#18 異世界の狩人と勇者召喚の歴史
残念ながらモンスター大全のような本は無く、僕はアークスさんにモンスターについて、相談する。
「カナタ君もいよいよレベル上げを始めるか」
「はい。危険なのは重々承知していますけど、後々の事を考えると今のうちに上げておくべきだと思いました」
「そうだね」
僕はアークスさんに色々相談や質問をしている。その中には将来の相談もある。僕が危惧しているのはエルが見つかった時だ。今のところはバレていないみたいだけど、いつバレてもおかしくない。その時が来てから動いていたようでは遅いと考えて今のうちに行動することにしたのだ。
「モンスターについては私より彼の方が詳しいな。そういえばカナタ君にはまだ彼を紹介していなかったね」
「彼? 誰ですか?」
「この村で暮らしている君と同じ異世界からやって来た人間だよ」
「え!? ここに勇者召喚された人がいるんですか!?」
衝撃の事実!もう一か月以上ここで暮らしているけど、今まで聞いたこと無かった!
「リースから聞いていなかったのかい? リースに異世界の文字を教えたのが彼だったから、てっきり知っているものと思ったよ」
そういえばリースは最初から日本語を知っていたな。ということは異世界の勇者は僕と同じ日本人なのかな?これは楽しみだ。
「知りませんでした。紹介して貰えますか?」
「あぁ。では、彼の家に行こうか」
その異世界の勇者の家は僕らの家よりボロい家だった。
「あの……」
「言いたいことは分かるよ。けど、彼はこういう家が好きらしくてね」
僕の中で警戒感が上昇した。
「アンドレイ。いるかい? アークスだ」
思いっきり日本人の名前じゃない!僕の警戒感が更に上昇した。そして扉が開いて、僕は始めて僕ら以外の異世界から召喚された人間と対面する。
「モンスターでも出たか? アークス」
「ボアラの肉を売ってた人?」
「ん? お前はこの前、肉を買った偽騎士か?」
偽物ってバレていたようだ。そして感動の初対面シーンはあっさり崩壊した。何せ既に出会っていたわけだからね。気を取り直してアークスさんが僕の事を説明してくれて、アンドレイさんが口を開く。
「俺も大概だったが随分ヘンテコな勇者召喚をされたな」
「俺もということはあなたも勇者召喚で酷い目にあったんですか?」
「あぁ」
アンドレイさんは元々狩人で勇者召喚された時に勇者の武器として銃を与えられたらしい。しかし肝心の銃弾が無く、作ることも出来ないため役立たずの勇者として召喚した国に捨てられたらしい。なんともよく似た境遇の二人が出会ったものだ。そして話は異世界の話に移る。
「お前はアジア人だな?」
「はい。日本人です」
「なるほど。確かに俺は異世界の薬の事を相談されて、日本の薬の話をしたな」
「あなたはヨーロッパかロシアですか?」
「ソ連人だ」
僕は絶句する。ソ連はロシアの前の国の名前だ。するとアンドレイが話す。
「その様子からするとお前の世界ではソ連はないようだな」
「ないと言うか別の国になっています」
「それなら俺とお前の異なる時代で勇者召喚されたか異なる歴史を歩んだ世界で召喚されたことになるだろうな」
「どういうことですか?」
アンドレイさんが説明してくれる。
「異世界は一つではないと言う事だ。勇者召喚は異なる世界、異なる歴史、異なる時代から召喚される。俺が聞いた話では一度の勇者召喚で全く異なる世界の勇者を召喚されたことがあったそうだぞ」
勇者召喚はなんでもありだな。ここで僕は気になったことを質問する。
「あの……聞いていると勇者召喚が物凄く頻繁にされているように聞こえるんですけど」
「その通りだ。考えても見ろ。勇者召喚をしたと他国が知ったら、どうなると思う?」
「まさか……自分の国も勇者召喚をするってことですか?」
アンドレイさんが頷く。こうなると魔王云々の話が崩壊して来る。そこで僕は魔王について、聞いてみるとまた衝撃的な答えがアンドレイさんから返って来た。
「知っているも何も魔王とは勇者召喚された元勇者のことだぞ?」
「はい?」
僕はアンドレイさんから魔王と勇者召喚の歴史を聞くことが出来た。アンドレイさんに話によるとこの世界には物語で読んだように魔王と呼ばれる存在は確かに存在しており、この世界の人間では太刀打ちが出来ないことで勇者召喚をしたことが始まりというのは事実らしい。
そして物語で語られていたように魔王は勇者パーティーに討伐されて人間の勝利で終わる。問題は物語で語られていないその後だ。
魔王を倒した勇者は元の世界に帰らず、人間の英雄として召喚した国で暮らすようになったらしい。これを知った勇者がいない他国は勇者の力に怯えることとなり、自分の国でも勇者召喚を行うことにした。
こうなるとこれを知った魔王を倒した勇者は怒り狂い、勇者同士の戦いをすることとなる。すると魔王を倒した勇者が負けてしまったらしい。ここから覇権争いならぬ勇者争いが始まることとなった。
強いスキルを持った勇者は国に保護され、弱いスキルを持った勇者は捨てられることとなる。やがて生き残った勇者達は国に反旗を翻した。自分達では手も足も出ない力を持った危険な勇者達をやがてこの世界では魔王と呼ぶようになったそうだ。
「はぁ~……あほらしい」
「捨てられた勇者達は全員がそう言うな」
そりゃそうでしょ。こんな下らない争いに参加されるために無理矢理この世界に連れてこられたなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
「それじゃあ、この国に魔王の内通者がいるという話について何か知っていることはありませんか?」
「召喚主からそんなことを言われたのか? 俺が知る限りでは魔王達にそんな動きはない。最近では自国で好き放題している感じだ。まぁ、殺し合いより女を取るのは人間の性と言ったところだな」
ハーレム生活を満喫している訳だな。最もフーリエさんが言っていたように魔王達がお互いに牽制しているのも影響しているんだろう。
「う~ん……でも僕達が召喚された事件は事実だろうしなぁ」
「それはどんな事件だったんだ? あぁ……口は硬いから安心してくれ」
「私も話さない事を約束しよう」
口止めされているわけじゃないし、僕は二人に話すことにした。
「そんなことがあったのか……勇者召喚を使ったんだからそれなりのことがあったとは思っていたが」
「田舎貴族は大変だな。国の一大事なのに話すらされていないなんてな」
「話す価値がないと思われているんだろうね」
アークスさんは力は無いのかもしれないけど、信頼するに値する人だと思うんだけどな。少なくともこの村の為に毎日働いていることを僕は知っている。残念で仕方ない。気持ちを切り替えて質問しよう。
「それでこの話を聞いてどう思います?」
「まず城の中に内通者がいるのは間違いないだろうね」
「侵入したという悪魔が言ったことも事実だろう。そんなことを言えば勇者召喚がされることは誰でもわかる。だからこそこの話には矛盾が生じている」
「矛盾ですか?」
これはいい話が聞けそうだ。アンドレイさんが指摘する。
「そうだ。さっきも言ったが魔王は勇者召喚された元勇者。自分達の脅威とする存在が誰かよく知っている」
「つまり自分達の脅威となる勇者召喚が行われるかも知れない発言を言うのはおかしいということですか?」
「そういう事だ。見かけによらず賢いな」
「彼は勤勉で努力家だからね」
アークスさんにそう評価されると何ともこそばゆい。近所の憧れのお父さんに褒められた感じだ。
「過大評価しすぎですよ。実際に話がこんがらがって来て、意味が分からなくなってきていますから」
「それは私も同じだよ。取り敢えず私の方でもこの件について、探りを入れてみよう。田舎貴族には田舎貴族なりのパイプがあるからね」
「俺も冒険者ギルドで探りを入れよう。一応悪魔の討伐にも動いている組織だからな。それで話はこれで終わりか?」
取り敢えずこのことはフーリエさんに話して、賢吾達に伝えて貰おう。後、魔王が元勇者であることを追求しないといけないな。明らかに隠されたからね。まぁ、僕達が魔王になる可能性があることを知っているなら秘匿したくなるとは思うけどね。
「あ、すみません。本題を忘れていました。実はモンスターについて教えて貰いたいんですけど」
「モンスターについてだと? まさかとは思うが狩りをするつもりなのか?」
「やっぱり無謀ですか?」
「事情を聞いた限りではな。竜人族の少女がまともに戦闘出来るなら話は変わって来るが」
エルが戦闘する姿を想像してみる。うん、出来ないな。僕が頭を抱えているとアンドレイさんが聞いてくる。
「なぜそこまで狩りに行こうとするんだ? 仕事があり、家まである。このまま普通の生活を送ればいいだろう」
「僕もそれが出来るならそれが一番いいと思っています。でも、この生活は長くも続かないと思うんです」
「竜人族の少女か……しかし見捨てればいいだけの話じゃないのか?」
「それは出来ません」
「何故だ?」
改めて聞かれると答えが出て来ない。それほど僕にとって、助けると言う行動は普通になっていた。僕は考えて答えを出す。
「……僕は見捨てる罪の重さを知ってるからです」
僕の答えにアンドレイさんは言葉を失った。
「(何故そんな悲しい顔をする? どうしてまだ成人していない少年の言葉がこんなに重いのだ!?)」
そして僕の言葉はアンドレイさんに過去を思い出させる。それは自分が国に捨てられ、冒険者をしていた頃の事だ。
冒険者はモンスターを倒すことを仕事にしている。当然命に係わる事件など頻繁に起きる。ある日、アンドレイさんは猪タイプのモンスターと戦うことになり、全滅しそうになったことがあった。
撤退しようにも猪タイプのモンスターは足が速く、スタミナもある。何より鼻が利くために負傷者の血の匂いを嗅ぎ取ってしまうモンスターだった。
負傷者を連れて逃げ出しても意味がなく、寧ろ逃げ込んだ町や村に被害を出してしまう可能性がある。その結果、仲間を見捨てて、自分達は助かる方法を選ぶしかなかった。
「どうせモンスターに食われることになるんだ……殺してくれ。アンドレイ」
アンドレイさんはその人の願いを聞く事しか出来なかった。それ以来、アンドレイさんは冒険者を辞めて、一人でモンスターを狩る狩人に転職することになる。
「(まさか今更こんなことを思い出すとはな……)」
アンドレイさんがこんなことを思っていると知らない僕は言葉を続ける。
「それに助けたい人を助けるって当たり前の事じゃないですか?」
「ふ……そうかも知れないな。分かった。モンスターの狩り方を教えてやる」
「いいのかい? 君はそういうのを嫌うと思っていたのだが」
アークスさんに質問にアンドレイさんが答える。
「俺も見捨てる罪の重さを知ってるからな。ここで見捨てることが出来なくなっただけだ。ただし俺の指示には従って貰うぞ」
「はい!」
こうして僕はアンドレイさんにモンスターの事と狩りの仕方を学ぶことになった。