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三十六話 黒幕に会う二人



 低く唸るような音は、ジョゼフたちが居る場所の壁の向こうから聞こえて来ていた。



「じゃあ、この壁の向こうが女王の部屋になってるの? 」


「うん。多分…。」


 シーラとセラが何事か通じ合っているようだった。


「女王の部屋って? 」


 ライザがジョゼフが訪ねたかった事を先に聞いてくれた。


 気が付かれては困るということもあって、全員で寄り集まって小声で話す事にする。




大雀蜂(キングビー)には、女王蜂ってのが居て、そいつだけが卵を産むの。要はこの巣の親玉みたいな奴の部屋なのよ。」


「それじゃあ、このダンジョンのボスって訳か? 」


 いよいよかと思ったジョゼフは、説明を続けるセラに尋ねる。



「ちょっと違うかな…。女王はあくまでも卵を産むだけで、戦闘力はほとんど無いの。ただ、護衛のハチが常に傍に居て女王を守ってる。そいつらが本当に厄介なのよ。」


「君たちは、どうしてそこまで詳しいんだい? 大雀蜂の討伐に成功したって話は聞いた事がないんだけど。」


 今度はリオンが尋ねる。

 この大雀蜂と戦って生きて戻ったという冒険者は今まで居たことが無かった。情報を遮断するという事がない訳ではないが、こうした生態のよく解っていない魔物を討伐すれば、金等級も夢ではない。


 それだけの名誉に見合う利益がこのハチにあるとも思えなかった。金等級になれば大体の望みは叶えることが出来てしまう。

 こんなに大変な思いをして討伐したという秘密を守るより、普通であれば金等級の栄誉を受けるはずだとジョゼフも思う。



「あたしたちが魔族なのはもう知ってるんでしょ? こいつらは魔大陸では良く遭遇するのよ。だから、魔族で戦える者なら大体この大雀蜂(キングビー)の討伐に参加した事があるわ。それに小さな頃から狩りの仕方は教え込まれるしね…。」



「へぇ…。魔族に取っちゃゴブリンみたいなもんなのかい? 」


 今度はアーシアが聞いた。



「うーん。どうなんだろう。この前、バーグ村に出たゴブリンは一万近い大群だったみたいだけど、こいつらは数万って数になる事もあるから…。今回はまだ数が少なくて助かったかも。」


 ジョゼフもその台詞には冷や汗をかいた。魔族がこの魔物を討伐する事が出来る能力があると言う事も驚きだったが、ざっと二万に満たない数の大雀蜂(キングビー)にこれだけ苦戦させられたのに、大きな群れになるとこの三倍にもなるという事実を知らされたからだった。

 ただ、一番驚かされたのは、まだギルドにしか正確な報告を上げていないバーグ村でのゴブリン討伐戦について、ライザが正確な情報を持っているらしい事にだった。



「魔物の生態の研究は後だ。残りの女王と護衛はどうすれば倒せる? 」


 フレデリックがしびれを切らしたようにセラに尋ねた。


「多分、この巣の規模だと護衛は百から二百くらいは居ると思う。そいつらさえ始末してしまえば、女王の討伐は難しくないわ。ただ、奴らは魔法への耐性が高くて、大魔法でも一撃では死なない。だから物理的に攻撃するしか無いの。それに、一匹あたりの強さもかなりのものよ。」


「魔族はそうしてるのか? 」


「ううん。魔族で狩りをする時は、水責めで残りは倒すよ。表に居る働きバチとは違って耐久力も高いし、危険すぎるもの。ただ、今回は衛兵さんたちの救出って目的もあるから使えないけどね。」



「そう…か。しかし、犠牲を前提に作戦を組む訳には絶対に行かない。他人の命を顧みないという評価が一度ついてしまえば、それを覆すのは容易ではないからな。」



 セラに質問を続けていたフレデリックは、顎に手を当てたまま悩みだす。


 当然フレデリックの頭の中では、連れ去られてしまったと思われる衛兵を見捨てる事も視野にいれているはずだった。

 ただ、それはあくまでも最悪の手段で、もしこのハチが王都に溢れる寸前だというなら、間違いなくそう言った手段も使うだろうとジョゼフは思う。



「あとは…。聞きたい事はない? 」


「僕の矢は使えるかな? 」


「あの魔力で編んだ奴? あれは大丈夫だと思うよ。似たような武器を使う人も居て、その人の攻撃は通ってたし。」


 頷くリオンを見たセラは、もう一度全員を眺める。



*



「だいたい解った。さっきの陣形なら充分行けると思う。ノルンちゃんとわたしで真上に障壁を張るから、後ろをフレデリックさんとセラさんに抑えて欲しいの。」


 話を聞いていたライザが立案した作戦を提案する。

 小さな方陣のような密集陣形を組んで、その上に障壁を張り、上から来る攻撃を避けつつ前に来たハチを倒して行こうというものだった。


 ただ、誰かが一撃を食らってしまうと、フレデリックと怪我人の二人が陣形から抜けてしまう。

 攻撃はしなくてはならないが、相手の攻撃は食らってはいけないという難題だった。


 ジョゼフたちは、一歩足を踏み出すごとに、段々高まっていく緊張で、自分たちの表情が強ばってしまってきているのを感じていた。


 音のする壁づたいに歩いて行くと、開け放たれたままの城門ほどの大きさのある扉が見えてきた。

 扉は表を岩に見えるよう作ってあり、完全に閉めてしまえば、薄暗いダンジョンの中では、周りの剥き出しの岩肌と見分けがつかないと思われた。


「あれって……。やっぱりそうだよね……。」


「間違いないな、ダンジョンのボスの部屋だ。」


 シーラのつぶやきに答えるように、ジョゼフが確認するように返事を返す。


 ダンジョンには、コアと呼ばれるひときわ大きな魔石がその最深部にある。

 魔石には大地にある魔力の流れを吸い上げる力があり、魔物が強大な力を振るえるのは、この魔石のおかげだった。


 大きな魔石を持つものは、それだけ大量の魔力を集め、その周りへと放出する。

 そして、その魔力は魔物が自分自身で吸い上げる事の出来る魔力よりもはるかに大きい。

 こうした生きているダンジョンから魔物が離れないのも、そうした理由からだった。


 そして、そうしたダンジョンに棲む魔物の中でも一番大きなコアを持つものが、ダンジョンのボスと呼ばれ、コアを守護する存在となる。


 扉の中からは、ずっと低く唸るような音が聞こえ続けていた。


「あの音はなんだ? 」


 フレデリックがいかにも耳障りだと言わんばかりの表情で、誰に聞くでもなく呟く。


「あれは、女王の護衛についているハチの羽音よ。多分。こんなの聞いた事ないけど。」


 厳しい表情を浮かべて、セラがフレデリックの疑問に答える。

 大きくなればなるほど、虫の羽音は低く大きく響くようになる。


 最初にジョゼフたちが戦った大雀蜂(キングビー)も、普通目にするものからすると一回り大きなものだったが、こんなに低い音ではなかった。


「多分、穢れもこの中にいます。」


 険しい顔で扉を眺めるジョゼフたちに、聖女ノルンが澄んだ声で告げる。


「じゃあ、見なかった事にして立ち去る訳にも行かないって事だね。」


「ちょっとリオン! こんな時まで……。」


 おどけたように言うリオンに浮かぶ、いつになく真剣なその眼差しに、ライザが言いかけた文句を飲み込む。

 

「大丈夫よ。あたしたちなら。」


 黙っていたシーラが、ゆっくりとそう告げて、笑いながら全員の顔を見て行く。


「そうだな。俺たちなら大丈夫だ。」


 ジョゼフが続いて答える。緊張した面持ちだった仲間たちの表情が、一気に和らいでいく。


「よし。それじゃ行きましょうか! 」


 落ち着いた声でそう宣言すると、シーラはすっくと立ち、大剣で前を指し示す。その後ろで仲間たちが陣を作り、いよいよ討伐の決着に向かうのだった。



*



 扉の中に広がっている空間は、かろうじて見えている磨かれた石の床以外は、漆黒の闇に包まれていた。


「行くよ。こっちの姿に気づいたら一気に襲いかかってくると思うから、準備して。」


 セラの言葉に、ジョゼフたちは改めて武器を確認する。かちゃりと小さな音が聞こえて、全員が頷く。


「ライザ。お願い。」


「光よ、我らの道を照らせ。光珠(ライト)


 シーラの言葉にライザが魔法で広い部屋の中を明るく照らす。

 中には子牛ほどの大きさの影が、ところ狭しと飛び回っていた。


「来るぞ! 」


 ジョゼフたちは武器を持つ手に力を籠めて、最初の一合目を振りかぶる時を待つ。


「やあ。いらっしゃい。やはり君たちか……。」


 大雀蜂(キングビー)の襲撃に備えていたジョゼフたちの耳に、若い男の声が聞こえてくる。


「そんな……。まさか……。何故お前が生きている……? 」


 ジョゼフは光の中に姿を現した男を見るなり、困惑の表情を浮かべた。

 ライザが照らしている魔法の光がまるでスポットライトのように男を照らしていた。

 金色の髪に青い目のその男は、整った顔に薄笑いを浮かべながら、ジョゼフに答える。


「何故…? それは君が火に包まれたボクの死を、きちんと確認しないからだよ。ジョゼフ。ジョゼフ・ローゼンハイム。」


「あいつは誰だ…? それにローゼンハイムって……。」


 ジョゼフの言葉に答えた男を見て、リオンがジョゼフに尋ねる。


「ああ、自己紹介がまだだったね。初めまして。ボクはカイエス・グラムハルト。貴族位は無くなってしまったから、今は君たちと同じ平民だ。直接話せる幸運を喜びたまえ。」


 カイエスはそう名乗ると、つまらなさそうにジョゼフを眺める。


「カイエス・グラムハルトって……。あの、グラーフの災厄を起こしたって言う……。」


「口の聞き方に気を付けたまえ。娘。お前ごときに呼び捨てにされるほど、ボクの名は安くはない。その不敬の罪は後から身を以て味わってもらうよ? 」


 言葉を漏らしたセラに、不愉快そうな目を向けてカイエスは言う。


「駄目だ。それは絶対に許さん。その娘は俺が先に目を付けている。手出しは無用だ。」


「フレデリック……。貴様まで来ていたのか。ふん。相変わらずだな。この娘は貴様の手つきか。」


「学園で同窓生だったよしみだ。話くらいは聞いてやっても良いぞ?カイエス。 」


「貴様に話す事などもう無いさ。全ては終わった事だ。」


 セラの前に出て、フレデリックがカイエスに話し掛ける。二人の間には何か因縁めいたものがあるように見えた。


「お前が……。お前のせいでユーリア姉さんは死んだんだ……。」


 リオンが怒りの籠った目でカイエスを睨み付ける。


「貴様は……。ああ、ペングルトンの忘れ形見か。人の見合い相手を浚っておいて、よくもボクの前に顔を出せたものだな。彼女はどうした? もう捨てたのか? 」


「お前に対して恥じる事など何もない。今はライザは僕の妻だよ。もう永遠に魔物のエサ扱いなどさせない。」


 リオンの怒りなどどこ吹く風だと言ったカイエスに、リオンはライザの手を取って、再びカイエスを睨み付けた。


「わはっ!ははははは! そうか! そういう事か! お前たちは揃ってボクの事を笑いに来たんだな! 」


 ライザの顔を見たカイエスは、狂笑と言ってもよいくらいに笑い続ける。


「なんだ。よく見ればブレッセルの聖女まで居るじゃないか。それならお前が旅芸人の座長か? 」


 ノルンを見て、何かに気がついた様子のカイエスは、庇うように間に入ったアーシアに尋ねる。


「ああ、そうさ。今はしがない聖歌隊の隊長なんざやらされてるけどね。」


 アーシアは、その言葉に肩をすくめながら答えたのだった。



*



「ところで、君と、君。一体何者だ? 」


 カイエスは、アーシアを一瞥してから、シーラとセラに指を指して尋ねる。


「あたしは……。」


「カイエス様、それは私から説明を。」


「ああ、サミュエルか……。お前の知己なのかい? 」


 名乗りを上げようとしたシーラの言葉に被せるように、また一人暗闇から男が姿を現した。


「ええ。知己と言いますか、主君のご息女と言いますか……。」


「なんだ。この娘たちは魔族なのか。こいつらを始末したら、処遇はお前に任せる。」


 カイエスはその言葉を聞いて、途端にシーラたちに興味を無くしたようだった。


「あなたは……? だれなの…? 」


 シーラがサミュエルと名乗った男に尋ねる。


「わたしですか? 遥か昔に魔大陸からこちらに来た、ただの魔族ですよ。あなたと同じようにね。シーラルヴァ殿下。」


 そう言って、サミュエルは胸に手を当てて、人が取るような臣下の礼をする。

 それを見たシーラは、セラの顔を見るが、彼女も首を振るばかりだった。


「あなたがお父さんを差し置いて、クローネンバーグ商会で悪行を働いていたのね! 」


「これはライザお嬢様。悪行とは手厳しい。こちらにはこちらの目的があるのです。立場が変われば貴女にも解りますよ。」


 怒りを湛えたライザの瞳を、サミュエルは薄笑いを浮かべて眺め、ため息をついた。


「それでは顔合わせも終わったようだね。グラーフの街での失敗は、君たちに拘り過ぎたボクのせいだ。今回はその借りを返させてもらうよ? 」


 そう言って、カイエスは右手を振り下ろすと、今まで周りを飛ぶだけだった護衛の大雀蜂(キングビー)が、ジョゼフたちに襲いかかって来る。


「みんな! ライザの指示どおり行くよ! 」


 シーラが間髪を入れずに叫ぶ。

 ジョゼフも戦斧(ハルバート)を握り直して刃先に魔力を通す。


「君たちが生き残れたら、何故ボクがこんな事をしているか話してやろう。せいぜい頑張りたまえ。」


 カイエスは、一段高くなった場所に据え付けられている椅子にかけ直し、残酷な笑みを浮かべながら、ジョゼフたちにそう宣言するのだった。



 


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