七話 王都に向かって旅立つ二人
「ジョゼフ。もう朝だよ。起きて。」
ゆさゆさと自分を揺らす手に、ジョゼフはまどろみから目覚める。
一人の時は、何があろうと陽が顔を出す前に必ず目覚めていた。
だが、最近は体温を感じながら眠る幸福感に、すっかり気が緩んでしまっているな、とジョゼフはまだ眠気の残る頭を振りながら思う。
「おはよう。シーラ。」
「おはようジョゼフ。もう…。なにまだ眠そうな顔してるの? 」
腰に手を当てて、まだベッドでもぞもぞとしているジョゼフを見下ろしながら、シーラは呆れたように言う。
まるで自分が母親に起こされる子供のようだなとジョゼフは思って、ふふっと笑ってしまう。
「なに…? もう早く起きないと、また朝ごはん食べられなくなっちゃうで…しょっ! 」
そういうと、シーラはジョゼフに掛かっていたシーツを剥ぎ取る。バサッと音がして、シーツが床に落ちる。
「乱暴だな…。」
「ジョゼフがのんびりしてるからで…。……ダメだからね…。こんな明るい中じゃ…。」
笑顔のまま抗議の声を上げたジョゼフに、また腰に手を当てながらシーラが言いかけたが、彼女は急に赤くなって目を逸らす。
昨日は終わってからそのまま寝たので、ジョゼフは何も着ていなかった。
ジョゼフが自分の身体に目を落とすと、そこには男性特有の朝の生理現象が屹立していた。
*
「だからアレは朝に起こる現象で…。」
「わかった! わかったってば! 」
真っ赤な顔で黙りこむシーラに、ジョゼフは何がそこまで必死にさせるのかと思いながらも言い訳を続けていた。
シーラにやっと答えてもらえると、ジョゼフは安堵のため息をついた。
昨日は宿屋に帰ってからすぐに旅の準備を整えた。
宿の朝食を心行くまで味わい、二人は部屋へと戻る。シーラが満足そうにしていたのを見て、ジョゼフは良かったと胸を撫で下ろす。
昨晩のうちにまとめておいた荷物を背負うと、二人は部屋を振り返る。
たった二日間だけだったが、荷物も無くなって、どこかガランとした部屋を見ていると、何故か物悲しい気分になる。
いくら旅をしていても、これだけは慣れないなとジョゼフは思う。
「また、来ようね。」
「ああ。何度でも来られるさ。」
シーラとジョゼフは、そう言って見つめ合うと、部屋のドアをぱたりと閉めて、鍵を掛けた。
*
「おはようございます。ごゆっくりしていただけましたか? 」
「ああ、おはよう。色々とありがとう。」
「おはようございます。また来たいです。」
ロビーに降りて行くと、カウンターに居たカーミラから声が掛かる。
二人はチェックアウトを済ませると、カーミラに向き直る。
「セラって言う子を知ってるかい? この子によく似た雰囲気の…。昨日は泊まってたみたいなんだけど。」
「セラ様でしたら、よく当店をご利用いただいていますよ。何か伝言がございますか? 」
「ああ、じゃあお願いしようかな…。」
セラは宿にはまだ戻って来ておらず、戻って来るのもいつになるか解らなかったため、伝言を頼んでおく事にした。
辿る道と行き先は伝えてあるので、歩きの二人になら、馬を使えば追い付けるだろうと思ってのことだった。
「それでは、またのご利用をお待ちしております。どうかお幸せに…。」
宿の玄関まで送りに来ていたカーミラが、そう言って頭を下げる。
「ええ。ありがとう。必ず幸せにしてみせるわ。」
その言葉に、シーラはそう言って笑顔を見せるのだった。
*
「前から不思議に思ってたんだけど、その背嚢って、大きさ以上の物が入ってない? 」
「気づいたか。種明かしは今晩だな。」
町並みを眺めながら、ギルドに向かう途中、シーラが突然そんな事を言い出した。
実際に、シーラと初めて会った時ですら、中身がいっぱいに見えていたのに、昨日街で買った大きな荷物も、今は背嚢の中に収まってしまっている。
「重たくないの? 良かったら少しなら持てるよ? 」
シーラは、自分が肩から下げているバッグを差し出す。
「大丈夫だ。重さは増えてないんだよ。」
「やっぱり。魔道具なのね。」
「正解。だけど秘密にしておいてくれよ。手に入れるの大変だったんだ。」
「そうだったんだ…。」
「シーラには剣を背負ってもらわなくちゃならないしな。」
一昨日に街に入って来た時にも、シーラは大剣を背負っていた。
細い女性が到底振り回せるように見えない大剣を背にしているのを見て、街の人たちは、ジョゼフが自分の剣を背負わせていると思っていたらしい。
「ジョゼフって誤解受けやすいんだね。」
「ほっとけ! 」
そうやって笑いながら歩いているうちに、ギルドの前に二人は着いた。
*
朝のギルドは、仕事の依頼を探す冒険者たちでごった返していた。
最近は、ほぼ指名で仕事を請けている事もあって、ジョゼフもこれだけ混雑しているギルドに顔を出すのは久しぶりだった。
窓口は6つ全てが開けられ、中で受付嬢が忙しなく書類と人を捌いて行く。
その中の一つにジュリアの姿が見えたが、ジョゼフは声を掛けるのは止めておいた。
匂いたつほどの活気が溢れるその光景に、駆け出しだった頃を思い出して、ジョゼフは懐かしい気持ちになる。
いくつもの顔が浮かんでは消え、彼らは今はどうしているんだろうとジョゼフは思う。
「ああ、こっちだ! こっち! 」
そんな思い出していた顔の中の一つがジョゼフを呼ぶ。あれは掲示板にとびっきりの依頼があった時の顔と同じだな、と懐かしい気分になる。
「良かったよ。あたしが出る前に来てくれて…。」
エリンは人混みをかき分けてジョゼフとシーラに近づいて来る。
「やあ。エリン。今日は一段と混んでるな。」
「なんだか大分魔物の数が増えたみたいでね。稼ぎ時だって言った噂が流れててさ。」
「魔物が増えてるんですか? 」
「あ、ああ。普段は上の等級の連中に狩り尽くされちまうような場所でも、十分に稼げるみたいだ。銅等級の連中がこぞって出て行ってる。」
「……。」
「どうした? シーラ。」
「ううん。多分大丈夫だから。」
シーラの要領を得ない返事に、ジョゼフとエリンは顔を見合わせる。
「あ、そうそう。シーラのタグも出来てるよ。ギルド長も宜しくってさ。気をつけて行って来いだって。確かに伝えたからね! 」
それだけ言うと、エリンはまた人混みをかき分けて事務室の方へと向かっていく。白磁級の指導やら、魔物の出現情報の精査をしに行くのだろう。
「さて、用も済んだし行くか。」
振り返ると、シーラがタグを付けるのに四苦八苦していた。
「どれ、貸してみろ。」
「うん。上手く出来なくって…。」
「これはな、この金具の中にバネが入ってるから、このピンを引いて…そうそう。」
「出来た! 似合う? 」
誇らしげに銀のタグを見せつけてくるシーラ。
そんな姿を見て、ジョゼフはにっこりと笑う。
その一部始終を見ていた周りの冒険者は、下手に声を掛けたりしなくて良かったと思うのだった。
*
ギルドを出て五分ほど歩くと、朝市が開かれているのとは反対側の城門にたどり着いた。
「ねえ。この人たちってみんなどこに行くの? 」
朝方の城門は、着のみ着のままの者、そして大きな荷物を担いでいる者、そんな人たちでごった返していた。
「ここは冒険者の街だからな。入って来る者、そして出て行く者。みんなそんな感じさ。」
冒険者になれば、なんでも望みが叶う、そう信じてこの国の若者は一度はルデル市を目指す。
だか、その中で行動に移す事が出来るのは一握りだ。農民や商人、職人になったとしても、特権階級である貴族にはなれない。
だが、冒険者として実績を上げ、騎士として登用されれば、騎士爵と言う貴族の末席に加わる事が出来る。
実際に騎士までたどり着けるのは、万に一人居るか居ないかだったが、自信のある若者にとっては枷にはならなかった。
だから、この街に入って来る若者たちは後を絶たない。
目の前でルデル市に入って来ようとしている列にならぶ顔には、希望と期待。そして野心が溢れていた。
ただ。この中の半数は、冒険者となって一ヶ月を待たずに魔物のエサとなってしまう。
ギルドでもこの状況を何とかしたいとは苦慮していたが、予算その他の問題で解決は先送りとなってしまっていた。
*
「なあ…あれってさ…。」
ジョゼフの姿を見て、数人が顔を見合わせて話し出す。さすがに金等級冒険者ともなれば、顔を覚えられている場合もある。それを本人がいくら望んでいなくともだ。
「へぇ。あの人が『生還者』なんだ…。」
「しっ! 声が大きい! 」
ジョゼフがふとそちらを見ると、魔導杖を持った少女が、少年に口を押さえつけられていた。
少年はジョゼフに見られていたのに気がつくと、頭をペコペコと下げて謝る。
その声に気がついた冒険者の中にも、その名前を知っていた者が居たようで、ひそひそとお互いに話しては、ジョゼフの方をちらりと見て目を逸らす。
「気にすんな。噂は噂でしか無いさ。」
目の前に並んでいた男が、ジョゼフをチラチラと見ている者を睨みながら言う。
「俺もあんたに助けられた。だからこうして田舎に帰る事が出来る。他の連中だって解ってるさ。」
「すまないな。ありがとう。」
大荷物を抱えて故郷へと帰るのだろう。
ジョゼフは、その男に深々と頭を下げるのだった。
「はい。次。」
順番の来たジョゼフは、二人分の通行料を衛兵が差し出して来た箱に入れると、門の外へと歩き始める。
これからまた旅が始まるという、どこか浮き立つような気分は、重く苦い味に取って変わられてしまっていた。
*
「さっきのって、なんだったの?」
街道を歩きながらシーラが聞いてくる。
あれから黙りこんでしまっていたジョゼフを、ずっと心配していたようだった。
「どんな状況からでも、必ず生きて戻る。だから渾名として『生還者』なんて呼ばれてるんだよ。」
眉間にシワを寄せて覗きこむシーラに、ジョゼフが自嘲気味に答える。
「良いことじゃないの? それって。」
「一緒に居た連中は帰ってこられなかった。だが、俺だけは帰ってくる。だから、自分以外を犠牲にして生き残って来たってね、噂になってるんだ。」
「……。」
「冒険者でもなければ、怒りの矛先を向ける相手が魔物って訳にも行かないからな。だから恨まれても仕方ないと思うようにしてる。」
「もしかして、それがパーティーを組まない理由なの? 」
「それもあるな…。」
「そう…。」
「シーラもそう言われたら気になるだろ? そうだな……。この件が終わったら、誰も知っている奴が居ない所に行くのも良いかもしれない。いっそ魔族領でもいいな。」
「……そうね。そう出来たら良いね…。」
奥歯に物が挟まったような会話が途切れると、二人はしばらく黙って歩き続けるのだった。
「…あのね、ジョゼフ。弱い者が強い者に倒されてしまうのは仕方がないことだと思うの。」
しばらく歩いてから、シーラがつぶやくようにジョゼフに話しかけて来る。
「そうなのかな…?」
「ええ。だからみんな努力して力を付けるんだと思う。魔族はみんなそうやってるわ。」
「そうだな。確かに努力は報われるべきだと思う。だけど、俺は救える…。いや、助けられる者だったら何とかしたい。それだけなんだよ。」
「ジョゼフも『弱き者』は見捨てられない人なんだね…。」
「ん? それはどういう…。」
二人は近づいて来る気配に気がついて口をつぐむと、その気配の方向に向き直った。
*
「ねえ! そこのお二人さん! どちらに向かってるの? 」
走って近づいて来る男から、陽気な声が掛かる。
背の高い細身の男と、どちらかと言うと小さな女、そんな冒険者の二人組が駆けて来ていた。
この辺りでは、乗り合い馬車はほとんど見る事は無い。あることにはあるが、街道には盗賊も出るので護衛をつけなくてはならないのと、次の宿場まで二日間は掛かるので、料金がとても高額になる。
だから、乗り合い馬車を使うのは、裕福な商人や役人だけで、市井の人たちはもっぱら歩いて移動していた。
だが、人数が少なくなればなるほど、旅の危険は増して行く。だからこうやって即席のパーティーを組む事もよく行われていた。
「王都に向かおうと思ってる。」
ジョゼフは答える。
「良かった。僕たちも王都に向かっててさ。良かったら一緒に向かわないか? 」
その男は、にこやかに笑いながらそう提案して来たのだった。




