#35 ディザスターモンスターの討伐法
僕が最初にやって来たのはアークスさんの屋敷だ。
「はぁ……はぁ……すみません。アークスさん、一つ聞きたいことが出来まして」
「大丈夫かい? ほら、お水を飲みなさい」
「いえ。お水では無くて、それです」
僕が指で指したのはアークスさんがいつも飲んでいるワインっぽい飲み物だ。
「これはお酒なんだが、カナタ君は飲めないと言ってなかったかい?」
「はい! 言いました! 確かその時にこの村で作っている自慢のお酒とか言ってましたよね?」
「あぁ……言ったが急にどうしたんだい?」
「お酒を作っている人を教えてください! 後、ディザスターモンスターを足止め出来る日数は二日でお肉を貰えれば七日持たせてくれるそうです」
アークスさんはホゥの条件を飲むことにした。村人の避難の時間が長ければ長いほどいいからだ。そして僕は酒を作っている人の所に向かった。
「アークス、こんな夜更けにどうしたんだ? 今、避難先に持っていくお酒を選んでいる所だったんだが」
現れたのはアークスさんと同じくらいのダンディな人だった。農家の為か体付きはアークスさんよりしっかりしている気がする。
「いや、彼にあなたを紹介して欲しいと頼まれてね。彼が以前話をしたカナタ君だよ」
「夜分遅くにすみません。カナタと申します」
「おぉ! 君があの迷惑鳥達を退治してくれた子か!」
物凄い歓迎された。どうやらいつも酒の原料になる果物を収穫前に盗られる被害を受けていたらしい。それが今回は被害が出ず、豊作だったそうだ。
「よ、良かったですね」
「あぁ! しかしまさか村から避難することになるとは思ってなかった」
「すまない」
「アークスが悪い訳じゃないさ。寧ろ避難して命が助かることが出来るんだ。感謝こそすれど非難なんてこの村の人間は誰もしないよ」
本当にいい村だと心底思う。だから守れるなら守りたいと改めて思ってしまう。その為に僕は質問する。
「このお店ではどれぐらいの量のお酒があるんでしょうか?」
「具体的な数は知らないがこの家の後ろにいくつも家があっただろう? あれは全部酒を保管している倉庫だよ。うちは先祖代々ここで酒を作っているのが自慢でね」
僕の想像を超える量のお酒があるみたいだ。正直全然足りないと思っていたけど、農村を甘く見ていた。
「すみません! ディザスターモンスターと戦うためにここのお酒を使わせてくれませんか?」
流石に二人は驚く。
「ちょっと待ってくれ。避難をするんじゃ無かったのか?」
「避難はしてください。でも、何か出来るなら僕は何かしたいんです」
「む……うーん」
お酒を作っている農家の人がアークスさんを見るとアークスさんは頷く。
「まぁ、どうせ全部の酒は持っていけないし、ディザスターモンスターに壊されて無駄になるくらいなら使って貰ったほうがいいか」
「では、いいんですか?」
「あぁ。君に賭けてみよう。お代はいらないよ」
「え? それは流石に……」
「彼には彼なりの理由があるんだよ。カナタ君」
まぁ、ただで使わせてくれるなら物凄くありがたい。後、重要なのは天気だ。
「七日間の天気ってわかりますか?」
「確実とは言えないが新聞では明後日と六日後に雨だったはずだよ」
「あぁ。因みに明後日の雨はそこまで強く降らないね」
「どうしてわかるんですか?」
「長年この場所で天気と戦って来た農家の知恵さ」
何故か物凄い説得力があった。農家恐るべし。
天気を聞いた僕は改めて作戦の流れを整理して、作戦を決めていく。そして狩りの専門家であるアンドレイさんとアークスさんに説明をする。
「亜人の能力頼りの作戦だが、悪くはないな。だが、お前の作戦には抜けている所がある」
「どこですか?」
「魔毒だ。これを何とかしないと直接触れて攻撃をする白虎達は間違いなく感染する。それに魔毒は動物以外に植物にも感染すると言ったよな?」
「つまりディザスターモンスターが通った森は全滅する恐れがあるということですか?」
「それだけではないよ。森に被害が出るとこの村の生活にも支障が出る。もし川に入られると飲み水として使えなくなる上に川から水を引いている農作物の土地は全滅して、数十年は元に戻ることはないだろう。出来ればそれを防ぎたい」
これで小雨とはいえ明日の雨でガロロ達の住処と縄張りの森は甚大な影響を受けることが確定してしまった。それだけでなく、周辺の住処にも影響が出てしまう可能性がある。対策としてはあくまで魔毒は雨に流されて、地面の雨水として流れるはずだ。ならばディザスターモンスターの周囲を囲むように溝を作れば被害を抑え込めると思う。
後で溝を掘るためのスコップを借りることにして、アークスさんに言われたことを僕は考える。現在魔毒に効果があると思われるのは、僕の消毒液だけ。しかし僕の消毒液は市販の物だ。当然怪物の体全てを消毒することは不可能。雨で全部流れてくれればいいんだけど、すぐに体から発生するらしい。
「お酒は魔毒に効果があったりしませんか?」
「ないな。そもそも医療で使われている消毒液も効果がないんだ」
そんなに全部が上手くいくわけないか。消毒液を今から生産することも出来ないし、詰んでいる。こうなるとディザスターモンスターに攻撃を当てるところだけ消毒液で消毒して川に入らないようにするしかない。思っておいてなんだけど、そんなこと出来るか?
「んん~……すみません。今は何も浮かびません」
「そうか……」
「まぁ、森は諦めて川だけは阻止するのが普通だろうな。攻撃した白虎達をお前の消毒液で救えばいいだろう」
それしかないか。一度魔毒で苦しんでいる彼らを見ているから辛いところだ。それに出来ればハクアとガロロの住処と縄張りを守ってあげたい。そんなことを思いながら僕達はディザスターモンスターの討伐に動き出す。
「農具と武器の方は私が用意しよう。農具ならこの村には沢山あるし、皆喜んで貸してくれるはずだ。明日の朝には準備が出来ると思う。武器についてはディザスターモンスターに襲われるかも知れないんだ。武器を集めても不思議では無いし、文句は言わせない」
「なら俺とお前は罠の調達だな。それとお前達の戦いに俺も参加させて欲しい。猪タイプのディザスターモンスターとは因縁があってな。あの時の奴ではないが俺なりにけじめを付けさせてくれ」
「分かりました。心強いですよ」
この日はここで寝ることにした。そして翌朝、集まった農具と料理されたお肉を持って、森に行く。そしてまたホゥを呼ぶ。
「カッコー」
「二回目で既にホの字も無いのはどうかと思うなー」
また現れた。計算通りだ。
「悪いけど、現れたのはこのままだとわたし達のお肉が全滅するからだからねー」
「「「…」」」
ハクア、ガロロ達が視線を逸らすが両手に骨付き肉を持っていてはバレバレである。エルは村人にバレるからお留守番。いたら加わっていたと断言できる。
「僕は今からここを離れることになるけど、ハクアの友達が追加のお肉を持って来てくれるから安心して欲しい」
「まー。それなら許してあげようかなー。それでみんなが持っているそれは何かなー?」
「明日に雨が降るらしい。このままだと森が魔毒にやられてしまう。だからみんなには今から溝……は分からないか」
僕はその場で実演して見せる。
「これが人間が溝と呼んでいる水を流すための道だよ。これより深い物をディザスターモンスターを丸く囲むように作って欲しい。これでたぶん魔毒の被害を抑えられるはずだ」
「へー。そんなことまで考えるんだねー。話は分かったよー。みんなの安全はホゥちゃんが保障してあげるねー」
「急に不安になったな」
「そんなことを言うガロロ君はお肉を没収ー!」
「あ!? こら! てめ! 返せ! それは俺が掴まれた肉だぞ!」
摑まれたというより完全に盗んだ訳だが、亜人の表現ではこうなるのかな?僕はガロロ達に言う。
「ガロロ、これは君達の住処と縄張りの森を少しでも守ることにもなる重要な事なんだ。僕は指示するだけで離れてしまうけど、お願い出来るかな?」
「……は。ただ穴を掘ればいいだけだろう? それよりも聞かせてくれ。お前は本気であいつに勝てると思っているのか?」
「思いつつある感じかな? まだ魔毒の対処法が分からなくてね。因みにディザスターモンスターから出ている黒い物の対処法を知っていたりするかな?」
全員がやはり知らなかった。残す問題はこれと最後の詰めだけ何だけどな。僕は村に戻るとアークスさんが用意してくれた特別な馬車に乗る。
それが走竜の馬車だ。走竜は馬より体力と馬力があり、馬並みの速度がある羽がない二足歩行のドラゴンだった。僕らの世界ではレッサードラゴンという名前がしっくりくる。このドラゴンなら休憩なしでマリドの町に行くことが出来るため、到着まで一日かからなかった。
僕達は買い物を済ませて、マリドの町で一泊し、翌日帰ると夜に罠の用意をする。
「なんか穴を掘っていると最初にこの村に来た時のことを思い出すな」
「変なことを言わないで下さい。あのニュルニュルが出て来たら、どうするんですか」
「そうだったね……ん?」
ニュルニュルは確か黎明がこの自然界の掃除屋と言ってたな。待てよ。アークスさんは確か農作物の土地が全滅して元に戻るまで数十年はかかると言っていた。何で治せないはずの魔毒に侵されている土地が数十年で復活することが出来るんだ?これは明らかな矛盾だ。
「アンドレイさん、魔毒って時間経過で無くなったりするものな何でしょうか?」
「お前な……教えたはずだろ? 魔毒は治すことが出来ないって。お前の消毒液は例外中の例外だ」
「でも、アークスさんは土地が数十年で復活すると言ってましたよ? そもそも魔毒に侵されたモンスターはこの世界ではちょくちょく現れているんですよね? それなのにどうして森や土地は無事なんでしょうか?」
「それは……考えてみると変だな。だが魔毒の研究をしている所が魔毒は少なくとも百年は存在し続ける事を確認しているはずだ。自然消滅は考えられないな」
そこの研究機関はどうして僕が気付いた矛盾点に気が付かないのか色々聞きたいことはあるけど、今は僕の仮説が正しいのか確かめないといけない。
魔毒に侵された白虎から感じた腐敗臭。そして腐敗物はニュルニュルの大好物のはずだ。実際にハクアがあの時、また青いのが現れたと言っていた。そこから考えられる仮説はニュルニュルが魔毒を食べている可能性だ。
それなら土地が数十年で復活する理由の説明が付く。僕はニュルニュルを見つけて、識別する。すると消毒に関係するスキルは無いけど、代わりに分解スキルがあることが判明した。これを検索で調べてみた。
分解:一種類の物を二種類以上に分けることが出来るスキル。
このスキルなら魔毒を別の物に変えても不思議じゃない。そして僕は偶然だけどニュルニュルを集める方法を既に知っている。これでどこまで成功するか分からないけど、やれることはやるしかない。
そして僕らはディザスターモンスターの討伐準備を着実に進めて最後の仕上げはエルを帰らせてからする。最後の仕上げはエルに見られるわけには行かない。
「それにしても酷い作戦だな」
「僕達の中で一番効果があると思われる攻撃はエルの放電なんですから仕方ないじゃないですか……エルに話すと絶対に嫌がれますし、黙ってするしかないんですよ。怒られ役は僕がします」
「ふ……すっかり作戦指揮官だな」
「そうですか?」
全く自覚がない僕である。こうして全ての準備を終えて、ホゥ達にも仕事を頼んだことで作戦開始はホゥが教えてくれたタイムリミットより二日早く僕達はディザスターモンスター命名カリュドーンボアに挑むことを決めた。




