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最終話 二人の旅立ち



 ジョゼフたちが正装に着替えると、フレデリックが先に呼ばれて行く。


「それでは皆様、謁見の準備が整いましたのでこちらへ。」


 ジョゼフたちが謁見の間に通されると、ほどなくしてシーラたちも案内されて来る。



「陛下が参られます。みなさま、臣下の礼をお取りください。」


 衛兵が声を上げると、並んでいたジョゼフたちは膝を付いて顔を伏せた。



「よい。皆のもの頭を上げよ。」


 どこかで聞いた事のある声に、ジョゼフたちは頭を上げて国王陛下を見る。


「え? なんで…? 」


 思わず小声でシーラが驚きの声を上げた。

 玉座に掛けていたのは、先日会ったばかりのギルド総長その人にしか見えなかったからだった。


「勇者シーラ、ジョゼフ、アーシア、リオン、ライザ、そして聖女ノルン。君たちを今代の勇者一行と国王の名において認める。」


 ジョゼフたちはその言葉を聞いて、深々と頭を下げた。


「諸君らは今後は騎士と同等の権利を有する。何か他に望みはあるかね? 」


 この国で騎士と同等の権利を有すると言う事は、法に照らして問題の無い限り大体の融通が利く事を意味する。

 旅を続けるだけなら、最上級の厚遇にジョゼフたちは顔を見合わせて他に望みは無いと口々に答える。


「よし。それでは勇者一行以外の者はこの場から出よ。」


 国王が告げると、今まで壁際に整列をしていた衛兵達が謁見の間から出て行く。 



*



「さて、これからは普段どおりで行こう。」


 突然砕けた話し方になる王。


「あの…ギルド総長ですよね…? なんで…。」


 シーラが尋ねる。


「ああ、そうだ。冒険者シーラことシーラルヴァ殿下。この国には騎士と衛兵が合わせて二万人ほど居る。だが、冒険者は活動をしているものに限ってもその二倍から三倍の人数が居るのだ。そんな武装した団体に紐を付けずに放置出来る訳が無いだろう? 」


 国王はシーラの疑問に笑いながら答える。


「ジョゼフは知ってたの? 」


「そいつは俺の甥に当たるからな。知らないはずが無いだろう。もちろん貴族なら誰でも知っている公然の秘密と言う奴だ。」


 ジョゼフに尋ねるシーラに、国王が答えた。


「ジョゼフって…えっ…? 」


「こいつは公爵としてここに居るよりも、旅暮らしをしている方が良いんだそうだ。爺さんはどうしてる? 」


「あの人は…。いえ、先王陛下は同じように旅を続けてると思いますよ。」


「いい加減に自分を許してやれば良いものを…面倒ごとばかり俺に押し付けて…。そうだ。、俺に報告しなくてはならない事もあるだろう? 」



「はい。こちらに居ります魔族の王女殿下であらせられるシーラルヴァ様との結婚を認めていただきたく…。」


「道中で勝手に式を挙げてるかと思ったが、法は覚えていたようだな。実質的にどうだったかは知らんが。」


「はい。伯爵家以上の者の結婚は、国王陛下の許可が必要ですので。」


「お互いに揃いの指輪を嵌めて結婚を認めろも何も無いものだが…。良かろう。わたしは許可する。」


「つきましては結婚の証人もお願いしたいと…。」


「もちろんだ。お前の血縁者は俺たちしか居ないんだからな。しかし、どんどんあいつに似て来るな…ジョゼフ。」


「陛下…。」


 王妃殿下が国王の肩にそっと触れると、懐かしそうにジョゼフの姿を見ていた国王は、その姿勢を正す。



「ふむ。今日は賓客も見えている。後の話は広間でしよう。」


 それだけ言うと、国王は席を立とうとした。


「お待ちください。父上。わたしからも申し上げたい事がございます。」


 遅れて入って来たのはフレデリックだった。


「お前には客人のお相手をしておくように言ってあったはずだが。」


「はい。大変不躾ながら理由を話させていただいたところ、快諾いただけましたので。」


「なんだ。申して見よ。」


「はい。こちらのラグナセラ嬢に結婚を申し込みたいと思っております。」


 フレデリックは国王の前で膝を着くと、一気に言い切った。



 ジョゼフたちの横に控えていたセラが、ピクリと肩を震わせる。


「ち…父上って…。」


 ジョゼフが横を見ると、血の気が引くとはこういう事かと思うほどセラは顔面蒼白となっていた。シーラもジョゼフが公爵の位を持つ貴族だと聞いてから、ずっと黙ったままでいる。


「ふむ。お前はずっと一人でいるものかと思っていたが…。しかし、こちらのお嬢さんはルデル出身の平民だぞ? それでは家格が釣り合わん。」


「ふふん。父上も人が悪い。もちろんこの娘が魔族である事もご存知だったのでしょう? それに父上と母上の出会いほど血なまぐさいものではありませんし。」


 フレデリックは、まったく動じずに国王に答える。


「ふん。まあ良い。それでお前はこのお嬢さんに勝てるのか? 既に一敗してると聞いているぞ? 」


「さて…どうでしょう。そればかりは解りません。ただ、何を置いても認めてもらうつもりです。」




「え…? フレデリックさんって王子さまなの? 」


 固まっていたシーラが、ジョゼフに尋ねる。


「ああ、さっき言おうと思ったのはそれなんだ…。シーラに黙ってる訳にも行かないなと思ってはいたんだが…。」


「それよりも…ジョゼフ…あなたも公爵って…。」


「ああ、黙っていて悪かった。俺の母親が陛下の姉なんだ。先代の勇者パーティで聖女を勤めていたのが母なんだよ…。赦してくれるかい? 」


「うん。あたしもずっと黙ってたから…。だけど…良かった。これで家格がどうとか言われないで済むし…。」


 どこかホッとしたような表情でシーラが答える。魔族でも家柄によるしきたりや決まりはあるのだろうなとジョゼフは思う。

 予てより行ってみたいとは思っていただけに、尚更シーラが生まれ育った国に対する興味は深まって行っていた。


「そのうち、シーラの国にも行ってみたいな。」


「うん。もちろん。きっとみんな歓迎してくれるわ。」



「それでは、皆さま広間へお集まりください。」


 いつまでも続きそうな話を遮って、執事が声を上げる。



「さて、後はシーラの父上に認めてもらわなくちゃな。」


 そう言ってジョゼフはシーラの手をぎゅっと握るのだった。



*



「そろそろ良いかな? 」


 謁見の間に、漆黒と言ってもいいローブを着た男がひょいと顔を出した。


「お…お父様!? 」


 シーラがその姿を見て、驚いた声を上げる。



「あ…これからちょっと彼らを脅かしてやろうと思ってたんだが…。」


 国王が残念そうな顔で、そのローブの男を見やる。


「君の事だ、どうせ私が絶対に結婚は認めないと言っているとでも言うつもりだったんだろう。これ以上悪者にされては適わないよ。」


 やれやれと言った表情でローブの男は肩を竦める。



「お父様って…あの方が魔王陛下なのか…? 」


 ジョゼフが尋ねると、シーラはぶんぶんと首を縦に振る。


「初めまして、私はジョゼフ・ローゼンハイム公爵と申します…。」


 ジョゼフは慌てて膝を付きなおし、最敬礼をする。


「あ、私は堅苦しい作法とか苦手でね。どうか気にしないで欲しい。君がジョゼフ君か…。」


 魔王はジョゼフの姿をじっと見つめる。その射すくめられるような視線に、ジョゼフは居た堪れない気持ちとなった。


 自分に断りも無く、娘と勝手に婚姻を結んだ男をどう思うかなど解り切った事だった。


 まずは彼の気が済むまで好きにしてもらおう、命までは取られまいとジョゼフは身構える。

 


「あなた。黙ってちゃ解りませんよ? 多分彼はシーラのワガママを聞いて下さっただけなんですから…。」


 いつの間にか今度は女性が現れて、魔王に告げる。


「あ…。お母様…。」


「シーラ。今回の事は後でゆっくりお話をしましょう。」


 その女性は優し気な笑顔に静かな怒りを籠めた口調でシーラに告げる。


「……。はいお母様。」


 シーラの顔がみるみる青ざめて行く。

 



「君たち夫婦はちゃんとドアから入って欲しいと言うお願いを、いつになったら理解してくれるのだ。」


 国王が呆れたような声色で玉座から告げる。


「いや、済まない。転移魔法を使えば面倒が省けるから、つい…ね。」


 そう言って魔王はまたジョゼフの顔をじっと眺める。


「本当にそっくりね…。」


「君もそう思うかい? ジェイコブが戻って来たみたいな気分になるよ。」




「あの…。父をご存知なんですか…? 」


 ジョゼフは突然出た自分の父を名前に驚き、魔王に尋ねる。


「ああ。私も先代の勇者パーティの一員だったからね。彼女もそうさ。」


「はじめまして。ジョゼフ。髪の毛と瞳の色はヨハンナ譲りなのね。」


 突然の言葉にジョゼフは混乱したまま、魔王夫妻の顔を眺める。


「君のご両親を守れなかったのは、僕たちのせいだ。君にはどれほど詫びても詫びたりない…。」


 悔恨の表情を浮かべて、魔王がジョゼフに頭を下げる。


「あの…両親にはいったい何が…。」


「それは…。」


「それは旅を続けていれば解る事。」


 何か言いかけた魔王の言葉を、今まで黙っていたノルンが遮る。



「ああ、あなたが今代の聖女なのですね。お久しぶりです。」


「久しぶり。シルト、ラナ。あれはあなた達の所為じゃないわ。それに彼らがどう選択するかは彼らが決める事。今、何を教えたとしても意味は無いの。知識として得たものと経験を経たものは似ているけれども全く違う。」


 悲しそうな表情を浮かべ、ノルンが言いきる。


「確かに…そうですが…。」


「まさかシルト。貴方の子が勇者に選ばれるなんて思わなかった。だからシーラが小さな頃から必死になって強くなってもらおうとしていたのでしょう? 」


「はい…。それが娘にとって良かれと思いまして…。ただ、魔の森に向かって逃げ出すほど追い詰められているとは…。」


「彼女はジョゼフと会って、そして旅をして、自分の答えを見つけたわ。あなた達だってそうだったでしょう? 」


 ノルンは悲し気な表情を振り払うと、魔王に向かって慈愛に満ちた表情を向けた。


「さて、立ち話も何だ。広間に食事の用意がしてある。積もる話もあるだろう。」


 いつまでも続きそうな話を遮って、国王は玉座から立ち上がると、広間へと皆を案内するのだった。



*



 食事中に、ジョゼフは魔王と国王の関係を聞く。

 水面下ではずっと魔族と人間の交流は続いており、連絡員としてセラのような者が冒険者の立場を偽装していたこと。

 魔族側の情勢も落ち着いて来ていた事もあり、本格的な交易を始めようと施策が進んでいる事、その一歩として、元々王族同士の婚姻が考えられていた事が伝えられた。


「元々、君の父親のジェイコブとは、ジョゼフ君が生まれたころに、うちに娘が生まれたら結婚させようかなんて言っててね…。気が早すぎるって何度も彼女に怒られたもんさ…。」


 ちらりと夫人をみつつ魔王が言う。


「それじゃ、お父様は結婚を認めてくれるの!? 」


「うーん。お前たちの結婚には反対は出来ないよ。その指輪を付けていると言う事は、あの方の祝福を得たと言う事だしね。ただ、今のままではちょっと…ね。」


 嬉しそうなシーラに、魔王が困ったような表情で答える。


「今のままでは…とは。何をすれば認めていただけるのでしょう? 」


「いいね。ジョゼフ君。君も解っている事だとは思うけれども、全ての穢れを祓うには今のままでは全く力が足りない。少なくとも私に勝てる位になって貰わなくてはね。だから、一度魔族領まで来るといい。ただ、セラが使っている転移陣では無くて、魔の森を抜けて来る事が条件だ。」


「解りました。陛下が望まれるのでしたら。」


「止してくれ…。そう言う話し方は苦手なんだよ…。」


「ふふっ…。あなたとジェイコブの立場が入れ替わったみたいね…。」


 そう言われて何か思いだしたのか、魔王は初めて笑顔を見せたのだった。



 食事が終わると、フレデリックがセラに決闘を申し込み、大聖堂と王城の間にある訓練場へと向かう。


 シーラはその途中で母親に捕まり、試合の間中ずっと小言を言われていた。


 ずっと肩を竦めて小さくなっているシーラの姿を見て、ジョゼフは思わず笑ってしまう。


 そして、歓声と共に試合の勝者が決まったのだった。

 


*



「ねえ、ジョゼフ。これからどうする? 」


「そう…だな。取り敢えずルデルに戻って、魔族領に向かおうか。シーラの生まれた街も見てみたいし。」


 ジョゼフは顎に手を当てて少しだけ悩んだ後、シーラに向き直るとそう答えた。


「そりゃいいね。僕も一度行ってみたかったんだよ。」


「あ、わたしも。魔道具もたくさんあるんでしょ? 」


 話を聞いていたリオンとライザが即座に同意する。


「それじゃ、あたしも準備するかね。それでいいかい? ノルン。」


 アーシアとノルンは、宿に戻るジョゼフたちと別れて旅の準備をしに大聖堂へと戻って行った。


「あーあ。しばらくゆっくり出来ると思ったのにな…。まさかこんな事になるなんて…。」


 シーラのお目付け役として、今度は目を離すなと厳命されたセラが頭を両手で抑えて振りながらボヤく。


「まあ、良いじゃないか。どうせ旅が終わるまで余裕がある。せっかくだから、結婚式は三組まとめてって言うのも良いかもな。」


 そう言ってフレデリックが笑う。

 試合に勝ったフレデリックは、その場で魔王と国王の承認を得て、同時にジョゼフたちとの旅に同行する事も宣言した。


「いや、良いんですか? あなた一応次期国王なんでしょう? 」


 ジョゼフが楽しそうに計画を練っているフレデリックに言う。


「そう言う君だって公爵様だろうに。ま、まだしばらくは父上に頑張ってもらうさ。まだまだ知らなければならぬ事は山ほどあるしな。いざとなったらジョゼフ、君にも手伝ってもらうから覚悟しておいてくれ。」


「そりゃゴメンですね。あんな大変そうな仕事を手伝わされたんじゃ、家族と過ごす時間が無くなる。」


 おどけてくるくると目を回しながらフレデリックが言う事に、ジョゼフもまたおどけて答える。

 まだ旅が終わってからの事は考える事は出来なかった。残りの穢れは人とは限らないし、カイエスのように戦う意志が無い訳ではないだろうとジョゼフは思う。


 ふと横を見れば、シーラがそんなやりとりを見てニコニコと笑っていた。

 これからの旅に不安もあるが、この人がいるのなら何処までも強くなって行けるなとジョゼフは思う。


「さて、それじゃまずは俺たちも宿屋に戻って準備をしようか。」


 そう言ってジョゼフはシーラの手を取り、しっかりと繋いで歩き出すのだった。




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