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【文庫化】信長と征く 転生商人の天下取り  作者: 入月英一@書籍化
二章

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策動

 ――烏丸中御門第(将軍義昭邸)


 幕臣細川藤孝は、各地から届く目まぐるしい情勢をまとめ上げると、主君足利義昭に報告すべく将軍邸に赴き、義昭と面会をしていた。


「上様、本願寺の挙兵は先般一報を入れた通りです。三好を後詰すべく動いたようでして、佐久間殿の軍勢が危機に瀕しましたが、これは明智殿の果敢な行動によって、何とか事なきを得たようです」

「左様か」


 藤孝は眦をきつくする。というのも、彼の視線の先で義昭は、以前信長から献上された清水焼を捧げる様に持ち上げては、眺めていたからだ。

 とても真剣に聞いているようには見受けられず、事の重大性が分かっているのかと、藤孝は内心憤る。


「されど、危機を一旦脱したとはいえ、三好本願寺連合の方が、織田弾正忠殿が畿内に残して行かれた留守部隊より強力です。……弾正忠殿はこの事実に、断腸の想いで朝倉浅井討伐を諦め、畿内へと引き返しておられる所です」

「左様か」

「ッ! 上様!」


 藤孝は思わず厳しい声を上げるが、それでも義昭は痛痒を感じていないようである。変わらず、しげしげと手の中にある黒焼きを見遣る。


「それで? 報告はそれだけか?」

「……本願寺が比叡山に使いを送った模様。延暦寺もまた、反織田に靡きそうです。もしそうなれば、敵は朝倉浅井に、これに加わった斎藤六角の残党、それから三好本願寺、更には延暦寺と、周囲敵だらけとなります。のっぴきならない事態ですぞ!」

「……足らぬよ」


 義昭はポツリと呟く。


「はい? 何と仰られましたか?」


 藤孝の問う声に、ようやく義昭は藤孝へと視線を向ける。


「足らぬと言った。……織田弾正忠信長、彼の男は真の英傑よ。初めて会った時から、余はずっとあの男を見てきたが、そのように確信した。朝倉、浅井、三好、本願寺に延暦寺と、その他の小勢? その程度では足らぬ、足らぬ、全然足らぬわ」

「はあ」


 藤孝は生返事を返す。


「まあ、流石に苦戦くらいはするやもしれんが……。ふむ、何の問題があろう? 弾正忠が苦戦するのは、余にとって都合の良いことじゃ」


 藤孝はぎょっとする。思わず左右に目を走らせた後、囁くように言う。


「上様、滅多なことを申されますな」


 義昭は、かかっと笑う。


「本当のことではないか? 弾正忠が苦戦すれば、ひょっとすると敵対する勢力のいずれかとの和睦をしようと、征夷大将軍たる余に仲介を頼んでくるやもしれん。貸しを作ることができるではないか」

「それは……仰る通りやも知れませんが」


 義昭の大胆な発言に、藤孝は肝を冷やす。落ち着かなげに、言葉を重ねる。


「もしも、もしも一歩踏み間違え、万が一弾正忠殿が破れるようなことがあったら、どうなさる積りか? 大事も大事。そのように悠長に構えられては……」

「弾正忠が破れる? それもまた良しじゃ。弾正忠の次に余を担ぎ挙げるのが誰になるかは知らんが、弾正忠より与し易かろうよ」


 義昭は何でもないことのように言ってのける。大恩ある信長が破れても構わないと。藤孝はあまりのことに固まった。


「ふむ。一番困るのは、弾正忠が容易く敵を撃破してしまうことか……。やはり足りぬな。足りぬ。確実に苦戦以上をしてもらわねば。そうさなあ。どこぞ、大名を嗾けてみるか」

「上様!?」


 密かに信長の苦戦を願うくらいなら、まだ許されよう。が、更に信長の敵を増やそうというのは、明確な裏切り行為であった。


「上杉、は動かぬであろうなあ。毛利は今、尼子を攻めておるし……なれば、武田であろうか?」

「上様、正気ですか?」


 義昭はその問いに答えることなく、すっくと立ちあがる。両手で抱えていた黒焼きを、信長からの献上品であるそれを、中空で手放した。――ガシャン! と茶碗は砕ける。藤孝は体を震わした。


「弾正忠は、暫くは戦場を駆けずり回るのに忙しかろう。鬼の居ぬ間じゃ。余も動くとしよう。まずは、武田に密使を送る」

「う、上様……弾正忠殿は、上様の将軍位就任に尽力された恩人ですぞ。そ、それを、真に裏切る、と……」


 義昭は首を傾げる。


「無論、弾正忠には恩義を感じておるよ。じゃが、だからといって、裏切ってはならぬ理由にはなるまい。恩人どころか、親兄弟、主君をも裏切るようなこの世の中で、どうして恩人だからと、遠慮をする必要がある?」


 心底不思議そうに口にした。


 ――こ、この方は……。

 藤孝は、自らが義昭のことを見誤っていたことを悟る。


「おお! そうじゃ! 鬼の居ぬ間にもう一手打っておこう! 将軍権威を高めるため、帝に改元を奏請しよう! ふふ、実は改元は前々からいつか実現させようと考えておってな! 『詩経』からの出典で、元亀はどうじゃ? 改元によって、戦乱を断ち切り、室町幕府による治世が来るようにと! 永禄を元亀へと改元する!」


 義昭は高らかに宣言する。



 永禄の元号は、嘗てあった史実と異なり、永禄八年で終わりを告げる。五年も早く元亀へと改元されることとなったのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 流れるように立てられる徳川脱糞フラグに(臭)唯一回避し得る可能性を持つ主人公はガラス細工に適当な投資しててまだ鉄砲を揃えれて無いから回避不可能ですな。
[一言] 担ぎ上げられるほどの価値って残ってたっけ?
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