#16 くノ一とリースを助けた亜人
翌日の深夜に突然部屋がノックされると僕はエルに布団の中に隠れさせた。そしてドアを開けるとそこには黒髪の短髪サイドテールでくノ一の姿をしている女の子がいた。
「夜分遅くに失礼いたします。あなた様は異世界から召喚されたカナタ様で間違いありませんか?」
「違います」
ドアを閉じた。失礼なのはわかっているが、不審者を家に入れるわけには行かない。
「いやいや! 当たっているはずです! 私はルチア王女様の直属の隠密でフーリエと申します! あなた様の友人である賢吾様に言われ、あなた様と接触するためにここに来ました!」
「賢吾の?」
流石に賢吾の名前を出されたら、話を聞くしかない。僕は家の外で話を聞くことにした。エルに合わすのはまだ早いと思ったからだ。そして勇者召喚の経緯や賢吾達の現状を教えて貰った。
「なるほどね。自分達が動けないなら動ける者を使う。賢吾が考えそうなことだなぁ」
寧ろ自分が動かないところを見ると賢吾達の状態は相当良くないんだろう。賢吾は情報収集とか自分でするタイプだからね。更に賢吾達の不幸はこれだけではない。フーリエさんの話によると真央がリーダーになったそうだ。
真央のスキルは相手を従わせる能力だから仕方が無いことかも知れない。ただ僕の想像が正しいならこの状況で戦闘をすると賢吾達は地獄を味わうことになると思う。
相手を従わせる能力は間違いなく強力な能力だけど、逆に言うと従わせてしまう力でもある。これが昔のRPGのように相手がこちらの指示を出してから動いてくれる敵ならいいんだけど、この世界はゲームのように優しくはないだろう。
真央が命令している間にも戦闘は刻一刻と変化することになると思う。それに対応するためにはどうしても個人の判断というのが重要になって来る。それを潰してしまう真央の能力は戦闘には不向きだと言わざるを得ない。それに付き合うことになる賢吾達には同情してしまう。
このことは当然賢吾も気が付いていると思う。それでも真央がリーダーになったってことはどうしようもなかったか賢吾なりの考えがあるんだろう。
「取り敢えず、話は分かった。協力はするよ。ただようやく住む家が出来た所なんだ。暫くはお金稼ぎとかこの世界の勉強に集中させて欲しい」
「それはそうでしょうね。では、この時間に時々会いに来るので、近況報告を聞かせて頂いてもいいですか?」
「分かった。あぁ、それと早速伝言を伝えてくれるかな? 辺境の領主の家で執事のバイトをすることになったから大丈夫だってさ」
これを聞いたら、僕がもう大丈夫なのが伝わるはずだ。
「分かりました。では」
そう言うとフーリエさんはいなくなった。本当にくノ一みたいだ。
翌日から僕の執事のバイト生活が始まった。と言っても主な仕事は屋敷の掃除で午前中がメインだ。午後からはリースの物語を聞かせる時間となっていた。
「私に物語を聞かせるのも立派な仕事です!」
「そうなのかな?」
疑問に思ったけど、リースが仕事だと言うなら僕は従うしかない。そして夜は僕の勉強の時間で余った時間はエルに物語を聞かせてあげる。
そしてある程度、文字をマスターしたら、今度はこの国の法律の本を読むことにした。法律は何が良くて何がダメなのか書かれているゲームでいう所のルール説明書だ。これを知ることは一つの武器になる。
僕の考えが正しいことはすぐに判明する。やはり僕達の世界の法律とこの世界の法律は全然違っていた。少し読んだだけで法律の抜け穴が見つかるほどの脆弱な法律だった。
まず無職についてだが、禁止されているのは別の職種になることが禁止されているだけだった。つまり僕が商人としてお店を持つことは出来ないけど、僕の商品を別の誰かが売ることは法律に違反していない。
もし商売をする場合はリース達にお願いするのは気が引けるから別の誰かにお願いすることにしよう。具体的な商品にまだ当てがないから、この話はここでおしまい。
次は亜人についてだが、この世界ではモンスターと人間の混血という認識はあっている。問題は亜人についての明確な法律は存在していなかった。
調べてみるとモンスターと人間の混血なんだから勝手にモンスターと認識されているだけみたいだ。これを知れたのは大きい。法律で亜人を裁くことは不可能となった訳だからね。
次に見つけた問題点はかなり衝撃的なことだ。なんとこの国には王族や貴族、国に所属している騎士を裁くことが出来るのは王様のみとなっていた。更に法律には権力がある順番まで明記されている。
この法律のせいでアークスさん達、地方の貴族は都にいる貴族や王族に頭が上がらない。横領の証拠を手に入れてもそれを裁く王が無罪と言えば無罪になってしまう状況だ。そして失敗すれば復讐の標的にされて、その事実は闇に葬られることになる。
しかも今は国王が不在の状況だ。ルチア王女様の現在の立場をアークスさんに聞いてみた。
「ルチア王女様はファロス王の代行をしている状況だ。代行と言っても王では無いから彼女に他の誰かを裁く権利はない」
「代行なのにですか?」
「王の代わりをしていると言っても王ではないから裁く権利はないと貴族達は言うだろうね」
「滅茶苦茶じゃないですか」
「政治の世界というのはそういう世界なのだよ」
嫌な世界だね。自分達が有利になる法律を作って、国民から集めたお金で私腹を肥やす。僕達の世界にもあったことだけど、この世界は更に酷い。こうなると僕には疑問が出て来る。
「国民は国に不満を持ったりしていないのでしょうか?」
「それはもちろんあるだろうね。腐敗した政治の犠牲者はいつも国民だ。でも、国民は国には逆らえない。モンスターや魔王の脅威から守ってくれているのは国だからね。どれだけ苦しめられても、我慢するしかないのさ」
モンスターや魔王のお陰で国民の反乱を抑え込んでいるなんて皮肉な物だね。それと話に出て来た王様についても聞いてみた。
「ファロス王は優しい王様でね。私も尊敬していたんだが、ご高齢で数年前に体調を崩して、今は寝たきりの状態と聞いている。そうなる前にルチア王女様が次期王様になることと王様の代行を命じられていて、今のルチア王女様となっている感じだね」
自分の命が短い事を悟って、しっかり手を打ったんだな。立派な王様だ。アークスさんが尊敬している理由が少しだけ分かった気した。
その後も法律とこの世界の勉強を進めているとリースに声を掛けられた。
「カナタ様は優しいですね」
「僕が?」
「はい。だって、この法律のお勉強はエルちゃんの為にしてますよね?」
「エルだけじゃないよ。自分のためでもある。それに僕は優しさを語れる人間なんかじゃないよ」
リースが僕の発言に驚くと質問してくる。
「それはどうしてですか?」
「リースには話したけど、僕は僕の生まれた世界で沢山の動物達を助けて来た。けどそれ以上に動物達を見捨てて来てもいるんだ」
お金や敷地、人手などを考えるとどうしても助けてあげられる数には限りがある。その結果、助けて上げられなかった動物達は山ほどいる。どんな言い訳をしても僕は彼らを見捨てたことに変わりはない。そんな人間が優しさを語るなんてあり得ないと僕は思う。
「カナタ様……それでも私はカナタ様は優しい人だと思いますよ」
「けど、僕は」
リースが僕を抱きしめて来た。
「見捨てた彼らの事を今でも思い続けているカナタ様は誰が何と言っても優しい人だと私は思います。ですから自分をそこまで傷付けないでください」
「……ありがと」
ここでリースが離れると自然と目線が合った。するとリースの顔がどんどん真っ赤になっていく。
「わ、私!? 何を!? す、すみません! 急用を思い出しました!」
リースはあちこちぶつけながら部屋から出て行った。
「急用って、何かあったっけ?」
『人間はよくわかりませんね』
黎明の言葉に僕は同意した。
それから暫くリースは僕を避けるようになった。リースをどうするか悩んでいるある日のことアークスさんから相談を受ける。
「飼っている牛の様子が変ですか?」
「あぁ。村の獣医師でも原因が分からず相談されてね。君の能力でなんとかならないかな?」
「原因くらいなら分かるかも知れません」
ということで僕は牛に会いに行き、色々牛に質問すると原因がなんとなく判明した。
「なんかご飯を食べてから気分が悪くなったとかいつもと違う味がしたとか言ってますけど」
「えぇ!? 餌はいつも同じ物を与えているし、食事も毎日あげていたぞ」
「アークスさん、彼は本当に動物と会話することが出来るのかね?」
獣医師の質問にアークスさんが答える。
「私も半信半疑だが、原因の手がかりが無いのも事実です」
「確かに。では、餌と排出物を調べてみましょうか」
結果は餌の中に毒草が紛れ込んでいたことが判明した。
「そんな……一体誰がこんなことを」
「ごめんなさい! お父さん!」
少年がやって来た。どうやら牛を飼っている人の子供らしい。
「僕が森で生えている草を食べないかなと思って、餌の中に入れたんだ。でも、毒草だったなんて知らなくて」
「そうか……いや、これはちゃんと教えなかった私の落ち度でもある。よく自分で告白してくれた。今度からは私にちゃんと見せるようにするんだぞ」
おぉ!いい父さんだな。怒鳴るよりこっちのほうが僕は好きだ。
「うん! それでモースは元気になる?」
「原因が分かったからもう大丈夫だ。任せてくれ」
その後、モースという牛は治療を受けて、無事に元気になった。すると村の獣医師さんが僕に興味を持ち、僕は呼ばれた。
「まさか本当に動物と会話出来る人間がいるとは思っていなかった。アークスさんの話では医療に興味があるという話だったが、どうだろうか? 私の所で少し勉強してみないかい?」
「え? いいんですか!?」
「あぁ。最も私は獣医師だから人間の医療はあまり教えられない。それでもいいかな?」
「寧ろそっちのほうがいいです! 是非お願いします!」
こうして執事の仕事が休みの日は獣医師のラウさんの所で獣医学が学ぶことになった。するとリースが不機嫌になる。
「私より医者としての勉強を取るんですね」
「そういうわけじゃないんだけど、何を怒っているの?」
「怒ってません」
ドアは強く閉められた。
「怒っているじゃん」
更にエルにも問題が発生する。物語が飽きて来たのだ。
「もっと楽しいことを知らないんですか?」
「楽しいことか……」
こう言ってはなんだが、僕が生まれた世界では娯楽は溢れている。リースも不機嫌だし、ここで行動を起こすことにした。
まずは貰った給料で固めの紙を買った。それをジャージの時に使った多目的文房具のハサミで長方形にカットする。あの時は多目的文房具を見る余裕が無かったんだろう。エルは多目的文房具に感動している。
「なんですか? それ! かっこいいです~」
変形して色々な文房具になるところが気に入ったようだ。これと同じ長さの物を54枚作って、後は数字と絵文字を書けばトランプの完成。
「これをどうするんですか?」
「今から説明するよ。取り敢えず一番分かり安いババ抜きからやってみようか」
ババ抜きのルールを説明して、エルとやってみる。するとエルが物凄くトランプに向いていないことが判明する。
「あぁ~!?」
僕が普通のカードに手を置くとエルは涙目になり、尻尾が大人しくなる。
「あ!」
僕がジョーカーのカードの上に手を置くと目を輝かせて、尻尾が激しく動く。これではババ抜きは絶望的だ。エルが勝つためにはババが手札に来ないまま勝つしかない。しかしおかげで僕も負けやすくて助かる。
「んん~! こっちです! や、やりました! 私の勝ちですよね?」
「そうだよ。エルは強いね」
「竜人族の姫ですから! これぐらい余裕です!」
竜人族の姫がトランプで涙目になっていたわけだけど、そこに触れないのも優しさだ。するとエルは予想通り調子に乗る。すると今度は僕が勝つ。
「むむむ! カナタもやりますね。でも、これで一勝一敗! もう一回やりますよ! 決着を付けましょう!」
こうしてエルはトランプというゲームの魅力に取りつかれた。最初に負けるとどうしてもつまらなく感じてしまう。だからこそ僕はわざと最初は負けた。そして勝ち越さないとエルは寝なかった。
翌日、今度はトランプをリースにも見せて、夜にエルと共にババ抜きをする。僕とリースの一騎打ちになると僕は手札にあったババをわざと上に出す。これをリースは引く。
「ババじゃないですか!」
「引っかかる方が悪いんだよ」
「エルちゃんの時は普通のカードだったじゃないですか! もういいです! 絶対にもう一度引かせて見せます!」
しかし僕はババを引かず、勝利する。
「あがり」
「く……もう一回勝負です!」
「「えー」」
「二人で一緒にそんな顔をしないでください! ほら、やりますよ!」
リースも負けず嫌いであることが判明した。トランプの効果は絶大ですっかりリースは元の状態に戻った。すると屋敷に帰る時にリースが呟く。
「どうしてカナタ様とエルちゃんのようにみんな仲良く出来ないんでしょう」
「え?」
「あ、ごめんなさい。つい口から出てしまって」
そこで僕はリースが言っていた話を思い出した。
「そういえばリースはエルとは違う亜人に出会っているんだよね?」
「はい。子供の頃の話で私がまだ不治の病になっていない頃にここから見える森の中で出会いました。その子は白い虎の亜人でとても可愛い女の子だったんですよ」
どうやらリースは探検気分で森の中に入ると迷子になってしまい、その白い虎の女の子に村まで案内して貰ったそうだ。森にはモンスターが出るらしいので、リースにとっては命の恩人とも言える子であり、初めて出来た友達でもあるらしい。
ただその女の子との出会いをまだ生きていたリースのお母さんに話すと物凄く叱られて、森に入ることを禁止されたそうだ。やがてリースは不治の病を発症し、お母さんが亡くなった。結果的に最初の出会いから再会することがなく、安否すら不明らしい。
「出会えるといいね。最初の友達に」
「はい。あ、すみません。話し込んでしまって。おやすみなさい。カナタ様」
「おやすみ。リース」
こうして夜のトランプ大会は終わった。僕はリースにリースを助けた白い虎の亜人の女の子と再会させてあげたいと思いながら眠りに落ちた。