#1 動物保護をしている少年
僕の名前は犬伏 星空。いろんなペットと生活していることぐらいしか自慢することがない高校二年生だ。今日は林間学校で県外の山にバスで向かっている。
「こっちがババ?」
「……さぁな」
「はい。上がり~」
「だぁ~! 聞いてくるなよ! 星空!」
現在僕は仲良しのクラスメイトとババ抜き中だ。
「あはは! これであっきーの四連敗! 弱いね! あっきー」
「うっせ! ボクっ娘! お前らがいつも聞いてくるのがおかしいんだ! 聞くのは反則だろうが!」
「何を言う。心理戦こそババ抜きの醍醐味だろうが」
「そやで。悔しかったら、もう少し心理戦に強くなるんやな。あっきー」
ボクっ娘と呼ばれたのが泉 葵。僕とは幼馴染で捨てられた犬や猫達を拾ってきては僕のところに助けてあげて欲しいとお願いしてくる優しい女の子だ。
本来なら葵も自分の家で飼って上げたいと言っているのだが、親がそんなお金は無いとかで許可してくれないらしい。葵も部活は剣道でしかも塾を習っていることから経済的な負担を親にかけている自覚があるため、諦めるしかないという感じだ。
それでも、放置が出来ないから僕の所に持ってくる。最初は一匹の猫だったんだけど、その猫が出産し、その子猫達を葵が学校で自慢したことで一目見ようと近所の子供達が集まってきた。そこで更に葵が自慢してしまう。
「この子猫達の親猫はボクが拾って来たんだよ!」
結果、僕は捨て猫を助けてくれたお兄ちゃんと噂になり、次々子供達が捨てられたペット達を持ってくるようになった。
ここで問題となったが近所トラブル。ペットを放し飼いにしているとどうしてもこれが起きる。猫は平気でご近所の土地に侵入するし、元は捨て猫だからゴミ袋やごみ箱を漁る猫もいる。
そこで僕の親は所有している使わない土地をペット用に使うことにした。なんでもうちは昔、農家で広い田んぼや畑、山まで土地を持っていたそうだ。しかし近年野菜を作っても売れないことで更地にするしかなく土地を放置していた。
この土地に僕らはペット達が伸び伸び生活できる楽園を作ることにした。それを手伝ってくれたのが、あっきーこと伊藤 彰久だ。
あっきーの家は大工さんでいらない木材をたくさんただで提供してくれて、僕らはアスレチックや遊び道具を自作した。
ただそれでは僕らも金銭面で追い込まれてしまう。そこで知恵を貸してくれたのが、心理戦こそババ抜きの醍醐味と主張している黒澤 賢吾だ。
賢吾はペット達の様子をネット配信したらどうかと教えてくれた僕らの頼れるブレーンだ。他にもネット配信の時に色々僕にどうすれば成功することが出来るのかアドバイスをしてくれた人物でもある。
もし賢吾がいなかったら、僕は捨てられたペット達に最悪の決断をすることになっていたかもしれない。それぐらいの影響力を持っている人物で僕の愚痴をいつも聞いてくれる人物でもある。
そしてネット配信を実際にしてくれたのが関西弁風に話しているなおやんこと吉田 直哉だ。
なおやんはネットだけでなくアニメやゲームにも詳しく僕らに色々薦めてくれる友達だ。おかげで僕もアニメやゲームに詳しくなった。流石になおやんほどオタクじゃないけどね。なおやんみたいにゲームに課金していないのがその証拠だ。そのお金でペットの餌を買えることを考えると使う気にはなれないんだよね。
こうしてネット配信をした僕らの動画は世界中の人が見てくれて、支援したいという声や飼ってみたいという声が沢山届いた。
話はこれで終わらず、この話を聞きつけたメディアが取材に来るとネットのニュースや新聞に載ることになった。更にはテレビ局が騒ぎ出し、最後は動物愛護協会の人達や町や県から僕らは表彰状まで貰うまでとなる。
現在、僕達の土地はペットを扱っている大手の企業や動物愛護協会に売りに出され、日本全国の捨てられたペット達を預かり、再びペットとして新しい飼い主を探す動物保護施設となっている。
当然周辺の更地の土地も買われるとそこに動物病院が建てられたり、ホームセンターからペット達の大会が開かれる公園まで実に多くのペット関連施設が作られ、全国のペット好きが僕らの町に移住をしてきた。こうして僕達の町はすっかりペットの町と知られることになった。
ネット配信に関わったのは僕達だけだけど、友達は他にもいる。
「あ、彰久君。大丈夫?」
「癒夢ちゃんだけだぜ。俺に優しいのは」
「癒夢はボクの嫁だからあげないよ」
「またそうやって癒夢ちゃんを困らせる。ダメだよ。葵ちゃん」
僕達の癒し的存在の水瀬 癒夢。人と話すのが苦手な彼女だけど、本が好きで図書館の駐車場に捨てられていた子犬を僕の所に持ってきたことで知り合いになった。本好きなだけあって、テストはいつも学年トップ。テスト勉強の時にはいつも助けて貰っている。
最後は僕らのツッコミ担当である五十嵐 美友。賢吾曰く庶民代表。あっきー曰く苦労人。なおやん曰く隠れ巨乳と言われている女の子だ。誰とでも仲良く出来ることから今までずっとクラス委員長をしてきたらしい。
僕と知り合ったきっかけが自転車でひき逃げされて、怪我をした子猫を連れてきたのがきっかけだ。僕が手当をしている間、物凄く怒りを爆発させていたのを覚えている。皆に優しく、心の中ではしっかりとした正義感がある女の子だ。
こんな凸凹な仲良し七人組の僕らだけど、町で目立ってしまった僕らを心良く思わないクラスメイトも当然いる。
「け……うっせーな!」
「いちいち怒らないの。ほっときなさいよ。真央。有名人様達は騒がずにはいられないのよ」
見ての通り僕らとは敵対関係だ。真央と呼ばれたのがリーダーで、本名は安藤 真央。僕をいじめてくる嫌な奴。こいつのグループは男が僕を女子は癒夢を狙っていじめを繰り返している。
ただみんなが助けてくれるし、最近僕が路上で集団リンチされているといじめていた真央らに野犬達が襲いかかるという事件が起きた。この時に真央とそれを笑いながら見ていた真央の彼女は尻を噛まれて、病院送りとなった。
この事件を真央達は僕をいじめていたとは当然言えない。その結果、僕が野犬をけしかけて、俺達を襲わせたとか言いふらした。しかし誰もそんなおとぎ話のような事件を信じる者はいない。むしろ野犬に何かして怒らせたと考えるのが自然だ。
自分達が頭がおかしい奴らだと思われることに気づいた彼らは今では遠くから嫌味を言う程度になっている。こういう奴らは一度被害に会わないと何も変わらないと僕は学んだ。
真央達を襲った野犬達は捕まり、残念ながら殺処分となった。僕は殺さないで欲しいと訴えたけど、人を襲った野犬を救う手段はない。
「ごめんね……助けてくれてありがとう。こんなことでお礼になるか分からないけど、これを食べて」
「「「「ワン! はぐはぐ!」」」」
僕はペットショップで一番高価なご飯を上げた。流石に彼らの最後を見送ることは出来ず、僕にはこっそりお墓を建てることしか出来なかった。
そんなことを思い出している間にバスは目的地である山の中腹にあるキャンプ場に到着し、僕らはグループに分かれて林間学校が始まる。今日はここでテントを使い一泊する予定だ。
「男子はテントの設営で女子は飯盒炊爨だ。それぞれ施設の人の言うことを聞くように」
だるそうな声で号令をしているのは僕らの担任の萩先生。疲れ切ったサラリーマンのような先生だけど、面倒臭いとか言って色々見逃してくれる先生だ。僕らは萩先生の言う通りに動く。
「あっきーは流石だね」
「テントの設営は親父に叩き込まれたからな。大工の息子ならそれぐらいは覚えろとか言ってさ」
「役に立って良かったな」
「ま、今だけは親父に感謝しておくか」
僕達はあっきーのおかげで一番にテントの設営を終えて、テントの中でゲームする。
「お! カレーのええ匂いがしてきたで」
「大丈夫かな?」
「水瀬と五十嵐に任せたのだ。何か問題が発生するはずがない」
「そうそう。これが葵だったら、命の危機を感じるけどな」
暫くするとテントに癒夢ちゃんがやってきた。
「え、えっと……一応完成したよ?」
「ちょっと待て。水瀬。何故一応で疑問形なのだ? そもそも何故水瀬が呼びに来る?」
「……葵ちゃんに飯盒係を取られたから」
テント内が絶望的な空気に包まれた。
「なんで葵ちゃんに飯盒係を取られたんや! 癒夢ちゃん!」
「え……えと……直哉君が葵ちゃんに女子力がないとか言ったから、葵ちゃんが実力を見せるとか言い出して」
「そんなアホな……は!?」
僕らはなおやんの肩に手を置いた。
「なおやんに実力を見せるなら仕方ないよね?」
「あぁ……俺達も食べたいがここはなおやんに譲るとしよう」
「原因を作ったのはなおやんだからな。責任取れ……な?」
「嫌や! まだ死にとうない!」
僕らはなおやんを強制連行をする。そして葵が飯盒を開けるとそこには予想通りの光景が広がっていた。
「お粥になっとるやないかい!」
「まぁね!」
「褒めとらん! こんなん食べれるはずないやろ!」
「お腹の中に入れば同じだよ」
葵の予想外の正論になおやんは言い返せない。まぁ、最悪雑炊にして食べるしかないだろう。
「えっと……もう一度火にかけてみよう? それで炊けるかも知れないから」
「それや! 美友ちゃん! ありがとう!」
最後のあがきも失敗し、なおやんは芯があるドロドロご飯を食べることが決定した。
「……葵ちゃん。実はさっき、あっきーが葵ちゃんの料理に命の危機を感じるって言うとったよ」
「ちょっと待て!? なおやん!? は!?」
「へー……そうなんだ。じゃあ、食べて確かめてみようか」
これで犠牲者が二人に増えた。
「巻き添え!? それだったら星空も大丈夫かな? とか言ってたぞ!」
「かーなーたー」
葵が僕のところに向かって来た。しかし僕は巻き添えなんてごめんだ。
「僕は女の子三人で大変じゃないかな? と心配しただけだよ」
「それを俺は二人がいるから大丈夫だと言っただけだ。泉の料理の心配は一切していない」
「「ずりー!」」
僕と賢吾は見事に躱しきり、生贄は二人で決まった。しかし僕らのご飯事情は何も改善していない。
「えっと……私達はどうしようか?」
「……カレーだけ食べる?」
「心配するな。こんなこともあるかも知れないとレトルトご飯を持ってきている」
「え? でも電子レンジとかここにはないよ?」
美友ちゃんの指摘に賢吾は自慢げに答える。
「それぐらい俺も承知している。最近のレトルトご飯の中にはお湯だけで食べれる種類があるんだぞ」
「それなら俺達もそっちを食べさせろよ!」
「それやったら、俺らもそっちでええやん!」
二人の言い分は正しい。しかし賢吾は言う。
「三人分しかないから無理だな」
「あ、実は僕もお弁当箱にお米だけ入れて持ってきているんだ」
僕が持って来たお弁当箱は二重のお弁当で二人分だ。
「ふ……確かにカレーなら多少の冷や飯でも問題はないか。やるな……星空」
「賢吾もね。僕は二人分だよ」
「つまり食べれないのが二人いるわけだな」
あっきーとなおやんのバトルが勃発するかと思ったら、葵が予想外の言葉を口にする。
「じゃあ、ボクが星空のご飯を食べる~」
「お前は自分が作った物を食えよ!」
「えぇ……だって、お腹壊したら、大変だし」
「さっきのお腹の中に入れば同じ発言はなんやったんやー!」
僕はリュックから薬を取り出し、二人の前に置いた。
「ん? なんだ? この薬」
「下痢止め」
「ありがとう!」
「おおきに!」
二人は見事に食べきり、僕の下痢止めのお世話になることになった。その後、二人がご飯や薬のことで葵対策がされていることに気が付くのは暫く立ってのことだった。
これが僕らの日常光景。それがこの林間学校の夜に突如終わることになるとは思っても見なかった。夜、夢の中で僕は不思議な夢を見た。
『私は勇者……ぐえ!?』
『我が主に何用だ?』
『こ、これは守護獣!?』
勇者と名乗った男は巨大な犬の足に潰されていた。
『待て! 私はこの者に勇者の力を』
『黙れ。我が主にそんなものは必要ない。消え失せるがいい。異世界の勇者よ』
『ひぃいいいい』
勇者が消え去り、最後に僕は老若男女の声を聞く。
『『『『助けて』』』』
その声に導かれるように僕は異世界に転移することになった。