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六話 ギルドに登録しに行く二人



「ジョゼフ。とりあえず場所を変えよっか。」

 

 ローブの女がいなくなった場所を睨んだままのジョゼフにシーラが声を掛ける。

 

「そう…だな…。」

 

 なにかまだ気配が残っている気がして、ジョゼフは何度も振り返りながらギルドへと向かうのだった。



*



「今日は一人登録に来たんだけど、だれか空いてるかな? 」


「あ、ジョゼフさん。登録ですね。…ええっと、ちょっとお待ちいただいて良いですか? 」


 ジョゼフがギルドの受付に着くと、カウンターの中には顔馴染みの受付嬢、ジュリアが居た。


「珍しいな。こんな時間に忙しいなんて。」


「なんだか王都から魔導石板を使った通信が入ったとか何とか…。」


「そんな緊急の要件が入ったって? 」


 ジョゼフは、顎に手を当てて考える。魔導石板とは、国家の一大事などがあった時、火急の用件を伝える為の使い捨ての魔導具(マジックアイテム)だった。

 それこそ戦争や大災害の時にしか用いられない。


――一体何が起きているんだ?


「そうみたいですね。だからみんな出払ってしまっていて、試験官が出来る人が居ないんですよ。」


「今日は戻らないかな? 」


「ちょっと待ってもらえれば、誰かは戻ってくると思いますよ。お持ちであれば、その間に魔石の鑑定しておきますよ? 」


「それじゃ、これ…。お願いしようかな。」


「また凄い量ですね…。」


 ジョゼフは腰に下げた革袋を取り出して、そのままジュリアに渡した。


「それではお掛けになってお待ちください。」



「…ずいぶん親しげなのね? 」

 

 ホールに置いてあるベンチに座ると、目だけ笑っていない顔のシーラがジョゼフに低めの声で話掛ける。


「た…ただの顔馴染みってだけだぞ? 一応、金等級の有名人だしな。」


「ふうん…。」


 慌てて取り繕うジョゼフをシーラはチラリと眺めると、足に肘をついて前を向く。


「そう拗ねるなよシーラ。あの子はギルド長のお孫さんなんだ。もうシーラの事は知ってるはずだから、あえて紹介はしなかっただけだって。」


「…。そうだったんだ。もう…。」


 途端に機嫌が良くなって脇腹を指で突くシーラに、ジョゼフはホッと胸を撫で下ろすのだった。



*



「ジョゼフさん。精算が終わりました。」


 革袋の中には、金貨や銀貨が詰まっていた。じゃらじゃらと音のするそれを、ジョゼフはそのままジュリアに返す。


「はい。それではタグに登録しますね。お貸しください。」


 冒険者タグには、魔力である程度の情報が記載出来る。ジョゼフは必要最低限だけの金額を残して、ほとんどの財産をこのタグに記載するだけにしていた。


「お預かりする金額はいつもの通りに? 」


「いや、ちょっと待って欲しい。」


 ジョゼフは、横で話を聞いていたシーラに真剣な顔で向き直る。


「シーラ。俺は今まで稼いだ金額のほとんどを冒険者の孤児育成の為に使って来た。これからは君の生活もあるから、勝手に使う事は出来ない。だから…。」


「なんだ。そんなこと? いいよ、今までどおりで。」


「良いのか? 」


「だって魔族には、ただの貴金属なんて意味ないもの。」


「どういう意味だ? 」


「ちょっとジョゼフ。金貨を一枚貸して? 」


 ジョゼフは懐から金貨を一枚取り出すと、シーラに渡す。


「ちょっと見ててね。」


 何が起こるかとジョゼフとジュリアはシーラの手元を眺める。


 魔力が高まるのを感じた直後には、その金貨は二枚に増えていた。


「な…。」


「錬金術を使えばこんな感じ。意味が無いって解ってくれた? 」


 驚いた顔のジョゼフが見つめると、シーラは得意げに胸を張るのだった。


「今までにもこうやって? 」


「大丈夫よ。今まではそんなことしてなかったから。」


 慌ててホールを見渡して、誰も居なかった事にジョゼフとジュリアはホッとする。


 その金貨は傷の位置や通し番号まで一緒だったが、確かに金貨に見える。


「だから、魔族には財産って言うものには価値がないのよ。」


 驚く二人を見ながら、シーラはどこか悲しそうに言うのだった。



*



「よう。ジョゼフ。嫁さんの登録に来たって? 」


 金貨を見比べていたジョゼフに、後ろからそんな声が投げ掛けられた。

 慌てて金貨を懐にしまうと、ジョゼフは声のする方向に向き直る。


「やあ、エリン。久しぶりじゃないか。そうだ。この人が俺の嫁さんのシーラ。これから宜しく頼む。」


 そこにはジョゼフよりも少し歳が上に見える女剣士が立っていた。片目には大きな眼帯をして、片方の目だけで二人を交互に見つめる。


「へえ。えらい別嬪さんじゃないか。まさかジョゼフに先を越されるとはな…。」


 少しだけ緊張した顔で見ていたエリンは、顔を綻ばせるとジョゼフの肩をドンと叩くのだった。


「宜しくお願いします。エリンさん。」


「任しとけ。しっかりと査定してやる。」


 笑顔で言うシーラに、エリンもまた笑顔で答えた。


「そうそう。シーラ。あんたに襲われたって連中が全て吐いたから、あんたは晴れて無罪だ。」


「そういえば、そんな話もありましたね。忘れてました…。」


「ジョゼフに感謝しろよ。あいつが監視役となってたから、自由に動けていたんだからな。本来なら証言が取れるまでブタ箱の中だったんだぞ? 」


 シーラが振り返るのを見て、ジョゼフはにこりと笑う。

 

「話は聞いてる。ほんじゃ、訓練場借りるよ。」


 エリンは、首だけをジュリアに向けて言う。


 受付に座ったままのジュリアは、書面に目を落としたまま、エリンに手を振るのだった。



*



「すまんね。一応冒険者になるには、ギルドの試験官の査定が必要なんだ。」


 練習場の中央に立ったエリンが言う。


 彼女は一昨年まで銀等級冒険者として名を馳せていたが、ある魔物との戦いで右目を潰され、今はギルドの教官、兼、試験官として働いていた。


「はい。お願いします。」


 練習場の入り口から、シーラが片手に練習用の木刀を持って、エリンの下まで走る。

 壁に立て掛けられている木刀をあれこれと見ていて、やっと一本を見つける事が出来ていた。


「ずいぶん重いのを選んだね。大丈夫かい? 」


「大丈夫です。普段使ってるのがアレなんで、ちょっと軽すぎる位で…。」


 大丈夫かと尋ねるエリンに、シーラは自分が背負っていた大剣を見ながら答える。


「あんなもん振り回せるのかい? 」


「あたし、どうしても剣が軽いみたいで、苦肉の策と言うか…。」


「まあいい。それじゃルールを説明する。魔力を武器に流すのは禁止。五分立っていられたら銅等級、試験官と引き分けたら鉄等級だ。それ以外は白磁級として、ここで訓練を受けてもらう。」


「銀等級にはなれないんですか? 」


「ずいぶんな自信だね。いいよ。あたしに参ったと言わせたら、ギルド長に掛け合ってやろう。」


「わかりました。」

 

「おー。やってるやってる。間に合った。」


 練習場の入り口から、ギルド職員と教官たちが連れだって入って来た。


 どうやら問題は片付いたらしい。


「それじゃ、外野がうるさくなる前に始めますかね。」


「いつでもいいです。」


 剣を構えた二人が競技場の中心を挟んで、円を描くように一歩づつ回り始める。


 ガヤガヤと話していた見物人たちも、彼女たちが動き始めた瞬間に、水を打ったように静かになった。

 

 先に仕掛けたのはエリンだった。

 

「はっ!」


 たっと軽快に動き始めると、まずは小手調べとばかりに突きを入れて来る。

 シーラがそれに対して剣を掬い上げるように振ると、カンっと木刀同士が打ち合わせられた音がして、エリンの木刀の軌道は狂わされた。


 そして二人はまた距離を取って、お互いの隙を探り合う。


「本気で来てもらっても大丈夫です。」


「どうやらそうみたいだね…。」


 耳が痛くなるような静寂と緊張が練習場を包んで行く。


「はぁぁっ! 」

 

 エリンが叫ぶと、彼女の身体は弾けるようにシーラへと向かって行く。

 その剣先は、必殺の速度でシーラの首へと吸い込まれて…。


 ドン!と短い音がすると、エリンの身体が急に止まり、彼女の剣も止まる。


「参った。あたしの完敗だわ…。」


 ペタンとしりもちをつきながら、エリンは敗けを宣言するのだった。

 

「あの剣で三連撃…いや四連撃かよ……。」


 何事が起こったか解らず、ざわつく見物客の中で、一部の教官だけが驚きに目を見開いていた。

 

「まいったな。またこれ作り直さなきゃ…。」


 エリンが着けていた鋼の胴当ては、心臓に当たる部分が完全に割れてしまっていた。


「え…私物だったんですか? 」


「今日は本気を出さなくちゃならない気がしてな。現役の時の装備を着けて来たのさ。それでも届かなかったが…。あの短い間に五連撃されちゃあな…。」


「あの…腕のいい鍛治屋さんを知ってるので、直してもらいま…」

 

「いや、良いんだ。お陰で吹っ切れたよ。これは記念に取っておくさ。」


 直しますと言おうとしたシーラを手で遮ってエリンは言う。


「なあ、ジョゼフ。お前みたいな熊男に付いてきてくれるような娘は中々居ないんだから大事にしてやれよ? 」

 

「もちろんだ。任せておけ。」


「ジョゼフは素敵な人ですよ! 」


 エリンの言葉にジョゼフが同意して、シーラが否定した。


「そうだな。ちがいない。」


 一瞬だけ真顔になると、エリンはそう言って笑い出すのだった。



*



「ギルド長が呼んでます。」

 

 ホールに戻って来たジョゼフとシーラの姿を認めて、ジュリアが二人に告げる。

 

 なんだろうかと二人でギルド長の部屋へと向かった。

 

「こんばんは、ギルド長。何があったんです? 」

 

 部屋へと通されると、ジョゼフは単刀直入に聞いた。ギルドの騒ぎと言い、ローブの女と言い、どうも自分たちが大事件に巻き込まれつつあるのを薄々感じていたからだった。

 

「大体は解っておるじゃろうが、お主の嫁さんにまつわる事じゃな。」

 

「そんな気はしてました。」

 

 ギルド長は読んでいた書類から目を上げると、モノクルを外してジョゼフに言う。

 

「元々な、黒の髪に銀の瞳、年の頃は10代の後半、こういった娘が見つかれば、魔導石板ですぐに報告をするようにとお達しがあったんじゃ。」

 

「それって…。」

 

「そうじゃ。そして昨日のうちに連絡を取り、朝には返事が来た。職員に言って宿に使いを出したが、お主らはもう出掛けた後じゃった。」

 

「それで…。」

 

「探しに方々を当たったんじゃが、まさかこっちに来てたとはのう…。」

 

「それで、俺たちにどんな用が? 」

 

「詳しくは解らん。七日後に王城に()()で参内せよ。とだけしか書いておらなんだからのう。」

 

 ギルド長は、二人と言う文言を特に強調して言う。

 

「七日…。歩いて行けばちょうどですが、魔導石板を使って来たにしては、ずいぶん余裕がありますね。」

 

「そのあたりはワシにも解らん。とにかくお主たちは王都へと向かえ。途中のギルドにも話は通しておくから、何かあれば頼るといい。」

 

「ありがとうございます。」

 再び書類に目を落とし始めたギルド長に礼をすると、ジョゼフとシーラは部屋を出るのだった。



*



「さっきからどうしたんだ? ずっと黙って。」

 

「ねえ。ジョゼフ。あたしがどんな存在(モノ)だったとしても、あなたは変わらない? 」

 

「なんだよ急に。シーラがなんであろうが、シーラはシーラさ。俺にとっては。」

 

「良かった…。嬉しい。」

 

「そんな…。当たり前の事だろう。」

 

「ジョゼフならそうなんでしょうね。」

 

「何かあったのか? 」

 

「ううん…。ジョゼフって意外とモテるんだなって思ってヤキモチを焼いてるだけ。」

 

「なんだそりゃ。モテた事なんか無いよ。」

 

「ふふっ。そういう所に感謝しなくちゃね。」

 

「どういう意味だ? 」

 

「ナイショ。」

 

 そう言って黙りこむシーラと手を繋ぎながら、ジョゼフは宿への道を夜空を見上げながら歩くのだった。



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