猫になりたい
あれ? ぼく、なんでこんなところにいるんだっけ?
ここはたしか、学校の近くのお寺の境内だ。
ご利益があるって評判のお地蔵さんが、ぼくを見下ろしている。
ぼく、ここでたおれてたの?
だれかに会いたいはずなのに、それがだれだったか思いだせない。
自分の名前や学年はちゃんとわかってる。佐藤優太、小学三年生。
今日は土曜日だから、学校はお休み。それもわかってる。
ああ、それにしても、おなか空いたなぁ……
とりあえず、お家に帰ろう。
あれれ? なんだかいつもと景色がちがうみたい。
なんで地面がこんなに近いんだろ?
すれちがう人がみんな巨人みたいだ。
それに、なんでぼくは四つん這いなんだ?
でも、なんだか体が軽い。
ぴょんとジャンプしたら、そこの高い塀にもとびあがれそう!
ぼくはためしにとんでみた。
そしたら、思った通り簡単に、塀の上にとびあがれた!
そしてそのまま落ちもせず、とてとてとてとて歩けたんだ。
ええっ!? なんで?
立ち止まって座りこみ、頬に手をあてて考える。
あれ? なんだこれ? これはぼくの手じゃないぞ!
うす茶色したもふもふで、ピンクのぷにぷにがついていて、とがった爪が出し入れできる。
なにこれ! これじゃネコみたい!
びっくりしたら、背中の毛がザワッと逆だった。
短いしっぽもボワッとふくらんだ。
ん? しっぽ?
ぼくはあわてて地上におりて、昨日の雨でできた水たまりに、自分の姿を映してみた。
「うわ、かわいい……」思わず声にでる。実際は「うにゃ、にゃわわ」としかいえなかったけど。
そこには、うす茶色の毛並みがモフモフの、にゃんとも可愛い子ネコがいた。ピンと立った耳は大きめで、クリッとした目は金色だった。
うわあああ! やっぱりぼくはネコになってしまったんだ!
なんでこんなことになったんだっけ? いくら考えてもわからない。
それでもぼくは考えた。ウンウンうなって考えた。
そしたら思いだしたんだ!
もしかしたら、あのせいだ。
お寺のお地蔵さんに、あんなことを願ったからだ!
大好きな雪ちゃんは、大のネコずき。
ぼくだってネコはすきなんだ。幼稚園のころから、飼いたいって思ってた。だけど、ひどいアレルギーで、ネコに近づくこともできない。
「ネコなんてきらいだよ」ついそんなこと言っちゃったら、雪ちゃんは、ぼくをイヤなやつって思ったらしい。
ぼくはとっても悲しくなった。
いっそぼくがネコだったら、雪ちゃんと仲良く一緒に遊べるのに……
「お地蔵さん、ぼくをネコにしてください!」
そうお願いしてみたら、みるみる体が縮まって、ザワザワと毛が逆立って、びっくりして目をぎゅっと閉じた。それで、気がついたら本当にネコになってたんだった。
お地蔵さんてすごいなぁ。本当に願いをかなえてくれるんだ……
でも、やっぱり困ったな……これじゃあお家に帰れない。
やっぱり、とりあえず、雪ちゃんに会いにいってみようかな。
ぼくは車にひかれないよう、もいちど塀にとびあがると、とてとてとてとて歩きだした。
すると、むこうから、小さな白い子ネコが近づいてきた。
どうやってすれ違おうか、ぼくは立ち止まって考える。
すると、その白ネコは、ぼくを見て言ったんだ。
「あら? あなたもしかして人間?」
「えっ? どうしてわかるの?」
「だって、わたしも本当は人間なんだもの」
その白ネコは、きれいな青い目で、いたずらっぽくウインクした。
ネコのウインク初めて見た……
ぼくはしばらくポカンとしたけど、どうしても気になって聞いてみた。
「きみもお地蔵さまに《ネコになりたい》ってお願いしたの?」
そしたらその白ネコはこういった。
「そうよ。わたしは昨日、友だちに、とっても悪いことをいったから、後悔してて、悲しくて、人間なんてやめて、ネコになってしまいたいって願ったの……」
「ええっ? 友だちに、どんなこといったの?」
「……わたしねえ、大好きな男の子を傷つけたの……その子、ひどいネコアレルギーなのに、わたしったらちっとも知らなくて《ネコにさわれないなんてつまんないよね》なんていっちゃった……」
えっ? それって……ぼく? そして、きみって雪ちゃんなの?
「……ぼく、今、きみを探してたんだ」
「えっ? どうして?」
「ぼく優太だよ! ネコになって、雪ちゃんといっぱい遊びたかったんだ!」
「ええっ?! きみって優太くんなの?」
「うん! きみは雪ちゃんだよね?」
「そうよ! わあ! すごい! 本当に?」
「ホントにホントだよ!」
「……優太くん、昨日はごめんね……」
「いいよ。 だって、雪ちゃんはぼくがネコアレルギーって知らなかったんだもん。しょうがないよ」
「うん。でも、ごめん……」
「もういいって! それより一緒に遊ぼうよ!」
「うんっ!」
ぼくたちは塀からとびおりて、じゃれあいながら駆けだした!
いつもはこんなに早く走れないのに、体が軽くて、しなやかで、息切れなんてしなくって、景色がどんどん行き過ぎる! なんて気持ちがいいんだろう!
「なにしてあそぶ? 鬼ごっこ? それともかくれんぼ?」
「わたしね、お家にいるネコたちとおしゃべりしてみたいんだ。だからわたしの家に来て! お腹も空いてきちゃったし」
「いいね! ぼくもお腹空いてたんだ。雪ちゃんちのネコたちとおしゃべりもしてみたい!」
ぼくたちはまた駆けだして、あっというまに雪ちゃんちについた。
「ただいま〜」
雪ちゃんは、とりあえずそういったけど、実際は「にゃにゃいにゃ〜」だった。
ぼくたちは、ネコ用の小さなドアからお家に入った。
◇
「あんたたち、だれ?! ここはわたしたちの縄張りよ!」
いきなりおばさんに怒鳴られた! と思ったら、それは太ったミケネコだった。
「すすす、すみません!」
「ごごご、ごめんなさい!」
「おいおい、フクさん、相手はまだ子ネコじゃないか。かわいそうに震えあがってるぞ」
むこうから、大きなサバトラネコが近づいてきてそういった。
「サバ、よけいな口挟まないで! よその子だってね、こういうことはキッチリしつけていかないと」
「へいへい」
「なんのさわぎ〜?」
またまたむこうから、若い黒ネコがやってきた。
そういえば、雪ちゃんちには三匹のネコがいるっていってたな。
「あんたたち、どっから来たの? まずは挨拶するのが礼儀じゃない?」
「こここ、こんにちは!」「こんにちは……」
「違う違う! あんたたち、ママにちゃんと教わってないの?」「ちょっと、サバにクロ! お手本を見せてあげて!」
「へーい」「りょーかい」
サバトラネコとクロネコは、お互いの鼻と鼻をスリスリして、あいさつの仕方を教えてくれた。
だから、ぼくと雪ちゃんもどきどきしながらスリスリして、そのあと他の三匹とも、スリスリしあって仲良くなった。
安心したら、《ぐぐ〜っ!》と、ぼくと雪ちゃんのお腹が同時に鳴った。
「あんたたち、お腹空いてるのね」
「まあ、これでも食えよ」
サバトラのサバさんが、残ったカリカリのキャットフードを勧めてくれたけど、ぼくと雪ちゃんは顔を見合わせて固まってしまった。
「大丈夫です……ていうか、出来たらそのテーブルの上にある、クッキー食べたいかな……」
雪ちゃんがおずおずとそう切り出した。
「なに贅沢なこといってんの?」
フクさんは、じろりとぼくらを睨んでいった。
「なんか、人間みたいだね?」
クロも薄笑いを浮かべながらいった。
「ふふ、冗談よ。サバ、この子たちのためにそのクッキーの箱、こっちに落としてくれる?」
「はいはい。ネコ使い荒いんだから……」
サバさんはテーブルにとび乗ると、クッキーの箱をペシッとはたき落としてくれた。
「よかった! ちゃんと箱の口は空けてある。ねえ、早く食べようよ!」
雪ちゃんはホッとした声をあげ、ぼくにもクッキーをすすめてくれた。
お腹いっぱいになって、やっとホッとひと息ついたらすぐに、フクさんは次のネコ仕草を教えてくれた。
「しっぽはね。こうやって、カギの形に曲げること! これも挨拶するときの仕草だよ」
フクさんは長いしっぽの先っぽだけを器用にクイッと曲げてみせた。
サバもクロもぼくらにお尻をむけて、おんなじようにやってみせてくれたけど、ぼくのしっぽはとっても短いから、あんなふうにはできないや。
雪ちゃんはしっぽが長いから、澄ました顔してちゃんとやれてるのに。
「大丈夫だよ。あんたのやる気はその短いしっぽの先から伝わってくるよ」
「本当? フクさん」
「ホントホント」
「あとは、そうだなぁ、大好きな人を見たときの仕草も教えてやらなきゃな」
サバトラのサバさんがニヤリと笑ってそういった。
「どうやるの?」
「こうやるのさ!」
サバさんとクロは、もふもふ冬毛のお腹をみせてゴロンゴロンと転がってみせた。
「あっ、それ! いつもわたしの前でやる仕草だよね!」「あっ、しまった……!」
「ふふっ。気付いてたわよ。あなたが雪ちゃんで、そっちの子も人間の男の子だってね」
「ええっ?! なんで?」「なんでわかったの?」
ぼくと雪ちゃんは、おどろいて同時にさけんだ。
「お鼻をスリスリしたときの匂いでわかったのよ」
「フクちゃんすごい!この子はお友だちの優太くんだよ」
「おまえら、あのお寺のお地蔵さんにお願いしたんだろ?」
「ご利益あるってネコの世界でも有名だもんね!」
「そうなの?!」「そうなんだ?!」
ぼくらはまた同時にさけんだ。気が合うなあ。
「そうよ。あのお地蔵さんにお願いして、人間に変身して暮らしてるネコだっているんだから」
「うわぁ、そうなんだ!」「すごーーい!」
「でもさ、ぼくら、どうやって人間に戻ればいいの?」
「そんなの簡単よ。お地蔵さんに人間にもどりたいですって願うだけよ」
「えっ! それだけでもどれるの?」
「もちろん! ただし、真剣に願うのよ。本心からの願いしか叶わないからね。それに、願いごとを叶えてくれるのはたったの二回よ!」
「そうだぜ。おまえたちは一回目の願いごとでネコになって、二回目の願いごとで人間にもどるんだから、もう二度とネコにはなれないんだぜ」
「それでもいいの? ぼくは残念な気分と、雪ちゃんに元にもどってほしい気分が半分づつで、なんだかふくざつだなぁ……」
「クロったら……」
雪ちゃんもなんだかふくざつな顔をしていた。
「……でもさ、やっぱり雪ちゃんは人間に戻って、ぼくたちを撫でたり、ネコじゃらしで遊んだりしてほしいや!」
「優太も、人間に戻ったってまた遊びに来いよ!」
「そうよーー、優太なら大歓迎するわよ! 匂いを吸ってもいいし、肉球さわらせてあげてもいいかなって思ってる」
「ありがと……でも、ごめん……ぼく、人間にもどったらネコアレルギーだから、みんなと一緒に遊べないんだ……」
ぼくは悲しくなって、ちょっと泣きそうだった。
「そうなの? うーーん。でも、優太なら、雪ちゃんとお外や優太んちで遊ぶのゆるしてあげるわよ。そのあいだ、大人しくお留守番しててあげるわ」
「だな。おまえいいヤツみたいだからな。俺もゆるす!」
「うんうん。ぼくも優太のこと気に入ったから、ときどき雪ちゃんを貸してやってもいい!」
「ありがとう、みんな。ぼく、みんなのこと忘れない。ときどき遠くから手を振ってもいい?」
「もちろんよ」「いいぜ」「まってる」
「そのときは、みんなでカギの形のしっぽをやるわよ!」
◇
ぼくと雪ちゃんは、お寺にもどってお地蔵さんの前に立った。
ネコになるのって楽しかったなぁ……
人間にもどるのおしいかも……でも、やっぱり、パパやママや、お兄ちゃんに会いたいし、学校の友だちにも会いたい! それに、雪ちゃんには、ネコとしてのぼくじゃなく、人間のぼくを好きになってほしいんだ。
そう強く願ったとき、ぼくの体は重くなり、いつものぼくにもどってた。
雪ちゃんも、ちゃんと人間にもどってた!
「ネコのままじゃ、人間にもどった優太くんとお話できないもんね」雪ちゃんはそういって恥ずかしそうに笑った。
「じゃあね!また明日ーー!」「また明日ね!」
ぼくたちは手をぶんぶん振って、それぞれのお家に駆けだした。
さあ、あったかいお家に帰ろう!
楽しいこといっぱいあったって、パパやママや、お兄ちゃんに教えてあげよう!
でも、ネコになったことは、雪ちゃんとぼくだけの秘密だけどね。