三十八話 過去と戦う二人
「ははっ。煙が晴れる前に襲い掛かって来るかと思っていたのだがな。たかがあの程度の力で怖気づいたか。」
カイエスの嘲るような声が聞こえて来る。
ジョゼフの視界を遮っていたのは、爆発の衝撃だけではなく、それによって巻き上げられた土埃と煙によるものだった。
この地下ですら流れを作っている空気が、少しづつ漂う土埃を運んで行く。
「ふん…。これでは折角の舞台を楽しむ事が出来ないな。」
ジョゼフたちでは相手にならないと判断したのか、自分の命が狙われているというのに、酷く余裕を感じる声色だった。
カイエスの影がはっきりと見え、自分との間合いが測れるようになる瞬間を、ジョゼフはまんじりともせず、ただ待っていた。
先ほどの力の爆発を見れば、力の差は歴然としたものに思える。だからこそ、カイエスが油断しきっているこの瞬間に全てを掛けるつもりだった。
徐々に土埃が晴れて行く。
―――あと少しだ…。
ジョゼフは戦斧《ハルバート》をしっかりと握りなおす。
カイエスの上半身が埃の中に浮かんでくる。
―――見えたっ!
ジョゼフはその瞬間を見逃さず、音も立てずに戦斧《ハルバート》を振りかぶると一気に間合いを詰め、カイエスに斬りかかる。
「もらった! 」
振り下ろされたジョゼフの戦斧《ハルバート》は、一直線にカイエスの首に向かって弧を描いて行く。
がきん!と重たい金属同士がぶつかる音が響く。
―――まさか! 弾かれた?
カイエスの姿は先ほどと変わらず、微動だにしていない。
ジョゼフは何が起こったのか判らずに、一瞬だけ戸惑う。
「ジョゼフ! 下がれ! 」
弾かれた戦斧《ハルバート》の勢いを利用して、ジョゼフはリオンの声が聞こえて来た方向へと下がる。
ジョゼフが地面に足を付き、更に後ろに飛び下がろうと姿勢を低くした瞬間、頭の上を轟音を立てて矢が飛んで行く。
魔力で編まれたリオンの矢は、土埃の中から飛び出て来た剣によって払われる。
ジョゼフはその隙を利用して、更に後ろへと飛んで元居た位置へと戻る。ほんの数舜前までジョゼフの居た位置には、土埃の中から槍が突き出されており、あと一瞬でも逡巡していたら、串刺しになっていたのは間違いなかった。
「おや…。随分とせっかちなのだね。ほら、折角の再会だ。喜ぶがいい。」
すっかり土埃が払われると、カイエスの周囲に四つの人影があるのが見えて来た。
*
「リカルド兄ぃ…。」
ジョゼフは見覚えのある剣を自分達に向ける人影に向かってつぶやく。
「リカルドって…。アンタがグラーフに一緒に来ていたパーティの…? 」
アーシアが尋ねる。
「間違い…ないね…。後ろの聖職者はユーリア姉さんだ…。」
四人は当時と全く変わらない姿で、ジョゼフたちの前に立ちはだかっていた。ただ、その視線はどこか虚ろで、ジョゼフたちを見ていると言うよりは、その後ろをぼんやりと見ているだけに見えた。
「どういう事だ! カイエス! 」
フレデリックの怒りを孕んだ声が後ろから響く。
「どういう事…? 君なら見ただけで解るだろう? ちょうど新鮮な実験道具があったのでね。心臓の代わりに魔石を埋め込んでやっただけさ。今ではボクの言う事をよく聞く忠実な部下だよ。」
せせら笑うように、カイエスはフレデリックに答える。
「貴様…っ。」
前に出ようとするフレデリックの腕を、セラがそっと掴む。
「あの人たちが怒りに呑まれていないのに、あんたが飲まれそうになってどうすんの? 」
フレデリックが掴んでいるセラの手を見ると、そこからうっすらと黒い霧が染み出して来ていた。
「これは…試されているのです。穢れの近くで彼と同じように感情の赴くままに戦えば、彼の力に呑まれてしまう。だからこそ彼は殊更に煽るように話すのですよ。」
ノルンが後ろを振り返りながらフレデリックに告げる。
フレデリックがジョゼフ達を見ると、彼らは黙って耐えていた。
虚ろな瞳に少しでも正気が残っていないかを探るようにも見えていた。
「ああなってしまった人は……? 」
ジョゼフはちらりとノルンを見てぽつりと尋ねる。
「……残念ですが、彼らの魂はもうこの世にはありません。あれは彼らの魂が肉体に残した残響のようなもの。今はただの魔物…アンデッドです…。」
「そうなんだね……。」
視線を落とすジョゼフに変わって、リオンが答える。
*
「ふん…。お前たちもこちら側に堕としてやろうと思ったものを…。いい、やれ。」
詰まらなそうに言うカイエスの言葉を聞いて、リカルド達がジョゼフへとゆっくり向かって来る。
「陣形を整えてください! あの人たちは強いです。油断しないで! 」
ライザの声が響き、ジョゼフたちは瞬時に気を引き締める。
「ジョゼフ…大丈夫なの? 」
ずっと心配そうに見ていたシーラが、ジョゼフの顔をちらりと見る。
「ああ、もう大丈夫だよ。シーラ。ゴブリンキングの時のような失敗は二度としないさ。あの時と違って、指輪から黒い霧が溢れて来たりはしていないだろ? 」
怒りに任せて剣を振るい、シーラに引き戻された時の事をジョゼフは言っていた。
さきほど黒い霧に呑まれた時、ジョゼフはこの指輪が対になっている者が闇の力に堕ちようとすると、その力が流れ込む仕掛けになっている事に気が付いていた。
もし今のカイエスのように、全身に闇の力を流せばシーラもただでは済まないだろう。
そう考えると、自分の怒りに呑まれてしまう訳には行かなかった。
返事をしてシーラをチラリと見たジョゼフが前を向くと、リカルドが虚ろな目をしたまま、ジョゼフの間合いにあと数歩の所まで近づいて来ていた。
「結局、練習じゃ一度も勝ててなかったな、リカルド兄ぃ。」
ジョゼフは一人で戦っている時には、戦斧《ハルバート》を使っていた。だが、リカルドのパーティに入った時に、剣に持ち替える事を勧められて、それに従っていた。
『お前と狩りに行くと、倒すのは楽だが魔石集めが大変でかなわん。』
ばらばらになった魔物の残骸を見ながら、リカルドが笑ってジョゼフの頭をガシガシと撫でてくれた時の事をジョゼフは思い出す。
「行きます! 」
リカルドと練習試合をする時、恒例となっていた掛け声をかけ、ジョゼフが一歩を踏み出す。
それで間合へと入ったのか、リカルドの振り上げられた剣先がジョゼフの首を狙って振り下ろされる。
「くっ…やはり速い…。」
ジョゼフはリカルドの剣を戦斧《ハルバート》で弾きながら、感嘆する。
銀等級冒険者として確固たる地位を築いていたリカルドの強みは、その剣筋の速さだった。
続けざまに連撃で剣が振るわれる。
ジョゼフもその連撃に対し、戦斧《ハルバート》を全力で振るう。
刀身がぶつかり合う度に火花が飛び散り、金属同士がぶつかり合う重い音が響く。
何とかその連撃をいなすジョゼフの胴を狙って、ライアンの槍が突き出される。
「危ない! 」
シーラが間一髪で、槍の穂先を大剣で跳ね上げてジョゼフとライアンの間合いの間に身体を割り込ませる。
「攻撃魔法! 来ます! 」
大きな魔力の動きを感じたライザが、皆に注意を呼び掛ける。
後ろで呪文を唱えていたアンヌマリーが両手を広げると、中空に大きな魔法陣が浮かび、その中から大きな氷の塊が恐ろしい速さで打ち出されて来る。
「加護の力を! 」
ノルンがジョゼフたちの上に傘のように加護の結界を張る。
次々と打ち出されて来る氷の塊は、その結界に弾かれて辺りに氷の粒となって散って行く。
リオンがアンヌマリーへと矢を放つが、一直線に向かって行った矢は何か見えない物に当たると光の粒となって消し飛んでしまう。
「くそっ…。ユーリア姉さんの結界かっ! 」
じっと隙を伺っていたリオンが苛立ちを滲ませた声で叫ぶ。
「なんでっ!? あの人何個目があるのよ! 」
ライアンの胴を薙ごうとしたシーラの大剣が、小さな結界で弾かれる。
ジョゼフは何度も目にしたこのリカルドのパーティの戦い方が、味方でいる時には頼もしくとも敵に回すとこれだけ厄介なものになるとは思っていなかった。
後ろに控えているユーリアが、隙一つ見せずにパーティ全体を見まわして、メンバーに攻撃が近づくとピンポイントで小さな結界を張る。
それを信じているメンバーは、目の前の相手にだけ集中出来る。そしてその攻撃も躱せないようなものは結界が弾いてくれるのだ。
「くっ! この飛んでくる小さな礫は何とかならないのかい! 」
アーシアが氷の塊を十字槍で落としながら叫ぶ。
アンヌマリーが放った術式は、数秒おきに氷の塊を降らす。ジョゼフたちの真上から降って来る塊はノルンが張っている結界で防がれてはいるが、その近くに落ちたものは砕けて小さな礫を周りにまき散らす。
その礫は拳ほどの大きさにはなっているが、その割れ目は鋭く小さなノルンに当たってしまえば大怪我では済まない。
「やはり、後ろのユーリアさんを先に倒さないと…。」
アンヌマリーに向けて放たれたリオンの矢が、再び結界によって防がれたのを見てライザがつぶやく。
このダンジョンに入る前からジョゼフたちはずっと戦い続けて来ている。今は魔力を集中して使っているため、その消費はかなり抑えられたものにはなっているが、いつ限界が来たとしてもおかしくは無かった。
ジョゼフはリカルドから繰り出される攻撃を何とか躱していた。ライアンから繰り出される槍はシーラが押さえてくれているものの、攻撃に移ろうとすると結界に阻まれてしまう。
無理に突き通そうとしても、その分大きく弾かれてしまい大きな隙を作ってしまう事になってしまう。
*
「何とかならないのか! これでは魔力が尽きてしまう! 」
礫を拳で弾きながらフレデリックが大声で悲鳴を上げる。
皆が解っている事を何故?と思い、全員の視線が一瞬だけフレデリックを見る。
「あっ…。」
ジョゼフの耳に、懐かしい声が聞こえた気がした。
ジョゼフの視線に釣られてフレデリックを見ていたリカルドが、慌てて後ろを振り返る。そこには胸から剣先を生やしたユーリアが、不思議そうにその剣先を眺めていた。
剣が引き抜かれると、ユーリアは口から血を流しながらゆっくりと倒れる。
その背後には一瞬だけセラの姿が見えた。
「今よ! 」
ライザの声に反応したリオンが、アンヌマリーに向けて放ったその矢は、まっすぐにアンヌマリーの胸へと突き立つと大穴を開けて後ろへと抜けて行く。
上に浮かんでいた魔法陣はその姿を消し、地面に残っていた氷の塊も光の粒となって消えて行く。
ノルンを護る事が不要となったアーシアがシーラの加勢に向かい、今までユーリアの結界に守られていたライアンは、二人の手練れには対処出来ず、アーシアが突き出した十字槍を胸で受ける他無かった。
*
そんな中、ジョゼフはリカルドと対峙し続けていた。
リカルドは倒れたユーリアをちらりと眺めると、ジョゼフへと視線を戻す。
今まで虚ろだったその若いままの顔に、例えようもない深い悲しみの色が浮かんでいた。
「リカルド兄ぃ。今、終わらせるから…。」
ジョゼフは振り上げた戦斧《ハルバート》をリカルドに向かって袈裟懸けに振り下ろす。
リカルドは抵抗もせず、その攻撃を受けるようだった。
ちょうど心臓がある位置で何か固いものをはじき出した感覚がジョゼフの手に伝わって来る。
赤い魔石が切り口から飛び出て行くのをジョゼフは見逃さなかった。
剣を手放しながら、リカルドはゆっくりと崩れるように倒れて行く。
「リカルド兄ぃ! 」
思わずジョゼフは倒れて行くリカルドに駆け寄る。いくら頭ではもう生きていた頃の彼ではないと解っていても、気持ちを止める事は出来なかった。
ボロボロになった身体をジョゼフに預けながら、リカルドはジョゼフを眺める。
「強くなったな…。ユーリアを解放してくれてありがとよ…。」
そう言いながらリカルドはジョゼフの頭をガシガシと撫で、そして動かなくなった。
*
「なんだ。大して役にたたないものだな…。折角の大舞台だと思ったが、こんなものか……。」
戦いを後ろから眺めていたカイエスが詰まらなそうに漏らす。
ジョゼフはリカルドの亡骸をゆっくりと下ろすと、カイエスの前に立った。必死で怒りを堪え、その腕は小さく震えていた。
「お前が私の終わりか…。悪くない。ふふふふ。あーはっはっは! 」
狂笑を続けるカイエスの首は、一瞬の後にジョゼフの戦斧《ハルバート》によって地面へと落とされた。
パチパチパチ…。
拍手の音がダンジョンの壁に響く。
「いやー皆さん。おめでとうございます! 」
「サミュエル! あなた今までどこに! 」
ライザが玉座の陰から出て来た男に向かって尋ねる。
「わたしはずっと貴方たちの戦いを見ていましたよ。ここでね。」
ジョゼフたちは瞬時に陣形を整えて、サミュエルと対峙する。
「いやいや、私は戦うつもりなんてありません。今はね。あなたたちではまだ相手にならないですし。」
「どういう事? 」
シーラが不機嫌そうに答える。
「私はね、ある方のご依頼で動いているだけなんですよ。今回はこのカイエス・グラムハルト氏を覚醒させろと言うのが目的で、あなたたちと事を構える気は最初から無いのです。まさか本人が戦うつもりすら無いとは思いませんでしたがね。」
「こいつを穢れにするためだけに、ライザの父上、クローネンバーグ商会を乗っ取ったって言うのか? 」
リオンがサミュエルに尋ねる。
「ええ。もちろん。ただ、覚醒前に正気を失ってしまうとは思いませんでしたがね。次は気を付けませんと。さて、それでは時間もございませんので、そろそろお暇させていただきます。皆さま、またお会い出来る日を楽しみにしております。」
「おい! 待て! 」
ジョゼフの制止を聞かず、サミュエルの姿はゆっくりと周りの景色に溶けて行く。
消える寸前にリオンが放った矢の残響が消える頃には、その姿は消えて無くなってしまっていたのだった。




