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三十九話 王都に戻る二人



 サミュエルが消えた後、ジョゼフたちは大雀蜂(キングビー)の女王蜂を部屋の奥で見つけると、一息で止めを刺した。


 部屋の中は六角形の穴の中にまだ沢山の卵が産みつけられており、これが孵化していたらと考えると身の毛もよだつ思いがしていた。

 卵や孵化直前の幼虫も一匹づつ丁寧に止めを刺して行く。



「居たよ! まだみんな生きてる! 」


 セラの声が聞こえて来た。巣の一角に小部屋があり撚糸に巻き取られた人たちが捕らわれたままとなっていた。

 ジョゼフたちは小刀で撚糸を切り取り、浅く呼吸をするだけとなっていた人々を寝かせて行く。


 ライザとフレデリックが解放された人に毒消しの魔法を掛けて行くと、直ぐに人々は目を覚まして動けるようになった。

 最初に開放された人は、ジョゼフたちをバーグ村まで迎えに来てくれた衛兵隊の隊長だった。その指に嵌る見覚えのある真新しい指輪を見て、ジョゼフたちは今回の討伐の目的が無事に果たせた事を知ったのだった。



 ジョゼフたちが広間へ戻ると、カイエスの死体もリカルドたちの亡骸も砂のように崩れ去っていた。

 

「あったよ。ジョゼフ。」


 砂の山の中から、リオンが銀色の冒険者タグを見つけた。


「これできちんと葬式をあげなくちゃな…。」


 ジョゼフは他の遺体からもタグを見つけるとそっと腰のポーチへと仕舞うのだった。



*



「外から羽音は聞こえないな…。多分大丈夫だとは思うが…。」



「おかえり! みなさん! 」


 ジョゼフたちがダンジョンの入り口まで戻ると、リヒテルがいち早くその姿に気が付いて駆け寄って来た。


「おい! 戻って来たってよ! 」


「誰だよ! もうダメだとか言ってた奴は! 」


「あ、見えたぞ! おおーい! 」



 口々にそれが伝わって行き、ダンジョンの入り口は大歓声に包まれた。


「これは…どうしたんだ? リヒテル。」


 救出された衛兵隊の面々は、ダンジョンの入り口に鈴なりとなっている冒険者と騎士団の姿を見て驚きの余り声も出せないようだった。



「おい! 衛兵隊も無事だ! 救護所まで誰か走ってあの隊長を呼んで来い! 」


 騎士の一人が声を掛けると、部下の一人が慌てて後方へと走って行く。


「良く戻られました。救護所に茶の用意がしてあります。どうかご足労をお願いいたします。」


 その中年の騎士は飾り付きの立派な鎧を光らせながら、ジョゼフたちに騎士の礼を取り、ジョゼフたちは案内されるまま、救護所へと足を向けた。


 救護所は大雀蜂(キングビー)との闘いでかなりの怪我人が出た様子で、寝かされた怪我人の周りを衛兵たちが忙しく走り回っていた。

 一人の女隊長が、その全てを差配しているようで、忙しいながらも秩序だった治療が為されているように見えた。



 ジョゼフたちの姿を見て、その女隊長の動きが止まる。

 その瞳は、大雀蜂(キングビー)の巣から救出された衛兵隊長の姿を認めると、大粒の涙をこぼし始めた。



「あなた…。よく無事で…。」

 

「これからは、わたしがここを預かる。君たちも疲れているだろう。少し休め。」


 フレデリックが駆け寄って来た女隊長にそう告げる。


「で…。フレデリック殿、それでは…。」


「良いのだ。君は騎士団と冒険者の中から治療術師(ヒーラー)を連れて来てくれ。治療術が使えるなら何でもいい。」


 ここまで案内をしてきた騎士が、困ったような表情で目でジョゼフに助けを求めて来る。


「よし! 誰も死なせてはいないな! セラ! 君も手伝ってくれ! 」


「なんであたしが…。」


「ああなったらあいつは話なんか聞いちゃいないよ。どれ、あたしも久しぶりに本気出すかね…。ほら、あんたたちも手伝って。」


 アーシアが不満げなセラの肩を叩きながら言う。やれやれと言った表情で顔を見合わせて笑った後、早速動き出すジョゼフとリオンを見て、その夫人たちも後に続く。


 そんな姿をニコニコと笑って見ていたノルンもその後に続いた。


「はあ…仕方ないか…。また怒られるなぁ…。ね、何したらいい? 」


 しょんぼりと肩を落としたセラも、早速治療を始めたフレデリックの背中に指示を求めるのだった。



*



 治療が終わる頃には、もう陽もだいぶん暮れて来てしまっていた。

 魔力を使い切った治療術師(ヒーラー)たちは、魔力回復のポーションを飲みながら肩で息をしていた。


 怪我人の中には騎士団の治療術師(ヒーラー)でも匙を投げるような容体の者もいたが、その傷口は完璧に塞がれて今は規則正しい寝息を立てていた。



「後は王都の治療院まで運べば良い。この者も一日二日寝ていれば回復するだろう。」


 フレデリックは最後に残っていた一人の治療を終えると血に染まった白衣を脱ぎ棄てながら治療術師(ヒーラー)の一人に指示を出す。


「もうくったくた…。あ、ありがとう…。」


 ずっとフレデリックの傍で働き続けていたセラがとうとうぺたりと座り込むと、ノルンが暖かいお茶を渡す。


「助かった。皆が居てくれたから全員無事に助ける事が出来た。」


 フレデリックは手伝いを買って出てくれていた全ての人々に対して礼を言うと、ジョゼフたちが固まっている所まで戻って来た。


「皆にも感謝している。無事に人々を護る事が出来た。」


「いや、そんな…。こちらこそ助かりました。」


 頭を下げるフレデリックに、ジョゼフが答える。


「なあ、ジョゼフ。その他人行儀な話し方は何とかしてくれないだろうか。このパーティで君がそう言う話し方をするのはわたしにだけじゃないか…。」


「…なんと言うか…癖にしておかないといけないと言うか…。」



「あっ! 大変だ…。」


 神妙な顔つきで答えるジョゼフの顔を面白そうに見ていたシーラが、突然思い出したように声を上げる。


「な…。どうした? シーラ。」


「ジョセフ…。今日はお父様に呼ばれているのよ…。すっかり忘れてた…。セラ? 」


「何よ…シーラルヴァ殿下。あたしはもうカミナリが落ちるのが確定してるからどーでもいーです。」


 いつの間にか濡れた布を額に当てていたセラは、いつも以上にぞんざいにシーラの言葉に答える。


「そんな事言わないでよ! セラ! あなたが案内してくれないと何処に行ったら良いかだって解らないじゃない! 」


「それについては大丈夫だ。もう遅れる事は伝えてある。行先は王城だ。」


 シーラの疑問は何故かフレデリックが答えた。


「あなた…何者なの…? 」


 警戒を強めたセラは腰に差した剣に手を掛けながらフレデリックをちらりと見る。


「行けば解る。それよりも君は体力を回復しておいてくれ。」


 そんなセラとフレデリックのやり取りを見て、シーラは何が起こっているのか解らないと言った表情でジョゼフの顔を伺う。


「彼の言ったとおりさ。行けば解るよ。」


 ジョゼフは楽しそうな笑顔を浮かべながら、シーラにそう答えるのだった。



*



「お待ちしておりました。」


 王城に着いたジョゼフ達を警備の衛兵たちが恭しく出迎えた。


「ご苦労。先触れは出しておいたが、伝わっているか? 」


 フレデリックが衛兵に尋ねる。


「はい。皆さまはちょうど良い機会だと言ってご歓談中です。無事に帰還された事は日中の時点で伝わっておりましたので。」


 フレデリックはそのまま衛兵の詰め所へと向かって行く。


 ジョゼフたちはそのまま衛兵たちに案内されて、王城の門をくぐる。



「ね。そろそろ教えてくれても良いんじゃない? ジョゼフ。」


 衛兵と堂々と話すフレデリックの姿を見て、手を繋いで歩いていたシーラがジョゼフに尋ねる。


「ん? ああ、俺もシーラに話さなくてはならない事もあるし、ちょうど良い機会だな…。


 ジョゼフが何から話したものかと思案し、最初から順を追ってと説明を始めようとした時だった。フレデリックが入って行った詰め所からシーラを迎えに来た時に、セラが着ていたような衣装を身に着けた女性が飛び出して来た。


「お嬢様! 一体今までどこに! 今日と言う今日は本当に…もうっ! 」


「わ…。ばあや…。」


 口を開きかけたジョゼフを、金切り声と言った体の女性の声が遮った。ジョゼフの後ろに隠れるようにシーラは隠れようとするが、ずんずんと近寄って来るその中年の女性にあっと言う間に見つかったのだった。



「フルスエリ様…。今はこちらの国の方たちの目もありますので…。」


 ジョゼフたちの後ろに隠れるように付いて来ていたセラが助け舟を出してくる。


「セラ…。あなたが付いていながらもう…。あなたまでそんな恰好をして! あなたも大事な話があるんでしょう! 」


「ひっ…。申し訳ありません…。」


 怒り心頭と言った表情で、女性がセラを一睨みすると、セラはまたジョセフたちの後ろに引っ込んでしまう。

 どうにも頼りない助け舟だったなとジョゼフは思わず苦笑してしまう。


「おじょ…いえ、殿下。こちらの方は? 」



 思わず笑ってしまったジョゼフにやっと気が付いたかのように、ジョゼフを見上げながら女性はシーラに尋ねる。


「あのね…。ばあや…。」


「わたくしは、ばあやと言う名前ではございません! 公式の場では名前を呼ぶようにと何度…。」


「はい! フルスエリ! あたし、この人と結婚したの! ジョゼフ…えっと。」


「ジョゼフ・ローゼンハイムと申します。どうかお見知りおきを。フルスエリ様。」



 ジョゼフたちの後ろでは、いつもと違ってたじたじになっているシーラの姿を目の当たりにしたリオンとライザが、必死で笑いをこらえている声が聞こえて来ていたが、フルスエリの視線を受けると、すっと静かになった。



「シーラルヴァ殿下。あなたは自分の立場を解っておられるのですか? 」


 今までどこか親愛を感じる表情で怒っていたフルスエリだったが、一呼吸を置いて真剣な表情を作ると、落ち着いた声色でシーラに問いかけた。


「もちろん…解ってはいるわ。でも、あたしがしたい事、そしてしなければならない事。それを成し遂げるにはこの人しか居ないの。本当は結婚だって自分の自由に出来ない事だって解ってる。でも…。だからどれだけ時間が掛かっても、きっとお父さまにだって認めてもらうわ。」


「そう…ですか…。時間が経つのは速いものなのですね…。」


 フルスエリは、ため息とともにそう吐き出すと、ジョゼフの顔をじっと見つめる。


「あの…なにか? 」


 その真剣な視線に居たたまれなくなったジョゼフは、フルスエリに尋ねる。


「いえ、これもまた運命なのだと思っただけですの。ローゼンハイム様。」



 パンパンと手を合わせる音が王城の廊下に響く。


「さて、それでは各自準備を始めてくれないか。」


 いつの間にか詰め所から戻って来ていたフレデリックが、ジョゼフたちに声を掛ける。



「それでは殿下、こちらへ。…セラもよ! 」


 シーラとセラはフルスエリに連れられて王城の奥へと向かって行く。

 いつの間にか周りには侍女たちも出て来ており、残されたライザ・アーシア・ノルンの女性陣たちも侍女たちが連れて行った。



*



「さて、僕らはどうすればいいのかな? 」


 リオンがいつものような軽い口調で尋ねる。


「私たちも準備に掛からねばな。国王陛下と魔王陛下の御前に出るにはあまりにも不躾だろう。」


 そう言われて、ジョゼフは自分の姿を眺める。

 戦いが終わったばかりと言う事もあって、鎧は煤に汚れ細かい傷がつきところどころ破れている場所もあった。


「確かにこれでは失礼だな。あっちならともかく。」


「そうだな。あっちならこれくらいの方が良いと言われるだろう。」


 ジョゼフの独り言にフレデリックが答える。リオンも何か察したようで、思わず噴き出した。


「そうだね。確かにあっちなら着替えなんぞしていたら逆に怒られそうだ。」


 リオンが合わせると三人の男たちは声を上げて笑う。


 三人が何がそんなに可笑しいのか判らず、周りに居た衛兵たちは怪訝そうな表情で顔を見合わせるのだった。



*



「どうしてちゃんと聞いてくれないのよ! 」


「そんな事言ったって、聞こうと思ったらばあやが来ちゃったんだもん! 」


 シーラとセラは魔族の侍女たちに囲まれながら、並んで身支度を整えられていた。王城の客間に入って、少しゆっくり出来るかと思いきや、入るなり風呂場に放り込まれ、今は鏡台の前に並ばされて髪を結われていた。


 ダンジョンからの帰り道、セラはシーラにフレデリックの正体を知っているのかジョゼフに訊いて欲しいと頼んでいた。


 いくら有名な治療師(ヒーラー)と言っても、王家に対して融通を効かせてもらえるような者は居ない。


 だが、フレデリックはあっさりと気にしなくても大丈夫だとシーラに告げた。


 セラの中で疑念が高まって行く。


 もし、自分が想像しているように、王家に連なる人物だったとしたら…。


「あたし、もしかしたらとんでもない人を殴っちゃったんだよね…。」


 避難小屋での一件を思い出しながら、セラは重たくなって行く気分を振り払おうと頭を振るのだった。



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