愛する妹がとても反抗期です。誰か私を助けてください。
はぁ…」
妹の唯が落ち着いて、男の身元も把握……出来ているかは、分からない。
正直言って、あの男が本当に私達の血の繋がったキョウダイなのか、疑わしい。
何故なら、白夜離人と名乗った男の容姿がまるで私達に似ていないから。
私自身をじっくりと見る…のは難しいので、妹の唯と比較してみよう。
今でこそ、ボロボロになって、獣のような風貌になってしまった唯だが、少し整えれば元の容姿が見えてくる。
顔は、少し童顔。二重で垂れ気味の目を基調にした、美人とも可愛いとも言える整った顔だ。身内贔屓では無い。
髪の毛は内巻きにクセがある。長さに関しては今はいいだろう。
離人の方は、切れ長の吊り目で、皮肉屋な割には、凛とした顔をしている。まるで歴戦の戦士のようだ。首周りとかもよく見ると鍛えられている……うん。まあ、悪くは無いな。
が、おそらく一番分かりやすい私達との違い、血縁関係を疑う要因が瞳だ。
私達姉妹も、一般的な日本人と異なる碧眼なのだが………。
「……………。」
「…………。」
「……………。」
「…………………。」
意を決して、唯の眠るベッドの傍で写真を眺めていた離人の顔をそっと持ち上げて、瞳を覗き込んだ。
「何だ?」
「………やっぱり、《《金色》》だ。」
「金色…?あぁ、瞳か。《《やっぱり》》金色なのか。俺の目」
「やっぱりって、どういう意味だ?自分で気づいてなかったのか?」
「無い。
最期に看取ったやつが、俺の瞳を金色だと言っていただけだが、それが死に際の視力や脳の異常なのか、本当に色素が変わっているのか、確認することが出来なかったんだ。
鏡も無かったからな。」
そう言うと、周囲に落ちていた割れた鏡の破片を拾って覗き込んだ。
自分の目の色が変色したと言うのは、かなりの異常事態のはずだが、私に指摘されるまで忘れていたのだろうか。
いや、それより何より…
「鏡1つないなんて、何処に住んでいたんだ?」
「森。」
「も、森…??」
「ああ…《《カミサマ》》が異世界に創った森だ。」
このセリフには、それまで淡々としていた声に憎しみと苛立ちが僅かに混ざったような気がする。
「か、カミサマ…??何を言ってるんだキミは」
「正直俺も詳しいことは知らない。
俺があそこで知ったのは
・俺が連れて行かれた森は、地球上に存在していない
・森の外は途中で進めなくっている
・森にいたのは、俺だけじゃなかったこと。
・俺以外の全ての人間が、カミサマによって力を与えられた、超能力者だったこと。」
「超能力者……」
超能力者。普通なら信じられないが、それは私にとっては問題では無い。今隣で眠っている唯が、今さっきも不思議な現象を起こしているし、今に始まったことでも無い。
問題なのは、この先からだった。
「そして、あの場所が
--カミサマと契約した者達が、目標の果てに命を狩り取られるはずの債務者共が、契約を踏み倒して生き残るために最後の一人になるまで殺し合う為のフィールド。
人としての心や善性。品性をかなぐり捨てた、蠱毒の壺だったということだ」
唯の髪をさらりと撫でながらキスをした離人は、一呼吸置いて続けた。
「俺は、その森の中で7年間、逃げながらサバイバルを続け、生き残っていたんだ。」
「そんなフィクションみたいなこと……信じられるわけがない。あまりにも常識外れだ……」
「ああ。否定すればいいさ。
何も知らぬまま。
当時10歳のガキが、周囲は横綱やボクサーだって捻り潰せる超能力者。それも全員、自分の命がかかっている。
遠慮も躊躇も無く、持てる力を行使してくる。
そんな恐怖を知らずに、自分が受け入れられない事実を、身勝手に否定すればいい。」
疲れ切った表情で、口角だけ上げて笑って私に言い放つ。
もし、その話が本当なら、確かに私の言葉は身勝手な否定なのだろう。
だが…
「なら、どうやってその森から還って来たんだ?
超能力者は信じられるさ……私には唯がいるんだから。他にもいるんだと言われれば、仮に信じるとしよう!
だが、お前の話を信じるには、明らかに信憑性が無い点がひとつある。
お前の言うとおり、十歳の少年が、唯と同様の超能力者を相手に殺されずに、生き残っていることだ!
まさか十歳の少年が超能力者を殺し尽くしたと言うのか!?」
さあどうだ?
答えられるのか、この異常を。
最後の一人になるまで殺し合いをする場所に巻き込まれたお前が、何故ここにいるのか。
「…………それが分からないまま。俺はこの世界に還ってきたんだ。」
「分からない?どういう意味だ。カミサマとやらが出てきて、最後の一人になったから帰してやろうとか言ってきたわげじゃないのか?」
「俺は隠れ潜んで暮らしていたんだ。当然、超能力者なんて奴らに、殺し合いで勝てるわけもない。
途中、甘い連中に助けて貰ったり、武器を継承したりしたが、最終的には孤独になって、生き残っていた。
森だけあって、木があって湿り気があれば、当然虫もいた。
だから俺は、虫を食み、腹を空かせ、泥を啜って、腹壊して、怪我をそのままにして、高熱にうなされて、見つかっては殺されそうになって、逃げて。
唯にもう一度会わずに死ねないと、その一心で生き続けていた。」
次第に、彼の声が震えてきた。
「凄かったぜ……奴ら、日に日に人を棄てたような目をしていくんだ。
俺を見つけると、餌を発見した獣みてえな目で、何の容赦も無くチカラを向けてくる。」
唯の手を取って、祈るように、いや…撫でてもらいたいかのように、自らの額に当てた。
「俺が最後に会った超能力者は、もう狩りを愉しむ蛇のようだった……」
「…………離人。」
「常識外れ……笑わせる。
世界は常に、自分の識らない現実が起きている。
世界全てを見ることが出来ない人間に、《《常》》に《《識》》られ続けている事象などありえるものか……認識から外れない現実など、この世の何処にあるものか……」
「……………」
…そうか。そうなんだな。
お前は、本当にそんな目にあってきたんだな。
「分かった。
その言葉が仮に嘘なら、もう私が騙されよう。」
キミは私のこの発言を、不快に思うだろう。
結局信じてはいないのだと。
………だが、それでもどうか許してほしい。
キミの震える声を聞いて、キミの悲痛な叫びを聞いて、考えることを止めてしまった私を、どうか許してほしい。
今は……今は、とにかく
「何故かキミを、今すぐ抱きしめずにいられないんだ……記憶が無いハズの弟を……」
「…………留里。」
もう、後のことは後で考えるさ……。
「………大変だったな。おつかれさま、離人。」
「……………ああ。確かに疲れたな。」
「まったく。唯といい、キミといい……私もとんでもない運命に翻弄された子の姉になったものだな。
隣に、《《使われていない》》部屋がある。そこに布団を敷いてやろう。少し安むといい。
本当は唯と離れたくないだろうが、そこは唯が目を覚ましてからにしてくれ。」
「ああ。分かった。
…………そうか、使われていないのか、《《あの部屋》》。
てっきり物置きにでもなっているものだろうと思っていたがな」
「ほんとは、唯が物凄く反対したんだ。絶対に物置にするなんて許さないと。」
「唯が?」
「ああ…。こんなクスリに手を出すまでは、毎日、部屋の窓を開けて風通しをして、掃除もして。
自分の部屋にいるよりも、長くあの部屋にいたと思うよ。」
「……………そうか。ありがとう。唯。」
本当に、心から愛おしそうに唯を撫でている。
「………それじゃあ、私は布団の用意をしてくるよ。
その間に、シャワーでも浴びるといい。
ずっと森の中だったと言うなら、随分長く洗えてないんだろう?」
「それもそうだな。
さっきは緊急事態だったが、せっかくの妹との再会で泥臭いようではよろしくない。」
「………あ、そう言えば着替えが要るな……。
やっぱり、ちょっと買ってきてくれないか?服だけならともかく、男物の下着と言うのは、流石に。
せっかくだから風呂を沸かしてやろう。」
「ああ、そうなるな……。悪いが金貸してくれ。無一文だ」
「分かった。リビングに財布があるから、一緒に来てくれ。」
「ああ。」
一足先に部屋を出る。
そして、階段を降りた辺りで、ひとつ言い忘れていたことがあることに気付いた。
だが正直、これを言うべきなのかは、私は迷うところだな。
「……離人。」
「ん?」
私が声をかけると、階段を降りる途中だった離人はその場で立ち止まり、私の方を見る。
私も、彼の金色の瞳を見つめた。
「………あー……その、なんだ……」
「なんだ?」
「…………いや、やっぱりなんでもない!」
「…?そうか。」
うん。やっぱりやめておこう。
だって、何にも思い出せないのに
『おかえりなさい』は少しおかしいと思うから。
こういう時、私は何て声を掛けるべきなんでしょうか。
冴えたアイディアが浮かばないので、誰か私を助けてください。