですね』
『なるほど』
ファンタジーと現実世界の元と差が付く話はよく聞く設定だ。そうなると僕のリュックの中はこの世界では宝の山に見えるかも知れない。最も食料や薬、水筒、ジャージ、勉強道具ぐらいしか入ってないけどね。僕にとっては林間学校中の勇者召喚で結構助かったのかも知れない。
そんなことを考えながらジャージを羽と尻尾に合わせて切る。ハサミの扱いには結構自信があったりする。捨てられたペット達の中には毛が汚れて、手入れが必要な子がたくさんいる。
そういう子の為に僕はトリミングとグルーミングを従業員の人に教えて貰った。トリミングは毛のカットのことでグルーミングはブラッシングやシャンプーなどの事。どちらもペットの健康を保つためには必要な技術だ。
また綺麗になることで里親が見つかることが多くある。やはり人間はまず見た目から入ってしまうからだ。
僕は切り終わるとちゃんと竜人族の女の子はジャージを着ることが出来た。まぁ、流石にプロのようには行かないけど、着れることが重要だ。
「温かい服~。ありがとうございます!」
「どういたしまして」
気に入ってくれたようだ。ここで僕は竜人族の少女の足に目が行く。
「その足、怪我してるの?」
「え? あ、はい。ずっと森の中を歩いてましたから」
靴も履かずに森を歩き回っていたのか。それじゃあ、怪我して当然だ。ここは手当てスキルの出番だね。
「ちょっと足を見せて。手当て!」
僕の手から緑色の光が発生する。
「温か~い」
「どう?」
「はい?」
少女は首を傾げる。まぁ、わからないよね。だって見た目が変化してないんだもん。どうしようかな?
「とにかくこのままじゃダメだから消毒と傷薬を塗っておいたほうがいいかな?」
僕はリュックから消毒液と傷薬を取り出す。誰か怪我すると大変だから入れておいたものだ。そして足を消毒するために馬車に座らせれる。
「ちょっと沁みるよ」
「沁みる? きゃぁああ~~~!? し、沁みますぅ~~~!? おぉぉぉ~!」
僕が消毒液を足に吹き掛けると竜人族の少女は足を抑えて転がり回る。相当沁みたようだ。馬車の床を叩いて、唸っている。ボロボロの服のままでしていたら、大変なことになっていたな。後、馬車は大切にして欲しい。
「大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないです!」
うん。大丈夫そうだ。
「ほら。足を見せて」
「い、嫌です!」
どうやら沁みるのが嫌みたい。反応が子供だね。
「今度は沁みないから」
「……絶対ですか?」
「絶対」
少女は恐る恐る足を出す。僕は手に傷薬を付けると少女の足に手を伸ばす。
「あ……あぁ……あぁああ~……」
僕の手を近付くに連れて少女は涙目になる。面白いけど、可哀想だから一気に塗る。
「あぁああ~!? あ?」
「ほら? 沁みないでしょ?」
「は、はい」
僕が傷薬を塗り終わると少女の足の傷が治った。はや!?これも僕らの世界の薬の効果か。
「わ~……治りました! いた!?」
「ほら。裸足なんだから歩かない。また消毒しないと」
「いい! それはいいです!」
消毒がトラウマになったようだ。僕が微笑ましく見ていると後ろから運転していた騎士が走ってきていた。騎士は剣を抜くと通常ではあり得ないジャンプをする。
「死ね!」
「危ない!」
「へ? きゃあ!?」
僕は少女を引き寄せ、少女を狙った騎士の攻撃から少女を守った。
「何をしている!」
「それはこっちの台詞だ! 女の子を背後から斬りかかるなんて何を考えてるんだ!」
「チッ! これだから異世界人は……いいか? お前が庇ったのはモンスターだ。分かるか?」
この少女がモンスターだって?確かに黎明は亜人と言っていたし、最初は僕も警戒していたけど、今の僕にはこの子がモンスターには見えない。
「何言ってるのかな? この子は人間でしょ」
「そんなモンスターと人間を一緒にするな! 異世界人!」
どうやらこの騎士と僕とでは価値観が違うみたいだ。まぁ、彼の言う通り僕は異世界人。価値観が異なるのは当たり前と言える。
「はぁ。とにかく剣を納めてくれないかな? この子が脅えてる」
「断る! どうしてもそのモンスターを庇うと言うならここで貴様も殺すぞ」
「へぇ……ここでって事は他のところで僕を殺すつもりだったと解釈していいのかな?」
「……さぁな」
ここで誤魔化すのは、肯定だよね。
「僕をここで殺すのはあなたの勝手だけど、ここで僕を殺せるのかな? 僕を殺せばどうなるか聞いているよね?」
「ぐ……」
せっかく教えて貰った情報だ。有効活用させて貰おう。まだ王都を出てさほど時間は経過していない。流石に国外には出ていないだろう。この勝負は貰った。
「理解したなら馬車を走らせてくれないかな? あ、この女の子も乗せてね」
「ふ、ふざけるな! そんなこと出来るものか!」
ダメか。なら僕が選ぶ道は一つだけだ。
「出来ないんだね。それなら僕は歩いてこの国から出ていくしかないかな? それならあなたも納得するでしょ?」
「ふん……いいだろう。言っておくがこの森には強いモンスターがたくさんいる。この馬車のように魔除けの術式がないと群がって来るはずだ。覚悟しておくんだな」
そういうと騎士は馬車に向かう。僕があいつに言いたい。魔除けの術式があるのにこの子は普通に馬車に座っていた。つまり魔除けの術式はこの子をモンスターとして認識していないことになる。よって、僕の主張が正しいことを魔除けの術式が証明してくれている。
まぁ、この事実を突きつけた所でこの騎士の行動が変化することはないだろう。こういう人間はどれだけ言ってもこちらの言うことは聞かない事を僕は知っている。
僕はこれから大変なことになるんだろうけど、この選択を後悔しない。ここでこの子を見捨てるぐらいならモンスターに殺されるほうがマシだ。しかしここで騎士に予期せぬ悲劇が起きる。
『お前が死ね! くそ人間!』
「はぐっ!? お、おぉぉぅ~……」
騎士の股間に馬車の馬の蹴りが炸裂した。
『あれは痛い。潰れたんじゃない?』
『何かが砕ける音が聞こえた気がしますね』
その証拠に騎士は仰向けで倒れている。落ちていた枝で突いてみる。どうやら意識を失ったようだ。
「あーあー」
こうとしか言えない。竜人族の少女は僕の真似をして突きまくっている中、僕は馬車の馬に念話をする。
『えーっと……助けてくれてありがとう』
『礼はいいと言ったはずだぜ? 俺は今まで散々鞭で叩かれてきた恨みを晴らしただけだ』
動物の恨みは怖いと僕は学んだ。
「さて、どうしようかな? 殺そうとされたんだから、手加減はいらないか」
僕は竜人族の少女にこちらを見ないように言った。流石にこれは女の子が見ていい光景じゃない。僕は騎士の身ぐるみを剥いだ。
恐らくお城の騎士からお金を受け取っていたんだろう。金銭価値はわからないけど、金貨をたくさん持っていた。お金と騎士の装備が手に入った。
「武士の情けだ。パンツとシャツは勘弁してあげるよ」
こうは言ったけど、人のパンツやシャツを着たくないだけだったりする。一応代えはリュックにあるしね。
「これでよしっと」
僕は騎士姿となった。しかし体中が重い!剣も僕の筋力じゃあ、持ち上げることすら出来なかった。しかしこの馬車はルーナリア王国の馬車でルーナリアの騎士が操縦していたことを考えると騎士に変装しないと不味い気がした。
「どうしようかな……」
「それ持てないんですか?」
「へ? うん。重くてね」
「そうなんですか……ちょっと持ってみていいですか?」
「いいよ」
竜人族の少女はあっさり剣を持ってしまった。この子のステータスは分からないけど、僕より遥かに筋力があることは確定した。何せ片手で剣を持っている。
『僕は葵がいなくても情けなさを感じることになるのか……』
僕はこういう運命にあるのかも知れないと思わずにはいられない。とにかく剣を馬車に入れて貰った。後は馬車をどうするかだ。僕は竜人族の少女に質問する。
「馬を操縦したことってある?」
「この生き物自体始めて見ました!」
素直でよろしい。当然僕もしたことはない。しかし僕は馬さんと会話することが出来る。馬さんと交渉しよう。
『僕とこの子を一緒に運んでくれないかな?』
『別にいいぜ? ただし条件がある』
『何?』
『向かっていた方向から外れるが三日ほど走ったところに大きな町がある。そこで人間が食べている果物を腹いっぱい食わせろ。それが条件だ』
随分普通のお願いが来た。でもこれは僕にとってもいい話かもしれない。お金は手に入ったし、町に行ける。更に向かっている方向が変わるならルーナリア王国の監視や追手の目を欺けるかも知れない。
『そんなのでいいの?』
『あぁ。こいつらは俺達に草しかくれなかったんだよ。その上、自分は堂々と果物をこれに乗りながら食べやがる。俺達が欲しがってもくれやしねー。だからとりあえず果物をたくさん食いてーんだよ』
なるほどね。それは当然のお願いなのかも知れない。
『わかった。約束するよ』
『交渉成立だな。ならさっさと乗れよ。あいつが目覚めると面倒臭い』
『だね』
僕は操縦席に座り、竜人族の少女が後ろの馬車に乗る。しかし操縦方法は知らないから馬さんにおまかせ操縦だ。こうして僕達の二人旅が始まった。